第12話 レオンの評価

 森の奥に行くのには準備が必要なので、出発は日をあらためてとなった。

 ――という訳で、約束の日の朝。

 冒険者ギルドで待ち合わせをして、冒険者達と森の奥を目指すことになった。まずは町の外れから遠くに見える森の入り口まで徒歩で行き、周囲を警戒しつつ森の奥を目指す。

 幸いにして、そこまで深い森じゃないようで、森を掻き分けて進むのにそこまで苦労はしない。特になにごともなく、わりと森の奥までやって来た。


「ねぇねぇ、レオンさん、ちょっと聞いても良いかな?」

 なにごともない時間が続いているので、周囲への警戒心が薄れてきたんだろう。横を歩いていたフィーナが話しかけてきた。


「聞きたいことって……なんだ?」

「うん。レオンさんはどんなスキルを持ってるの? 剣を持ってるってことは、ジャックと同じ剣士系のスキルなんだよね?」

「あぁいや、俺の所持するスキルはサポート系だけなんだ。だから、剣のスキルはなしだな」

 その話が聞こえていたんだろう。先行していたジャックがばっと振り向いた。


「あんた、サポートスキルしかないのかよ? サポートスキルだけなんて、ほとんど戦力にならないだろ。良くそれで冒険者をやっていられたな」

「ちょっと、ジャック、失礼だよ!」

 フィーナが声を荒げた。


「あぁ……悪い。依頼人を馬鹿にするつもりはないんだ。それに、足手まといにならないだけでも助けになるしな。大丈夫だ、あんたのことは俺達が護ってやるから」

「だ~か~ら~、それが失礼なんだってば!」

「すまんすまん。取り敢えず、俺は先行して前方を警戒してるよ」

 ジャックは笑って、言葉通り先行を始めた。

 悪気はなさそうだけど、完全に格下扱いされてるな。

 もっとも、ジャックが戦闘系のスキルを持っているのなら、数年後には確実に俺の何倍も強くなる。だから、俺が格下なのも間違ってはいない。


「……ごめんね、レオンさん。フィーナが立ち入った質問をしたから」

「いや、戦力が気になるのは当然だし、あやまる必要はないよ」

 そう言ったんだけど、フィーナは責任を感じちゃったのだろう。その後は言葉が少なくなって、静かに森の奥を目指すことになった。



 しばらくして、俺達はフラムの生息地を見つけた。

 ジャックが周囲の警戒を担当して、俺とフィーナでフラムの採取をはじめる。けど、フィーナがさっきのことを気にしてるみたいで空気が重い。

 なにか世間話でもして空気を一新しよう。


「なあ、フィーナ。今度は俺から質問しても良いか?」

「え? う、うん.もちろんだよ」

「ありがと。なら聞くけど、フィーナは魔法使い、なんだよな?」

「うん。フィーナは風属性の魔法と、魔法の威力を上げるサポートスキルがあるんだよぅ」

「へぇ……それはバランスが良いな」

 自分で自分の魔法の威力を上げて、攻撃魔法で敵を倒す。


 俺も攻撃系のスキルが一つでもあれば、自分の身体能力を上げて戦えたんだけどな、さすがに、自分の身体能力を上げても、攻撃スキルなしでの戦闘には限度がある。

 それだけ、攻撃系のスキルがあるかないかの差は大きい。


 とはいえ、フィーナは恰好からして、遠距離に特化している。魔獣に接近を許したら、一気に追い詰められる可能性がありそうだ。

 ……ふむ。

 サポートスキルのバフは自分に掛けるつもりだったけど、今回はフィーナに使っておくか。


