第13話 年下のお姉ちゃんは二人もいらない

 森の奥で衰弱したイヌミミ族の子供を保護したら、成人したイヌミミ族の女性が飛び出してきた。俺が子供に危害を加えたと思われても仕方のない状況。

 どう考えてもヤバイ。

 下手を打ったら、イヌミミ族の集落と、セレの町で抗争が起きてしまう。


「レオンさん、大丈夫なの!?」

「大丈夫だから、そのまま待機しててくれ! 絶対にこっちから動くなよ!」

 この状況で刺激するのは不味いと、フィーナ達を一喝する。そうして、争う気はないという意思を見せつつ、イヌミミ族の女性へと視線を向けた。


「……一応言っておくけど、俺がこの子を傷つけた訳じゃないからな?」

「貴方は、その子をどうするつもり?」

 イヌミミ族の女性は、静かな声で聞いてきた。いますぐ襲いかかってくるような雰囲気はないけど……微妙に会話が成り立ってないし、油断は出来ないな。


「どうするつもりもなにも、危害を加えるつもりはない」

「ここに捨て置くのかと聞いているのよ」

「……はい? 仲間が見当たらなかったら治療をするつもりだったけど、あんたがいるならその必要はないだろ? もちろん、助けがいるなら手を貸すけど……?」

 イヌミミ族は誇り高く、人間と仲良くすることはあまりないという。なら、俺は立ち去った方が丸く収まるはずだ。


「その子は、集落の者達に捨てられたの。だから、私が保護することは出来ないわ」

「……捨てられた?」

 問い返すが、イヌミミ族の女性は答えない。

 どうやら、詳しい説明をしてくれるつもりはないみたいだ。


「貴方が保護しないのなら、その子はここで死にゆく定めよ。そんなことを平然と出来るほど、貴方は薄情じゃないわよね?」

「ええっと……それは、俺にこの子を保護しろと言ってるのか?」

 確認をするけど、やはり答えてくれない。いや、もしかしたら答えられない事情があるのか? ……そうだな、ちょっと確認してみるか。


「保護したいのはやまやまだけど、勝手にイヌミミ族の子供を連れ帰って、後で拉致したみたいなことを言われると困る」

「言ったでしょ、その子は捨てられた。だから、どこでどうなろうと、イヌミミ族がそれに対してどうこうすることはないわ」

「……ふぅん。なら、俺がこの子を奴隷にしようが――っ」

 みなまで言うことは出来なかった。物凄い殺気が飛んできたからだ。


「落ち着け。あんたの反応が知りたかっただけだ」

「……本当でしょうね?」

「本当だって。俺……と言うか、近くにある町は、イヌミミ族と仲良くしたいと思ってるんだ。だから、あんたの機嫌を損ねるようなことをするつもりはないさ」

 イヌミミ族の女性は少し考えるような素振りを見せた。


「そうね……その子を保護してくれたら、私が口利きをしてあげても良いわ」

「……なるほど、なんとなくだけど、あんたの事情が見えてきたな」

「余計な詮索はしないで。それで、どうするの?」

「口利きしてくれるって言うなら、望むところだ。この子は俺が連れて帰るよ」

 その瞬間、イヌミミ族の女性はたしかに安堵するような表情を浮かべた。


「なら、これを持っていきなさい」

「――っと」

 いきなり投げられたなにかを空中で掴み取る。


「これは……勾玉?」

「その子が大切にしていたものよ。その子が目覚めたら渡してあげて。それから、私達イヌミミ族と仲良くしたいと言っていたわね? しばらくしたら話を聞きに行って上げるから、どこに行けば会えるか教えなさい」

