第17話 温泉で混浴

 ひとまず、一緒にお風呂に入る必要はなくなった――なんて思ったのだけど、そんなことはなく、セシリアに見守られながら端末を操作して、家の隣に温泉を設置する。

 木造の壁に囲まれた施設で、入り口には男女別の脱衣所がある大きな温泉だ。

 ここまで来て逃げたりしませんよね? と釘を刺された俺は脱衣所で服を脱ぎ、腰にタオルを捲いて浴場へと足を踏み入れる。


「おぉ……これは、なかなか」

 そこは青い空が見える露天風呂となっていた。

 もちろん、この世界は固有結界による作り物で、太陽もなければ夜空もない。謎の光源に照らされる穏やかな空があるだけだけど……露天風呂から見る景色は格別だった。


「レオンさん、お、お待たせいたしました」

「――っ」

 セシリアの声に身体がびくりと跳ねた。

 それでも平常心を装いつつ振り返ると、そこには――バスタオルを捲いただけの女の子が、恥ずかしそうにたたずんでいた。

 裸体に薄いタオルを捲いただけのため、胸のラインが浮き出てしまっている。プラチナブロンドを持つ公爵令嬢の無防備な姿に、思わず顔がカッと熱くなる。


「レ、レオンさん、そんなにじっと見られたら恥ずかしい、です……」

「ご、ごめんっ」


 慌てて明後日の方を向く。けれど、脳裏にはしっかりとセシリアの姿は焼き付いていた。

 あぁ……畜生、落ち着け。

 セシリアが俺と混浴を望んでいるのは、リーフねぇへの対抗心。弟である俺を、他の姉にとられそうになっていることに対する嫉妬。言うなれば、純粋な家族としての好意だ。

 それなのに、俺がセシリアに性的な感情をぶつける訳にはいかない。


「――さん、レオンさんってば」

「え、あ、すまん。聞いてなかった」

「お背中、流しますって言ったんです」

「い、いや、それは――」

「なら、わたくしの背中を流してくれますか?」

「……俺の背中を流す方で頼む」

 その二択なら前者の方が安全だと、被害が大きくなる前に頷いた。

 よく考えれば自分で洗うという選択肢もあったはずなんだけど……それに気付かないくらいには、俺もテンパっていたらしい。



「ごーし、ごし。ごーし、ごし。レオンさん、かゆいところはありませんか?」

「……いや、大丈夫だよ」

 備え付けの身体を洗う石鹸――ボディーソープと書かれたそれをつけたタオルで、セシリアが背中を擦ってくれている。

 たしかに気持ち良いんだけど……罪悪感がヤバイ。

 セシリアは弟としか思ってないのかもしれないけど、俺はそこまで割り切れていない。にもかかわらず、意識なんてしてないと嘘をついて混浴をしている。

 なんと言うか……覗き見しているような罪悪感があるのだ。



「うん、これでよしっ、です。……前も洗った方が良いですか?」

「い、いや、それはさすがに自分で洗うから。セシリアは自分の身体を洗ってくれ」

「……分かりました。それじゃ、隣で洗わせてもらいますね」

「え、おい、隣って――っ」

 隣に座るセシリアがバスタオルを外そうとしたので、俺は慌てて視線を逸らした。


「さすがに恥ずかしいから、こっちは向かないでくださいね」

「わ、分かってる――けど、それなら、もう少し向こうで洗えば良いだろ?」

「せっかく一緒に入ったのに、寂しいじゃないですか」

「その気持ちは分からなくもないけど……」


 幼くして両親を亡くした俺には、家族の温もりを求める気持ちが分かる。セシリアの場合は幼くないけれど、母を亡くしたばかりみたいだしな。

 仕方ない。セシリアの方は向かないように気を付けて身体を洗おう。



 身体を洗い終わった後、俺達は並んで露天風呂の湯船に浸かる。

 お互いタオルを外しているので、横を向けば産まれたままのセシリアがいるはずだ。それを見てしまわないようにするには鉄の意志が必要だった。


「ところで、レオンさん。シロちゃんはどうするつもりですか?」

「……えっと、太陽の下に出られないことか?」

 思わず振り向きかけて、慌てて顔を正面に固定する。


「それもありますけど、集落から……その」

「ああ、追い出されたみたいだな」

