第5話 ママゴトのような関係だとしても

 結果からいうと、椅子を持ち帰ることは出来なかった。扉をくぐったときに、椅子だけはあっちの世界に残ってしまったのだ。

 ただ、草原に生えていた草は持ち帰ることが出来たので、なんらかの条件を満たしている物だけは持ち帰ることが出来るのだと思う。


 ついでにいえば、固有結界を出したり消したりしても、あっちに置いてある物は消えなかったし、持ち帰った草は問題なく存在している。

 固有結界で作物や薬草を栽培して、持ち帰ることも出来るんじゃないかな?

 それに、逆にこっちから持ち込んだ物を栽培とかも出来るかもしれないし、後でセシリアにお願いして、苗かなにかをもらってみよう。


 家具だって、いまは持ち帰れないけど、なんらかの条件を満たしたら持ち帰ることが出来るかもしれないし、他にも色々試してみたいこともある。


 傭兵団を追い出されたときは落ち込んだけど、なんか楽しくなってきた。もっと色々実験するぞ! なんて思っていると、扉がノックされた。


「セシリアですが、入ってもよろしいでしょうか?」

「セ、セシリア? ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 って言うか、なんでセシリアがこんな時間に?

 もしかして、固有結界の中と外で流れる時間が違うのか? なんて思って窓に視線を向けるけど、問題なく――といって良いのかどうか分からないけど、外はちゃんと夜だった。


 いや、いまはそんな検証よりも――と、現実逃避のスキルを解除して、固有結界の扉を消した。そうして、ベッドサイドに腰掛けて、「入ってもいいぞ」と声を掛ける。


「失礼しますね」

 聞いているだけで安心するような優しい声が響き、セシリアが部屋に入ってきたんだけど、その姿を見た俺はちっとも安心できなかった。


「おいおい、なんて恰好をしてるんだよ」

「……なにかおかしいですか?」

 セシリアが、不思議そうに自分の姿を確認した。

 そんなセシリアが身に着けているのは、ゆったりとしたワンピース。いわゆる部屋着、もしくは寝るときに着る寝間着に分類されるような服装である。

 なんと言うか……ちょっと強く引っ張ると脱げそうな危うさがある。


「家族に会う程度ならともかく、夜に男の部屋を訪ねるような恰好じゃないだろ」

 夜這いをかけていると誤解されても仕方がないレベル。そう指摘したつもりだったのに、セシリアは不思議そうに小首をかしげた。

「弟に会いに来ただけですから、問題はありませんよね?」

「…………そう来たか」

 たしかに、俺がセシリアの弟――つまりは未成年の男子であれば問題はないかもしれない。

 だけど――


「あのな、セシリア。いくら俺の姉になったからといっても、実際に血縁関係がある訳じゃないし、あ、過ちとかあったら困るだろ?」

「……レオンさんは、お姉さんに相手に、そういう気持ちになったりするんですか?」

「――え゛」


 く……くまった。

 予想外の切り返しに答えあぐねてしまった。

 癒やし系のお姉さん相手に、そういう気持ちになったりするか否か。その答えはもちろん『なる』に決まっている。

 そもそも、セシリアは血縁のお姉ちゃんとして振る舞ってるみたいだけど、俺が癒やし系のお姉さんを求めていたのは奥さんとしてだから、その気にならない方がおかしい。


 ただ、いくらお姉さんぶっていても、セシリアは背伸びをしている年下の女の子にしか見えない。そんな相手に、そういう気持ちになるかと言われたら……あんまりならない。


 でも、ここでその気にならないと言ったら、セシリアの行動を容認することになる。はてさてどうしたものか……と、不意に自分の座るベッドがぽふんと揺れた。

 いつの間にか、セシリアが隣に腰掛けていたのだ。


「おい、セシリア?」

「……そんなに悩まなくても、わたくしは大丈夫ですよ」

「……はい? 大丈夫って、なにが――うぉっ!?」

 セシリアに肩を掴まれたかと思ったら、いきなり引き寄せられてバランスを崩してしまった。そのまま、太ももにダイブしてしまう。

 うぉぉ、年下の女の子、それもようやく結婚できるようになったばかりの、幼さの残る女の子の太ももに飛び込んでしまった。

 落ち着け、落ち着け俺。まずは深呼吸を……おぉう、なんか凄く良い匂いがする。

 しかも、薄手のワンピース越しに柔らかい太ももの感触や、温もりが少しだけ伝わってくる。……これは、良い枕だ。


 現実逃避の使用可能なポイントが増加しました。


 ……分かってる。分かってるから、いちいちそうやって指摘して現実に引き戻すのは止めろ、現実逃避のくせにっ!