「フィーナ、俺のサポートスキルを使っても良いか?」

「レオンさんのサポートスキルって、どんなの?」

「あらゆる能力を三割増す能力だよ」

「え、それって凄くない?」

「それなりに効果はあるとは思う」

「それなら、レオンさんか、ジャックに使うべきじゃないかな?」

「それでも良いんだけど、フィーナは近接戦闘が苦手そうだから、保険を掛けておいた方が良いかなって思ったんだけど……」

 そこまで口にして、やはりやめておいた方が良いかもと黙る。

 ギルバート達が、サポートを受けるのは不快な感覚だと言ってたことを思いだしたからだ。


「どうかしたの?」

「あぁいや、実はこのスキル、他人に使った場合、掛けられた相手はかなり不快になるらしいんだ。だから、やっぱりやめておいた方が良いかも」

「不快になる? でも、それは最初だけで、能力は三割ほど上がるんだよね?」

 どうやら、三割増しという言葉に興味を惹かれてるようだ。ギルバート達も最初は同じ反応だったから、その反応は良く分かる。


「上がるのは間違いないけど、かなり不快らしいぞ?」

「でも、掛けてもらったとき、だけなんだよね?」

「最初だけキツくて、だんだん慣れては来るらしいけど……?」

「じゃあお願い。フィーナに掛けて」

「……ホントに良いのか?」

 無駄だと思いながらも確認する。


「うん、大丈夫。と言うか、自分が接近されたら危険だって言うのはその通りだしね。フィーナの安全のためだって言うなら、断る理由なんてないよ」

「まぁ……そう言うのなら」


 こうやって確認した上で、良いから早く掛けろと催促されて使用した結果、二度と掛けるなよと言われるまでがテンプレ。それを覆したのはリーフねぇだけだ。

 とはいえ、フィーナが一番危険なのは事実だし、後で文句を言われるとしても、掛けておいた方が良いだろう。


「それじゃ、掛けるから、気をしっかり持てよ?」

「はーい」

 わくわくしてると言わんばかりの返事。

 不快だって言葉を話半分にしか聞いてないな――なんて思いながら、身体能力を向上させるスキルをアクティブにして、対象にフィーナを選んだ。


「ひゃ――ぁんっ」

 フィーナが甲高い声を上げ、ビクンと身体を跳ねさせた。


「おいおい。急に変な声を出してどうしたんだ?」

 周辺を警戒していたジャックがこちらに視線を向ける。


「……なっ、なんでもない、よっ。ちょっと虫がいて、驚いただけ、だからっ!」

「はぁ? なんで虫程度で驚いてるんだよ?」

「ちょっと、びっくりしただけ、だって。それより、ちゃんと周辺を警戒してなさいよ!」

「はいはい。お前も早くフラムを採取してくれよ」

 ジャックは苦笑いを浮かべつつ警戒に戻る。

 それを見送った瞬間、フィーナが俺に掴みかかってきた。


「ちょっと、レオンさん。んんっ。なんなの、この感覚は……ぁくっ」

「だから、不快な感覚だって言っただろ?」

「不快って言うか、これはむしろ……はぁっ」

「……むしろ?」

「~~~っ。な、なんでもない、よっ!」

 フィーナはなぜか顔を赤らめ、俯いてしまった。

 俺が自分に使ったときはなんともないんだけど……よほど不快な感覚なんだろう。フィーナは片腕で自分の身体を抱きしめると、もう片方の手で口元を押さえてその身を震わせた。


