第10話 お姉ちゃん風を吹かす公爵令嬢

「お待たせ」

「レオンさん、どうでしたか?」

「うん、フラムの苗を五束持ってきた」

「苗、ですか……?」

 どうして苗なのかと不思議そうな顔をする。そんなセシリアに、具現化できるのが苗だけだったんだと耳打ちをすると、納得してくれた。


「ランドルさん、苗を薬にするのは無理だよな?」

「出来なくはありませんが、薬の量はかなり少なくなります」

「そうか。なら、この苗は育てた方が良いな」

「……育てる、ですか? フラムの苗を育てられるのですか?」

「ああ。少し手間は掛かるけど、育てることは可能だ」


 薬草が自生するのは人里離れた場所。人里では育てることが出来ないというのが一般常識だけど、あることさえ知っていれば、人里でも育てることが出来る。

 その事実を知ってる者は――たまにはいると思うけど、実際に栽培する者はあまりいない。

 俺はリーフねぇに教えてもらって……と言うか、貴重な薬草の栽培を任されて有用性を知っていたのだけど、そうでもなければ知ろうともしなかっただろう。


 なぜなら、魔獣退治のついでに薬草を採取する冒険者が多いので、冒険者の活動が活発な地域だと、毎日結構な量の薬草がギルドに持ち込まれる。

 貴重な薬草は、方法を知っていても栽培が難しいし、数の多い安価な薬草は栽培しても採算が取れない。なので、薬草は自生しているのを採取するのが一般的なのだ。

 ただ、この町のような事情があるのなら、栽培する価値は十分にある。


「栽培できるというのなら、是非もないことですが……どうやって栽培するのですか?」

「土に少量の魔石を混ぜるだけだ」

「……魔石を混ぜるのですか?」

「ああ。薬草は魔力素子(マナ)の濃度が高い場所じゃないと育たないんだ。だから、魔石を混ぜて、土に魔力素子(マナ)を含ませることで、薬草を栽培することが出来る」


 ちなみに、魔獣もまた魔力素子(マナ)を必要としている。つまり、魔獣の多い危険な地域には薬草も多く、魔獣の少ない安全な地域には薬草も少ない。

 だから、薬草は冒険者の小遣い稼ぎにもってこいという訳だ。


「畑に魔石を……ですか。それはその……どのくらいの量が必要なんですか?」

「五束を育てるのに、小粒の魔石が……二、三個くらいかな」

 小粒の魔石は魔導ランプに使ったりする程度で、わりと安価だったりする。なので、よそからフラムを輸入することを考えたら、よほど安価に薬草を供給できるはずだ。


「この五束を使って、町で栽培してもらいたいんだけど……人手が足りないんだったな」

 畑にはなにかしら植えているはずだし、生活のある者達に薬草を栽培しろとも言えない。どうしたものかと考えていると、「わたくしにお任せください」とセシリアが前に出てきた。


「……セシリア?」

「その先は、わたくしの役割ですから」

「あー、もしかして、余計なお世話だったか?」

 俺はセシリアの同居人であって、領主でもなんでもない。

 あれこれ口を出しすぎたかと心配してしまう。


「まさか。わたくしも知らないことで、とてもためになります。ただ、わたくしもレオンさんに助けられてばかりではいらせませんから」

「ふむ。そういうことなら安心した。あとはセシリアに任せるよ」


 俺はフラムの苗を渡してセシリアの後ろへと控え、二人のやりとりに耳をかたむける。

 セシリアは様々な意見を出し、村長の反応を伺いならがあれこれ決めていく。その手際はとても良い。少なくとも、いままでこういった仕事をしたことのない女の子には思えない。


「……セシリアは、こういう仕事をするのは初めてだって言ってなかったか?」

 二人の話し合いを見ながら、隣にいるメリッサに問いかけた。


「お嬢様が自分主体で動くのは初めてですよ」

「それにしては、手慣れてるような気が……いま、自分主体で動くのは――って言ったか?」

「ええ。正妻の娘であるお嬢様は、幼い頃から政治のあれこれを学んでいましたし、様々な話し合いに参加することもございましたから」

「なるほどねぇ……」


 お人好しの女の子に見えても、公爵令嬢の称号は伊達じゃないってことか。

 しかし、こうして話を聞いていると頭の回転も速いし、村長の話もちゃんと聞いていて、良い領主になりそうな感じがする。

 こんな女の子を追い出して、ローゼンベルク家は大丈夫なんだろうか?

