第84話 ジェームズさんと毒煙玉
俺はジェームズ、肉屋の息子にして、この街の門番だ。
今の俺は、生まれて初めて出会うお姫様を目の前に緊張しまくりだ。
「本来はもっと丁寧にご挨拶しなければいけないところなのですが、非常時ゆえ、今は一兵士のバーバラとして簡単にご挨拶させていただきますね」
「いえ、滅相もありません! 私も一兵士に過ぎない故、今のでも過分なあいさつでございます!」
もはや緊張しすぎで自分が何を言ってるのかすらわからない。とりあえず、姫様は笑っているので、失礼なことは言って無さそうで良かった。それに、姫様は奇麗なドレスではなく、俺達と同じように軍服に身を包んでいる。もちろん仕立てなどはただの門番である俺達のそれとは比べ物にならないほど良さそうだけど。
なるほど、今は姫という立場ではなく、一兵士として共にこの非常事態に対応しようとしてくれているということか。なら、俺もそういう風に接しよう。
「おう、取り合えず詳しく話せや」
ロジャー将軍に説明を促され、俺はすぐさま事情を説明する。
「確かに妙な話ですね。私達の持っている魔道具でも、最高レベルの毒という判定が出ていたというのに、毒を吸いこんだはずの彼に異常はないようだわ」
「ああ、だが、即効性の毒じゃないのなら、街の連中が助かる手があるのかもしれないな」
例の毒を吸った兵士は、王女様と共にいた近衛の回復魔法使いに体を見てもらっていたんだが、まったく異常がなかった。でも、これなら街中が煙に覆われた今も、親父たちをはじめ住民のみんなが生きている可能性はあるな。
「それと、この煙が最初に確認されたのはこの城の最上部ということに間違いはないかしら?」
「はい、俺達の目にはそう見えました」
「ならば、やはりこの城の上を目指しましょう。そこに敵がいるかはわかりませんが、手掛かりくらいは掴めるはずです。毒の解析はどうですか?」
「申し訳ありません。植物系の毒を、毒魔法で強化しているということまではわかったのですが、毒の効果に関しては見当もつきません」
「仕方ありませんね。毒の解析を待ちたかったところですが、街がこうなってしまってはいつまでも時間を使うわけにはいきません。城の最上部が異変の始まりなら、そこに何かしら手がかりがあるはずです。行きましょう。私の槍を!」
「はっ!」
近衛の魔法使いの人が、魔法で毒の解析を試みていたようだが、苦戦しているようだ。そして、姫様はそれが終わるのを待たずに、異変の出どころである可能性の高い城に乗り込むつもりのようだ。姫様は槍を手に取り、先陣を切って城へと乗り込もうとしていた。
え? 確かに一兵士として~とは言っていたけど、本気で姫様自ら槍を持って城に乗り込む気なのか? 俺はつい小声で隊長に話しかけてしまう。
「隊長? いいのですか?」
「王女様の件ですか?」
「はい」
「本来であれば御止めしたいところなのですが、状況が状況ですので手を貸してほしいというのが本音です。彼女自身もかなり強いですし、何より彼女が動けば近衛が付いてきてくれますからね」
「あの、姫様抜きで近衛にのみ力を借りるというのはダメなのでしょうか?」
同僚の一人がバーナード隊長に聞く。なるほど、それはいいアイデアだな。
「それは出来ないのです。確かに近衛兵達と我々だけで行ければ、それがベターな選択だと思います。ですが、近衛はその任務の性質上絶対に王女様の側を離れません。しかも、王女様を守れというその命令は国王陛下から出されたものですので、例え王女様本人が許可しても近衛が王女様から離れて動くことはないでしょう」
「ですが、その姫様が危険なところに行こうとしているのですよ? 止めないのですか?」
「確かに王女様を守るのが近衛の仕事ですが、王女様が王女様として国のために動くのを止める権限もないのですよ」
「そうなんですね」
姫様が覚悟をもってこの街のために動いてくれようとしてるんだ。ここは、俺も気合入れていかなきゃな!