「素直に、この子の様子を見に来るって言えば……って、殺気を飛ばすのは止めろっ!」

「貴方がつまらないことを言うからでしょ?」

「……ちょっとした冗談だろ」


 さっきから試したのは俺が悪かったけど、軽い冗談で殺気を飛ばされては敵わない。

 そう抗議したつもりだったのだけど、ジト目で睨みつけられる。


「分かった分かった。俺はレオン。近くの町にある領主の屋敷でやっかいになってる」

「そう……分かったわ。それじゃ、その子のことは任せたわよ」

 言うが早いか、イヌミミ族の女性は名乗ることもなく立ち去っていった。



「レオンさん、大丈夫!?」

 イヌミミ族の女性の姿が見えなくなった瞬間、フィーナ達が駈け寄ってきた。


「大丈夫って言っただろ? なにをそんなに慌ててるんだよ」

「あんな殺気をぶつけられたんだもん。それは慌てるよ!」

「あぁ……あの殺気な。俺もちょっと驚いた」

「え、ちょっとってレベルじゃなかった気がするんだけど……あぁ、そういえば。レオンさんって、深紅のレオン様だったんだよね」

「……それ、さっきも言ってたよな。別の奴と間違ってないか?」

 少なくとも俺は、深紅のレオン様なんて恥ずかしい呼称に心当たりはない。


「深紅って傭兵団の、レオン様だよ?」

「それは……俺だな。でも、なんでレオン様なんだ? 俺は雑用係の落ちこぼれだぞ?」

「なにを言ってるの? 深紅のレオン様は、英雄達を影から支えて、深紅を最強の傭兵団へと押し上げた、サポート系のスキルを持つ冒険者にとって憧れだよ?」

「押し上げたって……深紅が最強と言われるのは、団長達が強いからだぞ?」

「でも、五年くらい前までは、ただ強い人達の集まってるだけだって言われてたんでしょ?」

「ふむ……」


 たしかに、団長は戦うことしか興味がない脳筋だった。いや、どう見てもリーフねぇに惚れてたから、色恋ごとには興味があったはずだけど。


 とにかく、いわゆる事務的な仕事には興味を示さなかった。戦うことを断念した俺が事務を始めたのは、団長のずさんな部分を補おうとしたからだ。

 ……結局、必要ないって言われたんだけどな。


 でも、なんとなく分かった。

 サポートに特化した者は不遇扱いされる傾向にある。

 だから、事務の仕事を続けていたとはいえ、深紅という有名な傭兵団に所属していた俺は、ほかのサポート系のスキルを持つ冒険者からは成功してるように見えたんだろう。

 もしくは、希望を持つために、少し大げさに語られてるか、だな。


「褒められて悪い気はしないけど、そんな大げさなことはしてないよ」

「謙虚だなぁ……」

「いや、まぁ……良いけどな。それより、いまはこの子の保護だ」

「さっきのやりとりは聞こえてたけど……本当に大丈夫なの?」

「……そうだな。とくに俺達をはめる理由もないはずだし、たぶん大丈夫だ」

 もしなにか問題が起きたとしても、そのときはこの子を帰せば済む話だ。と言うことで、イヌミミ族の子供と、収穫したフラムを持って街へ帰還することになった。



 俺達はなにごともなく町に帰還。

 フィーナ達に報酬を支払って、ひとまず屋敷へと戻って来たのだけど――


「レオン様、お帰りなさいませ。その子は……どうなさったんですか?」

 玄関で出迎えてくれたメリッサが、腕の中で眠るイヌミミ族を見て小首をかしげた。


「色々あって拾ってきた。このお屋敷で保護したいんだけど……許可をくれないか?」

「……はぁ。お嬢様がフィーナさんの件で心配していたので、杞憂だと申し上げていたのですが……まさかその斜め上をいって帰ってくるとは思いませんでした」

 なぜかため息をつかれてしまった。


「……不味かったか? 一応、サポートスキルで、変な病気とかじゃないのは確認したけど」

「そういう意味ではなく……いえ、忘れてください。ひとまず掃除が終わったばかりの客間があります。そこに案内いたします」

「ありがとう、助かるよ」

 という訳で、連れてこられた客間のベッドにイヌミミ族の子供を寝かせた。

 薄汚れた子供を綺麗なベッドに寝かせても、嫌な顔一つしない。

 メリッサは本当に癒やし系のお姉さんである。


「それじゃ、お嬢様に報告して来ます。それと、身体を拭くためのお湯を張った桶とタオルを持ってきますね」

「あぁ、ありがとう」

 退出していくメリッサにお礼を言って、イヌミミ族の子供へと視線を向けた。


 パッと見た印象は白。真っ白な髪に、透けるような白い肌。

 その白い肌が、あちこち赤くなっている。


「炎の魔法であぶられた……とかじゃないよな? もしくは、火傷に見えて、実は樹液かなにかでかぶれたとか……いや、それはないな」

 さっき、サポートスキルで火傷だと確認している。だとすれば、火傷を負っているのは間違いない訳で……なんで火傷を負ってるんだろ?


