第3話 年下のお姉ちゃん

 旅の汚れを落とした後、レオンはメリッサの案内で食堂へと顔を出したのだが……出迎えてくれたセシリアの様子がおかしい。

 なんと言うか……落ち込んでいるようだ。もしかしたら、まだ馬車での一件を引きずっているのかもと思いながら、夕食の席に着いたのだが――


「食事の前に、レオンさんに言わなくてはいけないことがあります」

 セシリアが唐突にそんな風に切り出した。

「言わなくてはいけないこと?」

「はい。その……も、申し訳ありません!」

 いきなり謝られてしまった。


「急にどうしたんだ?」

「その、わたくしの怪我を治すときに飲ませてくださったポーションですが、ハイポーションでは、ありません……よね?」

「……どうしてそう思うんだ?」

「メリッサから聞いた状況を執事に話したら、ありえないと言われたのです。わたくしの状況から考えて、もっと高位のポーション、おそらくはエリクサークラスだと」

「なるほど……」

 効果を把握しているなら誤魔化す必要はないので、「その通りだ」と白状した。


「やはり、そう……だったのですね。申し訳ありません、貴重な薬を使わせてしまって」

「それを理解した上で使ったんだから、気にする必要はないぞ」

「いいえ、そういう訳にはいきません……と言いたいところですが、いまのわたくしには、エリクサーの対価として支払えるようなモノがないのです」

「なんだ、それで謝ってたのか。お礼を期待して助けた訳じゃないから、エリクサーの対価なんて気にしなくていいぞ」

「そうはまいりません。それで考えたのですが……わたくしにお渡しできるのは、このネックレスくらいなんです。ですから、このネックレスをもらってくださいませんか?」

 セシリアが母の形見のネックレスを首からはずそうとしたので、必要ないと突き放した。


「形見のネックレスなんてもらったら、罪悪感が凄いから止めてくれ」

「……お優しいんですね」

「そんなんじゃない」

 そんな大切なネックレスをもらっても、とてもじゃないけど売るつもりにはなれない。そして、売ることも出来ないネックレスを持っていても仕方がない。

 受け取っても罪悪感を抱くだけである。


「でも……困りました。わたくしには他に差し上げられるモノがありません。他に差し上げられるのは……あ、その……わたくしで良ければ……」

 セシリアはみなまで言わなかったけれど、真っ赤に染まった顔が対価を雄弁に語っていた。

 恥ずかしければ言わなければ良いのに――とは言わない。それだけ恩を感じて、必死に返そうとしてくれているのだろう。

 恩返しをしたいという思いは、傭兵団で働き続けていた俺には痛いほどに良く分かるし、公爵令嬢と一夜を共に出来ると言うのなら、エリクサーを対価に支払う者だっているだろう。

