第89話 初めての実戦、初めての勝利?
カンカンカン!
お城の廊下に、木と木がぶつかり合う音が鳴り響く。音の正体は、私と棒を持った兵隊との戦いの音だ。
カンカン! ぼこ!
「いたっ!」
カン! めきゅ!
「あう!」
びしびし!
「みぎゃ!」
くう、こいつら強い! 流石のハロルドスレイヤーでも、2対1は無謀だったかもしれない。私は顔や腕、足なんかをぼかぼかと棒で叩かれ、そこそこの怪我を負ってしまった。
「そんななりでここまで戦えるとは思わなかったが、勝ち目はないぞ。これ以上怪我をする前に、おとなしく捕まったの方が身のためだ」
むう! 何がムカつくって、この偉そうな兵隊が強いのがムカつくよね。もう一人の、はっ! しか言わないイエスマン兵隊のほうとなら、1対1でなら勝てそうな感じなんだけど、この偉そうな兵隊とは1対1でも分が悪そうな感じだ。
ううう、どうしよう、このままじゃ負けちゃう。ここは、ハロルド先生と戦った時みたいに、ハロルドスレイヤーに本気を出してもらう? でも、それは下手すると私の命にかかわるし、出来れば使いたくない。
すると、ハロルドスレイヤーが勝機を教えてくれた気がした。
え? 普通に戦って勝ち目ってあるの? なるほど、武器破壊ね!
ハロルドスレイヤーは真剣と打ちあうことを想定して改造した剣だからね。木剣としては破格の頑丈さだ。この二人のもつ木の棒とは、強度面で圧倒的に差があるはず! つまりこのままカンカン打ちあってれば、いつか相手の木の棒が折れるってわけね! よ~っし、そうと決まればやってやろうじゃないの!
「ふふん、かすり傷負わせたぐらいで勝った気にならないでよね!」
「減らず口を」
カンカンカン!
私達は再び戦いだしたんだけど、流石にこの異変に気付いたのか、人がたくさん集まってくる。その中にはいつもの巡回の人もいて、おいおい、薬師の嬢ちゃんじゃねえか、しかも結構な怪我してるし、止めるぞ。とか、いや待て、相手は近衛じゃねえのか? 下手なこと出来ねえよ。待ってろ、デスモンド先生かロジャー将軍呼んでくる。でも、いざという時はわかってるな? とかいう会話が聞こえる。
なるほど、見たことない顔だと思ってたけど、お姫様と一緒にきた近衛兵だったんだね。でも大丈夫ですよ。その内こいつらの木の棒が折れて、私が勝つからね!
「何の騒ぎですか!?」
すると、人混みの中からお姫様とデスモンドさんが現れた。良かった。デスモンドさんなら私の部屋がこの先にあることを知ってるし、お姫様も話せばわかる人だと思うからね。これで少なくとも私のお部屋に帰るという、当初の目的は達成できるね。でも、今のところやられっぱなしのこの状況だけは、満足いってないんだよね!
「さくらさん?」
「さくら様!?」
戦っているのが私だとわかると、お姫様とデスモンドさんがびっくりした顔をする。
「「姫様!?」」
そして、偉そうな兵隊とそのお供のイエスマン兵は、お姫様の登場に動揺している! これは、ちゃ~んす! 食らえ必殺の、インディペンデンスハロルドスレイヤー!
インディペンデンスハロルドスレイヤー、それは、ハロルドスレイヤーが自身の持つ魔力によって、私の手から離れても勝手に宙を舞って戦ってくれるという特徴を最大限に生かした技なのです。私はただ敵に向けてハロルドスレイヤーを投擲するだけでいいっていう、大変お手軽な技でもあるのです。
私の投げたハロルドスレイヤーは、ハロルドスレイヤー自身の魔法により加速、さらに軌道修正までして、お姫様に気を取られていた偉そうな兵隊の鼻へと、自ら突っ込んでくれる。やった、クリーンヒットだ! 防具の無い鼻にピンポイントで当たるなんて、流石は私のハロルドスレイヤーだね!
「つう! おのれ貴様!」
「止めなさい!」
偉そうな兵隊は鼻血をだばだばと垂らしながらこちらを向く。まだ倒れないなんて結構タフだね。でも、完全に鼻をとらえた一撃は、流石に大ダメージだったみたいだね。ふらふらしてる。これ以上の戦闘はお姫様がいるから出来そうにないけど、これは、私の暫定勝利じゃないかしら?
