第9話 領地の問題

「初めまして。わたくしはセシリア・ローゼンベルクと申します。町長さんはいらっしゃいますか?」

「ようこそいらっしゃいました、セシリア様。わしは町長をしているランドルと申します」

 挨拶と今後の方針を話し合うべく町長の家にやって来たのだが……セシリアが名乗った瞬間、ランドルの顔がわずかにこわばるのを俺は見逃さなかった。


 やはり、いままで放置されていた田舎町だけあって、突然やって来た代官に対して良い感情を抱いていないのだろう。

 不幸中の幸いなのは、ランドルが落ち着いた雰囲気の中年男性で、内心を隠そうとしていることだ。少なくとも、表面上は普通に接するつもりがあるということだからな。


「貴方が町長さんですね。初めまして。先ほども名乗りましたが、わたくしはセシリア・ローゼンベルク。この町の代官となりました」

「はい、お話は伺っています」

「そう緊張する必要はありませんわ。わたくしが代官となったと申しましたが、町長である貴方の意見を無視するようなことは致しません」

「それは……わしの意見を聞いてくださると言うことですか?」

「ええ、そのつもりです。より良くするための提案は致しますが、それが本当に貴方達にとって良いこととは限りませんからね」

「そう、ですか……」


 領民の意見なんて聞く必要はない――と、そういった考えの領主は珍しくない。だから、セシリアの説明を聞いたランドルは、少しだけ安堵するように息を吐いた。


「続いて、この町が納める税についてですが、いままで通り三割といたします」

「――っ」

 税率は領主によってまちまちだけど、グランヘイムにおいて三割は普通……と言うか、どちらかといえば安い部類だ。

 その税率を継続すると言ったにもかかわらず、町長は顔をこわばらせた。なにかあるのだろうか――と考えたのは俺だけじゃなかったようで、セシリアも小首をかしげた。


「なにか、問題があるのですか?」

「いえ、それはその……なんでもありません」

「なんでもないようには見えませんわ。どんなことでもかまいませんから、なにかあるのなら遠慮なくおっしゃってください」

「ええっと。それは、その……」


 なにか問題が発生してるのは間違いない。

 けど、町で問題が発生していれば、それはローゼンベルク家の不手際と言えなくもない。つまりは、それを口にすることは、ローゼンベルク家に対する批判になりかねない。


 困っていると言えば、町長はいままさに困っているのだろう。どう答えたものかと言いたげに、額から汗を流している。

 ……可哀想だから、助け船を出してやろう。


「ランドルさん。彼女はいままでこの町に関わっていなかった。それに、代官としてこの町の問題を一つずつ改善していくつもりなんだ。だから、なにかあれば話してくれ」

 現時点で不満があったとしても、セシリアを責めることにはならない。そして、問題があったら解決する意志があると伝える。

 そんな言外の含みを理解したのだろう。町長は少しだけ思案するような顔をした。


「……セシリア様。彼の言っていることは事実ですか?」

「ええ、事実ですわ。わたくしはこの町を豊かにして、住人がのんびり暮らせるような環境を作りたいと思っているんです」


 ……そこはのんびりじゃなくて、幸せに、じゃないか? 豊かになったらむしろ忙しくなるような気がするんだけど……って、なぜそこで意味ありげにこっちを見たんだろうか?

 なんて思っていると、町長は実は――と口を開いた。


「今現在、この町の労働力はかなり低下しているんです。そのため、食料の収穫量も減っていて、税率が三割というのはかなり厳しい状況なんです。ですから……」

 出来れば税率を下げて欲しいと言うことだろう。

 それに対して、セシリアがなんと答えるか、お手並み拝見だと見守る。


「事情は分かりました」

「……では、税率を下げてくださるんですか?」

「いいえ、それは出来ません」

 期待する町長に対して、きっぱりと言い放った。


「……そう、ですか」

 意見を聞くと言ってもこの程度かと思ったのだろう。町長の顔には失望の色が見えた。だけど、セシリアの性格を知っている俺は、どうするつもりなのだろうと期待する。


「誤解しないでください。税率を下げるのが無理と言っただけで、貴方達に手を差し伸べないと言った訳ではありませんよ」

「……どういうことでしょう?」

「一度下げた税率は戻すだけで反発を生みますし、他の領地との軋轢も生みます。ですから、税率を下げることはしません。ただ、そうして得た税は、屋敷などの維持に必要なお金を除き、すべてこの町の復興や支援など、必要なことに使うと約束いたします」