 ……いや、大丈夫じゃなくても、俺は別に困らない。どころか、セシリアを悲しませた相手なんて存分に困ってくれて良いんだけどな。

 ――なんて考えているうちに、畑の件はつつがなく話がまとまった。


「問題は風土病が治まるまで、労働力が低下したままだと言うことですね」

「最初だけ、フラムを輸入していただく訳にはいきませんか?」

「そう……ですね。高くつきますが、それしか方法はなさそうですね」

「――いや、森に取りに行けば良いんじゃないか?」

 フラムを輸入する方向で話が纏まりかけたので思わず口を挟んだ。


「……どういうことですか、レオンさん。フラムがあるのは森の奥で、冒険者ギルドに所属しているパーティーでは、薬草採取の依頼をこなすのは難しいんですよ?」

 セシリアが怪訝そうな顔を向けてきた。


「冒険者には無理でも、いける奴に頼めば良いだろ?」

「メリッサ達のことですか? ……どうなんですか、メリッサ」

 後半はメリッサに向かって問いかける。


「えっと……そうですね。私としてはお嬢様の護衛についている以上、別行動は避けたいところですが……ひとまず、森にいる魔獣のランクはどの程度なんですか?」

「森にいる魔獣ですか? たしか……ええっと……」

「――ボアやガルムだな。ブラック系が出るみたいだけど、それ以上の魔獣は出ないはずだ」

 答えあぐねたランドルに代わって即答してみせる。


 田舎暮らしをするにあたって、色々と条件を決めて候補を挙げた。その条件の中には当然、自分に対処できないランクの魔獣がいないことも含まれている。


「町長様、いまのは事実ですか?」

 メリッサは確認するような視線をランドルに向けた。

 もうちょっと信頼してくれても良いと思うんだけどなぁ。


「えっと……たしかに、そうだったと思います」

「ブラックボア……Cランク相当、ですか。強さ的には対処出来るレベルですが、一人では心許ないですね。かといって、人数を割くのは……」

 さっき口にしたと通り、護衛の戦力を割きたくないのだろう。

 それは分かる。分かるのだけど……ひとまず、なぜそんな話になったのか理解できなかったので「なにを言ってるんだ」と突っ込んだ。


「なにって……レオン様が、フラムを採取出来ないかと聞いてきたのではないですか」

「いや、俺は採取できる奴に頼めば良いって言っただけだぞ?」

「他に適任者がいない以上、同じことではありませんか?」

「……いや、俺がいるだろ?」

 自分を指差すと、なぜか凄く微妙な顔をされてしまった。


「失礼ですが……レオン様は戦闘が出来ないことを理由に、傭兵団を追い出されたとおっしゃっていませんでしたか?」

「そうだけど……俺は戦闘の才能がないから事務へ転向しただけで、まったく戦ったことがない訳じゃないから、ブラックボアくらいなら倒せるぞ?」

「……はあ?」

 え、なにその「なに言ってるんですか、この人」みたいな顔は――って、実際に聞こえてきたんだけど。


「別におかしなことは言ってないだろ?」

「いえ、思いっきりおかしいです。ブラックボア、ですよ? サシで倒せるようになったら冒険者としては一人前と言われる、Cランクの魔獣ですよ?」

「いやいや」


 なにを言っているのかはこっちのセリフである。Cランクの魔獣を倒せるようになれば、一人前。その言葉には重要な枕詞が抜けている。

 正しくは、“駆け出しの冒険者としては”一人前と言われている――だ。ブラックボアをサシで倒せた程度で一人前なら、俺は自分に才能がないなんて絶望してない。

 なんでそんな誤解が生まれたのかは知らないけど……


「取り敢えず、フラムが必要なら、俺が森で取ってくるよ」

「ダメに決まってるじゃないですか。魔獣の強さも理解してないような素人に、魔獣の出る森に入らせる自殺行為をさせる訳にはいきません」

