第16話 年上のお姉ちゃんVS年下のお姉ちゃん



「ねぇ、弟くん。固有結界って、なに?」

「い、いや、それは……っ」

「ねぇねぇ、なに、なんなの? なんだか、面白そうなことを隠してない?」

 不味い。好奇心旺盛なリーフねぇが目覚めてしまった。ここでうっかり教えたりしたら、連日徹夜で研究とか手伝わされてしまう。


「あーっ、そろそろ日が暮れてきたな。そろそろ夕食の時間かなーっ」

「こーらっ、誤魔化さないの」

「うにゅあああ。はーなーせーっ!」

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 夕食をお願いしに行くという体で逃げようとしたら、思いっきり抱きつかれてしまった。泣き付かれていただけのさっきよりも、ずっと密着感が増す。

 しかも、俺が逃げようとするたびにリーフねぇがずり落ちていって、なんだかいけないことをしているような体勢になってきた。

 うっかり固有結界という言葉をこぼしてしまったがために大ピンチである。


「レオンさん、なんだか大きな声が聞こえましたけど、どうしました?」

「うぇっ!?」

 リーフねぇ離れろと目配せをするが、気付いているのかいないのか、リーフねぇは一向に離れようとしない。それどころか、「すんすん、弟くんの匂いだぁ」とトリップしている。

 帰ってきてリーフねぇーっ!


「……レオンさん?」

「な、なんでもないから気にしないでくれ!」

「なんでもないにしては妙に慌ててませんか? ……入りますよ?」

「い、いや、いまは、いまは不味い!」

「不味い? 不味いって……どういうことですか? 入りますからね? ――っ」

 扉を開けて入ってきたセシリアが、俺達を見て硬直した。


「……お嬢様? 一体どうしたので……あらあら、これはこれは」

 セシリアの後ろに控えていたメリッサが指先で口元を隠す。

 たぶん、セシリア達にはこう見えているだろう。


 リーフねぇを足下に跪かせ、あれこれご奉仕させている――と。


「……レ オ ン さん? なにを……して、いえ、させて、いるん……ですか?」

「い、いや、誤解だから!」

「この短時間で五回もしたんですか!?」

「公爵令嬢がなにを言っちゃってるんですかね!?」

 俺に対して無防備だから、そっち系の知識は乏しいと思っていたのに!


「リ、リーフねぇもなにか言ってくれ!」

 下腹部に顔を埋めるリーフねぇに援護を求める。それに答えて、リーフねぇはゆっくり、ゆっくりと顔を上げて……そのまま俺を見上げた。


「ふふっ、弟くんの匂いが、あたしに染みついちゃった」

「普通のっ、普通の体臭だからっ!」

 まさかのフレンドリーファイア。

 い、いや、一発、一発なら誤射だから。次はちゃんとした、援護を――


「弟くんがして欲しいときは、またいつでもして上げるからね」

 誤射じゃなくて故意だったああああああああっ!