「……だ、大丈夫か?」

 問いかけると、フィーナは真っ赤な顔で俺を見上げ、涙を浮かべた瞳で睨みつけてきた。

「はぁ……はぁ……レオンさん、これ……知ってた訳じゃない、よね?」

「いや、だから、不快な感覚になるって言っただろ?」

 最初からそう言ってるのにと呆れる。

 それに対して、なぜだかフィーナは少しだけ怒りを和らげた。


「……その言葉に嘘はないんだね?」

「ないよ。ただ、自分に使っても不快な感覚はないんだ。だから、不快って言うのは俺が使った仲間の感想だから、どれだけ的を得てるかは知らないぞ?」

「……仲間って、その……男の人に?」

「え? あぁ……うん、相手は全部男だな」

 不快だと言わなかったのはリーフねぇだけだった。


「もしかして、男女で感覚が違うとか、そういう話か?」

「うぅん、そうじゃないと思う。ただ、なんと言うか……うん。不快だって言うの、なんとなく分かる。それはそうだよね、男の人が、こんな……」

「え?」

「な、なんでもない! とにかく、このスキルは、むやみに使っちゃダメだよ」

「分かった分かった。もうフィーナには使わないから安心しろ」

「え? えっと……その、フィーナには、別に……な、なんでもない」

「……え? おいおい、フィーナ。それは……」

 予想外すぎて、まじまじとフィーナの顔を見る。その瞬間、フィーナは耳まで赤らめた。


「ち、違うよ! いまのは……その、そう! 身体能力が凄く上がってるから、今後もお仕事があるのなら、必要なことかもしれないなぁって、そう思っただけだからね!?」

「お、おう……」

 なんか言い訳っぽいけど、追求するのは止めておこう。俺の予想があってたら、フィーナは不快な感覚が好きな、特殊な性癖の女の子ということになっちゃうからな。



 そんな訳で、俺達はフラムの採取を再開したのだが、衝動が収まった後のフィーナはご機嫌だった。身体能力が上昇した感覚が気に入ったみたいだ。

「ふわぁ、身体が凄く軽いよ。これなら、倍くらいの速さで採取が出来ちゃうね」

「三割増しだってば」

 さすがに二倍にはなってない。いや、フィーナのテンションが上がって、もう少し速いペースで採取しているかもしれないけどな。


「こんなに凄いスキルを持ってるなんて、レオンさんは深紅のレオン様みたいだね」

「……はい?」

 いまなんか、意味の分からないことを言われた気がする。


「なぁ、それって――」

 みなまで言うことは出来なかった。


「あっちからなにか聞こえる……やばいっ、誰かが魔獣に追われてるみたいだ! すぐに助けに行かないと!」

 ジャックが警告すると共に走り出してしまった。

「ちょっとジャック、待って!」

 フィーナが慌てて止めるが、ジャックは止まらずに走り去る。


「あぁもう、護衛対象を置いて行ってどうするのよっ!」

 フィーナは俺の心配をしてるけど、危ないのはジャックの方だ。本来なら自分達の安全を確認しつつ様子を見に行くべきだけど、ジャックを見捨てる訳にはいかない。


「仕方ない。急いで後を追うぞ。フィーナは俺の側を離れるな!」

 フィーナに指示を飛ばし、ジャック達を追いかける。

 幸いにして、茂みを掻き分ける音が聞こえてくるおかげで見失うことはなかったけど――見つけたジャックは、さっそく二体のブラックボアに襲われていた。


「畜生、なんで二体もっ!」

 ジャックは悪態を吐きながらも、防御に徹している。

 俺達が来るのを前提に粘っているのだろう。直情的だって思ったけど、わりと冷静な判断が出来てるじゃないか。

 とは言え、俺達がなんとかしないと、長くは持ちそうにないのもまた事実。


「フィーナはジャックの援護をしてくれ。でもって、自分が狙われたら俺の方に逃げてこい」

「え、それは良いけど……レオンさんはどうするの?」

「俺は不意打ちでボアを倒す」

「え、倒すって、スキルもなしにどうやって――レオンさん!?」

 フィーナの問いには答えず、腰の剣を引き抜いてブラックボアへと駈け寄る。そして、ジャックに気を取られているブラックボアを後ろから両断した。


 もう一体は――くっ。

 地面に身を投げ出して回避。俺が寸前までいたところをブラックボアが駆け抜ける。

 それを見届けるより早く受身を取って立ち上がり、次の攻撃に備える――が、そのブラックボアが急に血を撒き散らして倒れ伏した。

「いまのは……フィーナの魔法か」

 なかなかやるじゃないかと視線を向けると、本人は俺以上に驚いた顔をしていた。


「こんなに威力が出るなんて……凄すぎだよ」

「うん? あぁ、そっか。サポートスキルで底上げしてたから、か」

「うん。それより、レオンさんの方が凄いよ」