「さくら様、お顔が!? 誰か医療班を! それからそこの二人! これはいったい何事ですか!」
デスモンドさんが、私が顔に怪我をしていることを見ると、慌てて医療班を呼んでくれる、そして、偉そうな兵隊とそのイエスマン兵に怒鳴りながら、私とこの偉そうな兵隊たちの間に割って入ってくれる。
「あなた達、説明しなさい!」
そしてお姫様も、偉そうな兵隊と、イエスマン兵に事情を話すようにと詰め寄る。
「は! この娘がこともあろうに王女殿下の部屋に近づこうとしたため、注意し、立ち去るように言いました。ですが、立ち去る気配がなく、意地でも通ろうという意思が見えたため、取り押さえようとしているところでした」
お姫様は偉そうな兵隊の次にイエスマン兵の方を見る。
「は! 同じくです!」
同じくですって何さその言い方。それにしても、ここにまで来てイエスマンになるとは、流石はイエスマン兵だ。
「さくらさん、説明していただいてもよろしいでしょうか? 私に用事だったのですか?」
お姫様はこの二人の兵隊のいい分だけで判断する気はないのか、私にも事情を聴いてくれる。でも、偉そうな兵隊はそれが気に食わなかったのか、あからさまにこちらを睨んでくる。ふっふ~ん、残念だけどロジャー将軍やボヌールさんのほうがよっぽど強面だもんね。そんなレベルの低い睨みつけ攻撃で、怯む私ではないのですよ!
というわけで、偉そうな兵隊の視線は無視して、お姫様に向かって全力で首を横に振る。自分のお部屋に帰りたかっただけだから、お姫様に用事があったわけじゃないもんね。
「ちがい、ます」
あれ? 何だろう。しゃべりにくい。しゃべろうとするとよだれが出ちゃう。
ううん、これ違うね。よだれが出て喋りにくいんじゃなくて、口の中を切ったのか、血がたくさん出てきててしゃべりにくいんだ。
ていうか、戦いが終わって気が抜けたからかな? あっちこっち怪我したところが傷みだしてきた。ここは早いところお部屋に帰って、自分で使うようにとっておいたポーションを飲まないと。
すると、私の様子を察してくれたのか、デスモンドさんが代わりに説明してくれる。
「王女様、私が説明させていただきます。この先にある貴賓室なのですが、一室使用中だったのを覚えておられませんか?」
「ええ、確か一番いい部屋が使用中だったわよね?」
「はい。その部屋になるのですが、ロジャー将軍を治していただいたお礼に、さくら様にプレゼントした部屋になるのです」
「そうだったのですか!? この1週間だれも使用していなかったようなので、使用者がいるとは思いませんでした」
これにはお姫様もちょっと驚いているようだ。というか私も驚きだ。確かに豪華なお部屋だねって思ってたけど、まさか一番いいお部屋だったなんて。ちなみに1週間お部屋に帰らなかったのは、お姫様からの依頼のポーションとかを、妖精の国のギルドで作ってたからだよ。って、しゃべれないので心の中でしゃべってみる。
「さくら様、此度の件、大変申し訳ございません。私共の管理下である城内でこのようなことになってしまい。言い訳のしようもありません」
デスモンドさんが凄く丁寧に謝ってくれる。でも、この偉そうな兵隊とイエスマン兵は、デスモンドさんどころか、ロジャー将軍の配下じゃないよね。私としても、ムカつく偉そうな兵隊には完全なるクリーンヒットを入れれたし、何よりも私は勝者なので、そこまで気にしなくてもいいのにね!
私はそのことを伝えようとしゃべろうとするんだけど、そこで、口の中を切っている以上に大きな問題が発生していることに気付いた。
そう、さっきから私の口の中の血の量はどんどん増えていってて、今ではもう口の中に溢れんばかりの血が溜まっている。これじゃあ口を開けることが出来ない! この状態で口を開けようものなら、すぐさま滝のようなよだれ、もとい口の中の血が出ちゃうに違いない。戦闘中なら口の中の血なんて、かっこよくぺッ!ってやれたけど、今となってはそれも無理だ。だってお城の廊下にペッ! なんて下品だし。
飲み込めばいいじゃんって? それはもっとヤダ。だって、なんか血をたくさん飲むと気持ち悪くなりそうなんだもん。
「んんんんんんんんんん、んんんんんんんんん」
しゃべれなかったので、ん、だけで19文字の言葉、きにしないでください、わたしのかちですし。って、ちょっと胸を張って言ってみる。通じたかな? デスモンドさんはちょっと不思議そうな顔をしてるけど、偉そうな兵隊は思いっきり睨んできてるから、たぶん通じたね!
デスモンドさんの呼んでくれた医療班には悪いけど、お部屋へ行こっと。目下私の一大事は、怪我よりも口の容量の方なんだよね。もうほっぺがぱんぱんに膨らむレベルで血が溜まっちゃってるから、一刻も早く台所に向かいたい。
「あ~! ああああああ~! さくらさんがお城の兵隊に怪我させられてる! 大怪我させられてる~!」
私がそそくさと部屋に戻ろうとすると、そこにユッカさんが現れた。そういえば、ユッカさんは今日お城で会議があるからって、ガーベラさんに朝一で追い出されてたっけね。
ユッカさんはその後も、あああ~! って叫びながら廊下を飛び回る。私のことを心配してくれてるのはわかるし、それはありがたいことなんだけど、なんか、盛大にパニックになってるよね? これ、どうしよう? ガーベラさんいないし、ユッカさんの対処方法って私知らないよ?
「うわ~ん、どうしよう~。ガーベラ~!」
そして、そのまま飛び去っちゃった。ガーベラさんのところに行くのなら、大丈夫かな?
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