第7話 現実逃避の検証会

「あの……レオンさん。現実逃避……って、どういうことですか?」

 セシリアのお屋敷にある、俺が間借りしている客間。セシリアはプラチナブロンドを揺らしながら、可愛らしく小首をかしげた。


「あぁ、現実逃避って言っても、精神的に現実逃避するって話じゃないから安心してくれ」

「……ええっと?」

「いや、すまん。ややこしいよな。取り敢えず、これを見てくれ」

 現実逃避のスキルを使用した。その瞬間、目の前に大きな扉が出現する。


「……え? この扉、一体どこから……?」

「良かった。セシリアにもちゃんと見えるんだな」

 家具の傾向からして、俺以外の使用も想定していると予想はしてたけど確証はなかった。だから、セシリアにも見えると分かって一安心だ。


「……この扉、レオンさんが出したんですか?」

「ああ。俺のスキル、固有結界らしい」

「――固有結界ですか!?」

 噂くらいは知っていたようで、セシリアは目を丸くする。


「詳しい説明は後だ。まずは、この扉に触れるか確認してみてくれ」

「えっと……はい、分かりました」

 おっかなびっくり、セシリアが扉に手を伸ばすけど、その手は扉をすり抜けてしまった。


「……触れないみたいです」

 少し寂しそうな顔をする。それを見た俺は、固有結界は自分専用なのかとがっかりしそうになった。けれど、よく見ると扉の横にある端末にメッセージが表示されている。


 登録されていない生物が扉に触れようとしています。

 登録いたしますか?

