第92話 あの男はやっぱりあの男だった
無事に新兵器が完成した翌日。私はいつものように朝ごはんの干し肉をアオイやペルさんとかじっていた。やっぱりゼボンさん特製干し肉は美味しいね! 今日は好きなだけ食べていいって言われてるし、うん、手が止まらない! アオイやペルさんがまだ食べるの? って顔をしているけど、この干し肉が美味しいのがいけないのであって、私のせいではないのです。
ということで私が干し肉をばくばく食べていると、何やら外が騒がしくなる。
「何かしら? ちょっと見てくるわね」
『は~い』
そう言ってカウンターにいたガーベラさんが外に様子を見に出かける。
『この声、熊親父にロジャー、それとこないだ来た女か。ったく、何しに来たんだよ』
『本当ね、何しにきたのかしら?』
ただ、ガーベラさんには悪いんだけど、私達の猫耳には、外の声が丸聞こえだった。アオイの言う通り、この声はロジャー将軍とお姫様の声だね。その二人を相手に、ボヌールさんが対応しているみたいだ。でも、なんかあんまりいい雰囲気じゃない。
もっと耳を澄ませて盗み聞きしようかな。ん~、こういう、耳が良すぎて外の会話が聞こえちゃうのは、盗み聞きっていうのかな? 向こうも隠す気のある会話じゃないっぽいから、きっと言わないね。というわけで堂々と外の会話に集中する。
聞こえる内容をまとめると、昨日私に怪我をさせたことを謝りたいっていう内容みたい。ふう、良かった。私が怒られるわけじゃなさそうだ。あの場ではデスモンドさんが謝ってくれたけど、一晩寝て冷静に考えると、偉そうな兵隊をぶっ飛ばしちゃったのって、もしかしてまずかったんじゃないかって、内心ドキドキしてたんだよね。
だって、けがの程度で言えば、ちょっと出血は多かったけど軽傷だった私と、最後に一発しか攻撃が当たってないとはいえ、クリーンヒットが当たった偉そうな兵隊だと、間違いなく偉そうな兵隊の方が大ダメージだったんだもん。だから、日本でいうところの過剰防衛とか、公務執行妨害とか言われないか、ちょっとだけドキドキだったんだよね。
ガーベラさんとか、ギルドでも常識のある人達がみんなお城の対応が悪いって言ってくれてたから、きっと大丈夫とは思ってたんだけどね!
でも、お姫様やロジャー将軍に謝ってもらうのもなんか具合が悪いよね。偉い人に謝らせたとか、絶対文句言う人がいるだろうし。
はあ、こんなことならあの男にぐちぐち言われている方がまだ気楽だったかも。
でも、ああいう場合どう対処するのが良かったのか、一晩寝てもよくわかんないんだよね。
大人しく捕まって牢屋に入る? う~ん、これはきっとガーベラさんやユッカさんが怒る気がするからだめだよね。というか、もしそんなことになったら今以上に怒りそうだよね。
忠告されたときにすぐ立ち去る? これがそこそこ無難な対応かもしれないけど、廊下をいつものように歩いてて、いきなりこの廊下を通るなって言われて、はい通りませんってすぐに言って立ち去れるほど、私はアドリブに強くない。う~ん、対処方法が思い浮かばない。
そんなことを私が考えていると、ガーベラさんがロジャー将軍とお姫様達を連れてやってきた。
「さくらちゃん、ちょっとだけいいかしら?」
『はい』
干し肉はとっくに食べ終えていたので、私はガーベラさんと一緒に椅子に座る。すると私とガーベラさんの正面に、ロジャー将軍とお姫様が座る。二人と一緒に来たデスモンドさん、あの男ことバーナード隊長、それから私と戦った偉そうな兵隊とイエスマン兵は、椅子に座ることなくロジャー将軍とお姫様の後ろに控えていた。
どんな話が始まるのかな? 私は内心ドキドキしていたんだけど、ロジャー将軍やお姫様をはじめ、向こう側の人達は不思議そうな顔をするだけで何もしゃべらなかった。あ、あれ? 私からしゃべらないとダメなのかな? でも、何て話しかければいいんだろう?
私もちょっとパニックになっていると、ガーベラさんがちょっと冷たい声で話し出す。
「ロジャー将軍? 王女様? さくらちゃんに謝りに来たんじゃなかったのかしら? なにをぼーっとしていらっしゃるのでしょうか?」
「いや、そうなんだが、肝心のさくらはどこにいるんだ?」
「何を言っているのかしら? さっきから私の隣に座っているわよ?」
「隣?」
あ、そっか、薬師のさくらと猫のさくらが同一人物だっていう情報はみんな知ってるみたいだけど、私の猫ボディを見たことがあるのは、妖精の国のギルドのみんなを除くと、ハロルド先生と、ジェームズさん達門番さん、それからミノタウロス達との戦いで城壁の上にいた兵隊さん達しかいないもんね。そりゃあこの姿の私が、薬師のさくらだってわかんなくても無理ないよね。
ぽふん!
