第68話 ジェームズさんと伝説の木剣
俺の名前はジェームズ、普段は門番をしている肉屋の息子だ。
今日はいつもの定期訓練の日、俺は同僚達と一緒に城の訓練場で汗を流す。
「おりゃあ!」
「うらあ!」
がつ~ん!
「ちい、これも止めやがるか!」
「そう簡単にやられっかよ!」
ミノタウロスの脅威が去ってもう数週間が経った。最初こそ自分達の実力の無さに落ち込んでいた俺達だったが、今では前以上に気合を入れて訓練に励むようになっていた。
とはいえ、このまま訓練を続けていれば今以上に強くなれるのか? 俺も一部の同僚みたいに、外回りの部署への移動願を出すか? くそ、デスモンド先生を信じてないわけじゃねえが、もどかしいぜ。
ぱんぱん!
「集合!」
手を叩く音と共に、デスモンド先生の声が訓練場に響く。
「「「「「はい!」」」」」
俺達はすぐに返事をしてデスモンド先生の元へと向かおうとしたのだが、デスモンド先生と一緒にいる人達の姿を見て、一瞬怯んでしまう。あれは、ロジャー将軍にバーナード隊長。それだけじゃない、外回りの部隊の隊長達までいる。
デスモンド先生の元へと走って集合しながらも、同僚たちとついつい顔を合わせてしまう。でも、同僚達も困惑した顔をしている。誰もこの事態を知らないみたいだな。
俺達は緊張した面持ちで軍の重鎮達の前に整列する。
「集合しました!」
「おやおや、いつにもなく締まった顔をしておりますが、緊張なさっているのですか?」
デスモンド先生が軽い感じで質問してくる。きっとデスモンド先生なりに緊張を解こうとしてくれているのだろう。なので、俺もそれに応じる。
「はい。軍の重鎮が集合しているので、つい」
「なるほど。ですが緊張する必要はありませんよ。そもそもここのトップはロジャー将軍です。そのロジャー将軍とは、時折楽しく訓練をしているではないですか」
「それはそうなのですが」
ロジャー将軍は暇な時に、訓練場に顔を出してみんなの相手をしてくれることがあるため、俺達みたいな末端の兵士でも、割と耐性があるんだけど、他の面々はそうはいかない。それに、ロジャー将軍が俺達の相手をしてくれるのだって、非公式なものだ。こうやって偉い人が集まっているような場所だと、威厳とかがまた違うんだよな。
「がっはっは! 気にするな! 今日はちょいと人が多いが、いつもの非公式な訓練への乱入って奴だからな! それより、今日はお前らに試してもらいたい武器があってやってきた。ハロルド」
「はい」
おお、ハロルドさんだ。ハロルドさんはバーナード隊長の同期で、以前はデスモンド先生の部下だった人だ。純粋な剣の勝負ではバーナード隊長に勝てなかったみたいだけど、何でもありの真剣勝負でならバーナード隊長にも負けず劣らずの猛者って噂の人だ。今は学校の先生をしているらしいけど、今日はどうしたんだろうか?
「今日はこの木剣を皆に試してもらいたくてきた」
そういうとハロルドさんは赤黒い木剣を取り出す。色合いは禍々しい色をしているが、ただの木剣にしか見えない。
「この中で剣の扱いに長けているのは?」
「ジェームズです」
ハロルドさんの質問に、バーナード隊長が答える。
「ではジェームズ君、この木剣を使用して、バーナード隊長と戦ってください」
「はい!」
確かにここにいる同僚たちの中だと、剣の扱いって意味では俺が一番うまい。ただ、それは俺がこの中で最強という意味じゃない。そもそも今この場にいるメンバーには槍使いが多いし、俺より強いやつらが全員槍や斧を得意としているってだけだ。それでも名誉なことには変わりないけど、バーナード隊長が相手じゃあ、ビックリするほどあっさり負けるんだけど? ハロルドさんは何をさせたいんだろう?
ハロルドさんから剣を受け取ってバーナード隊長と向かい合う。
ん? なんだこの木剣? いつも使ってる木剣じゃないのに、なんか妙に手になじむな。
「バーナード隊長、行きます!」
「ええ、どこからでも来なさい」
俺はいつものように接近し、バーナード隊長に剣を振るう。バーナード隊長はそれを回避して、反撃で剣を振ってくる。あ~、いつもこの反撃が全く見えないんだよな~、今日もこれで終わりか。って、なんでだ? なんでいつも見えないバーナード隊長の反撃が、見えてるんだ?
不思議なことに、いつもは見えないはずのバーナード隊長の動きが、剣が、見える!
マジか!? 今まで見えたことなんてないのに! もしや、日々俺は強くなっていたってのか!?
がつ~ん!
バーナード隊長のいつもは見えない反撃を、俺は防ぐ。しかも余裕をもってだ!
その後も何度も攻撃し、何度も攻撃されるが、俺は間違いなくバーナード隊長と戦えている。すげえ、ただ見えるだけじゃねえ。不思議と体が動く。この動きは俺の理想通りの動き、いや、それ以上の動きだ!
バーナード隊長が手加減している? そんなわけねえ。バーナード隊長を始めとした軍の上層部の人達は、俺達に勘違いさせないように手加減してわざと負けるなんてことは絶対しねえ。
むしろバーナード隊長のやり方は、圧倒的力量差を見せて、ここまでやれるようになって見せろ、そうすれば外回りの部署への推薦も出してやるってスタンスだ。つまりこれは、俺がバーナード隊長とまともにやり合えてるってことだ!
