第11話 寂れた町のギルド

 冒険者ギルドとは、依頼を総括して冒険者に斡旋する組合である。

 冒険者個人はもちろん、パーティーや傭兵団もギルドで依頼を受けるのが一般的で――つまりはむちゃくちゃ忙しい戦場のような場所がイメージなんだけど……

 セレの町の冒険者ギルドに顔を出すと、受付に座った女の子が居眠りをしていた。

 俺の知ってる冒険者ギルドと違い過ぎる。


「あの、すみません」

「……うぅ? あ、お客さんかいな?」

 寝ぼけ眼を擦りながら、少し訛りのあるしゃべり方で答えたのは栗色の髪のお姉さん。このギルドの受付嬢なんだと思うけど……なんだこの緩んだ空気。


「一応は依頼者になるかな。ひとまず、話を聞かせてくれないか?」

「うちに話? 別にかまわへんけど……なにが聞きたいん?」

「まずは、このギルドに滞在してる冒険者の数と実力だな」

「ギルドに滞在している冒険者はDランクとEランクのペアだけやよ」

「なるほど……」

 本当に駆け出しの冒険者がいるだけなんだな……と周囲を見回すと、部屋の隅に若い男女がいる。この二人が受付嬢のいう冒険者だろう。

 依頼を張り出すボードにはなにも貼られていないし、仕事がないんだろう。実力をつけた冒険者が他の町へ行くのは必然だな。


「もしかして、高難易度の依頼なん?」

「森の奥でフラムの採取をしてもらいたくて」

「森の奥かぁ……Cランクの魔獣が出るから、ちょっと厳しい感じやねぇ」

「まぁ……そうだよな」


 Cランクの魔獣一体なら、Dランクの冒険者一人でも無理をすれば狩れなくはない。ましてや、Eランクの仲間がいるのなら問題なく狩れるだろう。

 けど、それは魔獣が一体であることが前提だし、森の奥で負傷したら帰還が難しくなる。一回きりなら大丈夫かもしれないけど、十回も受ければ死傷者が出てもおかしくない。

 緊急でもない普通の依頼で、冒険者にそんなリスクは負わせられない――というのは、ギルドとして一般的な考え方だ。

 こうなったら――


「――話は聞かせてもらったよっ!」

 突然、そんな声がギルドの建物内に響いた。見れば、部屋の隅でたむろしていたペアの片割れ、魔法使い風の少女がテーブルに手をついて立ち上がっていた。


「フィーナ、ダメだって。いきなり声をかけたりしたら怒られるぜ」

「でも、このままじゃ冒険者を続けられなくなっちゃうじゃない!」

 魔法使い風の女の子はフィーナと言うらしい。

 もう一人の少年と比べても幼く見える。恐らくはセシリアよりも年下だろう。そんな幼いフィーナが、青い髪を振り乱しながら、依頼を受けなきゃダメなんだよと捲し立てている。