だから、私はみんなの前で人間ボディに変身する。変身後の服装がキジトラ柄の迷彩服固定だからちょっと恥ずかしいんだけど、今回は不可抗力だよね。
「なっ! そこに座ってた猫がさくらだったのかよ!?」
「ああ、そう言えばさくらちゃんの猫の姿を見たことがある人は少なかったわね」
「はい、おはようございます」
「お、おう、おはよう。そういや、ハロルドのやつが、さくらの猫の姿は、さくらの髪色と同じ茶色ベースの毛色の猫だと言ってたな。しっかし、実際に変身してもらわねえとなかなか理解しがたいな」
それはしょうがないよね。私だってまさか半分にゃんこ、半分人間になるなんて思ってなかったし。それに、いくら人間の姿の時の髪の色と、猫の姿の時の毛色が同じような色って事前情報があるとはいえ、私の人間の姿から、私の猫の姿をイメージして初見で見抜けっていうのは、難易度が高すぎる。
「ちなみに茶色ベースの毛色ではなくて、キジトラ柄っていうちゃんとした名前があるんですよ」
「ふむ、その服と合わさると、まさに猫の時の毛色と同じだな。っと、悪い、本題からそれちまったな。昨日はすまなかった。この通りだ」
「申し訳ありませんでした」
そう言って二人が謝ってくれる。
「な、姫様!?」
「いえ、謝罪なんてしないでください」
お姫様が謝罪したことが、偉そうな兵隊には不服だったみたいだ。でも、この偉そうな兵隊と同じ意見なのは大変不本意ながら、私も同意見だったので、すぐに謝罪なんていらないって言って、せめて頭を下げてもらうのだけは阻止する。
「えっと、昨日デスモンドさんに言ったように、私は気にしていませんので、それは止めてください。確かに口を切っちゃったりして、見た目には血がいっぱい出ちゃいましたが、大した怪我ではなかったですし。それに、私のほうこそお姫様の兵隊さんをボコボコにしてしまい申し訳ありませんでした」
ここはお互いに謝って仲直り。これぞ日本風トラブル解消法だよね!
「そう言ってもらえると助かるぜ」
「ありがとうございます」
「この兵隊を倒したことは気にしなくていいぜ。勝負ってのは負ける方が悪いんだからな! ま、こっちとしてはこいつが勝ってさくらが牢屋にぶち込まれてたらって考えると、ぞっとするがな」
「私も鍛えてますからね。そう簡単に負けませんよ!」
「がっはっは、そうだな。そうかもしれねえな!」
お姫様が私とロジャー将軍の会話を信じられないって顔で見てるけど、万事解決で何よりって感じだね! 仲直りも無事に終わったタイミングでゼボンさんがお茶を持ってきてくれると、後は談笑モードだよね。すると、デスモンドさんが話しかけてきた。
「ところでさくら様、先ほどの会話の中で、昨日私に気にしなくていいと言ったとおっしゃったと思うのですが、そのようなことを言っておられましたか? 私の記憶が確かなら、そのようなことは言っていなかったかと」
あ、あれ? 通じてなかったのかな?
「あれ? 私デスモンドさんに、気にしないでください、私の勝ちですし。って言ったつもりだったんですが、すみません、伝わってないですよね・・・・・・」
「もしかして、んんんんんんんんんん、んんんんんんんんん。とおっしゃっていたあれのことですか?」
「すみません、その通りです。口の中に血が溜まってて口を開けれなかったので、何とか伝えようと努力したのですが、そうですよね、伝わりませんよね」
「ええ。次回からはせめて筆談でお願いいたしますね」
「はい」
うう、まさか伝わってないだなんて。でも、逆の立場だったらッて思ったら、伝わってないことに無理は言えないよね。ううう。でも、そんな私の考えを否定する人がいた。
「ほれ見ろ、だから言ったじゃねえか。最後に一発奇麗なのが入ってた以上、勝負自体はさくらの勝ちだ。なら、最後に胸を張って言った、んんんんんって言葉は、勝ち名乗りだってな」
「その通りです!」
おおお! 流石はロジャー将軍、まさか又聞きで理解できる猛者がいるなんて!
なんか周囲の人たちは納得いかないって顔してるけど、こういうのは理屈じゃないのです。そう、魂なのですよ! 短い付き合いだけど、やっぱりロジャー将軍はわかってる人だよね!
「さくら様、確かに今回の件はこちらの落ち度が大きかったと思います。ですが、なぜ鍵をお使いいただけなかったのでしょうか?」
すると、このとてもいい空気を破壊するかのように、あの男ことバーナード隊長が冷たい声でそんなことを言ってくる。
鍵を使わなかったって、お部屋に入るのにちゃんと使ったよね。
「鍵、ですか?」
「ええ、さくら様の部屋の鍵ですよ。あの鍵にはロジャー将軍の紋章が刻まれているのはご存知ですよね? そして、この城におけるあなた様の身分証明になると教わりましたよね? 知らないとは言わせませんよ。最初の頃、何度も何度も城の門番に見せていたと報告を受けていますからね」
「ええ~っと、それは」
そ、そういえば、最近はみんな私が誰かわかってるから、わざわざ鍵なんて見せなくなっちゃってたけど、最初の頃はお城に入るのにこれでもかってくらい鍵を見せてたっけ。そっか、鍵を見せればトラブルなくお部屋にたどり着けたんだね。完全に盲点だった。
「今回もその鍵をお見せいただければ、こちらの方達があなたを捕縛しようとはしなかったはずなんですよ。そこのところ、どうお考えですか?」
「え~っと、最近は確認されることがなかったので、鍵の紋章の存在をわすれていたといいますか、なんといいますか」
ううう、嫌な汗が大量に出てきた。おのれバーナード隊長め、やっぱこの男私苦手だ。
「まあ、今回はこちらに落ち度があったのも事実ですし、私の部下が直接かかわっているわけではないのでこのくらいでいいにします。ですが、トラブルを避ける努力はもっとしっかりとしてくださいね。そのための道具はお渡ししているのですから」
ぐうう、相変わらず嫌な奴だけど、言っていることが正論過ぎて反論できない。この男が来るとわかってたら、ゼニアさんに助っ人を頼んでいたのに。
「ぐうううう、ごめんなさい」
「わかればよろしい」
やっぱむかつく、やっぱむかつく、やっぱむかつく~!
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