 登録しない ゲスト登録 サブオーナー登録


「……レオンさん?」

「ちょっと待ってくれ。登録が必要みたいだ」

 ひとまず、セシリアをゲストに登録……あれ、選択できない。

 なんか赤字でメッセージが出てるな。ええっと……なになに? 対象が扉に重なっています? ……あっ、セシリアがまだ扉をスカスカやってる。

 そっか。重なった状態で触れるようになったらヤバイもんな。

 このスキルは安全対策もバッチリみたいだけど、自分でも気をつけよう。という訳で、少し下がってもらってから、セシリアをゲストに登録した。


「これで触れるはずだ。もう一回触ってみてくれ」

「は、はい」

 セシリアは再びおっかなびっくり扉に手を伸ばした。その指先が、大きな扉に触れる。


「……触れました。触れましたわ、レオンさん!」

「うん、良かったな」

 嬉しそうに飛び跳ねる姿を見て、なんだかこっちまで嬉しくなってしまう。


「でも、本当に楽しむのはこれからだ――ってことで、扉を開けてくれ」

「はい、開け……あ、あれ? ん~~~っ。レオンさん、これ、鍵が掛かってないですか?」

 ドアノブを引っ張りながら尋ねてくる。


「あぁ、すまん。その扉、内開きなんだ」

「……ふえ?」

 玄関は魔獣なんかの体当たりに耐えれるように外開きの扉が一般的なのだけど、この扉はなぜか内開きとなっている。理由は……良く分からないんだけどな。


「あ、本当だ、開きました! ……ふわぁ」

 扉を押し開いたセシリアが、扉の先に写る部屋を見て感嘆の吐息を漏らした。無邪気にはしゃぐセシリアが実に可愛らしい。

 襲撃したりでずっと落ち込んでいたけど、やっぱりセシリアは笑顔の方が可愛いと思う。

 ……癒やし系のお姉さん、という雰囲気ではないけどな。


「凄い、凄いですよ、レオンさん! 扉の向こうが別の部屋になってます!」

「ああ、それが俺の固有結界だ。そのまま中に入っていいぞ」

「は、はい。それじゃ……お邪魔します」

 セシリアがおずおずと扉をくぐる。

 ここで俺が入らなければどうなるのかと、いくつか気になることはあるのだけれど……さすがにセシリアで実験するつもりはないので、すぐにその後に続いた。


「ここは……小屋ですか?」

「ああ。それに、外には平原が広がっている」

 扉を開けて、小屋の外に広がる景色を見せる。


「ふわぁ……凄いです。本当に固有結界、なんですね」

「ああ。それに、この固有結界は生活に特化してるんだ。いまは机と椅子しかないけど、ポイントを使用すると――」

 端末を手に取って、少しポイントの高いソファとテーブルのセットを部屋の隅に設置した。


「……え、えぇっ!? なにもないところからソファとテーブルが出てきましたよ!?」

「俺の固有結界はそういう能力らしい。取り敢えず、座ってくれ」

 セシリアをソファに座らせ、自分はその隣に腰掛ける。そうして、セシリアにも見えるように端末を置いて見せた。


「見えるか?」

「もちろん、見えますよ。ここに不思議な端末が……って、あれ? 触れないです」

「あぁ……さっきの登録はそういう意味か」


 おそらく、ゲスト登録とサブオーナー登録では、使用できる機能の範囲に違いがあるのだろう。セシリアならサブオーナーでも良い気はするけど……ひとまずはこのままでいこう。

 と言うことで、セシリアに見える状態で端末を操作していく。


「こんな感じで、ポイントの許す限り、色々な物を出すことが出来るんだ」

「ふわぁ、建物の拡張に、家具や衣類。それに食料や料理まであるんですね」

「……え?」

 そんなものあったっけと、セシリアの見ている辺りに視線を向ける。するとたしかに、リストの中に【食料・料理】という項目が灰色で表示されていた。


 おかしいな。前回はこんなモノなかったはずだけど……しかも、灰色表示?

 もしかしてと、他の項目を表示する。すると、前回灰色だった項目はすべて普通に表示されていて、あらたに灰色の項目が増えていた。

 もしかして、次のランクで解放されるのが灰色。それ以降に解放されるのは表示されてないってことかな?

 確証はないけど、少なくとも仮説としては成り立ってるな。


「レオンさん?」

「あぁいや、ごめん。前回見たときは、食料や料理の項目はなかったんだ。どうも、ランクが上がったら、出せるモノが増えていくみたいだ」

「へぇ……こんなにたくさんあるのに、まだ増えていくんですね」

「そうみたいだな。それに、いまはこんな小屋だけど、ポイントを使えば建物も拡張することが出来るし、畑なんかも作ることが出来るぞ」

「凄いですね。ここだけで自給自足だって出来ちゃいそうです」

「だろ? そして、この世界にいる限り、セシリアが命の危険にさらされることはない」

「……え、それはその?」


 セシリアが目を見開いた。

 俺がなにを思ってここにセシリアを案内したのか理解したのだろう。


「セシリアが望むのなら、ずっとこの世界で暮らすことが出来るってことだ。……もちろん、セシリアが望むのなら、だけど」

 ――どうする? と、問いかけると、セシリアは迷うような素振りを見せた。そして、長い、長い沈黙の後、セシリアは静かに首を横に振った。


「お気持ちはありがたいですけど、わたくしがこの世界で暮らすことは出来ません」

「……ふむ。理由を聞いても良いか?」

「嫌なことから逃げ出したくない……なんてことは言いません」

「なら、この世界の環境が気に入らないのか?」

「いいえ。お屋敷で暮らしていた頃のわたくしは、外出許可を得るのも大変でしたから。こんな風に、いつでも外に出られる環境はとても素敵だと思います」


 固有結界の中にある家の外を外と言って良いのかは疑問だけど……セシリアにとっては、外も同然なんだろうと頷いた。


「でもそれなら、この世界で暮らすことは出来ないって言うのはどうしてだ?」

「わたくしは、この町の統治を任されました。わたくしが逃げ出したら、この町の人達が、きっと大変な思いをしてしまう。町の皆さんを見捨てたくないんです。だって……」


 セシリアがその言葉の続きを口にすることはなかった。けど、仲間に見限られた俺には、その言葉の続きが分かった。セシリアはきっと、こう言いたかったのだ。


 裏切られる悲しさは、自分が一番知っているから――と。


「セシリアが俺の思ってるとおりの女の子で良かった」

「……え、どういうこと、ですか?」

「セシリアの考え方に共感を覚えたってことだよ」

「それは……わたくしがこの世界に留まらなくても、一緒にいてくれると言うことですか?」

「もちろん、そのつもりだ」

「でも、わたくしは命を狙われているんですよ?」

「あぁ……それな。たぶんだけど、当分は大丈夫なんじゃないか?」

「……はい?」


 小首をかしげて俺を見る。

 セシリアの青い瞳は、困惑の色を滲ませていた。


「これは憶測だけどな。セシリアが命を狙われた理由を考えると、いまは危険を冒してまで命を狙う必要はなくなってると思うんだ」

 継母が息子に公爵家を継がせるためには、正妻の娘であるセシリアが邪魔だったから、田舎町に追いやった。けど、それだけじゃ安心できなくて、賊に見せかけて道中で襲撃を掛けた。