「だから、そのために大きな町へ行こうって言って、さっきから言ってただろ」

「それは、でも……っ」

 少年の言葉に、フィーナは表情を曇らせた。

 でもって、その話を聞いていた俺も表情を曇らせる。セレの町に滞在する唯一の冒険者パーティーが、この町を出て行く算段をしていたと聞いてしまったからだ。


 冒険者がいなくなるだけで町の未来がなくなる訳じゃないけど、冒険者がいるかどうかで、今後の予定が大きく変わってくる。

 なんとか滞在してもらえるようにしなくては――と、受付嬢に視線を向けた。


「彼らに仕事を依頼したい。ギルドには仲介料を支払うから、直接交渉させてくれないか?」

「依頼って、さっきの森の奥で……って話やんね? うちとしては、冒険者に不必要に危険な真似はさせたくないんよ」

「どのくらい戦力が増えれば、安全マージンが取れると思ってるんだ?」

「えっと……そうやね。せめてEランクの冒険者がもう一人おったら、ギリギリ安全マージンが取れるくらい、かなぁ」

「ならちょうど良い。俺が同行するから許可をくれ」

「あんたはんが……? もしかして、冒険者なんか?」

 受付嬢が値踏みするような視線を向けてくる。


「少なくとも、足手まといにならない程度の実力はあるつもりだ」

「……そのようやね。わかったわ。なら、今回の仲介料はサービスしとくから、彼らの報酬に色をつけてあげてくれへんか?」

「……俺は良いけど、ギルドの経営は大丈夫なのか?」

 当たり前のことだけど、ギルドは仲介料のおかげで成り立っている。冒険者に依頼がないと言うことは、ギルドにも収入がないはずだ。


「あはは……それは大丈夫やないけど、彼らがいなくなって困るのは、うちらやからね」

「なるほど……」

 俺達と同じ心配をしているんだな。なかなか頼もしい受付嬢だ。とはいえ、ギルドに収入がなかったら、給料が支払われるはずがない。

 この受付嬢、給料をもらってないのでは……?