 だけど――


「さっきも言ったけど、お礼を期待して助けた訳じゃないから、気持ちだけで十分だ」

 そもそも、俺の好みは癒やし系のお姉さんだ。セシリアは可愛いと思うけれど、俺の好みからは外れている――なんて、口が裂けても言わないけど。


「でも、お礼をしないなんて訳にはいきません。なにか、求めるモノはありませんか?」

「求めるモノ、ねぇ……」

 これは俺がなにか求めるまで終わらない。そう思ったので、なにかあったかなと考える。そうして、一つ欲しいものがあることを思い出した。


「なら、住む家をくれないか?」

「住む家……ですか?」

「俺はどこかの田舎に住もうと思って旅をしていたんだ」

「もしかして、この町に住むつもりなんですか?」

 意外だったのか、セシリアはぱちくりとまばたきをした。


「この町はセシリアが統治するんだろ? 心優しい女の子が統治してる町なら安心して暮らせるからな。もともと第一候補だったし、この町に住んでみるのも悪くないかなって」

「……分かりました。では、レオンさんが住む家を用意させていただきます」

「そうしてくれ」

 これで、セシリアの恩返しもお終い。俺もこの街でのんびりと暮らせると思って肩の力を抜いたのだけど、セシリアは更に身を乗り出してきた。


「では、他になにが欲しいですか?」

「……え?」

「幸か不幸か、空き家はたくさんありますし、エリクサーの対価にしては少なすぎます。他になにか、欲しいものはございませんか?」

「そうは言ってもなぁ……」


 俺の目的は、田舎でのんびり暮らすこと。

 住居を手に入れたいま、後はのんびり暮らせる程度の仕事を見つけることだけど、コネで仕事を得て、傭兵団での二の舞になるのはごめんだ。

 とはいえ、他に頼みたいことなんてないよなぁと考える。


「レオンさんはそもそも、どうして田舎で暮らそうとしているのですか?」

「あぁ、魔獣退治を専門とする傭兵団に所属していたんだけど、そこを引退したんだ」

「引退……ですか? 怪我をして引退……という風には見えませんね。そもそも、怪我をしていたのなら、自分にエリクサーを使っていたでしょうし」

「そう、だな」

 傭兵団でのやりとりを思い出し、思わず唇を噛んだ。


「あ、ごめんなさい。込み入ったことを聞いてしまって」

「いや……」

 反射的にそんな風に答えていた。

 そんな俺の反応になにか思うところがあったのだろう。セシリアは「もしよろしければ、なにがあったのか聞かせて頂けませんか?」と口にした。


「実は……」

 気がつけば、傭兵団を追い出された経緯を話し始めていた。もしかしたら、俺は誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。

 そして――


「そんなの酷いです! レオンさんは恩返しをしようと頑張ってたのに!」

 話を聞いていたセシリアが声を荒げた。


「恩返しが目的だったんだから、役に立ったと思われなきゃ意味がなかったんだよ」

「役に立ってないはずありませんわ! わたくしだって、メリッサ達がいてくれなければ、明日の生活だってままなりません。下働きや事務は重要なお仕事です!」

「それは……でも、ギルドの仲間は認めてくれなかったんだ」

「それは傭兵団の方達がそれらの重要性を分かっていないだけです! きっと今頃、レオンさんにどれだけ助けられていたのか理解して、追い出したことを後悔しているはずです!」