 ――というのが俺の立てた仮説。


 そうであれば、町に襲撃を掛けたり、暗殺を仕掛けたりといった、あきらかに疑われるような強攻策に出る可能性は低い。


 加えて、いまのセシリアの行動。どこの馬の骨ともしれない男と共同生活という、公爵令嬢としてはありえない生活を始めた。

 放っておいても跡継ぎ争いから脱落しそうなセシリアを、無理して殺す必要はない。


 もっとも、策を弄せずに強攻策に出るタイプが相手なら、関係なしに殺しに来るかもしれない。けど、セシリアは政治的に地方へと追いやられている。

 相手が策を弄する相手であることを考えれば、無理をしない可能性は高いはずだ。


 ちなみに、これも憶測だけど、メリッサが俺との共同生活に反対しなかったのは、その辺のことまで考えた結果なんじゃないかなぁと思ってる。

 俺はそれらの考えを、簡単に説明した。


「わたくしがこの町で大人しくしていれば、命を狙われる可能性は低い……ですか?」

「あくまで仮説だけどな。身の安全に気を付けつつ、いざというときは固有結界に逃げ込む準備をしておけば、ひとまずは安心だと思う」

「それは……その、町の発展に貢献するな、ということですか?」

「安全だけを考えればそうすべきだ。けど、そういう訳にはいかないんだろ?」

「ええ。わたくしは、この町を豊かにしたいと思っています」

「なら、この町を豊かにしつつ、そのあいだに対策を立てよう」


 命を狙う必要なしと思われているあいだに町を豊かにしつつ、なんらかの対策を立てる。いざというときに逃げる場所があると考えれば、そこまで心配することもないと思う。


「レオンさんは良いのですか?」

「危険なことを言ってるのなら、最初から承知の上だって言っただろ?」

「ですが、レオンさんはのんびり暮らすために、田舎に来たのですよね?」

「そうだぞ?」

 なんでいまそんなことを言うんだと首を捻った。


「命を狙われる危険と隣り合わせで、町を開拓する生活と言うのは、あまりのんびり暮らすとは言えないと思うのですが……」

「え、そうか? 少なくとも、傭兵団での生活よりずっとずっとのんびりだと思うけど」

「傭兵団、どれだけ大変だったんですか」

「さっき話した作業くらいだぞ。あ、個人的には、リーフねぇや団長にあれこれ手伝わせられてたけど。それがなければ、わりと普通だったんじゃないかな」

「レオンさん、それは完全に毒されています。少なくとも、わたくしの知っている限り、それは普通じゃありません」


 凄く自信満々に言い放たれてしまった。

 もしかして、ホントに俺の認識がおかしいのか?


