第8話 町を復興させるために

「……急に大声を出してどうしたんですか?」

 扉から出てきたセシリアが小首をかしげる。


 固有結界から、外になにを持ち出せるかの実験。固有結界内で具現化したタオルを手に持って外に出たら、タオルは固有結界に残ってしまった。

 つまり、固有結界で具現化した洋服を着たセシリアが外に出ると素っ裸に! なんて心配をしたんだけど、セシリアは代わらずお嬢様風の洋服を身に着けたままだった。


「……いや、その、なんでもない」

 杞憂だったので、いまから言っても仕方ないと黙っておくことにする。

 それよりも――と、セシリアの手元に注目した。その手の中は、固有結界内で具現化した作物の苗が握られている。


「思った通り、セシリアも、苗を持ち帰ることが出来たんだな」

「え? あ、ホントですね。レオンさんのタオルは……持って帰れなかったんですか?」

「ああ、タオルは無理だった」

「そうですか、タオルは……っ」


 俺が危惧したのと同じ可能性に至ったのだろう。

 セシリアがビクッと身を震わせて、自分の身体を抱きしめる。そうして自分の身体を見下ろし、問題なく服を着ていることに気付いてホッと息を吐いた。

 それから一呼吸置いて、少し恥ずかしそうな上目遣いで、俺をじぃっと睨みつけてくる。


「……レオンさんのエッチ」

「いやいやいや、誤解だ。止めようとしたけど、間に合わなかったんだよ」

「むぅ……本当ですか?」

「本当だって。だから、さっき叫んだだろ?」

「……そういえばそうでしたね。……むぅ」


 そうでした――と言いながら、さっきより不満そうなのはなんでなんだろうか?

 女心は複雑だと言わざるを得ない。言わざるを得ないけど……追求するとややこしそうなので気づかないフリをする。


「とにかく、苗は持ち帰ることが出来たんだ。つまり、この土地の気候にあう、珍しい作物や薬草なんかを栽培するのも可能ってことだ」

「あ、そうですよね。それじゃ、さっそくこの町でなにを栽培できるか調べてみましょう!」

「いや、ダメだろ」

「どうしてですか!」

「どうしてって……」

 見て見ろと指をさす。ガラス窓の向こう側には、綺麗な星空が広がっている。


「……あ、そういえば、いまは夜でしたね。と言うか、思い出しました。わたくし、レオンさんに添い寝して上げるために、部屋を訪ねてきたんでした」

「…………おぉう」


 思い出した。そういえば、そんなことを言っていた気がする――と言うか、固有結界に行っているあいだ、ちょこちょこ現実逃避のポイントが増えていた謎が解けた。

 セシリアと一緒に固有結界内にいること自体が、現実逃避になってるのかもって思ったけど違う。添い寝の件を棚上げにしたままだったから、現実逃避のポイントが増えてたんだ。


「さぁ、レオンさん。年下の癒やし系お姉さんが、添い寝して上げますね」

「いやいや、さすがに添い寝はヤバイから」

「ヤバイから良いんじゃないですか」

「……は?」

 なに、どういうこと? セシリアがちょっぴり悪い子になってしまった?


「レオンさんが言ったんですよ。わたくしの素行は悪い方が、命を狙われる危険が減るって」

「………………あぁ、そうだったな」

 たしかに、どこの馬の骨とも分からない男とそういう関係になったと思わせておけば、セシリアを次期当主になんて声も上がらないだろうから、命を狙われる可能性は減るだろう。

 そう考えれば、添い寝をするのも別におかしくはない――


 現実逃避の使用可能なポイントが増加しました。


 ……そうやって、現実逃避だと決めつけるのは止めてくれませんかね? 実際、セシリアが殺されかけたのは事実なんだから、安全策としては妥当な――


 現実逃避の使用可能なポイントが増加しました。


 あぁもう、認めるよ、認めます! たしかに、命を狙われるとかじゃなくて、セシリアを説得するのが無理だからとか思ってるよ!

 でも仕方ないじゃないか。セシリアは儚げな感じだけど、こういうことになるとやたらと押しが強くなるんだから……分かるだろ!?


