とある山奥で出会った二人の目に映るものは

まさみティー

第1話

 人生は、ふとした出会いで突然変わる。

 良い方にも、悪い方にも。

 でも大抵の場合は、いい方に転がる。

 少なくとも自分はそう信じている。




 俺の名はラルフ、現役からドロップアウトした元冒険者。


 町から遠く離れた山の中に小さな家を建て、食事は豊富な山の幸を利用し、日々を緩やかに過ごしている。

 魔物も少なければ、人も少ない……というか、人は全くいない。そんな山だ。

 これは俺自身が望んだ、誰に咎められることもない、悠々自適なスローライフ。


 かつての俺は冒険者として、魔物を倒す日々に追われていた。

 魔物討伐を続ける毎日。しかし二十歳になった時に張り詰めた糸が切れてしまい、ギルドを退会することに決めた。

 誰もいない早朝のギルドで受付嬢にそのことを告げても『わかりました』と淡々と言われた。多少は色々と細かい部分でも頑張っていたつもりだったが、案の定特に引き留められることもなく、俺の六年はあっさり終わったのだ。……何も、残らなかったな。

 それから一人で山に籠もり、一人暮らし。




 ――そんな俺の生活に変化が訪れたのは、落ち葉が赤く染まる秋の始め。




 昼食をとって少し過ぎた時、明らかに魔物の類ではない規則正しいノックの音が響く。

 山菜の選別を切り上げて椅子から立ち上がると、窓から来客者を覗き見る。

 扉の前に立っているのは、若い女性だった。

 ……こんな山に、一人で来たのか?


 律儀にノックをする辺り、盗賊ではないとは思うが……念のため扉に鎖をかけ、少し開ける。

 女性は俺の顔を確認すると、ほっと一息ついて、安心したように微笑んだ。


「よかった、ちゃんといらっしゃいました……」

「こんな山奥に、珍しい客人ですね」

「突然押しかけてしまい、申し訳ありません! 少しの間でも、私を泊めていただけると……」


 旅の人か。思い切って建てた家は、それなりに広く、部屋も多い。

 使っていない部屋ももちろんあるが、しかし……。


「……ここには今、俺だけが住んでいます。あなたがいいのなら、俺は構いませんが……」

「本当ですか!? はい、是非よろしくお願いします!」


 うーむ、女性一人にしては随分と無防備だ……都会の子はこんな感じなんだろうか?

 怪しいが、わざわざこんな山奥に来て女性一人を追い返すほどでは断るほどでもないよな。


 鎖を外して、女性を部屋に招き入れる。


 女性の持ち物は武器などもあり、かつての自分と似たような魔物討伐の装備だった。

 身の安全のことを考えたが、こんな山奥で金銭すらろくに持っていない自分に対して、金目の物目当てで襲ってくるとは思えない。

 それに、折角の客人だ。できる限り好意的にもてなしたいと思うのは、自然なことだと思う。


 そう考えていると、女性が両手を前に組んで自分へ向き直る。


「私はアリアといいます」

「ああ、気が利かずすみません。俺はラルフです。よろしくお願いします、アリアさん」

「はい! よろしくお願いします、ラルフさん!」


 アリアさんを最低限の家具しかない空き部屋へと招待して、自分は再び山菜の選別へと戻った。


 部屋に荷物を置いたアリアさんがこちらへ少し視線を向けつつ、家の扉に手をかけて振り向く。


「ちょっと周りを見てきます。晩までには戻ってきますね」

「わかりました。滅多にいないですが、魔物もいるのでお気をつけて。いってらっしゃい」

「はい! いってきます!」


 何がそんなに嬉しそうなのか、苦笑しながらアリアさんを見送る。

 突然の客人だけど、急に家の中が華やぐ感じがして悪い気はしない。


 ざっくり取ってきた山菜を分け終えて、ワラビの土を払い落としている頃、アリアさんは帰ってきた。


「ただいま戻りました!」

「おかえりなさい。……え?」


 アリアさんは、大きな袋を背中に抱えて帰ってきた。

 部屋の中に、ひんやりとした冷気が広がる。


「それは……?」

「お世話になる以上、食べさせてもらうだけというわけにもいきませんし、私も持っている食料は心許ないので、軽く捕ってきました。一応魔法で血は抜いて凍らせてあるので、他の魔物に匂いを辿られるということはないはずです」


 目の前には狩ってきたばかりの魔物の肉が、表面に霜を作りながらその存在を主張している。

 それに、この人は今なんと言った?

 食料が心許ないから、捕ってきた――。


「――ということは、いただいてもいいのですか?」

「もちろんです、そのために捕ってきたんですから!」

「すごいな……わざわざありがとうございます、嬉しいですね。肉を食べるのは久しぶり」

「そうなんですか? 確かにこの辺りは少ないですからね」

「あ……はい、そうですね」


 俺は窓の外へと視線を向けて答えた。

 視線を戻すと、アリアさんは凍っている肉を見て、ゆっくり解凍させている。

 俺も料理のために火と水ぐらいは扱えるが、こういう冷気を操ることはできない。魔法の技術も高いな……。


 切り分けられた肉の塊を受け取り、薄く削いで鍋の中に入れる。

 新鮮な肉に合わせて控えめに入れたローズマリーの香りが漂い、食欲を沸き立たせる。


「できましたよ」

「料理できるなんて、器用ですね」

「そうでもないですよ」


 彼女の過剰な賞賛を聞くとさすがに照れくさい。

 それよりも早く配膳しよう。


「……」


 黙って机の上に食事を置くと、二人で食べ始めた。

 久々の肉はおいしい。それに……これは、アリアさんと一緒に食べているからおいしいのかもしれないな。

 特に目の前のアリアさんが「おいしいおいしい」と連呼するものだから、余計においしく感じているのかも。

 というか、アリアさんの捕ってきた肉がおいしいだけだと思う。


「今日は本当にありがとうございます、アリアさん」

「アリア」

「え?」

「私のことは、アリアって呼び捨ててください。丁寧な言葉遣いもやめていただけると」

「うん……うん、そうか、君がそう言うならわかったよ。じゃあ俺も、気楽に呼んでくれ」

「……いいんですか?」

「アリアから言い出したんじゃないか?」


 不思議な聞き返し方をしたアリアは、恥ずかしそうに俺の名前を何度か呼ぶと、ぎこちなくも嬉しそうに笑った。


「ラルフ、受け入れてくれてありがとう。私、予定とかないからさ……しばらく泊めてもらってもいいかな?」

「むしろお礼を言うのはこっちの方。アリアさえよければ何日でもいてくれていい」

「ホントに? 本気にしちゃうよ?」


 むしろこちらが、本気なのかどうか驚くことだけど。


 こうして、自分とアリアの共同生活が始まった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 部屋に戻り、日課の筋トレを行う。

 ギルドをやめても未だに続けているのは、長年染みついた習慣だなあと思う。

 ほんと、こんなところまで来ても習慣は変わらないのだから、自分で苦笑するしかない。


 ……今日は、大きな変化の一日だった。


 隣の部屋にいる人の顔を思い出す。

 あんなに一日で距離が縮まるとは思っていなかった。


 第一印象は、明るい人。

 今は……役に立ちたい人。


 カリカリと、隣の部屋から音が聞こえてくる。日記を書いているんだろうか。

 まめな人だな、と思う。


 食事中の、正面にあった笑顔を思い出して、今日という日に感謝しながら眠りについた。

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