「えぇ……」

 たしかに戦闘は苦手だけど、Cランクの魔獣くらいなら大丈夫なのに……仕方ない。メリッサの説得は諦めて、セシリアに許可をくれとアイコンタクトを送る。


「レオンさん」

「おう、任せてくれるか?」

「ダメですからね?」

「えぇ……」

 まさかセシリアにまで反対されるとは……信用ないなぁ。いや、信用もなにも、セシリアとは知り合ったばかりだから、無理はないのかもしれないけどさ。


「ん~、俺に任せられないって言うならそれでも良いけどさ。よそから輸入するのは反対だ。コストが掛かるし、お金を使う相手も、街の住民じゃないだろ?」

 寂れた町を豊かにするには、他からお金を集める、町にお金を落とすこと。町の総資産を減らす行為は出来るだけ避けるべきだ。


「たしかにそうですが……レオンさんが一人で行くのはダメですよ?」

「……なら、ひとまずは冒険者ギルドで相談してみるのはどうだ?」

 代案――に見せかけた、一人でギルドに行って話を聞いた後、俺がそのまま森に行く作戦である。もちろん、そんな思惑は表には出さないけどな。


「そう、ですね……冒険者が協力してくれるのなら助かりますけど……でも、この町の冒険者は、森の奥に入るほどの実力はないんですよね?」

「その辺の確認も兼ねて、ひとまず行ってみても良いだろ? 森の奥に入るのは無理でも、薬草の栽培を依頼できるかもしれないしさ」

「……分かりました。それじゃ」


「――おう。俺が話を聞いてくるな」

「――一緒にギルドに行きましょう」


 俺の返事に被せるようにセシリアが言い放った。そして、驚く俺を見るセシリアは微笑みを浮かべている。なんか、ちょっと恐い感じの微笑みを……


「ええっと……その、話を聞くだけだから、俺だけで大丈夫だぞ?」

「話を聞くだけなら、わたくしがついていっても問題ありませんよね?」

「いや、それはその……」

「お姉ちゃん命令です」

「ぐぬぬ……」

 どうやら、思惑はバレバレだったようだ。こうなったら仕方ない。ひとまずはギルドで話を聞いて、その後のことは話を聞いてから考えよう。


「分かってもらえたようです」

 にっこりと微笑むセシリアは、穏やかな微笑みが似合う優しい女の子と言ったイメージだけど……この子、何気に侮れない気がする。


「それでは、町長さん。わたくし達はこれで失礼いたしますが、次に私達が来るまでに、この町に必要な施設や物を考えておいてくださいね」

「分かりました。あぁ……それと、一つセシリア様にお願いがあるのですが」

「なんでしょう?」

「この町の名前を考えていただけませんか?」

「この町の名前……ですか?」


 町の名前を考えるとはどういうことなのか詳しく聞くと、この町には名前がないらしい。いや、正確に言えば、便宜上呼ばれている町の名前が存在する。

 ただ、それはずっと前にこの地にいた代官がつけた名前だから、あらたな代官となったセシリアに名付けて欲しいのだそうだ。

 町長が、セシリアを代官として歓迎するという意味でもあるのだろう。そんな町長の頼みに、セシリアは少しだけ考える素振りを見せた。


「では……セレの町としましょう」

「……セレの町、ですか?」

「ええ、わたくしの名前から一文字使いました。……いかがですか?」

「とても素晴らしい名前だと思います」


 町長は非常に満足そうだ。代官が自分の名前から町の名前を決めるってことは、それだけ町に愛着を持つってことだから、まぁ当然の反応だな。

 ……でも、セはセシリアの頭文字として、レはどこから来たんだろうな? ――と、そんなことを考えていると、村長に別れを告げたセシリアが、俺に満面の笑みを向けた。

「さぁ、次は冒険者ギルドですよ――レオンさん」

 

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