 ……なんて、システムログに文句を言ってもしょうがないんだけど。


「セシリア、どういうつもりだ?」

「どうって、お姉さんとして、レオンさんに膝枕をしているんですよ? ちなみに、レオンさんが眠くなったら、添い寝もしてあげる予定です」

「……おいおい」

 百歩譲って膝枕はセーフとしても、添い寝は完全にアウトだと思う。いや、対外的には、血縁じゃない男女がベッドのある部屋で一緒にいるだけでアウトだけど。

 ……ま、まあ、添い寝は後で考えるとして、ひとまずは膝枕だ。


「別にお姉さんだからって、膝枕をすると決まってる訳じゃないだろ?」

「たしかにそうかもしれませんけど……レオンさんは、膝枕は嫌ですか?」

「……ええっと、それは……嫌じゃない、けど……」


 い、いや、違うんだ。別にセシリア相手にその気になったとか、癒やし系お姉さんのオーラを感じたとか、そういう訳じゃない。

 ただ、膝枕があまりにも素晴らしすぎて……いまのは間違いだ。


 ――コホン。ただ、子供の頃に両親を失って、恩返しだと働き続けた結果、仲間だと思っていた連中に、お前はいない方がマシだと見限られた。

 そうしてささくれだっていた心が癒やされていくのを感じたのだ。


 そんな訳で、身体の力を抜いて、セシリアの膝枕に身を任せてしまう。すると、セシリアのしなやかな指が、俺の髪を撫ではじめた。

 ……なんか安心する。思わず、眠ってしまいそうな気持ちよさだ。


「……どうですか? 痛かったりしないですか?」

「まぁ……その、悪くないよ。それになんだか……いや、なんでもない」

 セシリアと話しているとついつい警戒を緩めてしまうのか、ぽろっと思っていることを口にしてしまい、慌ててその言葉を飲み込んだ。


「それになんだかって、なんですか? そんな風に言われたら気になるじゃないですか」

「いや、その……セシリアは優しい匂いがするんだなって思って」

 さっきはなんの匂いか分からなかったけど、ほのかに香るのは、優しい花の香りだ。


「ここに来る前に湯浴みをして来たので、浴槽に浮かべていた花びらの匂いですね」

「……湯浴み、浴槽があるのか」

 貴族のお屋敷であれば、在っても不思議ではない……というか、むしろあってしかるべきだろう。けど、このお屋敷は色々とあれなので、少しだけ意外だった。


「小さい浴槽ですけどね。今度、レオンさんのお背中を流して上げましょうか?」

「おいおい、さすがにそれは冗談になってないぞ」

「ふふっ、そうですよね。さすがに小さな浴槽では、二人で入るなんて出来ませんよね」


 なんか、浴槽が大きければ一緒に入ると言い出しそうな雰囲気。

 だけど、大きい浴槽なんてそうそう用意できる物じゃない。つまり、わざわざ指摘しなくても、一緒にお風呂に入るような機会は永遠に訪れない。

 であれば、いちいち訂正する必要はないだろう。

 ……いや、違うぞ? 別に説得したらやぶ蛇になりそうだとか、勢いで約束をさせられそうとか思った訳ではなく、純然たる効率を考えた結果である。


 現実逃避が4にランクアップ。

 温泉を初めとしたあれこれが解放されました。


 ……だから、現実逃避のクセして、現実に引き戻すのは止めろ――って言うか、温泉を初めとしたあれこれって、なぜわざわざ強調したんですかね!?