「……レオンさん、お話があります」

「だから誤解――勘違いだって。なにもしてない。ただ……」

 ただ、リーフねぇが泣いてたから慰めていただけという言葉は飲み込んだ。俺には弱いところも見せるリーフねぇだけど、他の人にはそういう面を見せたがらないからだ。


「……ただ、なんですか?」

「ごめんなさい。ちょっとからかっただけよ」

 リーフねぇが隣に座り直し、さらっとフォローを入れてくれる。


「どうして急に……」

「弟くんが気遣ってくれたのに、あたしがイジワルする訳にはいかないじゃない」

 どうやら、リーフねぇが泣いていたことを黙っておいたことに対する恩返しと言うことらしい。普段は茶目っ気たっぷりなのに、義理堅いのは相変わらずだ。


「…………なんだか、二人はとっても仲が良いですよね」

 セシリアがじとーっと睨みつけてくる。


「おかげさまで、わだかまりはなくなったわ。もうすっかり以前のように仲良しよ」

「そう、ですか……で、でも、わたくしの方が、レオンさんと仲良しですからね?」

 対応心を燃やす年下のお姉さん。微笑ましいと言いたいところだけど……リーフねぇがイタズラっぽい笑みを浮かべたのが不吉すぎる。


「仲良しって、どんな感じに?」

「そ、それは……ひ、膝枕や、添い寝だってしました!」

「あら、あたしだって何度もして上げたことがあるわよ。それに、お風呂だってずっと一緒に入ってたんだから」

「――ちょ、リーフねぇ!?」

 さっきの発言はなんだったんだよと耳打ちする。それに対して返ってきたのは、「さっきの誤解を解いたので義理は返したでしょ?」だった。

 あらたな誤解……と言うか、セシリアへの宣戦布告は自重するつもりがないらしい。


「…………レオンさん、お風呂って……どういうこと、ですか?」

 恐い、目が恐い。ハイライトの消えた目で詰め寄ってくるのは止めろおおおっ。


「……レオンさん、答えられないんですか?」

「ひぅ。こ、子供っ、子供の頃の話だから!」

 もっとも、エルフのリーフねぇはいまと変わらない見た目だったけど――とは口が裂けても言えない。というか、言ったら口を裂かれそうな気がする。


「子供の頃……ですか?」

「そうそう。言っただろ、子供の頃に拾ってもらったって。あの頃の俺にとっては、リーフねぇだけが家族だったんだ。だから、他意はない、他意はないからっ!」

「――でも弟くん、ある日を境に逃げるようになって、徐々に入らなくなったわよね?」

「そ、それは、俺が成長したらそうなるのは当然だろ?」

 リーフねぇがなにを考えてるのか分からなくて戸惑う。


「つまり、入らなくなる寸前の頃は、あたしのことを女として意識しつつも、一緒にお風呂に入ってたってことよね?」

「――んなっ!? い、いや、それは……」

「それは?」

「……むぐぐ」


 ぶっちゃけ図星……だけど、仕方ないじゃないか!

 一緒にお風呂に入るのが恥ずかしくなって、でも、『いつも一緒に入ってるに、急にどうしたの?』とか言われたら、意識しちゃったから恥ずかしい――なんて言えるはずないだろ!?


「レオン……さん」

「は、はい」

「意識、したんですか?」

「いえ、そんな、まさか」

「そうですよね。お姉さん相手に意識なんてしないですよね」

「も、もちろんだぞ?」


 うぅ、胃がキリキリする。

 この後なんて言われるのだろう……と怯えていたのだけど、続けられたのは、満面の笑みでの「レオンさんを信じます」という天使のような言葉だった。


「……セシリア、ありがとう」

「どういたしまして。……ところで話は変わりますが、今日はわたくしと一緒にお風呂に入りましょうね」

「――はぁっ!?」

 なに、なんでそんな話に!?


「お姉さん相手にお風呂に入っても意識しないんですよね? なら、わたくしと入っても、なんの問題もないはずです。今夜は、お姉ちゃんが背中を流して上げますね」

「い、いや、それは……」

「なんですか? 実はさっきの言葉は嘘だったんですか?」

「いや、そんなことは、ないん、だけどぉ……」

 ぐぬぬ。分かってやってるのか、それとも天然なのか。どっちにしても逃げられない。


「そ、そうだ。お風呂は小さいって言ってただろ!」

「そうでしたわね。では……温泉を作ったらでいかがですか?」

「温泉? あぁ、固有結界の話か。それなら……まぁ」


 なにしろ、温泉のポイントは意外と高い。他に必要なモノがあるからと言い訳をすれば、なんとかなるはず。たぶん、きっと……


 現実逃避の使用可能なポイントが増加しました。


 出たな、現実逃避と言う名の、現実に引き戻すメッセージが。でも、今回はただの現実逃避と言い切れないはずだ。

 なにしろ、他に必要な物がたくさんあるのだ。ぶっちゃけ、居住性や、町の発展を優先したら、ポイントの高い温泉を設置なんて贅沢は出来ない。


 期間限定セール。

 温泉の施設に必要なポイントが半分になりました。


 ――なんじゃそりゃあああああっ!

 おかしいだろ。どう考えてもおかしいだろ!? このスキル、一体どうなってるんだよ!?


「……レオンさん?」

 あぁ、そうだった。いまは謎のスキルの究明よりも、セシリアとの対話を――


 現実逃避の使用可能なポイントが増加しました。


 そっちでも上がるのかよっ!

 もう、なにが現実で、なにが逃避なのか訳が分からねぇよ!

 いや、落ち着け。なにはともあれ、ポイントが増えるのは悪いことじゃない。ここはちゃんと落ち着いて、まずはセシリアとの会話に集中――


「ねぇ弟くん、さっきも言ってたけど、固有結界ってなに?」

 思わず両手で顔を覆った。



「ええっと……こほん。まずはセシリア。その件は後日話し合おう」

「ホントですか? そんな風に言って誤魔化そうとしてるだけじゃないですか?」

「大丈夫、ちゃんと今度話すから!」

「分かりました、約束ですからね?」

「ああ、もちろん約束だ」

 セシリアを宥めすかし、今度はリーフねぇへと視線を向ける。


「それからリーフねぇ。俺は固有結界なんて言ってないぞ」

「なにを言って――」

「固有結界じゃなくて、こういう結果が良いって言ったんだ」

「……はい?」

「いや、だから、こういうドタバタしたやりとりを出来る相手がいるのは良いなぁって」

「……へぇ、なるほど、そうだったんだ~」

 よし誤魔化せた。


 現実逃避の使用可能なポイントが増加しました。


 えぇい、うっさい。こんなの、他にどうしようもないだろ!? いまのは現実逃避じゃなくて、そういうことにするのが最善だと現実を見た結果だ!