「……はい。わたくし達と一緒で、帰るところがないんですよね」

「それは違うだろ?」

 即座に、そして、強く否定する。


「え? ……あぁ、レオンさんが追い出されたのは誤解だったんですよね」

「いや、リーフねぇは誤解だったけど、俺を追い出したがってた奴らがいたのは事実だから、傭兵団に帰れないのは事実だけどな」

「えっと……?」

 だったらどういうことですか? とでも言いたげに視線を向けてくのを気配で感じる。俺もタオルを外してるから、こっちを向かれると恥ずかしいんだけどな。

 それはともかく、俺がなにを言いたいか、だったな。


「俺達は帰る場所を失ったけど、帰る場所がない訳じゃない。セレの町が、いまの俺達にとっての帰る場所、だろ?」

 白雪が俺達のもとに留まることを望むかは分からないけど……望むのなら一緒にいれば良いと思う。少なくとも、俺達は白雪の悲しみを共有することが出来るのだから。


「レオンさん。わたくし……レオンさんと出会えて良かったって思います」

 ちゃぷんとお湯を揺らしてセシリアが呟いた。


「……俺も、セシリアと出会えて良かったと思ってるよ」

 その言葉を口にしてから、これじゃまるで告白みたいだと気付く。

 だから――


「えっと、その、いままで俺に家族と呼べる存在はリーフねぇしかいなかったから、セシリアみたいなお姉ちゃんが出来て嬉しいんだ」

 そんな風に取り繕うと、すぐ隣からパシャンと水音が響く。


「……リーフさんと同じくらい、わたくしのことを大切だって思ってくれてるんですか?」

「当然だろ」


 無意識に答えてから、少し驚いてしまう。

 俺を拾って育ててくれた命の恩人。育ての親でもあり、ずっとずっと一緒だったリーフねぇと同じくらい、セシリアの存在が俺の中で大きくなっているって気がついたからだ。


「レオンさん」

「うん?」

「レオンさんの面倒は、お姉ちゃんがずうぅっと、見てあげますからね」

「セシリアは、姉の役割を誤解してると思う」

「じゃあ、レオンさんの思う、姉の役割ってなんですか?」

「それは……」


 俺の求める癒やし系のお姉さんは、ベッドの上で優しくリードしてくれる系だ――なんて言えるはずもなく、思わず視線を彷徨わせた。


「それは、なんですか?」

「ええっと……セ、セシリアの好きにすれば良いんじゃないかな?」

「ふふっ、だったらそうします」

「そうするって、なにを……っ」


 セシリアが、腕を絡めてきた。

 互いの腕が軽く絡んでいるだけだけど、なんかむちゃくちゃ恥ずかしい。

 落ち着け、落ち着け俺――と、果てのある青い空を見上げる。そうして無言でお風呂に浸かり続け――俺達は揃って逆上(のぼ)せた。




「……だ、大丈夫か?」

「ら、らいじょうぶ、です」

 湯船で軽く逆上(のぼ)せたセシリアを支えつつ、家の玄関へと移動する。

 一応、自力で服を着られる程度には大丈夫だった――と言うか、大丈夫じゃなかったら、俺が大丈夫じゃなかったけど、セシリアの顔は真っ赤だし、足取りもおぼつかない。

 ひとまずはメリッサに介抱してもらおうと、固有結界の扉を開けたのだけど――


「リーフ様、ダメですって。部屋にお戻りください」

「でも、この扉、絶対普通じゃない……あら?」


「……あっ」

 至近距離でリーフねぇと目が合ってしまった。回れ右して、文字通り現実逃避したい気分だけど……それをしたら扉の前で張られそうだ。

 少し葛藤した後、仕方がないと自分の部屋に戻る。


「お、弟くん、その扉、もしかして――」

「ちょっと待ってくれ。――メリッサ、セシリアに水をあげてくれ」

 セシリアをベッドサイドに座らせつつ、メリッサにお願いする。


「水ですか? あら、なんだかお顔が赤いですが……大丈夫ですか?」

 セシリアの顔を覗き込んだ。

「……えぇ、らいじょうぶ。ただ、お風呂に入って逆上せただけ、らから」

 ――あ゛。

 思わずうめくが後の祭りだった。

 

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