 ……なんだろう。俺の願望でも反映しているのか? って、いやいや。それだと、俺がセシリアと温泉に入りたがってるみたいじゃないか。

 ないない、それはさすがにないから。


「レオンさん?」

「……あぁいや。お風呂は興味あるけど、薪のコストとかが大変なんじゃないか?」

「そうなんですよ。この町はお世辞にも裕福とはいえませんし、わたくしも可能な限り贅沢を控えるようにしなければと思っていたところです」

「ふむ……そんなにヤバそうなのか?」

 事前調査では、良くも悪くも、なにもない平和な田舎町、だったんだけどな。


「いますぐどうと言うことはなさそうですが、慢性的な貧困に喘いでいるようで。いまのうちに改善をしなければ、緩やかに過疎が進みそうなんです」

「……なるほど」

 田舎町とはいえ、そう遠くない場所に都会がある。

 俺がこの地を選んだ理由でもあったんだけど……そうか。逆に言えば、都会に憧れる若者が、町を離れやすいという意味でもあったんだな。


 大抵、問題が見つかるのは、手遅れになってから。

 だけど、セシリアは事前に察知した。

 こうして見上げていると、極上の膝枕を持つだけの普通の女の子って感じだけど……わりと優秀なのかもしれない。


「ねぇ、レオンさん。貴方のお話を聞いてもかまいませんか?」

「……俺の話?」

「ええ。もし良ければ、ですが」

「……良いけど、別に面白い話じゃないぞ?」

「かまいません。わたくしはお姉さんとして、貴方の過去を知りたいんです」

 傭兵団を追われた件をセシリアに話して楽になった。だから、もっと聞きたいというのなら、別に話してもかまわないと思う。

 というか、少し聞いてもらいたい気持ちがある。


「じゃあ……どんなことが聞きたい?」

「そうですね……レオンさんの所属していた傭兵団は、どういうところだったんですか?」

「俺が所属していたのは、大規模な魔獣退治を専門とする傭兵団だったんだ」


 この国には冒険者ギルドという組合が存在していて、冒険者はみんなそこに所属している。

 個人で仕事を引き受ける者もいれば、パーティー単位で引き受ける者もいる。そして俺の所属していた傭兵団『深紅』は、大規模な魔獣の討伐を専門とする集団だった。


「魔獣退治を専門、ですか。レオンさんは事務や雑用をしていたんですよね? 具体的にはどんなことをしていたんですか?」

「そうだなぁ……料理や各種物資の補給。後は様々な交渉や会計。それに薬草の栽培かな。他にも色々と頼まれることはあったけど、主なのはそれくらいだ」

「……ええっと、それを何人でこなしていたんですか?」

「何人って……俺一人だけど?」

 なぜかセシリアは黙りこくってしまった。


「……セシリア?」

「レオンさん、どう考えても働き過ぎです。賭けても良いです。その傭兵団の人達は今頃、レオンさんを追い出したことを間違いなく悔やんでいます」

「どうだろ? その代わり戦闘はからっきしだったからな。俺のサポートスキルがもう少し役に立てば、戦いについていったりも出来たと思うんだけどさ」

「サポートスキル、ですか?」

「サポートに特化したスキルで、対象一人の能力を一時的に三割増しにするとか、自分の魔力を人に融通するとか、後はステータスウィンドウを見ることが出来たり、だな」

「それは……わりと優秀なのでは?」

「そう思ったんだけど……仲間には凄まじく不評だったんだ」


 対象の能力をアップさせる能力に、魔力を融通する能力。

 本来であればそれなりに有用なはずなんだけど、なにやら使用時の感覚が不快らしくて、ギルバート達には二度と掛けるなと釘を刺された。

 そうでなくても、能力アップは一人を一時的に三割アップするだけ。それなら、もう一人戦闘に特化した者を連れて行った方が戦力になる。

 サポート系のスキルは基本的に、不遇スキルと呼ばれているのだ。


「そんな訳で、俺のサポートスキルを必要としてくれたのはリーフねぇだけなんだ」

「リーフねぇ……ですか?」

「そうそう。本来なら魔力が足りなくて使えないスキルを扱えるようになったり、高ランクのポーションを作れるようになるって理由で、良くお願いされてた……って、セシリア?」

 いつの間にか、俺の髪を撫でるセシリアの手が止まっていた。どうしたのかとセシリアを見上げると、なぜか瞳から光が消えている。


「……レオンさん」

「は、はい?」

「リーフねぇ……って、どなたですか?」

「リ、リーフねぇは、両親を失って途方に暮れていた俺を拾ってくれたお姉さんで」

「……お姉さん。そのお姉さん、癒やし系、だったり……しますか?」

「え? それは、うん。そうだけど……?」

「へぇ……そうなんですかぁ……」

 な、なに? なんなんだ? なんか、声に抑揚がなくて恐いんだけど。


「と、取り敢えず、なにも分かってない俺に色々と教えてくれたんだ」

「……へぇ……色々と教えてもらったんですかぁ……色々と」

「い、色々って言っても、生き方とか、サポートスキルの使い方とかだぞ?」

「……そうですか。その癒やし系のお姉さんに色々と、教えて、もらったんですね。手取り足取り、優しく、教えて……もらったんですね?」

「い、いや、普通に教えてもらっただけだって!」


 なんだ? セシリアはなにを怒っているんだ? もしかして『わたくしというお姉さんがありながら、他にもお姉さんがいたってどういうことですか!?』的な?