「そんな顔せぇへんでも大丈夫やよ。うちは家事手伝いみたいなものやからね」

「家事手伝い?」

「うちは、アヤネ。町長の娘なんよ」

「あぁ、そういうことか」

 町長が言い出したのか、娘の方が言い出したのかは知らないけど、町のために冒険者ギルドを経営してるってことだな。

 代官がいない状態で、頑張っていただけのことはある。


「それなら話は早い。セシリア、彼女と今後のことについて話し合ってくれ。俺は冒険者達に依頼を出してくる」

「……レオンさん」

 冒険者のもとへ向かおうとした俺の前に、不満気なセシリアが立ち塞がった。


「……なんだ?」

「依頼を出してくるって、レオンさんも森に入るってことですよね?」

「あぁ……そのことか」

 冒険者と森に入ると、俺が勝手に言い出したから怒っているんだろう。

 心配してくれるのは嬉しいけど――


「彼らが町から出て行ったら困るだろ」

 俺はセシリアに耳打ちをする。

「それは……ですが、レオンさんにもしものことがあったらどうするんですか」

「大丈夫だって。冒険者は消耗品じゃない。反復系の依頼は安全マージンを多く取ってるから、事故が起きることは滅多にないんだ」

 ちなみに、ギルドを通さなかったり、ギルドを通しても受付嬢がアレだったり、緊急性の高い――つまりは依頼料の高い仕事だったりするとその限りじゃない。


「それでも、零ではないんですよね?」

「まぁ、それはな。とはいえ……」

 街道を歩いていて野党に襲われる確率より低いと言いかけた俺は、セシリアが襲撃されたばかりなことを思い出して口を閉ざした。


「……それは?」

「いや、なんでもない。心配してくれるのは嬉しいけど、いまは俺を信じてくれないか?」

「……ズルいです。そんな風に言われたら、無理だなんて言えないじゃないですか」

「ごめん、でも大丈夫だから。セシリアは彼女との交渉を頼む」

「……分かりました。このギルドと、あのパーティが維持できるように、なんらかの手段を講じれば良いんですね?」

「さすが。それじゃ、任せたからな」



 今度こそと踵を返して、冒険者達のもとへと歩み寄った。俺達の話がある程度は聞こえていたのだろう。俺が近付くにつれ、冒険者達が期待に満ちた表情を浮かべる。


「実は風土病の薬を作るのにフラムを集めたいんだが、この辺りの生息地は森の奥だけらしくてな。それで――」

「おうっ、その依頼、俺達が引き受けるぜっ! あんたのことも、俺がちゃんと護ってやるから、大船に乗ったつもりで安心しな!」

 ……おいおい。まだ詳細を話してもなければ、依頼料の話もしてないのに、いきなり引き受けちゃったぞ。大丈夫なのか、このパーティー。

 ――って呆れてたら、少年はうめき声を上げてテーブルに突っ伏した。


「ジャックが馬鹿でごめんね」

 うめき声を上げている少年はジャックと言うらしい。その向かいの席で淡々と話しかけてきたのが、先ほどフィーナと呼ばれていた女の子だ。

 なんだか良く分からないけど、机の下で物音がしたから、フィーナがなにかしたのだろう。


「ひとまず、詳しい依頼の内容を話を聞かせてくれるかな?」

「ああ、分かった。それじゃ話させてもらうな」

 フィーナはジャックよりも幼く見えるけど、交渉役っぽい。そんな風に感じ取った俺は、許可を得て二人の側面、誕生席に腰を下ろした。


「ひとまずは自己紹介からしよう。俺はレオン。いまは一線を退いたけど、子供の頃から冒険者をしている」

「……レオンさん?」

 フィーナが首を傾げる。


「どうかしたのか?」

「うぅん、ちょっと聞いたことのある名前だったから驚いただけ。それより、フィーナと同じくらいの歳から冒険者をしてたってことは大先輩だね」

 そう言ったのはフィーナ自身。どうやら、自分で自分の名前を言うタイプの女の子らしい。


「先輩と言っても年数だけで強くないから、かしこまる必要はないぞ」

「それじゃお言葉に甘えて、レオンさん。フィーナは、フィーナだよ。でもって、向かいでうめいてるのがリーダーのジャック」

「よ、よろしく、な……」

 ジャックは絞り出すような声で応えた。


「よろしくな、ジャック。それじゃ……詳しい話をするけど」

 交渉役はフィーナなんだよな? という意味を込めて、フィーナに視線を向ける。


「うん、聞かせて」

 フィーナは機嫌が良さそうに青い髪を揺らす。こうしてみてると、年相応に幼い感じだけど……その瞳の奥には、こちらを値踏みしているような雰囲気がある。

 なかなかに面白そうな女の子だ。


「それじゃ、依頼の詳しい内容だけど――」

 そんな風に切り出して、森の奥にフラムの採取に行くので、その手伝いと道中の護衛をして欲しいと、依頼料を伝えた上で打診した。


「その依頼料は、色をつけた上での金額なの?」

 アヤネとのやりとりをしっかり聞いていたらしい。俺は苦笑いを浮かべつつ「そのつもりだけど、不満か?」と問いかけた。


「不満じゃないけど、もう少し色をつけてもらえると嬉しいなぁ」

 フィーネが控えめな言い回しながらも、きっぱりと言い切った。

 それに慌てたのはジャックである。「依頼人に失礼だろ、依頼を引っ込められたらどうするんだ」と、フィーネに小声で話しかける。

 新人冒険者によく見られる光景で、俺は懐かしいなぁと笑った。


「そんなに慌てなくて大丈夫だぞ。それに彼女の言ってることも分かるからな」

「え? それは、あんたが依頼料を少なめに言ってたってことか!?」

「いやいや、俺の提示したのは妥当な金額だと思うぞ」

「――そうよ、ジャックは余計なこと言わないで」

「えぇ、フィーネが言い出したんだろ?」

「良いから、黙ってて、ね!」

「うぐっ」


 再びジャックがうめき声を上げてくの字になった。

 向かいの席でどうやってるかは知らないけど、やっぱりなにかしてるみたいだ。魔法使い風の恰好なのとなにか関係があるのかな?

 ちょっと気になるけど……いまは依頼料の話が先だな。


 フィーナの反応から考えて、相場を理解した上での申し出だろう。そう考えると、フィーネが交渉してきた理由も予想がつく。

 だとすれば――


「依頼料は据え置きで頼みたい。その代わり、定期的に依頼をするって言うのはどうだ?」

「――お兄さん!」

 フィーネがテーブルに手をついて立ち上がった。


「……ええっと、気に入らないか?」

「その逆、最高だよ! 是非それでお願い!」

「お、おう……」

 食いつきが良すぎて驚いた。


 けど、フィーナは依頼がなくても、この街に留まろうとしてくれてたみたいだしな。一回限りの高い収入より、定期的な収入に繋がる方が嬉しいってことだろう。

 俺――と言うかセシリアも、冒険者に滞在してもらうように動く予定だったので、快く受け入れてくれて非常に嬉しい限りだ。

 この冒険者達とは、仲良くやっていけそうな気がする。

 

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