第9話 遭遇② 

              

 雪女は裏の地面に立ってこっちを向いていた。私が吸い寄せられるように立ち上がり一歩踏み出して、目を外したら……姿が消えていた。

前は千畳敷の白い原っぱ。木の頭がいくつもとび出たところに人の形の顔が飛び出していた。

 イチジクの赤茶けた葉に埋もれて、ツバキが赤い布団模様に見えた。

竹の根が凍り付いて盛り上がっている……しかし雪女の姿はない。

 

 目の前の雪のかたまりが音を立てて崩れた。上半身を突き出した女が姿を現した。笹の香りであろうか強い匂い……わたしは妖気に打たれて震えた。

 

 いつの間にか、……わたしの手が雪女を抱いているのに気がついた。

水に沈みこんだ手が雪のかたまりを抱いたまま離さないでいた。

雪女の体は冷たく痛い、体温を吸収する。冷たさが体を突き刺して奥深く進行した。胴から下がなくなってしまった感覚とともに、周りの景色が傾いて倒れた。

意識が遠のいた。私の体が水に浮かんだまま回転している。

女も体を動かしながら生気を取り戻しているように思われた。


女の顔の真ん中に見えた、氷の凹凸がはがれ落ちて、透明な濡れた皮膚が現れた。

鼻孔が四つ、眼が…真横に飛び出してそれぞれ、別の方向を見ている。

ぐるぐる動く目がときどき白眼になる……この眼を見たことがある。


 見られているものに私は変わった。女に抱かれた胴から上のわたしが廻っている。ぼんやりしびれた視線の先に、ひとの形をした伏目の顔が動かない。獣ではない……、宙を見つめるような縁のある眼と小さな歯が並ぶ口──手のひらにすくいとられたものをいとおしむように見る眼、すでに忘れかけていた、主張するところを認めてもらえない悔しさにうつむいた眼であったろうか。


私は、残り少ない温かみを吸いとられて気を失った。

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