 現実逃避の使用可能なポイントが増加しました。


 ……………………分かったよ。そろそろ現実に向き直るよ。

 いや、ポイントが増える分には、ずっと現実逃避をしてても良い様な気がするけど……そうだよな。現実逃避してポイントが増えるなら、ありだよな。

 そう考えれば、別に添い寝をしても……


 ……………………増えないのかよ。


「……レオンさんは、わたくしと一緒に寝るの、嫌……ですか?」

 俺が黙り込んでしまったので、不安になったのだろう。

 セシリアは上目遣いを向けてきた。


「嫌というか、なんと言うか……」

 俺の好みは癒やし系のお姉さんで、セシリアはどちらかというと妹な感じだ。

 だけど、だからって、好意を寄せてくれているセシリアになにも感じない訳じゃない。セシリアに手を出しても良いと言うのなら、ここまで困ったりはしなかったかもしれない。


 だけど、結婚できる年になっているとはいえ、セシリアはまだまだ子供だし、その身分だって俺とは雲泥の差。間違っても手を出す訳にはいかない。

 つまりは、添い寝は生殺しも同然で、そんな状況でぐっすり寝られるはずがない。


 だから、添い寝は困ると伝えようとしたのだけど――セシリアの身体が小さく震えていることに気がついてセリフを飲み込んだ。

 ……なんで、震えてるんだ?

