第83話 ジェームズさんとお姫様

 俺はジェームズ、肉屋の息子にして、この街の門番だ。


「行くぞお前ら!」

「「「「おう!」」」」


 異変を察知した俺達は全員で城へと走る。普段なら街中では絶対にやらない、身体強化魔法を使用しての全力ダッシュだ。


 ルートは、西と中央の通りはダメだな。煙は住民たちにも見えているわけだし、じきにパニックになる可能性がある。もしそうなった場合、煙の発生源である城から逃げるような人の流れになるだろう。そんな人の流れの中を逆らって行くのは、かなり大変だし時間もかかる。ここは東にある軍用の連絡通路を通るしかないか。


 そう思い俺達は東に向かう。すると、右手に妖精の国のギルドが見えてきた。ここはボヌールさん達にも事態を知らせたほうがいいかもしれないな。


「おい、誰かひとりボヌールさん達にこの状況を知らせに行ってくれ!」

「わかった、俺がいく」


 そういって同僚の一人が妖精の国のギルドへと向かおうとした時、突如妖精の国のギルドからも、カーキー色の煙と灰色の煙がたちこめる。


「ちい、ここにもこの煙か、何の煙かわからんが行くぜ」

「ダメだ!」


 妖精の国のギルドへ行こうとしていた同僚を、別の同僚が制止させる。


「どうしてだよ?」

「これを見ろ。あの煙は毒だ。それも、かなりやばいな」


 そう言って同僚が見せてくれたのは魔道具だ。この魔道具は街へ入る荷物の中に、危ないものが入っていないかを調べるための物なんだが、くそ、最高レベルにやばい毒って、マジかよ。


「なら、なおさら行かなきゃだろうが!」

「いや、僕も行くのは反対だ。このメンバーの中であの毒の煙を避けれる魔法を使えるのは僕しかいない。だから、行くなら全員で行くことになるけど、そうなると城へ向かえなくなる。それに、あそこは妖精の国のギルドだ。魔法関連なら妖精族のほうが優れているから、あの煙にも対応できているはずだ」

「・・・・・・わかった」

「よし、このまま全員で城に向かうぞ」

「「「「ああ」」」」


 迷ってる時間は無い。ボヌールさん達には悪いが、俺は俺が優先させなければならないことを優先させる。それに、以前酒場でボヌールさんから聞いたことがあるんだが、妖精の国のギルドには様々な結界が張ってあるって話だから、きっと大丈夫なはずだ。


 中央門から東門付近までやってきた俺達は、そのまま連絡通路と呼ばれる通路を通って城を目指す。この連絡通路は軍事施設の集中している街の東にのみあるんだが、城への緊急の連絡の際に使う通路だ。この通路は住民が使うことが出来ないから、ここでなら全速力で走れる。


「おい、見ろ、軍事施設からあの煙が出てる」

「くそ、あっちこっちの軍事施設がやられてるぞ」


 くそ、軍事施設をピンポイントに狙っているとでもいうのかよ。


「まじかよ、街からもどんどん煙が出てるぞ」


 街からもだと? この毒煙の正体はわからないが、こんな同時多発的にあちこちから煙があがるって、いったい何が起こってるんだよ! でもまずい、このまま煙が街中に広がったら、この街が終わっちまう! 親父たちは無事なのか? 俺の今取ってる行動派正しいのか?