 いや、火傷の原因は、この子が目覚めてから聞くとして、まずは身体の汚れを落として、それから食べ物を与えて、衰弱している状態をなんとかしないと、だな。


 メリッサがお湯の張った桶を持ってきてくれるはずだから、それまでに服を脱がしておこうと、イヌミミ族の子が着る服を脱がしに掛かった。

 そのとき扉がノックされて、セシリアが部屋に入ってきた。


「レオンさん、なんだかイヌミミ族の女の子を保護したと聞いたのですが……」

「うん? イヌミミ族の子供は保護したけど――うおっ」

 男の子だと言うより早く、俺はセシリアによって引き倒された。イヌミミ族の子供を下敷きにしそうになったので、俺はギリギリでそれを回避する。


「いてて……セシリア、無茶をするなよ。この子を下敷きにしたらどう……」

 みなまで言うことは出来なかった。セシリアが俺に跨がり、ハイライトの消えた瞳で俺をじっと見つめていたからだ。

 瞳に込められたのは殺気というのも生ぬるい。下手なことを言えば殺されそうだ。


「わたくしと、わたくしというものがありながら……」

「え、あの……セシリア? 一応言っておくけど、この子は……」

「――わたくしというものがありながら、更に年下のお姉さんを作るつもりですか!?」

「はいぃ?」

 意味が分からない。


「ええっと……セシリアはなにを言ってるんだ?」

「ですから、この年下の女の子を、お姉さんにするつもりなのかと聞いているんです」

 聞き返しても同じだった。やっぱり意味が分からない。


「一応言っておくけど、この子は男の子だぞ?」

「どこがですか。どう見ても女の子ですよ!」

「……え?」

 自信がなかったので、上半身を起こして眠っているイヌミミ族の子供に視線を向ける。たしかに整った顔立ちをしているけど……俺には分からない。

 ついでに言えば、まだ子供だから、体型では判断がつかない。


「……ホントに女の子、なのか?」

「メリッサも同意見ですよ?」

「マジか……」

 ……ここまで自信満々に言うってことは、それだけ確信があるんだろう。対して、俺が男の子だと思ったのは、この子が自分のことをボクと呼んでいたからってだけ。

 と言うか、いまにして思えば、声も可愛らしかった気がする。


「……ええっと。ごめん、この子が女の子だって気付いてなかった」

「見たいですね。と言うことは、年下のお姉さんにするつもりで連れて帰ってきた訳ではないんですね?」

「ないない、さすがにそれはない」

「なら、女の子だって気付いて、年下のお姉さんにしようと思ったりは……?」

「ないって。俺の年下のお姉さんは、この世界でセシリアだけだ」


 わざわざ年下の女の子をお姉さんにする必要がどこにあるというのか。癒やし系のお姉さんを求めるのなら、最初から年上のお姉さん――たとえばメリッサを選ぶ。


「…………し、だけ」

「え、なんだ?」

 セシリアがなにかを呟いたのだけど、それが聞こえなくて顔を上げる。すると、俺にのしかかっていたセシリアが、なぜか頬を火照らせていた。


「……この世界で、私だけ……私だけって」

「ああ、そう言ったけど?」

「~~~っ」

 なにやら悶えている。その姿はなんだか可愛いけど……どうしちゃったんだ?


「うぅん……」

 小さな寝息が聞こえた。どうやら、イヌミミ族の子供あらため、イヌミミ幼女が目を覚ましかけているらしい。

 横で、男が女の子に押し倒されてるなんて状況を見たら混乱するだろう。そう思ったので、セシリアに退いてもらって起き上がる。


「えっと……ここは……どこ? ボクは、どうして……」

 イヌミミ幼女がゆっくりと瞳を開いた。神秘的なオッドアイ。青みを帯びた紫の右目と、赤みを帯びた紫の左目が、不安げに周囲を見回す。


「ここはわたくしのお屋敷で、貴方は森で倒れていたそうです」

「――っ、誰!?」

 イヌミミ幼女は飛び起きて、怯えるようにベッドの隅へと後ずさった。


「怯えなくても大丈夫よ。わたくしは、セシリア・ローゼンベルク。貴方を保護したレオンさんの、癒やし系のお姉さんだから」

 ……それ、説明する必要なかったよな? イヌミミ族の女の子も、なんか俺とセシリアを見比べて、「妹じゃなくて、お姉さん……?」とか不思議そうにしてる。

 イヌミミ幼女よ、その気持ちは良く分かるぞ。


「混乱するのも無理はないけど、ここは安全だ」

 イヌミミ幼女を安心させようと、可能な限り穏やかな口調で伝えた。


「……お兄さん、人族……だよね? ボクに、酷いこと、したり……しない?」

「もちろん、酷いことなんてしないよ。……もしかして、人族になにかされたのか?」

 原因不明の火傷の理由。それが人間によるものなのかと少し焦る。だけど、幸いと言って良いのかどうかは分からないけど、イヌミミ幼女は首を横に振った。


「酷いことはされてないよ。ただ、ボク達イヌミミ族を捕まえて、奴隷にする人がいるって聞いてたから……お兄さん達は違うよね?」

 不安そうな顔。だから、大丈夫だと微笑んでみせる。


「俺はイヌミミ族の女性に、キミの保護を頼まれたんだ」

「……イヌミミ族の、女性?」

「ああ。それで、これを渡して欲しいって」

 女性から預かった勾玉のネックレスを手渡した。


「あ、これ……」

「大切なモノなんだろ?」

「うん……凄く、凄く、大切な……モノなの」

 よほど大切なのだろう。

 イヌミミ幼女はネックレスをぎゅっと握りしめて涙をこぼした。



「俺はレオン。キミの名前を聞いても良いか?」

 イヌミミ幼女が落ち着くのを待って、俺は静かに問いかける。

「ボクは……白雪、だよ」

 変わったイントネーションだけど、イヌミミ族特有の名前なのかな。


「それじゃ白雪。辛いかもしれないけど、なにがあったか話してくれないか?」

「……なにが、あったか?」

「そう。どうして、森で倒れてたんだ?」

「それは……お母さんが……死んじゃって。ボクは、呪われた子だって……それで、集落を出て行けって、言われて、それ、で……それで……あ、れ?」

「白雪?」

「おかしいな、なんだか、頭がぼーっとして……考えが、まとまら……っ」

 その言葉の続きは、聞くことが出来なかった。

 白雪の上半身がふらりとかしぎ、そのまま倒れてしまったからだ。

 

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