第117話 譲り合い

 私とサイモンさんが筋肉トークで盛り上がる中、ミシェルさんは私の毒の煙幕に興味津々のようだ。


「ゼニア、この煙幕は毒よね? 中に人がいるようだけど、助けなくていいのかしら?」


 違った。私の毒の煙幕に興味があったわけじゃなくって、中にいるジェームズさん達の心配をしてくれていたみたいだ。


「助けたいのは山々なのだけど、この後さくらさんとの模擬戦が控えているから、あまり手の内を明かしたくないのよね。それに、さくらさんが言うには30分程で消えるそうだから」


 あれ? 私ゼニアさんと戦うの? そんな予定は全くなかったんだけど・・・・・・。


「ゼニアさん、私達って戦うんですか?」

「あら? 戦わないのかしら?」

「戦わないですよ。私はゼニアさんの実力を疑ってないですもん。そもそもジェームズさん達と戦ったのだって、ジェームズさん達が私の実力を把握したいって言ったからですし」

「ふふふ、そうだったわね。それじゃあジェームズさん達を助けてあげましょうか」

「はい。お願いします!」

「といっても、私よりミシェルの方が適任よね?」


 そう言ってゼニアさんはミシェルさんの方を見る。ミシェルさんは回復や強化魔法が得意そうな魔法使いさんだからね、確かにこういう状況を簡単に打開する術を持っていそうだよね。


「わかったわ」


 そう言うとミシェルさんは杖を構える。


「待てミシェル!」


 すると、リーダーのトムさんがミシェルさんにストップをかける。どうしたんだろう? ミシェルさんが私の毒の煙幕を排除することにパーティーとして何か問題があるのかな?


「なあサイモン、この毒の煙幕、ちょっと試してみたくねえか?」

「がっはっは、流石はトムだ! 実は我輩も気になっていたのだよ」

「だよな。試さないわけにはいかないよな?」

「うむ!」


 試す? 毒の煙幕を試すって、いったい何をするんだろう?


「はあ、やれやれね。まったく」


 するとミシェルさんは大きくため息をはいた。


「おいゼニア、この煙の中に何人いる?」

「全部で5人よ。前衛三人、弓一人、魔法使い一人ね」

「お、丁度いい、奇数じゃねえか! んじゃあサイモン、どっちがより多くこの煙の中から運び出せるのか、勝負と行こうぜ!」

「よかろう。受けて立つ!」


 ええ~、まさか毒の煙幕を試すって、中に入っても大丈夫かチャレンジしようっていうことだったの!? 毒を安全に除去出来そうなミシェルさんがいるのに、あえてこの毒に突っ込んでいくっていうなんて・・・・・・。何て言うか、頭の出来の方が残念過ぎる気がする。でも、これはある意味実験としてはいいかもしれないね。この人達のハンターランクは6、かなり上位のハンターさん達だ。上位のハンターさん達に私の毒煙玉が通用するか、実験が出来るね!


 私がついついニヤニヤしていると、他のみんなも気づいたみたいだ。


「へえ、嬢ちゃん。自信満々ってかんじだな」

「はい! 上位のハンターさん達にどこまで通用するのか、楽しみです!」

「が~っはっはっは、こりゃあ一本取られたなトムよ」

「はっはっは! そうだなサイモン! だが、ここまで言われちゃあ負けられねえな!」

「うむ!」


 私とトムさん、サイモンさんの間で見えない火花が飛び散る。ひとしきり睨み合ったところで、トムさんとサイモンさんは毒の煙幕の方へと進んでいった。


「本当にやるの? 二人とも。さくらさんの毒の煙幕は、相当なものよ?」

「ゼニアにしろ嬢ちゃんにしろ、迅速に救助に行かないってことは、死の危険のあるものじゃ無いんだろ? ならミシェルがいる以上何の問題にもなんねえ。むしろこの状況で未知の毒と戦えるってんなら、それこそどういう結果であれ俺達には得しかねえ」

「うむ! それに、決して侮っているわけではないのだ。お主のパーティーメンバーというだけで、ただ者でないことは承知の上!」


 凄い、一瞬頭の中身の心配をしちゃったけど、この短い期間でこの毒が生死にかかわるようなタイプじゃないことを見抜くなんて。流石はランク6のハンターさんだね、状況把握能力が高い!