 ……いや、さすがにそれはないな。恋人じゃあるまいし、姉が一人なんて決まってる訳じゃないんだから、そんな焼き餅はありえない。

 ただ……理由はなんであれ、とにかく恐い。いますぐセシリアの膝の上から逃げ出したいけど、頭を掴まれていて逃げ出せない。

 なんとかして、セシリアをなだめなければ……そうだ。


「あ、あのさ」

「……なんですか?」

 うぐ。俺を見下ろすセシリアの視線が冷たい。さっきまで膝枕で夢見心地だったのに、いまはなんか生殺与奪を握られている気がする。

 なんか、無条件に謝りたくなってきた。

 ……いやいや、負けるな。ここで負けちゃ一生負け犬になりそうな気がするから。


「セシリアの命を救ったエリクサーがあっただろ? あれを作ったの、リーフねぇなんだ」

「――うぐっ。そ、そんなこと言われたら、無下に出来ないじゃないですか。ライバルが、恩人っ。きょ、強敵です……っ」

 言っていることは分からないけど、とにかく効果があったようで、セシリアは思いっきり怯んでいる。いましかないと、一気にたたみ掛けることにした。


「それに、俺にとっても恩人なんだ」

「そ、それは……っ。で、でもでも、レオンさんを追い出した人、なんですよね? なのに、どうして、いまでもリーフねぇなんて言うんですか?」

「……あぁ、そういうことか」


 謎の焼き餅かと思ったけど、誤解だった。

 自分を見限った相手なのに、リーフねぇと呼んでいまだに慕っている。そんな俺がお人好しすぎると、セシリアは心配してくれていたんだな。


 現実逃避……ではなさそうなので、使用可能なポイントは増加しません。


 え、なに? なんなの、そのメッセージ。

 いまのやりとりに、現実逃避する余地なんてなかっただろ? ……いや、現実逃避する余地がなかったから、増加しませんってことか?

 でも、なんでわざわざ……よ、良く分からないけど、いまはセシリアの対応が先だな。


「リーフねぇはなんだかんだ言って恩人だからな。なんとなくそう呼んでるけど、もし再会したとしても、そんな風には呼ばないよ」

「……呼ばない、ですか?」

「ああ。もし再会しても、リーフさんって呼ぶ。セシリアは心配しなくても良いんだぞ?」

「なぁっ、わわっわたくしは別に、心配した訳じゃ、あっ、ありませんわよ?」

「……そっか、なら良いんだ」

 俺を心配して怒ったくせに、それを隠そうとするなんて……セシリアは優しいな。


「なぁ、俺からも聞いて良いか?」

「か、かまいませんけど……なにを聞きたいんですか?」

「セシリアがどうしてこの町に来たのか、とか」

 それを口にした瞬間、俺が枕にしているセシリアの太ももがびくりと震えた。


「どうしてそのようなことを聞くのですか?」

「言っておくけど、興味本位とかじゃないぞ。ただ、俺はセシリアに話を聞いてもらって気が楽になったから。だから、セシリアもそうかもしれないって思って」

「気が楽に、ですか?」

「ああ。セシリアが――姉が辛い思いをしてるのなら、少しでも力になりたいかなって」

「レオンさん……」


 セシリアが目を見開いた。

 俺はいままで、セシリアを姉と認めるような発言をしてなかったから驚いたのだろう。

 正直に言うと、セシリアを癒やし系のお姉さんと思った訳ではない。

 けど、両親と死別し、仲間に見限られた。そんな俺と、家族に裏切られたセシリアは似ている。だから、ほっとけないって、そんな風に思う。


「もちろん、話したくないことは話さなくても良いけどな」

「……いえ、話します。というか……良ければ聞いてください」

「ああ、ぜひ聞かされてくれ」

 あくまで、俺が聞きたいのだというスタンスは崩さない。それに対して、セシリアは少しだけ微笑んで、静かに口を開いた。



「……継母が、落ち込んだわたくしにこの地を用意してくれたことは話しましたよね。その切っ掛けとなったのが、お母様が亡くなった、馬車の事故、なんです」

「それ、は……」

 母親が事故で亡くなった直後、継母に家を追い出された。

 誰が聞いたって、継母が事故を利用してセシリアを追い出したか、事故死に見せかけてセシリアの母親を殺し、セシリアを家から追い出したというシナリオを思い浮かべるだろう。


