第70話 男の背中

 指名依頼、ハロルドスレイヤーを量産せよ! を受けた翌日。私は朝から妖精の国のギルドにやってきた。お城の軍人さんにハロルド先生の呼び出しもお願いしておいたので、準備はバッチリだ。


『おはようございます』

「あら、さくらちゃんおはよう。今から作業を開始するの?」

『はい。ボヌールさんは倉庫ですか?』

「ええ、ボヌールはもう倉庫にいって準備しているわ。私も時間が空いたらお邪魔させてもらうわね」

『はい!』


 それじゃ、倉庫へ向かおっと。


『ボヌールさん、おはようございます』

「おう、来たかさくら。こっちにあるのが依頼の品だ」


 そう言ってボヌールさんは木剣や木槍の山を見せてくれる。


 う~ん、木の武器とはいえ、剣槍斧弓と、それぞれ13個づつ、え~っと、全部で52個? ともなると結構な量だね。


「んでさくら、材料はこの木の武器と何が必要なんだ?」

『この間の大きなとかげの血ってまだありますか?』

「おお、あの血なら全部あるぞ。でもあれ、デカいトカゲじゃなくてドラゴンだよな?」

『何言ってるんですかボヌールさん。ドラゴンなんて強そうなモンスターに、私が勝てるわけないじゃないですか』


 大きなトカゲとドラゴンを間違えるなんて、ボヌールさんもおっちょこちょいだね。あ、でも、私が持ってきたのは血だけだったっけね。血だけなら、大きなトカゲとドラゴンって似てるのかな? ん~、私じゃ血を見てどのモンスターの血かなんてぜんっぜんわかんないから、ある程度の種類がわかるってだけでも、ボヌールさんってすごいのかな?


『それじゃあ、早速作業しますね。まずは木剣からいきますね。木剣が浸かるくらいの血を入れれる入れ物って、何かありますか?』

「おう、それならこの剣の入れ物を使っていいぞ」


 ボヌールさんが出してくれたのは、丁度剣が入るくらいの大きさの木の箱だ。うん、丁度いいね。


『ありがとうございます!』


 私はその中に大きなトカゲの血をどぼどぼと注ぎ込む。そして、ハロルドスレイヤーを血の中にいれて、自動で戦って~って魔法をかける。


 すると、木剣は血をみるみる吸い取って、ハロルドスレイヤーみたいに赤黒くなる。でも、ハロルドスレイヤーほどたくさんの血を吸っていないせいか、ハロルドスレイヤーよりは色に禍々しさがないね。


「ほ~、すげえな。この手の木の強化は見たことあるが、こんな勢いよく吸うところは初めて見たぜ。んでどうするんだ? 血が無くなっちまったが、追加するか?」

『どうしましょう? ハロルドスレイヤーと同じでいいんでしたら、木剣がお腹いっぱいになるまで血を飲ませればいいと思うんですが、今回はハロルドスレイヤーほど強くなくていいみたいなんですよね』

「んじゃ、取り合えずこれで様子見するか?」

『はい、そうしてみます。ハロルド先生がその内来てくれるはずなので、その時に確かめてもらいます』

「そうだな。んじゃあ、俺の方もいろんなモンスターの血を用意しとくぜ。さくらがやるこの手の作業は、魔法の強さでの調整は不可能、素材のランクで強弱を変えるしか無理って、アオイに言われてるからな。それに、ドラゴンの血じゃあ、強いか弱いか以前に、値段がやばいことになりそうだしな」

『ドラゴンじゃなくて大きなトカゲですよ』

「ああ、そうだったな。悪い悪い」


 その後、ボヌールさんにいろんなモンスターの血を準備してもらいながらも、私達はのんびりとハロルド先生の到着を待った。


 すると、30分もしないうちにハロルド先生とガーベラさんがやってきた。


「さくらちゃん、ハロルドさんが到着したわ」

「おう、さくらさん、ボヌールさん、おはよう」

『ハロルド先生、おはようございます』

「おお? ハロルド先生ってあんたのことか!」

「ボヌールさんとは酒場や戦場で何度かお会いしたことがありますが、こういった仕事の場でお会いするのは初めてですね」

「だな。まさかお前さんが学校の先生だったとはな」


 ボヌールさんとハロルド先生はどうやら知り合いだったようだ。なんか、二人で超盛り上がっている。でも、こんなところでお酒トークで盛り上がらないでほしい。


「はいはい二人とも、雑談はそこまでにしてちょうだい。今は仕事中よ」

「そうでした。申し訳ない」

「悪かったな」


 流石ガーベラさん、頼りになるね!