「……復興や支援、ですか?」

「食料が足りないのなら食糧の支援を。設備が足りないのなら設備の設置を。そうやって、この町をより良くするために使います」

「本当に、その様なことをしていただけるんですか……?」

 期待半分、疑い半分といったところだろう。セシリアの顔色をうかがう。


「信じられませんか?」

「……いえ、その。申し訳ありません」

「謝る必要はありませんよ。ただ、この町を豊かにすれば、わたくし自身の暮らしも豊かになりますし、税収も増えますから。……そう言ったら、納得してくださいますか?」


 貴方達のためではなく、自分のためだから信用しろと言うこと。けど、自分のことしか考えていない代官はそんなことを言わない。すべては町長を安心させるための方便だろう。

 町長は俺と同じところまで考えが至ったのか、その表情から不安が薄れた。


「疑うような真似をしたこと、心よりお詫び申します」

「気にしないでください。それと、支援の話をそのまま伝えて、怠ける者が現れても困ります。この件を伝えるのは、最小限の人間に止めておいてください」

「……分かりました。お気遣い感謝いたします」


 深々と頭を下げる。その態度は、さっきまでの形式的な感じとは違う。これは俺の予想だけど、いまこの瞬間、セシリアはランドルの信頼を獲得したのだろう。


 セシリアは初めてだって言ってたけど、手際は悪くないと思う。

 それになにより、警戒心を抱いていた町長の信頼をあっさりと得た。そう考えれば、上に立つものとして、必要な能力を持っているように思う。

 本家でもセシリアを慕う者は多かったんじゃないかな? もしそうなら、セシリアを追い出した継母は風辺りが強そうだけど……どうなんだろう?


 そんなことを考えながら、俺は二人の会話に耳を傾ける。


「それで、労働力が低下している理由というのはなんですか?」

「実は、風土病が蔓延しているんです」

 俺は息を呑んだ。


「――風土病って、どんな病気なんだ?」

 思わず会話に割って入る。そしてセシリアの腕を掴んで、背後に隠すように下がらせた。場合によっては、セシリアは固有結界に逃がすつもりだ。


「ああ、そこまで警戒なさらずとも大丈夫です。症状としては身体がだるくなる程度で、よほどの高齢者か幼子でもなければ、死に至るようなことはまずありませんから」

「そうなのか? でも、労働力が不足している原因になってるんだよな? 労働者が亡くなっているって意味じゃないのか?」

「それは……」

 村長さんは答えて良いのかと。許可を求めるようにセシリアを見た。


「レオンさんはわたくしの信頼できるパートナーです」

 また、誤解されそうなことを。

 ……話がスムーズに進むならなんでも良いけどさ。


「パートナーですか。それは、知らぬこととは言え、失礼を致しました」

「いや、ランドルさんが思ってるのとは少し違うと思うけど、とにかく質問に答えてくれ」

「風土病で労働力が不足する理由でしたな。理由は簡単です。死に至る病ではない代わりに完治が遅く、身体のだるい状況が何週間も続くんです」

「……あぁ、なるほど」

 死ぬ訳ではなく、働けない状態が長引くのか。死の危険が低いという点では安心だけど、労働力を失うという意味では同じくらい大変だ。


「しかし……長引くのか。ポーションを人数分だけ用意する――って訳にもいかないだろうし、なかなかやっかいな問題だな」

 ポーションは様々な種類があり、病に効くようなポーションも存在している。けど、すべての病に効く訳じゃないし、ポーションは基本的に割高なのだ。

 よほど裕福な者じゃなければ、数週間で治る病のために気軽に買える値段ではない。


「もちろんポーションは無理ですが、フラムを煎じた薬でも、かなりの効果があることが分かっているんです」

「……フラムを煎じた薬? それなら、わりと安価に手に入るんじゃないか?」

 魔法を使うポーションに対して、煎じるだけで手に入る薬はコストが安い。もちろん、高価な薬草もあるけど、フラムはわりと安価な薬草だ。


「それが、この辺りで自生しているのは森の奥だけでして。その辺りは魔獣が出没する上に、イヌミミ族のテリトリーなんです。かといって、よそから輸入すると高くなりますし……」