 先ほどのポイント増加を取り下げました。


 ――って、取り下げるのかよ!? なに? なんなの? 納得しちゃったの? 本気でなんなの、このメッセージ。どう考えても誰かの意志が介入してるだろ。


 ………………ま、まぁ良いや。ひとまず現実に目を向けよう。

 セシリアのは問題を先延ばしにしただけだけど、対処できない部類じゃない。リーフねぇにはかなり怪しまれているけど、惚け通せば問題はないだろう。

 ひとまずは大丈夫なはず――ということで、俺はあらためてリーフねぇを見た。


「それで、リーフねぇはこれからどうするんだ?」

「もちろん、あたしは弟くんの側にいるわよ。出来れば、このお屋敷に住まわせてくれるとありがたいんだけど……」

 後半はセシリアに向かって問いかける。


「このお屋敷に、ですか?」

「ええ、必要なら労働でお礼をするわよ?」

「それは……」


 衣食住を提供するだけで、森の聖女の協力を得ることが出来る。白雪を治療した手並みを知っているセシリアにとって、この幸運を逃す手はないはずだ。

 だけど、それでも、セシリアは迷うような素振りを見せた。


「ダメ、かしら?」

「一つ聞かせてください。リーフさんにとって、レオンさんはどういう存在なんですか?」

 長い沈黙の後、セシリアの唇からこぼれ落ちたのはそんな言葉だった。


「あたしにとっての弟くん? そうね――」

 リーフねぇがセシリアに耳打ちをして、それを聞いたセシリアが目を見張った。

 そして、今度はセシリアがひそひそ。

 今度はリーフねぇが返答して、セシリアが頷く。


「そういうことなら、わたくしは……」

「待って待って。ほら…………でしょ?」

 再びリーフねぇがなにかを耳打ちし、セシリアが眉をひそめた。


「……なるほど、分かりました。たしかにその通りですね」

「ええ、だから、一時休戦と行きましょう」

 リーフねぇが手を差し出して、セシリアがその手を掴んだ。


 なんだか良く分からないけど、二人とも根が優しいからな。

 きっと波長が合ったんだろう。

 ……

 …………

 ………………

 な、なるほど、現実逃避だって自分で理解してるとポイントは増えないんだな。


「それじゃ、ささやかですが、リーフさんの歓迎の宴を開催すると致しましょう。メリッサ、夕食の用意……と、その前に、リーフさんを客間へ案内して上げて」

「かしこまりました。こちらです、リーフ様」

「ありがとう。それじゃ弟くん、セシリアさん、また後でね」


 メリッサに案内されたリーフが退出していく。それを見届けたセシリアが、俺に向かって穏やかな微笑みを浮かべた。


「それじゃ、固有結界に行きましょうか」

「……ええっと? それはなにをしに……だ?」

 ゴクリと生唾を飲み込む。


「なにって、フラムの苗を植えるんですよね?」

「あ、そうだった」

 ポイント節約のために、スコップを持ち込もうとして戻ってきたんだった。白雪の容態悪化や、リーフねぇの来訪ですっかり忘れていた。

 セシリアはこんな状況でも、領民のことを考える心優しい代官だな。



「――って、思ったのにいいいいいいいっ!」


 固有結界にやって来た俺達は、予定通りにフラムの苗を植えた。それは良い。良かったのだが、土いじりで泥んこになったセシリアが満面の笑みで言い放ったのだ。

「困りましたわ。こんなに泥だらけになってしまっては戻れませんね。お背中を流すので、一緒にお風呂に入りましょう」――と。


 泥だらけで戻ったら怪しまれるというのは分かる。

 けど、一緒に入る必要はないはずだし、そもそも困りましたわって、すっごい満面の笑みを浮かべてるし、完全に計算された行動だと思う。


「ええっと、その、さっきも言ったけど、お風呂はほら、狭いからさ」

「さっき端末を見たんですけど、温泉がポイント半分のセール中ですよね?」

「うぐぅ……」


 そう、だった。セシリアにサブオーナー登録をしたから、確認できるようになってるんだった。バカバカ、俺のバカ。なんで、セシリアに権限を渡しちゃったんだよ!

 いや、たしかに温泉のポイントが半分というのは魅力的だけどな。


「ねぇ……レオンさん、レオンさんは、お姉さんとお風呂に入っても、変な気分になったりしないって言いましたよね?」

「いや、それはたしかに言ったけど……」


 そんなの、嘘に決まってる。実の姉や妹が相手ならなにも思わないのかもしれないけど、リーフねぇやセシリアは違う。

 たしかに、俺の好みは癒やし系のお姉さん――つまりはリーフねぇに憧れていて、傭兵団を抜けてからはメリッサのようなお姉さんとお付き合いしたいと思っていた。


 だけど、セシリアは仲間に見限られたと落ち込んでいた俺の家族になると言ってくれた、年下だけど癒やし系の女の子で……俺にとって掛け替えのない存在になりつつある。

 そんなセシリアと混浴なんて、冷静でいられるはずがない。

 なんて、言えるはずもなく――


「だったら、お姉ちゃんなわたくしと一緒に入ってもなにも問題ありませんよね?」

「えっと……その」

「問題、ありませんよね?」

「……はい」

 他に答えようがなくて、俺はこくりと頷いた。

 なのに、


「……レオンさんのばか」

 不満気な顔をするセシリアは理不尽だと思う。

 そんな顔をされたら、セシリアが俺を弟としてじゃなくて、それ以外での好意を向けてくれている……って、勘違いしちゃうじゃないか。

 

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