第2話

 時間に追われることのない、山奥での朝。

 変わり映えのしない毎日。


 ――そんな毎日が、今日から変化する。


「おはよ、ラルフ」

「……。……?」


 階段を降りると、そこにはエプロンを着けた女性。


「あれ? おーい。まさか私の名前わすれちゃった……!?」

「あ……ああ、いや、忘れてないよ。おはよう、アリア」

「よかった、ちょっと焦ったよ」


 朝早くから、忙しなく動くアリアの姿に、だんだんと頭が覚醒してくる。

 そうだ。昨日こんな山奥の家に、わざわざ泊まりに来た女性がいるのだ。


「台所使わせてもらってるけど、大丈夫だった?」

「構わないよ。むしろ、わざわざ作ってくれてありがとな」

「昨日作ってくれたのラルフじゃない。お礼にもなってないよ」


 アリアがキッチンから、出来上がったパンとサラダを持ってきた。

 サラダは葉物野菜を中心に盛り付けて、小さく分けたチーズを散らせたものだ。

 早速そのサラダをいただく。


「うん、新鮮でおいしい。この辺りにはない野菜だし、火を入れない料理も久々かも。サラダ、好きなの?」

「えっと、まあその……うん、そうだよ」

「どうしたんだ? 歯切れが悪いけど……」

「あっ! ううんっ、なんでもない!」


 アリアは自分のパンとサラダを口の中に突っ込むように食べると、二階の部屋に戻っていった……かと思ったら慌ただしく降りてきて、武器を手に扉へ手を掛ける。


「今日もなんかとってくるね! なんかいるといいな!」


 勢い任せで随分とアバウトな目標を宣言し、そのまま走って出て行った。

 あまりに威勢が良かったため、声をかける間もなかった。


 何か変なこと言ったかな……?




 今日は……そうだ、アリアが来る前に立てていた予定は、机の新調だ。

 先日ふらついたときに、誤って体重をかけたところ一気に壊れてしまった。

 最初は失敗したなと思ったけど、気づかないまま下手に机で寝たりして、そのまま怪我したりすることが未然に防げてよかったなとも思った。

 何事も、前向きに前向きに。


 机のパーツを切り分けて表面を綺麗に整えるところまでは仕上がっているので、後は手元にある釘でしっかり組み立てるだけ。

 前のギルドでも何度かやることになっていたから、ある程度慣れている。


 ……そういう部分で随分といいように働かされていたのも、結果的にギルドを脱退する理由の一つになったんだよなと昔を思い出す。

 断れない事情もあった自分にも責任があるとはいえ、便利な使い走りだった。


 冒険者らしきアリアが来たからだろうか、随分と昔のことが思い浮かぶ。

 ……昔のことばかり思い出すようになったら年寄りだとはいうものだけど、これじゃまるで隠居老人みたいな生活してるだけあって本当に年よりだな。


 机を組み立てて、接合面や角度を幾度か確認する。

 アリアが肉を捕ってきてくれたからか、いつもより作業の力が入る気がする。……感謝しないとな。


「よし、組み上がった」


 そうして俺が完成した机の強度をチェックしている最中に、玄関の扉が開いた。

 もう帰ってきたのか。いや、俺が少し作業に時間を取り過ぎただけだな。

 窓から入る光が、昼近くになったことを知らせてくれている。


「帰っ……た、よ?」

「おかえり。……どうしたんだ?」

「その机は?」

「作っただけだけど」


 アリアは近づくと、出来上がった机を押さえたり軽く叩いたりして、その度に「はー……」と溜息をついている。


「きっちり作られてる。やっぱりラルフは器用だなあ」

「やっぱりって何だよ、そうでもないさ。料理だって簡素で大雑把だし……っていうか、アリアこそまた魔物を捕ってきたのか?」

「……。あ、えっとそうだった。今日も魔物です! 猪ですね」


 考え事から戻ってきたアリアが、袋に入れて抱えていた肉を取り出す。大きさもそれなりで、仕留めるとなると大変だったはず。

 討伐した魔物はギルドでも難度の高い大型の猪か……。


「これだけ大物が捕れたら、晩は大丈夫かな?」

「もちろんだ。本当に助かるな……」

「どうしたしまして。折角だから遠慮なく食べてね!」


 アリアは再び、凍らせた魔物を解凍していく。

 俺がしばらく食べていなかった魔物を、連日捕ってきてくれるとは。

 血抜きをして凍らせ、匂いを消して運ぶあたり、こういった討伐にかなり手慣れている様子だ……。


「……アリアにばかり働かせるわけにもいかないな、今日も俺が料理させてもらうけど、いいか?」

「ほんと? やった!」


 アリアから許可をもらい、魔物の肉を調理していく。

 昨日は山菜と煮込んだから、今日は茸と炒めよう。

 残った肉のブロックは晩に使うため凍らせる。


 料理を作り終えると、アリアは「おいしい、おいしい」と言いながらもりもり食べていた。もう少し多めに作ればよかったかもな。


「そういえば、昨日の魔物の肉は何の肉だったんだ?」

「あれは狼だよ」

「狼? 危険じゃなかったのか?」

「……あっ、上手く隙を突けたから大丈夫だったよ」

「そう、か」


 ますます強そうな魔物だが、アリアは問題なくやってのけたようだ……。


「そ、そういえば、皮があるんだけどラルフは欲しい?」

「いいのか? 売れば結構な金額になるだろ」

「いいっていいって、そんなにお金に困ってないし」


 ……なるほど、な。


「わかった。そういうことならあまり断るのも失礼と思って、遠慮なくいただくよ」

「よかったー」


 何が良かったんだかわからないけど、思わぬ収穫だ。丁寧になめしていこう。


 それにしても……いかんな、アリアが来てから完全にヒモだぞ……。

 明日ぐらいは俺も出るべきだろうか。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 昨日と同様、部屋に入り筋トレを行う。

 ダンベルを持ち上げて、壁をぼんやりと見ながら、隣にいる同居人のことを思い出す。


 それにしても、今日もいろいろとやってもらった。

 働きの結果があれだけしっかり形になっているのだから、本当に尊敬できる人だ。


 ……駄目な奴って思われてないといいけど……。


 今日も、隣からは日記を書く音が聞こえてくる。

 その丁寧な音に、今日は少し劣等感というか、後ろめたさを感じてしまうのは、自分の性格が悪いせいなのかもしれない。


 小さなトゲが胸に刺さる感触を無視するように、眠りについた。

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