「……ありがとう」


 俺は傭兵団で事務を始めとした仕事をしながらも、戦闘で貢献できないがゆえの代わりだと考えていた。だけど、セシリアは事務や下働きも重要な仕事だと言ってくれた。

 初めて、自分の頑張りを認められた気がして、不覚にも泣きそうになる。


「わたくしは事実を述べただけですから、お礼を言われるようなことはしていません」

「それでも、嬉しかったんだ」

「……では、おあいこですね。この町が住みやすい土地だと言ってもらえて、わたくしも救われましたから」

「そっか……」

 そこまでの意図はなかったんだけど、それを言うならセシリアの台詞もそうだったのだろう。だから、おあいこという言葉が気に入った。


「それで、傭兵団を追い出された後、どうして田舎で暮らそうと思ったのですか?」

「それは、いままでずっと忙しかったから、のんびりと暮らそうかなって」

「それは……一人で、ですか?」

「別に一人を望んでる訳じゃないけど……」

 とくに相手もいないというニュアンスを含ませて答える。


「では、癒やし系のお姉さんとの、のんびりした生活をご所望なんですね」

「――ぶっ!」


 それは先ほどメリッサに軽口を叩いたときのフレーズだ。

 思わず、なにを言ったんだお前とメリッサを睨みつける。けれどメリッサは涼しい顔で、こちらの視線には気付かない……はずはないのでフリだろう。

 俺はぐぬぬと呻きつつ、セシリアに視線を戻した。


「えっと……メリッサからなにを聞いたか知らないけど、忘れてくれ」

「いいえ、忘れませんわ。そして、わたくしは決めました」

「……なにを?」

「わたくしが、レオンさんのお姉さんになります!」

「……………………はい?」


 この子は一体なにを言っているんだろうか? 公爵令嬢が、どこの馬の骨とも分からない男のお姉さんというのはもちろん問題だけど、今回はそれ以前の問題。

 セシリアはどう考えても年下にしか見えない。


「ですから、わたくしがレオンさんのお姉さんになります」

「いや、セシリアって何歳なんだ?」

「先月、結婚できる年になりましたわ」

「……見た目通り、年下じゃないか」

「大丈夫です。重要なのは想い。実際の年齢なんて関係ありませんわ。わたくしが、年下のお姉さんとなって、レオンさんを癒やして差し上げますわ」

 年下のお姉さんってなんだよ。

 ……いや、その響きはなんか、凄く魅惑的だけど。


「……百歩譲って、年下のお姉さんになるとして、どうするつもりなんだ?」

「お姉さんとして、レオンさんを養います」

「……や、養う?」

「はい。幸いにして、レオンさん一人を養う程度の余裕はありますから」

「俺にヒモになれと……?」

「いいえ、恩返しですよ。エリクサーの対価です。レオンさんはさっき言いましたよね。身体もお金も必要ない。気持ちだけで十分だ――って」

「それは言ったけど……」

 お礼の気持ちだけで良いと言ったのであって、お姉さんになって養って欲しいと願った訳ではない。ないのだけど……恩返しか。


 仲間に見限られた俺は、家族に捨てられたセシリアに共感を抱いている。年下の姉については置いておくとして、仲良くはしたい……って、思っちゃてるんだよなぁ。

 だけど――


「仮にも未婚の、それも公爵令嬢が、俺みたいなどこの馬の骨とも分からないやつを家族にするなんて許されないだろ?」

「あら、それはつまり、許されれば問題はない。と言うことですね?」

「……そうだな。問題が発生しないというなら、悪い話じゃないとは思う。でも、問題があるからしょうがないよな。うん、残念だけどしょうがない」

 問題が発生しないなんてありえないので、さも残念そうに言い放った。


「それなら、問題はありません。ねぇ、メリッサ、貴方もそう思うわよね?」

「……そうですね。お嬢様がお望みなら問題ないと思います」

「――え゛?」

 おいおいおい。セシリアのために、自分はなにをされても良いとか言ってただろ。なのに、なんでそこで、セシリアの暴走を黙認するんだよ。


「メリッサもこう言っていますし、レオンさんは今日からわたくしの弟と言うことで」

「い、いやいや、ちょっと待ってくれ。……メリッサ、本気で言ってるのか? 公爵令嬢って、そんなに自由に振る舞える立場じゃないだろ?」

 どういうつもりなんだと、メリッサに視線で訴えかける。


「……たしかにお嬢様には公爵令嬢としての地位があり、自由はほとんどありません」

「そうだよな?」

「ですが、実家の思惑に沿っていれば、文句を言われることもありません」

「実家の思惑って……っ、そうか」


 セシリアは、継母に存在を疎まれて田舎に追いやられた。それが事実だとしたら、セシリアが悪評を立てるのは、継母にとって望ましい結果なのだ。

 もちろん、ローゼンベルクの名を貶めなければという前提はあるはずだけど、男と噂になる程度なら、ちょうど良い悪評と言ったところなのだろう。


「納得していただけましたか?」

「そう、だな……」

 これは逃げられそうにない。それに……無理をして逃げる必要もない。

 俺の目標は癒やし系のお姉さんを奥さんにして、田舎でのんびり暮らすこと。お嫁さんになってくれる癒やし系のお姉さんを探すのは、生活が落ち着いてからでも良いだろう。


「分かった。セシリアの気が済むまでお世話になるよ」

「命を救ってもらったんですから、気が済む日なんて来ません、レオンさんは今日から、ずっと、わたくしの弟ですよ」

「……まぁ良いけどな」

 とはいえ、さすがにヒモになるつもりはないので、傭兵団で培った知識を活かして貢献しよう。これだけ寂れた町でなら、俺だって十分に役立てるはずだ。


「それじゃ、まずはなにをして欲しいですか?」

「え、なにって……なに?」

 まさかナニか!? と、生唾を呑み込む。


「レオンさんがお姉さんにして欲しいことです。膝枕ですか? 耳かきですか? それとも、添い寝をして子守歌をご所望ですか?」


 思っていた癒やし系のお姉さんと違う。……いや、俺が癒やし系のお姉さんに求めていた通りの行動をされても困るのだけど。これじゃ、完全に子供扱いだ。

 そして、セシリアは癒やし系のお姉さんと言うよりも、背伸びをしている年下の女の子。

 そんなセシリアに養われる日々。

 なんか、年下のヒモになった気が……いやいや、気のせいだな。これも立派な、癒やし系のお姉さんとのスローライフだ。


 現実逃避の使用可能なポイントが増加しました。

 現実逃避が3にランクアップ。

 現実逃避可能な世界が広くなりました。


 だから、そうやって現実から引き戻すのは止めろと言って――はい?

 現実逃避可能な世界が広くなったって……なんだ?

 

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