『それじゃあハロルド先生、試作品のレプリカハロルドスレイヤー1号を使ってみてください』

「おう、わかったぜ」


 ハロルド先生はレプリカハロルドスレイヤーを手に取って、軽く振る。


「ん~、この間の木剣より弱いのか? 正直俺には違いがわからん。もっともっと弱くていいぞ?」

『わかりました。それじゃあ次は、吸わせる血の量を減らします?』

「いや、さくら。やっぱでっかいトカゲの血は素材として強すぎるんだよ。ここはゼボンの奴がブラッドソーセージを作ろうと買っていたオークの血にしようぜ」

『え、それ使っちゃっていいんですか?』

「構わん構わん。なあ、ガーベラ」

「ええ、使っちゃって構わないわ。私、ブラッドソーセージってあんまり得意じゃないのよ」


 え~っと、ゼボンさんの許可も無くいいのかな? ん~、でも、ガーベラさんがいいっていうのなら、きっといいんだよね?


『それでは、次はオークの血で試しますね』

「おう、んじゃあオークの血をその器に入れるぜ」


 ボヌールさんが木の器にオークの血をどぼどぼと入れてくれる。私は木剣をその中にいれて、魔法をかける。


『できました!』

「あら、ずいぶん簡単に出来るのね」

『ハロルドスレイヤーの時は一晩放置しましたけど、今回は弱くていいみたいですので』

「そうなのね」

『ハロルド先生、使ってみてください』

「ああ、分かった」


 さっきと同じようにハロルド先生がレプリカハロルドスレイヤー2号の出来栄えを確かめる。


「お、今度のはさっきのよりはだいぶ良い感じだな。ただ、これは軍に納品するには少し弱いかもしれん。軍へ納品するやつは、もっと強いのを頼みたい。とはいえ、これは学校へ納品するのには丁度いいから、学校納品分として貰うぜ」

「ふむ、素材に使うモンスターの血のランクによって出来上がりのランクも決まる、アオイの言った通りだな。ってことは、次はオークより強いモンスターの血がいいのか。じゃ、今たくさんあるミノタウロスの血でも使ってみるか?」

『はい!』


 私はミノタウロスの血でレプリカハロルドスレイヤー3号を作る。ハロルド先生に確認してもらうと、軍に納品するのに、丁度いい出来だった。


『それでは、レプリカハロルドスレイヤー2号と同じ作り方で学校納品分を、レプリカハロルドスレイヤー3号と同じ作り方で軍隊納品分を作りますね。レプリカハロルドスレイヤー1号はどうしましょう?』

「そうだな、金額がそんなに上がらないなら、1号と同じのを槍斧弓でも1本づつ作ってもらえるか?」

『値段に関してはガーベラさんと相談してもらってもいいですか? その辺のことは詳しくないので』

「ああ、わかったぜ。ところでさくらさん、その、剣の名前のことなんだがな」

『あ、もしかしてかっこいい名前考えて来てくれましたか?』

「ああ。なかなかいい名前を考えてきたぜ。この剣を俺が使ってバーナード隊長を倒したから、バーナードスレイヤーってネーミングはどうよ?」


 うう~ん、あの男スレイヤーか~、それも悪くないね。


 バーナードスレイヤー、ハロルドスレイヤー、バーナードスレイヤー、ハロルドスレイヤー、私は二つの名前を頭の中で繰り返す。どうしよう、心情的にはバーナードスレイヤーもいいよね! って思ってるのに、語感がハロルドスレイヤーのほうがいい気がする。うう~ん、ここは本人というか、本剣に聞いてみよう。


『ハロルドスレイヤーはどっちの名前のほうがいいと思う? ・・・・・・ふむふむ、なるほど』


 私はハロルドスレイヤーと相談して名前を決定する。


「ど、どうなんだ?」


 ハロルド先生も気になってるみたいだ。結構真剣な表情で聞いてくる。


『ハロルド先生、決まりました!』

「お! それで結果はどうだったんだ?」

『ハロルドスレイヤーがいいそうです!』

「はあ? 何でだよ。さくらさんはバーナード隊長のことを嫌ってただろ?」

『ハロルドスレイヤーが言うには、ハロルド先生がバーナード隊長に勝ったことより、私がハロルド先生に勝ったことのほうが重要なんだそうです! ううう、ハロルドスレイヤー、やっぱりいい子だよね』

「マジかよ・・・・・・」


 あ、あれ? なんかハロルド先生がすっごく嫌そうな顔をしてる。そんなに嫌なら、改名するしかないのかな?


『あの、そんなに嫌なら改名しますよ』

「いや、気に入ってるんならいいよ。それに、今学校にいる先生の中で、一番強いのはたぶん俺なんだ。だから、これをきっかけに他の子達にも、俺越えを意識してもらうってのも、悪くないからな。んじゃ、俺はちょっと席を外すな。ガーベラさん、金額の話をしたいんだが、今いいか?」

「ええ、いいわ。場所を移しましょうか」

「ああ」


 ハロルド先生はガーベラさんと倉庫を後にする。ちょっと嫌だけど、まあしょうがないかって思ってくれてるのかな? ハロルド先生の後ろ姿は、何とも言えないものがあった。もしかして、これが世にいう男の背中っていうやつなのかな?



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