「セシリアは……その、公爵の地位を継ぐ予定だったのか?」

「わたくしに跡を継ぐつもりはありませんでした。でも……わたくしの母が正妻で、兄と妹を産んだのが継母、父の愛人であるのもまた事実です」

「そう、か……」

 正妻の娘と、愛妾の息子。貴族の家督は男が継ぐのが一般的だが、女性が継げない訳ではない。それに、正妻の子供が優先されるのも事実だ。


「……なぁ、セシリア、お母さんの事故って、その」

「事故、ですよ。とてもとても悲しい、不幸な事故、です」

「そう、か……」

 なにも言えなかった。

 セシリアが俺と同じ想像をしてないなんてありえない。その可能性を想像した上で、気付かないフリをしているのだと思ったからだ。


 こんなとき、なんて声をかければ良いんだろう? そう思っていると、膝枕をしてもらっている俺の頬に、熱いしずくが落ちてきた。

 なんだろうと顔を上げた俺は、不用意な質問をしてしまったことを後悔する。セシリアの青い瞳に、大粒の涙が浮かんでいるのを見てしまったからだ。


「どうして、どうしてこんなことになってしまったんでしょう? わたくしはただ、家族と仲良く暮らしたいって、そう思っていただけなのに……っ」

 大粒の涙がキラキラと降ってくる。見ていられなくなった俺は身体を起こし、セシリアと向き合った。そうして、指で目元の涙を拭い去る。


「俺がいる」

「レオン……さん?」

「失ったモノは取り戻せないかもしれない。けど、セシリアは俺の姉で、俺はセシリアの弟なんだろ? なら、俺達は家族だ。だから……俺がいる」


 失ったモノは取り戻せなくても、新しく手に入れることは出来る。少なくとも、仲間に見限られた俺は、セシリアと出会って救われた。

 なら俺だって、家族に裏切られたセシリアの救いになれるかもしれない。ママゴトのような関係だったとしても、セシリアの支えになれるはずだ。


「でも、わたくしはこの寂れた町から出ることもままならないんですよ?」

「俺はもともと、田舎町で暮らすつもりだった。だから、この町に定住することにはなんの問題もないし、寂れたのが嫌なら発展させれば良いんだ」

「発展、させられると思いますか?」

「それは問題ないと思うぞ。それに、俺も協力するから心配するな」

 この田舎町は都会からそこまで遠くない。いままで放置されていたから寂れているだけで、立地的には色々と好条件が揃っている。

 その気になれば、それなりに発展するはずだ。


「協力、してくださるんですか?」

「セシリアが嫌じゃなければな」

「い、嫌な訳ないです! むしろ、凄く嬉しいです!」

 セシリアは本当に嬉しそうに言い放った。だけど、その直後に顔を伏せる。


「でも……わたくしは命を狙われました。いえ、いまでも狙われているでしょう。もしかしたら、レオンさんにも迷惑を掛けるかもしれません」

「今更それを言うのか? そんな状況で俺を馬車に乗せて、あまつさえ姉になるとか言い出したのはどこの誰だよ?」

「……ごめんなさい。あのときは気が動転していて、そこまで思い至らなかったんです」

「いや、謝って欲しくて言ったんじゃない。俺は少なくとも気付いてた。気付いた上で、セシリアのお屋敷に招かれて、いまもこうしてここにいるって知って欲しかったんだ」


 本当は、ヤバそうなら途中で退散しようと思っていた。けど、いまは違う。セシリアの家族になると決めた以上、そんな理由で逃げたりしない。

 というか、セシリアは気付いてないみたいだけど、しばらく襲われる心配はないだろう。それになにより、固有結界を使って田舎を復興するのは凄く楽しそうだからな。


「お手伝い、してくださるんですか?」

「望むところだ。一緒にこの田舎町を住みやすくしよう。それと、たぶんだけど、いざという時の避難場所も用意できると思う」

「避難場所……ですか?」

「ああ。いつでも現実逃避できるとっておきの場所だ。その場所をセシリアにも特別に教えてやる。だから、嫌なこと全部忘れて、俺と辺境スローライフを満喫しよう」

 固有結界を見せたときのセシリアの反応を想像して、俺はにやりと笑った。

 

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