「いや、俺は別に――」

「――あんたすげぇよ!」

 俺のセリフに被せてきたのはジャックだ。物凄い勢いで迫ってくる。


「ブラックボアを一撃ってどういうことだよ!? スキルはなかったんじゃないのか!?」

「近接戦闘に使えるスキルはホントにないぞ。身体能力を上げるスキルはあるけど、いまは使ってなかったしな。一撃だったのはこっちに気付いてなかったからだよ」

「気付いてなくても、ブラックボアを一撃、しかもスキルなしなんて俺には絶対に無理だ。なぁなぁ教えてくれよ! どうやったらあんなことが出来るんだ!?」


 なんか凄い手のひら返し&食いつきっぷりだな。

 けど、ここまですがすがしいと悪い気はしない。それに、いままでこんな風にもてはやされたことはないから、ちょっと嬉しい。

 なので、俺はちょっと調子にのって、先輩風を吹かせることにした。


「さっきのは純粋な剣技だよ。スキルがなくても、経験を積めばあれくらいは出来る様になるんだ。でも、あれがスキルのない俺の限界だな」


 深紅に所属して最初の数年は、リーフねぇにサポート系スキルの使い方を習う傍ら、死ぬ気で近接系の戦闘訓練をして、魔獣と戦うようにしていた。

 そうしたら、戦闘系のスキルを覚えると思ったからだ。

 でも、スキルは覚えなくて……俺の成長は止まってしまった。ブラックボアくらいならなんとかなるけど、それ以上の敵にはとてもじゃないけど勝てない。


「あれが限界って……スキルなしであれだけ戦えたら化け物だろ」

「いやいや。一流の奴は、スキルなしでBランクの魔獣とでもサシで戦えるから」

「そんなのもはや人間じゃねぇ」

 なにやら、ジャックが呆れた顔で見てくるけど……


「俺が所属してた傭兵団の奴らは、そういう奴らばっかりだったからなぁ……」

「はぁ……? 一体、どんな化け物集団だよ」

「どんなって……深紅って傭兵団だけど」

「はぁっ!? 深紅って、あの深紅かよ!?」

「あのがどのかは知らないけど、深紅って傭兵団はたぶん一つだけだぞ」

「マジかよ、それであんなに強かったんだな」

「いや、まぁ……良いけど」


 何度も言うけど、俺は戦闘系のスキルを覚えなくて落ちこぼれた。

 ジャック達はまだ若いし、見本となる先輩もいないからくすぶってるみたいだけど、誰かに師事して戦い方を学べば、俺なんてあっという間に追い抜いていくだろう。

 ……ふむ。冒険者の育成も、セシリアに進言してみようかな?


 良いアイディアだと思うけど、ひとまずそれは後回し。

 いまは他に敵がいないか確認するのが先だと周囲を見る。なんか、フィーナが俺を指差して口をパクパクさせてるけど、それもいまは置いておこう。

 と言うことでサポートスキルを使った俺は、茂みに誰かが潜んでいることに気付いた。


「そこに誰かいるのか?」

「――っ」

 茂みがガサリと揺れるけど、答えは返ってこない。

「えっ、まだ敵がいるの!?」

 フィーナが魔法を使おうとしたので、俺はそれを手で制した。


「たぶん敵じゃない。脅かしたくないから、みんなはここで周囲を警戒しててくれ。……いまからそっちに行くけど、危害を加えるつもりはないから、攻撃しないでくれよ?」

 俺は一言断りを入れて、ゆっくりと茂みを掻き分ける。


 そこには……怯えた様子でこちらを睨みつける子供がいた。性別は分からないけど、真っ白な髪に、少し赤くなった白い肌。それにオッドアイという神秘的な容姿の子供だ。

 負傷しているのか、ずいぶんと衰弱してるように見える。たぶん十歳にもなってない、そんな子供がなぜこんな場所にいるのかは……すぐに予想がついた。

 耳がふわふわの毛に覆われていたからだ。


「……もしかして、イヌミミ族?」

「だったら……ボクを、どうする……つもり?」

 ボク……なるほど、男の子か。


「どうもしない。いや……困ってるなら助けるけど」

「そんなの、必要、ない。どうせ、そんなことを言って、ボクに酷いこと、する……っ」

 既に限界だったのだろう。イヌミミ族の子供はセリフの途中で倒れ込んだ。


「おい、しっかりしろ!」

 慌てて駈け寄って身体を抱き起こし、サポートスキルで容態を確認する。そこには、軽い火傷と衰弱と書かれている。

 衰弱は分かるけど……火傷? 魔獣に襲われて怪我をした訳じゃないのか? これ、もしかしなくても、他のイヌミミ族に見られたら、俺がやったと思われるんじゃないか?

 なんだかやっかいな予感が……と、高速でフラグを回収してしまった。茂みから、成人した女性のイヌミミ族が飛び出してきたのだ。

 

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