第4話 現実逃避の楽園
癒やし系のお姉さんと田舎で暮らそうと思ったら、年下のお姉さんのヒモになった。
田舎でのんびり暮らすという一番の目的は果たせそうだから、問題ないと言えばないのだけど……なぜこうなったといわざるを得ない。
それはともかく――いや、ともかくと流して良い問題ではないのだけれど、それらの問題を棚上げした俺は、部屋で休ませて欲しいとお願いして客間へと戻ってきた。
疲れたからではなく、食事の席でランクアップしたスキルの説明が気になったからだ。
リーフねぇに見限られたときに目覚めたスキル――現実逃避。あまりにも情けなすぎて、詳細も確認せずに放置してたけど……
現実逃避に使用可能なポイント。それに機能の解放に、現実逃避可能な世界の拡張。ここまで来たら、さすがの俺も違和感に気付く。
精神的に逃げ込むのを補助するスキルだと思っていたけど……これはもしかして、物理的にどこかに逃げ込むスキルなのではと思ったのだ。
普通、習得したスキルは神殿で儀式をしてもらわなきゃ確認できないんだけど、俺はサポートスキルによって確認することが出来る。
という訳で、ベッドサイドに腰掛けつつ、現実逃避のスキルを表示した。
現実逃避 ランク3
自分の世界に逃げ込むことが出来る。
……書いてる説明は前回と同じ、か。
他に説明もないし、予想が正しいか確かめるには使ってみるしかなさそうだな。
ちなみに、あらゆるスキルは使おうと意識するだけで発動することが出来る。もちろん上手く使うには慣れが必要だし、存在を知らなければ使用は出来ない。
存在を知覚するのは、神殿で確認したときか、俺のようにサポート系のスキルで確認したとき。もしくは、ふとした拍子に知覚できるようになると言われている。
そんな訳で、スキルの存在を知覚している俺はさっそく発動させようと意識した。
――刹那、目の前に扉が出現した。
「……マジかよ」
スキルを使用して出現したのは、横幅2メートル、高さは天井まである物理的な扉。こんな扉があるってことは、マジで物理的に現実逃避が出来るんじゃないか?
にわかには信じられないけど、過去に似たようなスキルがなかった訳じゃない。俺は半信半疑ながらも、目の前にある扉を押し開いた。
大きな扉がなんの抵抗もなく開く。そうして視界に飛び込んできたのは、シンプルな木造の小屋だった。
意を決して扉の中へと踏み込む。
「これは、まさか……本当に?」
入ってきたのとは別の扉を見つけ、思い切って押し開いた。そこに広がるのは緑豊かな草原で、少し向こうに世界の果てが見える。
「はは、ははは……」
ここまでくれば間違いようはない。自分の世界を作り出す、世界でも数えるほどしか発現例がない希有なスキル。
これは――固有結界だ!
伝え聞いたことのある固有結界は、無限の武器を生み出す世界や、無限の魔力を生み出す世界などで、敵を引きずり込んで有利な状況に持ち込む戦闘系のスキルだ。
でも、俺のスキルは現実逃避という名前からして、戦闘系とは思えない。とくになにもない世界という可能性もあるけど……と、あちこち見て回る。
およそ百メートル四方くらいの箱庭世界で、草原以外にはなにもあるように見えない。けれど小屋の中に、サポートスキルのウィンドウと同じような見た目の端末がおいてあった。
現実逃避 ランク3
使用可能なポイント 1300p
施設や敷地の拡張&改修
これは……まさか、固有結界の世界を自分の思ったように作り替えられるのか? もしそうなら――と、端末の施設や敷地の拡張&改修という部分に指で触れてみる。
表示が切り替わり、【施設や敷地の拡張&改修】という項目がトップに来た。そこに連なるのは【家具各種】【衣類】【日用品】【設置物】【施設】といった項目。
何気なく【設置物】という項目を選択してみる。今度は【設置物】がトップに表示され、その内容が連なって表示される。
棚、クローゼット、窓、扉、鍵付き扉、魔導ランプなんて、聞き慣れた設置物が続く。
けど、後半には、体力回復の魔法陣、魔力回復の魔法陣、スライム型トイレ等など、ちょっと聞いたことのない名前の設置物が表示されていた。
ちなみに、選択すると詳細を表示できるんだけど、後半の方は灰色で表示されていて、詳細を見ることは出来なかった。
ランクが上がったときに、機能が解放されたというメッセージを見た記憶があるので、選択出来ない設置物は、扱うにはランクが足りていないんだろう。
なんにしても、その辺りの検証はランクが上がってみないと分からない。ひとまず他の項目も見るべきだろうと前の画面に戻って、今度は【日用品】という項目を選択した。
最初に表示されるのは、油、灰汁(あく)(石鹸)、それに万年筆やインク、羊皮紙を始めとした日用品の名前が続いている。
そして灰色の項目には、魔力を帯びた万年筆や契約の羊皮紙などなど、やはり良く分からない名前の道具や、ボディーソープ、シャンプー、リンス、ボールペン、コピー用紙、和紙と、最早なにに使うか想像すら出来ないような品目が並んでいる。
……うぅん、色々と気になるけど、灰色の項目は詳細を見ることも出来ないからな。こっちも、あれこれ検証するにはランクを上げるしかないだろう。
他には……と、取り敢えず【家具各種】を表示してみた。
小屋にはなにもなくて殺風景だし、立ったまま作業するのもしんどい。ということで、テストをかねて机と椅子を用意してみようと思ったのだ、
やっぱり後半は灰色表示だけど、今回はそれらが目的じゃないので後回し。木製のシンプルな椅子と机のセットを選択する。
70ポイントですがかまいませんかと確認を求められたので了承を選ぶ。
「……お? おぉ」
目の前に半透明の机と椅子が表示される。そして端末には、設置場所を選んで決定を選択してくださいというメッセージが表示されていた。
設置場所を選ぶ……お、意識したら、半透明の家具の場所が移動するな。これで置きたい場所を決めれば良いってことか。
そうと分かればさっさと置いてしまおうと、小屋の真ん中に半透明の机と椅子を動かして決定を選んだ。直後、寸分違わずに木製の机と椅子が実体化した。
「おおぉ……ホントに設置されたぞ」
座っても大丈夫かなと、おっかなびっくり腰を下ろす。その瞬間、バキッと音を立てて椅子が壊れる――なんてこともなく、椅子は俺の身体をしっかりと受け止めてくれた。
……でも、あんまり座り心地は良くないな。一番ポイントの低かったし、安物かな。
とは言え、今回はお試しだし、座れるだけで良しとしよう――ってことで机の上に端末を置いて確認を続ける。
あらためて家具を確認すると、お姫様ベッドやダブルベッドなんて物もある。これはもしかして……俺以外の人間が入ってくることも考慮されてるのかな?