 すると、俺達の焦る気持ちをあざ笑うかのように、行く手にも煙が立ちはだかる。


「正面に毒煙! 空気遮断いけるか?」

「もちろん。僕の空気遮断は僕の半径3mにしか効果ないから、離れないでね」

「「「「おう!」」」」


 仲間で唯一の魔法兵に空気遮断を張ってもらう。この空気遮断と言う魔法は、風属性防御魔法の一種だが、純粋な防御性能はほとんどない。子供の投げる石すら素通りするレベルだ。ただ、空気中に漂う微小な物の遮断には優れているため、毒の粉なんかを武器にする敵との戦いや、こういう場面では実に頼もしい魔法だ。


 同僚の魔法の腕では術者の半径3mにしか効果がないのが欠点だが、まあ、そんだけあれば今は十分だな。


 そして俺達は毒の煙の中へと突っ込む。親父たちのことは心配だが、一応地下室もあるし、逃げ込むくらいのことは出来るだろう。それより、今は一刻も早く隊長と合流して、軍としてまとまった行動が取れるようにしなくては。


「ち、視界が悪いな。空気遮断内しか見えん」

「ああ、とてつもない濃度の煙だな」


 だが、幸い連絡通路は真っ直ぐだ。俺達は迷うことなく進んでいく。すると、前方に別の部隊の兵士が現れた。


「おい、大丈夫か?」

「これは、空気遮断か?」

「その通りだ。よくこの煙の中無事だったな」

「ああ、視界がまるできかなくて全力で走れずにいたんだが、助かったぜ」


 いや、俺が聞きたいのはそう言う事じゃない。なんでこの毒の中無事だったかってことなんだが?


「いや、この煙は毒だぞ? しかも、魔道具によると最高レベルのな」

「なに? だが、俺は何ともないぞ?」

「魔道具もこの人には反応していないね。通常なら体内の毒にも反応するのに」

「どういうことだ?」

「わからん。だが、お前達は嗅がないほうがいい」

「ああ。だが、そのことを含めて隊長に報告したい。お前も一緒に来てもらうぞ」

「わかった。たぶん俺達の隊長も一緒の場所にいるはずだから問題ない」


 俺達はその後も走り続ける。城に向かうにつれて煙の濃度がさらに上がっていく気がしたが、それでも俺達はなんとか城に到着した。


 城の城門の前には、多くの兵隊たちがすでに集合していた。どうやら広域に発動できるタイプの結界で、この毒を防いでいるみたいだな。そして、その結界の中に隊長を見つけた。とはいっても結界内にいるので直接向かうことは出来ない。俺達は隊長へと声を掛ける。


「バーナード隊長! ジェームズです!」


 俺の声に隊長が気付いてくれる。


「すまんが俺の部下だ。結界内へ入れてもらいたい」

「はっ」


 俺達は結界の一部を開けてもらい、中へと入る。


「よく来たなお前達、それで、門はどうなっているのです?」

「入街待ちの商人には街の中に入ってもらいました。それと、門はいざとなったら閉めるよう頼んできましたが、外部に出ているハンター達が多いため、門はまだ開けています。それからこの煙なのですが、街の外でも確認できました。あと、妖精の国のギルドの敷地からも」

「そうですか、よく知らせてくれました」

「それから、この煙の毒性なのですが、少し不思議なのです」

「不思議なこと?」

「はい、魔道具では最高レベルの毒と出ていたので、俺達は空気遮断の魔法を使い連絡通路を走ってきたのですが、道中完全に煙に覆われている場所で、彼と出会いました」


 そう言って俺は煙の中で出会った男を紹介する。


「彼は空気遮断等の毒対策をしていなかったのですが、特に体調に異変がないようなのです。魔道具も、彼の体内から毒を検出しませんでした」

「それは確かに不思議ですね」

「ああ、その話、俺にも詳しく聞かせてくれ」

「私にも聞かせてもらえないかしら?」


 俺とバーナード隊長が話していると、ロジャー将軍と、それから一人の美しい女性が近づいてくる。あれ? この女性の顔、どこか見覚えがあるな。


「王女様・・・・・・」


 すると、俺の後ろで同僚が呟く。そうだよ、間違いない。俺も幾度となく映像記録魔道具や肖像画で見たことがあるじゃないか。俺は慌てて挨拶をする。


「失礼しました! 警備部隊隊員のジェームズと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。バーバラと申します」


 こうして俺は、生まれて初めて王女様と出会うのだった。



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