「はあ、まあいいわ。私は止めたからね?」

「はっはっは。大丈夫大丈夫、もしダメージを負っても文句なんて言わないさ!」

「うむ、我輩もだ。では、ミシェルよ、合図を頼むぞ」

「わかったわ。それじゃあ、はじめ!」


 ミシェルさんがゆっくりと手を上げ、はじめ! の合図と共に振り下ろす。するとトムさんとサイモンさんは強化魔法のような魔法を使い一気に私の毒の煙幕へと突撃していく。


 でも、あとちょっとで煙幕の中に突入するというタイミングで、二人とも思いっきり背後に飛んだ!


「あら、案外慎重なのね」

「あの二人が下がるなんて・・・・・・」


 その行動にゼニアさんは意外そうな顔をし、ミシェルさんは少し驚いた顔をする。どうやら二人とも、トムさんとサイモンさんが迷わずに毒の煙幕に突っ込むと思っていたみたいだ。かくいう私もだけどね!


 そして、毒の煙幕の直前で思いっきり引き返した二人は、何か凄く怖い顔をしていた。


「おい、サイモン、こいつは・・・・・・」

「うむ。同感じゃトムよ。この煙、相当やばいようだな」

「ああ、ある種安全な物だって分かっているにもかかわらず、本能的に逃げちまった。こいつは、相当厄介だぞ」


 おお~、凄いね私の毒煙玉。まさかランク6のハンターさんを退かせちゃうなんて。


「ふふ、それじゃあ降参するのかしら? それならミシェルに対応をお願いするんだけど」

「いやいやちょっと判断が早すぎるだろゼニア。俺達はまだ負けたわけじゃねえんだ」

「うむ、トムの言う通りだ。ここは一時休戦して、取り合えず手だけ入れてみるか?」

「そうだな、そうするかサイモン」


 トムさんとサイモンさんは毒の煙幕への突撃は止めて、取り合えず手だけ突っ込んでみることにしたようだ。私の毒煙玉は本来目や鼻、口といった皮膚の無い場所に効果的なんだけど、一応皮膚そのものにもダメージがある。


 何せ唐辛子の辛み成分を毒魔法で強化したものだからね。普通の唐辛子ですら、大量に素手で下処理なんてしたら手が、手が~! ってなるって言うのに、それを猫魔法で強化してあるわけだから当然だね!


 トムさんとサイモンさんは毒の煙幕のギリギリ外に立って、二人して息を整える。何だろう、まるで静電気がばちってくるのが分かっていながらもドアノブに触らないといけない人のような、そんな凄まじい緊張感を二人から感じる。


「どうしたサイモン、お前まさか怖いのか?」

「がっはっは、我輩がこの程度のことで怖がるとでも?」

「じゃあさっさと手を入れろよな」

「お主こそ入れればいいんじゃないのか?」


 なんだろう。トムさんとサイモンさんはお互いに先手を譲り合っているというか、押し付け合っているような感じだ。


「二人とも、やらないなら私が魔法で処理するわよ?」

「「いやそれは待ってくれ」」


 うう~ん、私の毒煙玉に負けたくない気持ち半分、怖い気持ち半分っていうところかな。


 その後、即席麵が完成しちゃうくらいの時間がたったけど、まだ二人は手を入れることすら出来ていない。何だろうこれ、いつまで毒の煙幕とにらみ合いを続ける気なんだろう? 飽きてきちゃった。


「はあ、仕方ないわね」

「そうね」


 すると、ゼニアさんとミシェルさんも飽きたのか。すすすっと気配を消して譲り合いをしているトムさんとサイモンさんの背後に回った。


 そして、私の毒の煙幕へと二人を蹴り飛ばした。


 その結果、前方につんのめるように二人は毒の煙幕の中に入っていく。すると。


「「ぐぎゃあああああああ!!」」


 すぐさま二人の絶叫が訓練場内にこだました。




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