「うおおおお!」
俺はバーナード隊長を避け、逆にどんどん攻撃を加える。勝てる! 今日ならバーナード隊長に勝てる!
そう思ってたんだけど、戦い始めて2分も経過すると、体がおかしい。体のあちこちが、悲鳴をあげてるように痛い! 俺はついに動けなくなり、全身から脂汗を出しながら膝をついてしまう。
「ぐうっ」
「大丈夫ですか?」
バーナード隊長が俺の異変に気付き声を掛けてくれる。
「わかりません。全身が、猛烈に痛いです」
デスモンド先生やロジャー将軍も寄ってくる。
「ジェームズ君、ポーションです。飲んでください」
「ありがとう、ございます」
俺はバーナード隊長に体を支えてもらいながら、デスモンド先生にポーションを飲ませてもらう。ポーションのおかげで疲労感はともかく、全身の痛みは取れた。
「ハロルド、これがさっき言った反動か?」
「はい。この木剣にはリミッターがありますので、それを解除しない限り命の危機に陥ることはありません。ですが、身体能力の限界ぎりぎりまで力を引き出されるため、猛烈な筋肉疲労等に襲われます」
ってことはさっきまでの動きは俺の自力じゃなくて、この赤黒い木剣のせいってことか? くそ、ちょっと喜んで損したぜ。でもそうだよな、突然そんなに強くなれるわけないよな。
「なるほど、面白いな。ハロルドから話を聞いた時はちいっと疑っちまったが、こりゃあ良い訓練になるんじゃねえか? ジェームズ、使ってみた感想はどうよ?」
ロジャー将軍が俺に話を振ってくる。俺は少し考えてから、ロジャー将軍に答える。
「はい、私もいい訓練になると思います。視線の動き、魔力の動き、重心の動きなど、いままでデスモンド先生から教わってきたことが、こういう事なのかとハッキリ認識できた気がしました。それに、全身の痛みや疲労も、今思うと部分部分によって違っていました。鍛え方が足りない部分を把握するという意味でも、良いものだと思います」
「そうか」
ロジャー将軍は満足そうな顔で頷く。この木剣、訓練に導入してくれるのかな? もしこの木剣を訓練に導入してくれたら、間違いなく強くなれる気がする。
「訓練もですが、実戦投入は出来ないのでしょうか?」
外回りの部隊の隊長の一人が、ロジャー将軍に提案する。なるほど、訓練だけにこの性能を使うのは、もったいないな。
「ハロルド、どうなんだ?」
「それは厳しいようです。この武器は魔力の消費が凄まじいらしいのです」
「そうなのか?」
「はい。城で調べてもらったところ、今は作り手の莫大な魔力が込められているので問題ないそうですが、軍で魔力の補給をするとなると、1時間動かすのに軍の魔法使いが何人も倒れることになると言われました」
「そうか。ポーションのような魔力の保持も無理か?」
「はい」
「ま、そう上手くはいかねえか」
確か、ポーションに込められた回復魔法が保持しやすいのは、ポーションが基本的には飲み物だからって話だったよな。もともと飲んで体の一部になるものだから、医食同源ってことで相性が極めていいとか教わった。
でも、木や鉄はもともと戦うためにある物質じゃない。だから、単純に頑丈にするだけの魔法なんかは保持できるらしいが、人間の都合で戦うための魔法っていうのは、保持がほぼ出来ないって教わった。
でも、この木剣はすごくいい。訓練用に導入してもらえるのなら、是非とも導入してもらいたい。
「はい、ロジャー将軍。よろしいでしょうか?」
すると、同僚達の中でも調子のいい奴が、こんな重鎮だらけの中手を上げる。
「なんだ?」
「この木剣が素晴らしいものというのはわかりました。そこで、槍はないのでしょうか?」
なるほど、ここまでみんなで絶賛してたら、自分の得意な武器のバージョンがほしくなるよな。
「ふむ、その提案は最もな意見だな。ハロルド、どうなんだ?」
「元が学校の木剣ですので、恐らく作れるのではないでしょうか?」
「では、値段にもよるが、剣、槍、斧、弓、それぞれ10本づつの購入を依頼するとするか。デスモンド、発注を頼む」
「はい」
「「「「「おお!」」」」」
俺達はついつい声を上げてしまう。
「ロジャー将軍、デスモンド先生、反動のより少ないマイルドなものを作成可能でしたら、学校にも各3本づつくらいお願い出来ないでしょうか?」
「値段次第では構わない。デスモンド、ついでに発注しておいてくれ」
「かしこまりました、では、妖精の国のギルド経由で、さくら様に依頼を出しておきます」」
「ありがとうございます」
「さて、それじゃあ今日のところは解散だな。ジェームズ、付き合ってもらって悪かったな」
「いえ、多少痛い目は見ましたが、過去にないほどいい訓練になりました。ありがとうございます!」
「ならよかった」
「ところで、この木剣は今後なんと呼べばいいのでしょうか? 名前が付いていたりするのでしょうか?」
俺はハロルドさんに木剣を返しながら、この木剣の名前を聞く。すると、ロジャー将軍はにやりと笑って話に入ってくる。
「ハロルド、この剣は何という名前だったか?」
するとハロルドさんは若干嫌そうな顔をする。そして。
「伝説の木剣です」
「ん? そんな名前だったか?」
「はい、この剣は伝説の木剣という名称です」
「ほほう、まあいい。だが、ハロルドスレイヤーのためにも、かっこいい正式な名称をがんばって考えるんだぞ?」
「はい・・・・・・」
ハロルドスレイヤー? この木剣、そんな名前なの? 俺にはわけがわからなかったが、ロジャー将軍達は楽しそうに去って行った。
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