「俺、そんなに働きすぎか?」

「先日、傭兵団は今頃、レオンさんが抜けた穴の大きさを実感している。なんて言いましたけど訂正します。傭兵団はきっと今頃、ボロボロになってると思います」

「さすがにそれは言いすぎだな」

「良いですよ。そこまで言うのなら賭けましょう」


 セシリアがイタズラっぽい表情でふわりと微笑んだ。


「賭けるって……なにを?」

「深紅の傭兵団が今頃どうなっているか。いまも傭兵団がちゃんと機能していたらレオンさんの勝ち。弱体化していたらわたくしの勝ちです」

「ふぅん……良いぞ。その賭け、受けてやる」


 自分の頬が緩みそうになるのを隠すのに苦労するくらいだった。

 俺だって、自分の働きをまったく認めていない訳じゃない。けど、深紅には俺の育ての親ともいえるリーフねぇがいる。彼女が頑張れば、俺の穴埋めくらい可能だろう。


 それに、ギルバート達だってあれだけお前は必要ない、事務なんて誰にも出来ると言ってたんだ。俺の仕事を誰かに引き継がせて、ちゃんとやっているに決まってる。

 短期間でボロボロになんて、そんなお粗末な結果はさすがにありえない。


 もっとも、ギルバート達があれだけ偉そうなことを言っておいて、まったく事務をしてなかったり、なぜかリーフねぇが傭兵団を抜けたりしたら話は別だけど……ないな。

 そんな超展開、どう考えてもありえない。


 という訳で、この賭で俺が負ける要素は零だ。


「それで、なにを賭けるんだ?」

「負けた方が、勝った方と添い寝する、ということでいかがですか?」

「……それ、勝っても負けても同じじゃないか?」

「全然違います」

「そうか?」

「わたくしが勝ったらレオンさんに優しく添い寝をして差し上げることが出来ますが、負けたらレオンさんに添い寝をされちゃうんですよ。は、恥ずかしいじゃないですか」

「……まったく違いが分からん」


 というか、セシリアの恥ずかしがるポイントが謎すぎである。


「ひとまず、俺が負けた場合は良いけど、勝ったときは別のにしてくれよ」

「ならレオンさんが勝ったら、わたくしになんでも言うことを聞かせる権利を一つあげます」


 まるで最初から答えが用意されていたかのように、セシリアは迷わず言い放った。

 正直、なんでもとか、女の子がそういうこと言っちゃいけませんとか色々思ったんだけど、俺が勝ったときは、適当なお願いを聞いてもらえば良いやと考える。


「じゃあ、それで、賭けは成立だな」


 絶対負けるはずのない賭けを成立した俺は上機嫌だ。今後のことを考えて、固有結界の中は発展させるとして、その前にセシリアになにかプレゼントをしようと考える。


 ふとした思いつきで、衣類の項目を開いた。そこに女物の洋服があることを確認して、表示されているリストをセシリアに見せる。


「これはお洋服、ですか? 上着から下着まで、ずいぶんと色々あるんですね」

「みたいだな。なにか気に入った服があれば、一着プレゼントするよ」

「えっと……よろしいんですか?」

「もちろん。固有結界にセシリアが来た記念だ」


 ポイントが増えるのは俺が現実逃避したときで、その原因は大半がセシリアとの会話。しかもなぜか、さっきからちょこちょこポイントが増えたというメッセージが流れている。


 理由は不明だけど、ポイントが増えているのは事実。

 それに、ちょっぴりずるとも言える賭けを成立させちゃったので、そのお詫びを兼ねて、セシリアに洋服をプレゼントしよう。


「リストから気に入った服を選んでくれ」

「なら、お言葉に甘えて……このセットでもよろしいですか?」

 セシリアが小さな画像のリストから選んだのは、お嬢様風の洋服セット。

 ポイントは200と書かれていた。


「この服で良いんだな?」

「この服が良いです。レオンさんに、この服をプレゼントしてもらいたいです!」

「お、おう」

 隣に座っているセシリアが喰い気味に迫ってきたので気圧されてしまう。テンションに驚きながらも、お嬢様風の洋服セットをテーブルの上に実体化させた。


「ブラウスとスカートは分かるけど、他の布はなんだ?」

「これは……なんでしょう?」

 セシリアが持ち上げたのは、なにやら二つのカップが連なった純白のヒモのようなモノ。他にも、三角形の布地や、なにやら長細い袋のようなモノが二つ、テーブルに置かれている。


 なんだろうと端末から詳細を表示して――思わずそっぽを向いた。端末には洋服の名称と着用方法が、イラスト入りで説明されていたからだ。

 ちなみに、用途の分からなかった三つの布地はそれぞれ、ブラジャー、ショーツ、ニーハイソックスという名前らしい。


「レオンさん、どうかしたんですか?」

「その、ここに説明が書かれてたから、さ」

「説明ですか……あぅ」

 説明を読んだセシリアが頬を赤らめた。自分の広げていたカップの連なったヒモがなにか、説明を読んで知ってしまったからだろう。


「こ、こんな形の下着があるんですね。わたくし、知りませんでした」

「俺も初めて見たよ」

 下着を視線から外しつつ、端末であらためて洋服の詳細を表示する。


 お嬢様風の洋服セット 【異世界】

 髪飾りのリボン 肩だしのフリル付きトップス ティアードスカート ニーハイソックス

 純白のブラジャー(寄せて上げてのCカップ)&ショーツ


 さっきは気付かなかったけど、なんか異世界って書いてあるな。

 ……なるほど。聞いたことのない品物がいくつかあったけど、異世界の品物だったのか。

 なんで異世界の品物を取り寄せられるのかは謎だけど……もしかして、ポイントが割高だったのは、異世界の商品だから、か?