気になるけど、確認するには固有結界の存在を誰かにを教える必要がある。おいそれとは教えられないスキルだから、確認は機会があれば、だな。
他に気になるのは……ポイントか。現実逃避かなにかをしたタイミングで増えてるみたいだけど、上昇量も分からないし無駄遣いは出来ないな。
家具の設置は必要に駆られてからで良いだろう。
まだ見てない項目は【衣類】と【施設】だな。衣類は別に驚くような物はないだろうし、また今度で良いだろう。
次は施設を見てみよう。
家の建て替えという項目が灰色で表示。
続いて、黒字で井戸、畑、薬草園、灰色で小川、温泉という文字が表示されていた。
……ふむふむ。ランクが上がったら、小屋も建て替えられるのか。将来的には、大きなお屋敷、もしくはもっと別のなにかになったりするのかな? かなり楽しみだ。
でもって……後は、温泉? たしか……火山の近くなんかで湧き出すことがあるっていう、お湯のことだよな? それを選択したら、温泉に入ることが出来るってことかな?
もしかしなくても、むちゃくちゃ優秀じゃないか、この固有結界。
この辺も楽しみだけど、いまは灰色で選べない。ひとまず選べるのは……井戸と畑と薬草園だな。井戸は……200ポイントか。
現実逃避をするしないは別に良いんだけど、俺の目的は癒やし系のお姉さんとのスローライフなので、この世界に引きこもる予定はない。
でも、なんと言うか……こう、秘密基地を手に入れたような感覚といえば分かってもらえるだろうか? ぜひ、この空間だけでも暮らせるように発展させてみたい。
――という訳で、俺は井戸を設置してみることにした。
ちなみに、家の中では半透明の井戸が赤色に表示されて設置できなかったので家の外に、机と同じような要領で設置しする。
決定を押したら、文字通り一瞬で平地に井戸が出現した。
「井戸の水……飲めるのかな?」
いや、そもそも水が湧いているんだろうか? なんて疑問を抱いてしまったので、備え付けのヒモに繋がれた桶を井戸の中に落としてみる。
パシャと水の音が響いたので、ちゃんと水が満たしているようだ。という訳で桶を引っ張り上げる。そこには澄んだ水がなみなみと入っていた。
……うん、冷たくて気持ち良い。手が爛れるなんてことはないみたいだけど……と、思いきって口に含んでみた。
そのまま十秒、二十秒と待ってみるけれど、とくに口の中が痺れると言うこともない。ひとまずは大丈夫そうだと水を飲み下した。
まだ安心は出来ないけど、普通に冷たくて美味しい水っぽい。
後は……と、お? 椅子と机もそうだったけど、井戸も複数設置できるみたいだな。それに、いま設置した井戸に、機能拡張という項目が存在している。
水量アップや、効能の付与、それに手動ポンプなる道具の設置も出来るみたいだ。
……まあ、水量アップ以外は灰色で表示されてるんだけどな。
うぅん、気になるなぁ。
ランクアップしたら、色々増えるんだろうけど……どうやったら上がるんだろ? スキル名や、いままでランクが上がったときの感じからして、現実逃避すれば良いのか?
現実逃避……現実逃避ねぇ?
この固有結界があれば、ギルドの仲間も、俺を見限ったりしなかったよな。
いやいや、いまからでも遅くない。ギルドに戻ってこの能力を見せれば、また以前のように仲間にだって……なんて、俺を見限った連中と、今更仲良くしたいとは思わないけど。
……現実逃避しても反応がないな。
意識的にしてもダメなのか、はたまた逃避がちゃんと出来ていないだけなのか。どっちにしても、狙ってあげるのは難しそうだ。
他に選べるのは……畑や薬草園か。この辺りは、そのまんまって気がするけど……あぁ、苗や種があるのか。なんか、聞いたこともないような名前の物もあるな。
面白そうだけど、全部調べてたらきりがない。固有結界に来てからわりと時間が経ってるし、一度戻った方が良いだろう。
……って、そういや、こっちで設置した家具とかって持って帰れるのかな?
もし可能なら、むちゃくちゃ便利だ。服を着て固有結界に入れた以上、物を持ち込むことは可能なはずだけど……そうだな、さっき出した椅子で試そうか。
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