第93話 海産物

 あの男が少々台無しにしてくれたけど、今回の件は穏やかに終わろうとしていた。うんうん、この雰囲気、間違いなくこれにて一件落着って雰囲気だよね!


 そんな風に思って完全にのんびりモードに入っていた私に、お姫様が話しかけてくる。


「さくらさんは、なにか欲しいものや困っていることはありませんか?」

「欲しいものや困ったことですか?」

「はい。先日、こちらの都合で大量のポーションを作る依頼を受けていただいたのにも関わらず、今回の件ではご迷惑をおかけしてしまいました。ですので、よろしければお礼とお詫びをさせていただけないかと思いまして」


 お姫様の質問に、周囲から少し緊張感のようなものが伝わってくる。これはもしかして、私が何て言うのか注目しているのかな?


 でも、お礼とお詫びに欲しいものか~、う~ん、そんなこといきなり言われても思いつかないよね。この世界に来たばかりのころだったら、衣食住関係のものとか、急いで欲しいなって思うものも結構あったんだけど、今はギルドのみんなやロジャー将軍のおかげで、衣食住は十分すぎるほど整ってるしね。


 かといって趣味方面で欲しいものがあるのかといわれると、そもそもこの世界に来てからは、趣味と呼べるようなものがないのよね。


 楽しいことがないわけじゃないんだよ。ギルドのみんなとゴロゴロするのも楽しいし、時々北の崖に狩りに行くのも楽しいし、ロイスちゃんやティリーちゃんと放課後遊ぶのも楽しいし、時々ゼニアさんと食事するのも楽しいからね。


 でも、それらの楽しいことは、お姫様のいう欲しいものとつながらないのよね。う~ん、あ、そうだ、美味しいもの探しならこれに該当するかも! 私の猫ボディの食欲はすごいからね、絶対日本にいた時よりいっぱい食べてるし、何より、日本にいた時より美味しいものを食べた時の感動が強い気がするの!


 ちょっと断っておくと、これは私が食い意地はってるからじゃないからね! にゃんこを飼ったことがある人ならわかると思うんだけど、にゃんこは結構ご飯にうるさい子が多いんだよ。つまり、にゃんこという生き物はそもそもグルメな生き物なのですよ。だから、魂が半分以上にゃんこになった私がご飯にうるさくても、それは不可抗力なのです。


 というわけで、早速お姫様に美味しいものがほしいと伝えよう。


「美味しいものが欲しいです!」

「美味しいものですか?」

「はい、食べる事が好きなんです」


 私とお姫様のやり取りに、ロジャー将軍をはじめとした他の人達が何言ってるの? って顔をしてくる。そ、そりゃあお姫様に欲しいものはありますか? って聞かれて、美味しいものがほしいっていう人なんてそんなにいないだろうけど、しょうがないじゃん、他に欲しいものが思いつかなかったんだから。


「ふふふ、さくらちゃんはなかなかの無理難題を言うのね」


 すると、横で聞いていたガーベラさんが、私の要求を無理難題だと言ってくる。え? 美味しいものが欲しいって、そんなに難しい要求だったの? 王女様なら絶対私より美味しいものを食べてると思うんだけど。


「無理難題なんですか?」

「そうよ。王女様、先日ギルドで食べた料理はいかがでしたか?」

「今まで食べたことがないほど美味しかったです」


 えええええ!? 確かにゼボンさんの料理の腕はすごい。それは私も認めるけど、だからといってお姫様が食べたことがないほど美味しい料理って、そんなのありえなくない?


「さくらちゃん、凄い驚いているけど、さくらちゃんが原因でもあるのよ?」

「どういうことなんですか?」

「確かにゼボンの料理の腕はいいわ。でも、一番は食材ね」

「食材、ですか?」

「ええ。ほら、最近このギルドの食堂で使われている食材は、さくらちゃんが北の崖の上で狩ってきたモンスターのお肉だったり、採集してきた植物が多いでしょう?」

「はい」


 前は北の崖の上で狩りをしたときのお肉は、その場で全部食べちゃってたんだけど、ある時ゼボンさんが、お肉を持ってきてくれたら料理するよって言ってくれたんだよね。


 それまでもゼボンさんに料理してもらえたら、もっと美味しくなるんだろうなって思っていたんだけど、持ち込みで料理してほしいなんて図々しいお願い、流石に出来なかったんだよね。