「レオンさん、このお洋服、着てみても良いですか?」

「え? あぁ、もちろん良いけど……っと、それじゃ外に出てるな」


 着用の仕方が表示されているページを開いて端末を置き、小屋の外へと移動した。そうして、草原の景色を眺めながら着替え終わるのを待った。



「……レオンさん、お待たせしました」

「あぁ、どうだ? ちゃんと着られた――」


 振り返った俺は息を呑んだ。

 透けるような白い肩がむき出しで、スカート丈は膝上15cmほど。

 ニーハイソックスなるモノで、太ももから下は隠れてしまっているのだけど、スカートとニーハイソックスのあいだに見える太ももが逆に際立っている。

 異世界すげぇ……と言うのが素直な感想だった。


「どう、ですか?」

「うん、凄く可愛いな」

「~~~っ」

 可愛いと言われて照れたのだろうか? セシリアは真っ赤になってもじもじと始めた。

 ……と言うか、お腹の辺りで合わせた両腕をもじもじされているので、なにやら胸が強調されている。セシリアって……こんなに大きかったんだな。


「レオンさん、どこを見て……っ」

 視線に気付いたセシリアが息を呑む。慌てて謝ろうとしたのだけれど、「――これは違うんですっ」と、セシリアが恥ずかしそうに両腕で胸もとを隠した。


「違うって……なにがだ?」

「えっと、その。用意されていたブラジャーっていうのを説明通りに着用したら、なんだか胸が凄く強調されてしまってっ」

「あぁ……なるほど」

 寄せて上げてとか書いてあったのはそういうことか。着替える前は、少し膨らんでいるかな? くらいしか分からなかったのに、いまはハッキリと胸の膨らみが分かる。

 さすがにリーフねぇには敵わないと思うけど……それでも、細身で小柄なことを考慮したら、匹敵するくらいに大きくなっている気がする。

 ……異世界、マジですげぇ。


「……レオンさん?」

「おっと、すまない」

 胸をまじまじ見ていたことに気付いて、慌てて視線を顔へと移した。セシリアは耳まで真っ赤に染まっている。

 と言うか、二人っきりの空間でこの空気は気まずいので、急いで話題を変えよう。


「それじゃ、さっそく実験を開始しようか」

「……実験、ですか?」

「町を発展させたいんだろ? なら、リストにある珍しい作物なんかを、町で生産できたら凄い事になると思わないか?」

「それは……たしかに凄いと思いますけど、持ち帰ることは出来るんですか?」

「たぶんな。でも確証がないから実験しようって話だ」

「なるほど、分かりました。そういうことなら、ぜひ協力させてください」

「助かるよ」

 と言うことで、さっそく実験をするべく、一番コストの安い作物の苗と、タオルを具現化する。そして俺がタオルと苗を半分持ち、セシリアには残り半分の苗を手渡した。

 ちなみに、セシリアにも頼むのは、オーナーとゲストで違いがあるかも確認したいからだ。


「それじゃ、俺が先に出るから、続いて出てきてくれ」

「はい、分かりました」

 という訳で、小屋にある扉からもとの世界へと戻る。苗はちゃんと残っていたけど、手に持っていたタオルはいつの間にかなくなっていた。


 もしかして、植物は持ち帰ることが出来て、既製品は持ち帰れないのか?

 ……って、ちょっと待て。もしその憶測が正しければ、お嬢様風の洋服セットを着るセシリアって、もしかしなくてもヤバいんじゃないか?

 分からない、分からないけど、セシリアに実験させるのはヤバすぎる。


「セシリア、ちょっと待った!」

 慌てて止めようと振り返る――が、一瞬遅かった。固有結界の向こう側から、作物の苗を持ったセシリアが、こちらに向かって足を踏み出すところだった。

 

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