第69話 木工職人さくら

 ハロルド先生にハロルドスレイヤーを貸してから数日、今日もいつものようにお夕飯を食べに妖精の国のギルドにやってきた。


 突然ですが、ここで最近の私の基本的な食生活をご紹介します。まず、朝ごはんはお城の食堂で一人で食べます。次に、お昼ご飯は学校の食堂でロイスちゃんやティリーちゃんと食べます。そして、お夕飯は妖精の国のギルドで、みんなと食べます!


 お城の拠点があるのに、お夕飯は毎日のように妖精の国のギルドで食べるのは、3食お城のご飯だと、ちょっと飽きてきちゃうからっていうのと、お城には仲のいい人が少なくて、妖精の国のギルドのみんなが恋しくなるからです。


 とはいっても、あくまでもこれは基本的な食生活なので、ゼニアさんの予定が空いてるときはゼニアさんと一緒に食べることもあるし、学校がお休みの日なんかは、北の崖の桜の木の拠点に行って、狩りを楽しむこともあるんだけどね!


 北の崖の狩りアンドほぼ生肉のサバイバルご飯も、素材がいいのか、猫の味覚に合っているのか、これはこれで美味しいんだよね!


 というわけで、今日のお夕飯も妖精の国のギルドで食べる。私はここ最近のお気に入り、ミノタウロスのステーキセットをゼボンさんに頼んで、ぺろりとたいらげる。そして、食後猫ハンターさん達とごろごろ遊んでいると、ガーベラさんがやってきた。


「さくらちゃん、ちょっといいかしら?」

『はい、何でしょうか?』

「さくらちゃんにね、指名依頼が入っているの」

『指名依頼ですか?』

「ええ、指名依頼よ」


 指名依頼。それは、優秀なハンターにしかやってこないという伝説の依頼だ。ガーベラさんに説明してもらったことがあるから存在は知ってたけど、まさか本当に指名依頼なるものがあったなんて!


『指名依頼って、伝説じゃなかったんですか? 私、ここに来て一月以上経ちますけど、初めて聞きました』

「ふふふ、そうね。妖精の国のギルドの場合、個人というよりもギルド全体でやってほしいって形で依頼が来ることが多いからね。個人宛の指名依頼なんて、年に何回もないのよ?」


 おお~、すご~い! でも、何で私なんだろう? ハンターのランクでいえば、私は下っ端の中の下っ端なのに。


『あの、何故私なんですか? 私より優秀なハンターはいっぱいいると思うのですが』

「それはね、この剣がらみだからなの」


 そう言うとガーベラさんは、一振りの赤黒い木剣を取り出す。この木剣は間違いない。私の愛剣、ハロルドスレイヤーだ。


『ハロルドスレイヤー?』

「ええ、さくらちゃんが薬師のさくらちゃんように作った木剣ね。このハロルドスレイヤーなんだけどね、軍人の訓練に凄くいいってことがわかって、ロジャー将軍から軍の訓練用に何本か作ってほしいって依頼があったのよ」

『訓練にいいんですか?』

「そうみたいよ。この剣の戦い方はかなりレベルが高いみたいでね。この剣を使ってる時の体の動きなんかを真似るだけでも、すごく参考になるんですって」

『なるほど、何となくわかりました』


 確かにハロルドスレイヤーに任せて戦っていた時は、ものすごく合理的に体が動いていた気がするもんね。合理的な体の動きが、森を数分歩いただけで捻挫するやつにわかるのかって? ごめんなさい、わかりません。かっこつけました。


 それはともかく、私はとりあえずガーベラさんからハロルドスレイヤーを受け取ろうと、ラブリーな猫の手を伸ばす。でも、ハロルドスレイヤーに触れる前に、私は手を止めた。


「さくらちゃん?」

『いえ、あの剣は私のもとに帰ってこなかったので、ちょっと緊張しちゃって』

「この子は大丈夫だと思うわよ。剣を全く使えない私でも触れるんですもの。それに、あの剣も薬師のさくらちゃんだからわがままな態度をとっただけで、きっと猫のさくらちゃんでなら受け取れたんじゃないかしら?」

『そうでしょうか? あの剣は強い人にしか持たれたくないって感じでしたよ。確かに人間の姿よりは猫の姿のほうが強いですが、基本的に私は狩りに困らない程度の力しか持って無いですよ』

「狩りに困らない程度の力? いえ、アオイやペルちゃんの話だと、さくらちゃんが伝説のキジトラ猫の生まれ変わりなら、この世のすべてのものがただの獲物って解釈もできるのかしら?」


 ガーベラさんが何かおかしなことを言い出す。


 アオイやペルさんの話? 伝説のキジトラ猫? この世のすべてのものが獲物?


「ごめんなさいね、気にしないで、こちらの話だったから」

『はい』

「きっと大丈夫だから、まずはハロルドスレイヤーを受け取ってね」

『はい!』


 私は意を決してハロルドスレイヤーに触る。すると、ハロルドスレイヤーは私を拒否することなく、私の肉球にぷにぷにされる。なんでだろう。貸した剣が返ってきただけなのに、凄く感動しちゃった!


『おかえり~、ハロルドスレイヤー』

「ふふふ。それで、依頼の件はよろしくお願いしてもいいかしら?」

『もちろんです! 指名依頼ってレアそうですし! あ、でも、元になる木剣はあるんですか? ハロルドスレイヤーは、学校の木剣を改造して作ったんです』

「それは大丈夫よ、ちゃんともらっているわ。軍隊用に木剣、木槍、木斧、木弓が各10本づつと、学校用に各3本づつよ。今は倉庫に入っているから、作業するときはボヌールに言って出してもらってね。ただ、性能はハロルドスレイヤーほどの能力はいらないそうよ。軍に納品するものでも、上限はハロルドさんって人が怪我しないで使える程度でいいみたい。学校に納品する分は、薬師のさくらちゃんが怪我しない範囲が上限でいいそうよ」


 そうだね、ハロルドスレイヤーのストッパー解除は、あまりにも危険すぎるもんね。私もまさかまた死ぬことになるとは思わなかったし。というか、私だから良かったようなものの、他の人だと危ないなんてもんじゃないよね。かっこよく魔剣ハロルドスレイヤーとか言ってたけど、ちょっと使い方を間違ったら持ち主が死んじゃうなんて、それは魔剣どころか呪われた剣だよね。


『わかりました。期日は何時まででしょうか?』

「街の復興にまだまだ手がかかるようだから、さくらちゃんのやりたいときにやってくれればいいそうよ。試し切りしてもらうハロルドさんも、いつでも呼んでくれて構わないって」

『わかりました。それじゃあ明日から早速作業を開始しますね』

「あら? 学校は良いのかしら?」

『本業を止めてまで通うわけにはいかないですよ』

「ふふふ、それもそうね。何か手伝えることがあったら気楽に言ってね。私もこういう魔法の道具には興味があるの」

『はい、ありがとうございます!』


 よ~っし、初めての指名依頼。気合を入れてがんばるぞ! 木工職人さくら、始動します!



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