「――イヌミミ族が住んでるのかっ!」

 思わず食いついてしまった。


「レオンさん、イヌミミ族ってなんですか?」

「知らないのか? イヌミミ族って言うのは、人間にモフモフな耳や尻尾をつけたような種族で、凄くモフモフしてるらしい」

「……モフモフ、ですか?」

「そう、モフモフ。俺はお目に掛かったことはないけど、その毛並みは美しく、その触り心地はまさしく極上のモフモフだと」

「へぇ……それは、興味がありますね」

「ああ。ただ、総じて人間よりも身体能力に優れててプライドが高い。自分よりも弱い者を軽んじる傾向があるから、あまり付き合いはないというのが一般的だな」

 すなわち、モフモフできるのは選ばれた人間だけなのだ。


「そうですか……」

 セシリアはしょんぼりとした。

 気持ちは分かるけど、イヌミミ族と仲良くなるのは難しいだろうな。

 同じようにプライドが高いはずのエルフ族の聖女様が人里で暮らしてたりもするので、あくまで種族レベルでの話。イヌミミ族の中にも、風変わりな奴はいるかもだけどな。


「――っと、話が脱線したな。イヌミミ族が住んでるのは分かったけど、フラムを採取するのも不味いのか?」

 ランドルに向かって尋ねる。


「フラムを採取する程度なら問題はないと思います。ですが、そもそも、魔獣の生息する森の奥まで入って、無事に帰ってこれる者がいないのです」

「あぁ……そっか」


 大きな町は冒険者の活動も活発的なので、魔獣退治のついでに、小遣い稼ぎに薬草を採取したりする者も多い。そのため、必然的に薬草なんかは安くなりがちだ。

 だけど、この町には冒険者がほとんどいないか、もしくは皆無なんだろう。若者が都会へ流れているのは、冒険者も同じってことだな。


「……ひょっとして、冒険者ギルド自体が存在してないのか?」

「いえ、一応ギルドは維持していますし、この町で生まれ育った冒険者のパーティーが一つだけ残ってくれています。ただ、森の奥で活動できるほどの実力があるかというと……」

「なるほどなぁ」


 あれこれ不便だから、若者が便利な都会へと流れていく。その結果、更にあれこれ不便になって、都会へ流れる者が増えていく悪循環。

 その流れを止めるには、不便な部分を改善するしかない。

 そのためには労働力の確保。差し当たっては、フラムの確保が最優先だけど……もしかして、固有結界にあるんじゃないか?


「悪い、ちょっと席を外すな」

「……レオンさん?」

 急にどうしたのかと、セシリアに呼び止められる。


「俺の荷物にフラムがあった気がしたから、ひとっ走りして確認してくる」

「……あぁ、なるほど。分かりました。気をつけて行ってきてくださいね」

 固有結界を確認するつもりだって気付いたのだろう。セシリアは快く送り出してくれる。という訳で、人が来ない場所で扉を出して、固有結界に移動した。



 えっと……薬草の苗は、畑の項目だったな。

 フラム、フラム……と、あった。一束50ポイントか。わりとポピュラーな薬草なのに、四束で異世界の洋服セットと同じ値段ってかなり割高な気がする。

 それとも、一束の数が多いのか? そう思ってお試しで一束だけ具現化してみたら、十株で一束となっていた。やっぱり割高だ。


 これは……あれだな。そのまま使用するのが前提じゃなくて、増やすための最初の苗として購入するのが前提の値段だな。

 ついでに言うと、具現化したのを見て気がついたのだけど、株じゃなくて苗なので、薬草として使うには若すぎる。薬にするには、畑で育てる必要がありそうだ。


 ……そうだな。固有結界でも育てるとして、町の方でも栽培できるかも試してみよう。ひとまずは……五束くらい持っていくとしよう。

 という訳で、あらたに四束を具現化して、それを持って村長宅へと戻った。

 

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