 だから、お肉を持ってきていいよってなってから、私は超頻繁にお肉をゼボンさんに料理してもらってたのよね。やっぱり私が料理するより、ゼボンさんに料理してもらった方が美味しいからね。


「さくらちゃんはぜんぜん気にしていないようだけど、北の崖の上は非常に自然の魔力が濃い場所なの。だから、そこに生息するモンスターや植物は、ものすごく美味しいって言われているのよ。ただ同時に、それらを手に入れる難易度が高いことでも有名なの。それこそ、この国の王様ですらなかなか食べられないくらいにね」


 まさかあの崖の上のモンスターや植物が、王様の口に入ることさえない幻の食材だっただなんて。どうりで生で食べても美味しいはずだよ。


「ふふふ、驚いちゃった?」

「はい」


 でもそっか、普通に考えたらあの崖を登るのは大変だもんね。私はイージーにゃんこライフボディのおかげで空中歩行の技が使えるけど、この空中歩行の技って、そこそこ難しい技みたいだし。


 私が知っている人でも、空中歩行の技で空を自由自在に移動できるのは、アオイとペルさんを始めとした、にゃんこハンター達だけなんだよね。あのボヌールさんでさえ、戦闘中に短時間使う分には問題ないけど、長時間の移動では使えないって言ってたし。


 きっと、空中歩行の技自体、体が小さくて魔力の多い私達にゃんこ向きの技なんだろうね。私とボヌールさんとじゃ、体重が何十倍も違うと思うし。


「そういう訳で、このギルドの食堂は、現在この国でも随一の美食の食堂っていうことなの」

「私も間違いなくそうだと思います。あれほどの美味、王城でも滅多に食べられません。先日頂いた高ランクのミノタウロスのお肉でしたらまだ残りがあるかもしれませんが、あのお肉はもともとロジャー将軍からの献上品でしたので」

「そうね。あのお肉はさくらちゃんとここのギルドのメンバーが取ってきたものだから、大半はここで美味しくいただいたわ」

「やはりそうですよね。だとするとこちらから提供出来るのは王城の料理人ということになるかと思いますが、先日頂いた料理の味からすると、劇的に美味しいものになるかといわれると、無理だと思います」

「私もそう思うわ。ゼボンはさくらちゃんの好みを把握しているし、北の崖の上の食材にもなれているからね。流石の王城の料理人でも、分が悪い気がするわ。でもそうね、なら、北の崖の上の食材以外の美味しいものならどうかしら? 例えば、さくらちゃんは海産物は好きかしら? 淡水魚ならこの街でも食べられるけど、海産物は食べられないでしょ?」


 そう言えば、こっちに来てから魚はあんまり食べてなかったね。川や湖があるから、サケなんかは時々食べてたけど、海産物はまだ未知の領域だ。


 うん、海産物、いいかもしれない! 鮮度の問題は状態保存の魔法で何とかなるし、悪くないよね! あ、でも、海産物を食べるにあたって、醤油がネックになるかも。魚にしろ貝にしろ、元日本人としては醤油が無いと物足りないって思っちゃうよね。ただ、この街で醤油を見たことはないと思う。


「はい、海産物も大好きです。ただ、海産物ですと、私は醤油という調味料で食べるのが好きなのですが、この街では見たことがないのです」

「醤油でしたら大丈夫です。我が国は海洋国家ですので、産地であるドワーフの国とも国交がございます。おそらく、少量ならわざわざ輸入をせずとも国内にあるはずです」


 流石海洋国家、妖精の国だけじゃなく、ドワーフの国とも国交があるなんてすごいね。それに、お醤油ってドワーフが作ってるんだね。ドワーフっていうと鍛冶とお酒っていうイメージが強いけど、まさかお醤油まで作ってるなんて。そういえば、お醤油の作り方って、お酒に似てるんだっけ? それならドワーフが作ってるのも納得かも。でもお醤油があるってことは、これはもしかすると、お味噌もあるかもしれないね。あれも確か似たような作り方だった気がする!


 海産物か~。口に出したら急に食べたくなってきちゃったよ。




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