「バーナード!」
そんな風に俺が覚悟を決めた時、結界の外からバーナード隊長を呼ぶ女性の声がした。声の方を振り向くと、そこには湖の貴婦人のオーナー、ジュディさんがいた。
「ジュディさん? どうしてここに? いや、それよりこの毒の煙を吸っているのか!?」
バーナード隊長がジュディさんに声を掛けながらジュディさんの元へ走って行く。俺もバーナード隊長の後を走りジュディさんの元へ行く。結界のせいでジュディさんはこっちに近づくことは出来ないからな。
「この煙なら平気よ。少し煙たいけどね」
「どういうことだ? この毒煙のことを知っているのか?」
「やっぱり軍には、伝わってなかったのね。ロジャー将軍にも説明したいから、通してくれるかしら?」
「ああ、もちろん構わない」
そして、何やら事情を知っているジュディさんと共に、ロジャー将軍と姫様の元へと戻る。
「ジュディ、今バーナードから軽く聞いたが、お前この煙が何なのか知っているのか?」
「ええ、知っているわ。というか、本来ならバーナードも知ってていいはずなんだけどね」
「どういうことだ?」
「これよ」
そう言ってジュディさんは二つの玉を取り出す。これは、煙玉か? カーキー色と灰色に着色されているが、間違いなく煙玉だ。
「こっちのカーキー色の毒煙玉が対蚊用、こっちの灰色の毒煙玉が対G用だそうよ」
「「「「「は?」」」」」
俺達はついついあほな声を出してしまう。対蚊用? 対G用? 何のことだ?
「ロジャー将軍肝いりの特殊部隊、対蚊対G殲滅部隊の隊長である薬師のさくら様の開発した、この街から蚊とGを一掃するための毒煙玉と聞いたわよ?」
ジュディさんのこのセリフに、俺やロジャー将軍、デスモンド先生、バーナード隊長は唖然とした顔を、姫様や近衛兵達は意味が分からないという顔をする。
「どこで聞いた?」
「この毒煙玉を宿に持ってきてくれた街の子供よ。街中の住宅やお店に配っているんですって、お手伝いしてくれるなんて、いい子達よね」
「私達は知らなかったのだが?」
「ええ、そう思ったから来たのよ。これを渡してくれた子は、お姫様が街に来る前に蚊とGを倒さないといけないから、午前中に必ず使ってと言っていたのよ。それで私も何個か貰ったうちの1個を使用したのだけど、ものすごく濃くて不気味な煙が出るでしょう? おまけに、毒探知の魔道具が過剰なまでに反応するし。それで、流石にこれはまずいんじゃないかと思って外を見たら、非常用の信号弾があちこちで打ち上げられているし、すでに街中がこの不気味な煙に覆われているじゃない。だから、もしかしたら軍はこのことを知らないんじゃないかと思って、慌ててここに来たのよ」
俺は、ジュディさんが何を言ってるのか一瞬わからなかった。蚊やGを倒すための毒煙玉をさくら様が街中に配って、それを使っただけってことか?
「あら、私の慰問の前に蚊とGの対処をしようとしてくださっていたのですね。ロジャー将軍、ありがとうございます。街の方々にも、慰問の際にお礼を申し上げないとですね」
「すまないな王女様。実はそうなんだ。本来なら王女様がくる前にやっておきたいところだったんだが、毒煙玉の作成と量産に手こずったみたいでな。いや、混乱させてしまって申し訳ない」
「・・・・・・」
姫様とロジャー将軍は穏やかに会話する。いや、違うなこれは、大人の対応で済ませようってやつだな。でも、隊長はまずい。無言だし、ぱっと見穏やかな顔をしているけど、これは完全に怒ってる。しかも、たぶん俺が隊長の元に配属されてから、一番怒ってるんじゃないか? これ。さくら様やっちゃったな。
「うわ~、すげえ煙だな。視界がろくにねえじゃねえか。あれ? これって結界か? お~い、デスモンドさんかバーナード隊長はいるか~? 予定よりだいぶ遅れてるみたいだが、料理は予定通りの時間でいいのか~?」
すると、城からは料理長が呑気にそんなことを言いながら出てくる。そういや、さくら様って、城の中だと料理人達と仲が良いって聞いたことあるな。もしかして、料理人に伝えたから問題ないと思ってたとかかな?
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