 添い寝を断られるくらいで、怯える理由なんて……あ、そうか。添い寝をしたいのは、お姉さんぶりたいからじゃなくて、一人で寝るのが恐かったから、か。


 セシリアはほんの数時間前に殺されかけている。しかも、その指示したのは家族かもしれない。そんな状況で、しかも初めて来るお屋敷。一人で寝るのが恐いのだろう。

 だから、命の恩人である俺を、無意識に頼っている。

 もちろん、恩返しで姉になると言った言葉に嘘はないと思うけど、こんな時間に俺の部屋に訪ねてきたのは、一人でいるのが不安だったから。

 セシリアの不安に気付いてやれなかった自分を殴ってやりたい気分だ。


「そうだな、お言葉に甘えようかな」

「……え?」

「よく考えたら、癒やし系のお姉さんに添い寝をしてもらいたいと思ってたんだ」

「……そう、なんですか? ふふっ、それなら仕方ないですね。わたくしが、レオンさんに添い寝して差し上げますね」

 やっぱり不安だったんだろう。嬉しそうに、本当に嬉しそうに微笑む。この辺りは、お姉さんと言うより、背伸びをしている妹かなにかのようにしか見えない。

 ……可愛いから良いけどさ。


「取り敢えず、その服で寝たらしわになるから、着替えた方が良いぞ」

「あ、そうですね。それじゃ、ちょっと着替えてきますね! すぐに戻るから、わたくしが戻ってくるまで、一人で寝ちゃダメですからね?」

「はいはい」

「それじゃ、すぐに戻るから待っててくださいね。絶対ですよ!」

 セシリアは繰り返して念を押しながら、パタパタと部屋から退出していった。その後ろ姿を見送り、明日は寝不足になりそうだな……なんて思って苦笑いを浮かべた。




 翌朝。俺は寝ぼけ眼を擦りながら、セシリアと朝食を食べた。そして、さっそく町の視察に行くことになったのだけど――護衛を何人連れて行くかで一悶着あった。

 現在、このお屋敷にいる騎士はたったの五名。

 メイドでありながら戦えるメリッサを入れても六名しかいない。

 しかも、五名のうち一名は昨日の戦闘で軽傷を負っており、二名は夜勤となっている。それなのに、全員が町に出かけるセシリアの護衛につくと言って聞かなかったのだ。


 もちろん、自分達の護るべき相手を殺されかけたんだから、心配するのは当然だ。俺だって、出来ればセシリアは固有結界の中で暮らして欲しいと思う。


 けど、全員が護衛として同行していたら夜に警備するものがいなくなってしまうし、そもそも町の人達を怯えさせてしまう。

 という訳で、俺とメリッサがセシリアに同行。二人の騎士が護衛として、少し離れてついてくることで、ようやく話がまとまった。



 やって来た表通り。

 そこには一通りのお店が並んでいるが……


「聞いていた以上に寂れていますね」

「……そうだな」

 周囲を見回しながら呟く、セシリアの意見に同意せざるを得なかった。町の表通りであるにもかかわらず、人の姿はほとんど見えず、閉まっているお店も多い。

 緩やかに過疎が進んでいるという、セシリアの言葉を思い出した。


「セシリアはこの町をどうやって発展させるつもりなんだ?」

「そう……ですね。まずは、この町が抱えている問題を一つ一つ解決していくつもりです」

「なるほど、正論だな」

 過疎化が進んでいるのは、若者が都会に行ってしまうからで、言い換えればこの街に不満があるから。それを一つ一つ改善していけば、若者の流出はやがて止まるはずだ。


「ただ、かなり過疎化が加速しているので、それで間に合うかどうかが不安で。だから、レオンさんのアレをあてにさせてもらえるのなら嬉しいんですが……」

 固有結界と口にしなかったのは、すぐ隣にメリッサが歩いているからだろう。

 セシリアはちらりと期待するような視線を向けてきた。


「もちろん、期待してくれて良いぞ。特産品の一つや二つは用意できると思う」

「本当ですか!?」

「もちろん、そんなことで嘘はつかないって」

「ふふっ、さすがレオンさんですね。なら、期待させていただきますねっ」

 セシリアは銀髪を揺らしながら俺の隣を歩く。その軽い足取りは内心を表しているようだ。


「お嬢様、さっきからなんの話をしてるんですか?」

 斜め後ろを歩いていたメリッサが尋ねてくる。


「この町を活性化する方法よ。過疎化の原因を取り除いて、特産品を作って、この町にお金や人を集めようと思っているの」

「それは分かりますが、特産品なんて簡単に見つかるとは思えないのですが」

「ええ、そうね。でも、レオンさんが、その特産品になりそうな物に心当たりがあるって」

「そう……なんですか?」

 メリッサが、いぶかるような視線を向けてきた。お嬢様を口車に乗せているのではないでしょうね? とでも言いたいのだろう。


「この辺りで栽培できて、なおかつ人気のありそうな作物に心当たりがあるんだ」

 傭兵団で培った知識だけでも、特産に出来そうな作物の心当たりがいくつかある。ただ、どうやって苗を用意するか等の問題があったんだけど……固有結界にはそれらの苗もあった。

 なにを育てるかはあとで考えるとして、特産品を作れるのは間違いない。

 固有結界様々である。


「……お嬢様を騙すつもりじゃないですよね?」

「ちょっと、メリッサ。レオンさんはわたくしの命の恩人なんですよ?」

 露骨に疑いの眼差しを向けてくるメリッサを見かねたのか、セシリアが咎めた。


「すみません、お嬢様。それは分かっていますが、それとこれと話が別です」

「メリッサ、貴方――」

「良いんだ、セシリア」

 特産品が簡単に作れるのなら、町が寂れたりしない。固有結界を見ていないメリッサが俺を疑うのは当然だ。


「言っただろ、俺は傭兵団で働いていたって」

「それは聞きましたけど……傭兵団と作物になんの関係が?」

「取り引きなんかの交渉も担当してたからな。色々話を聞く機会も多かったんだ。だから、畑の収穫量を安定させる方法も知ってるぞ」

「……はい? なんですか、その露骨な甘言は」

「いや、本当だって。畑って、作物を植え続けると収穫が減っていくだろ? でも、他の作物とほどよくローテーションさせて植えると収穫量があまり減らないらしいんだ」

「……はあ。土の精霊が飽きっぽいとでも言うつもりですか?」

 メリッサの俺を見る目が半眼になる。


「土の精霊が飽きっぽいからかは知らないけどな。傭兵団と取引先の相手からそんな話を聞いて、いくつかの取引先に教えたら、結構な確率で収穫量が減らなかったんだ」

「……理由も分からないんですか?」

「まぁそうだけど、結果が出るなら良いだろ?」

「……たしかに、そうかもしれませんね」


 ちなみに、いまのやりとりは畑の話だけじゃない。俺についても、疑わしく見えるかもしれないけど、結果を出すからいまは引いてくれという含みを持たせていた。

 それを感じ取ってくれたのか、メリッサはひとまず頷いてくれた。


「それで、レオンさん。特産品をなににするか、どうやって決めるつもりなんですか?」

 セシリアが尋ねてくる。

「そうだな……気候とかだけじゃ判断できないから、この町のことに詳しい人に相談した方が良いだろうな」

「詳しい人間……では、町長を尋ねてみましょう。わたくしがこの町の代官になったことも知らせなくてはいけませんし、ちょうど良いですねっ」

「……あぁ、そっか。挨拶をしないとな」


 セシリアは生き生きとしているけれど、突然やって来た代官が、寂れた田舎町――つまりは、いままで放置され気味だった田舎町の町長に歓迎されるかどうか……

「レオンさん、どうかしたんですか?」

「いや、なんでもないよ」

 まっ、なるようになるか――と、俺はセシリアの後を追いかけた。

 

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