第66話 イージーにゃんこライフスリープ

 ぽふん?


 ぽふんって、あのぽふんだよね? 人間ボディと猫ボディをチェンジするときに鳴る、謎の効果音。


 え? 勝手に猫ボディに戻っちゃったってこと? 私は自分の手を見る。間違いない、猫の手だ! ってことは、私が今いる場所は、私の服の中だ!


 前にちょっと実験したんだけど、キジトラ柄の迷彩服だけを着た状態で猫に戻ると、すんなり猫に戻れるんだけど。街で買った服を着てる状態で猫に戻ると、着た服の中で猫に戻っちゃうみたいなんだよね。


 取り合えず、状況の確認をしよう。私はもぞもぞと動いて服から顔を出す。


「アルバート! シャーリー! 止まれ! 近づくな!」

「でも!」

「ですが!」

「いいから!」


 ハロルド先生は私の元に駆け付けると、アルバート君とシャーリーさんが近づくのを制止する。


「おい猫、その毛色、お前さくらだよな? 俺はしゃべるほうはあんまり上手くないんだが、念話を聞くことだけは出来る。何かしゃべってみろ」


 ハロルド先生が小声で話しかけてくる。え~、いきなり何かしゃべってみろって言われてもな~。よし、ここは、


『え~っと、本日は晴天なり?』

「なんだそこ気の抜けたセリフは」


 えええ、気の抜けたセリフって言われた。日本人なら多くの人が知ってるであろう、超有名なフレーズなのに。


「まあいい、ちょっと場所かえるぞ。アルバート、シャーリー、俺はさくらを連れて城に行く。お前ら悪いが自主練するか他の先生のとこ行ってろ」

「「はい」」


 ハロルド先生は服ごと私を持ち上げてお城の中へと入っていく。そして、どこかの空き部屋に入ると、私をテーブルの上に乗せた。


「さて、ここならゆっくり話せるな。はあ、いろいろ聞きたいことはあるんだが、まずその姿ってことは、やっぱお前の本体って猫でいいのか?」


 やっぱって、まるで私が猫だって気付いていたような言い方だよね。うう~ん、何で気付かれたんだろう? でも、バレちゃったのならしょうがないかな?


『私は確かに猫ですが、なんでわかったんですか? 一応隠してたんですが』

「そうだよな、一応隠してたんだよな。でも、軍でもある程度事情通な奴らなら、みんな知ってたぜ?」

『そうなんですか!?』

「ま、確信まではあったわけじゃないんだがな」


 嘘!? 私の人間ボディは変装の類じゃない、正真正銘の人間の体だ。気付かれるはずがないと思うんだけど。


「まあ、順を追って説明すると、そもそもが猫のさくらと薬師のさくらがこの街に現れたのが同時期だ。しかも、隠す気が有るのか無いのか、どっちも同じ名前で、同じような毛色だしな。次に、お前さんが持ってきたポーションは、すべて妖精の国のポーション瓶に入ってただろ? それで、薬師さくらは妖精の国の関係者だろうって話になった。んで、この街にいる妖精の国の連中は、基本的には妖精族か猫だけだ。妖精族が人間に化けるなんて聞いたことなかったから、猫だろうって話題になってたんだよ。アオイっていういたずら好きの猫が、化け猫の術とかいうのを使って、人の姿に化けて門番をからかったりしてたしな」


 アオイ、あの子何やってるのさ。それに化け猫の術って、そんな術で人間に変化出来るなんて、聞いてないよ?


『あの、それにしても詳しすぎませんか?』

「そりゃお前、ロジャー将軍の怪我を治せるような高ランクのポーションを持ち込んでくれた薬師のことってなりゃあ、軍としても調べないわけにはいかないだろ?」

『そう言われると、そうなのかも?』

「まあ、なんだ。こんなこと俺からいうのもあれだが、たぶん妖精の国のハンターギルドの連中も、このことは知ってるぜ」

『え? ちょっと待ってください。ということは、ガーベラさんも知っているってことですか?』

「そりゃあわかるだろ。ガーベラさんが猫のさくらに渡した妖精の国のポーション瓶の空き瓶が、薬師のさくらを経由して俺達軍に納品されて、使用後に軍からガーベラさんに空き瓶の返却がいってるんだから。ガーベラさんは凄腕の鑑定師でもあるからな。向こうは確証をもって同一人物って把握してるかもだぜ」

『ううう、秘密にしてたのに、みんな知ってただなんて・・・・・・』


 教えてくれてもいいと思わない? ちょっと酷いよね。でも、これでいろいろわかった気がする。道理で私の剣のことをガーベラさんが知ってたはずだ。


「んで、しゃべった感じどこも悪くなさそうだが、人間の姿には戻れるのか?」

『ちょっと待ってください』


 私は人間ボディに戻ろうと、いつもみたいに人間ボディになりたいって願う。


 でも、うんともすんともいわない。いつもならぽふん! ってちょっと気の抜けた効果音と共に人間ボディになれるのに、まったく変化しない。


 まずい、これは大ピンチだ。超大ピンチだ。このまま人間ボディに戻れなかったら、私、正真正銘の猫になっちゃうよ!


 すでに魂の半分以上が猫って言われた私だけど、流石に100%猫になるには、心の準備が出来てない! どうしよう、どうしたらいいの!? ううん、ここは冷静に、超冷静になるべきだ。まずは、このイージーにゃんこライフヘッドに、人間ボディの現状とかがわかるのかを確認しよう。


 キジトラさん教えて~! 私の人間ボディ、どうなっちゃったの?


 ふむふむ、なるほど、私の人間ボディは、ハロルドスレイヤーの反動に耐えられずに死んだのね。


 って、えええええ!? ハロルドスレイヤーにちょっと本気を出してもらっただけだよ? それっぽっちのことで死んじゃったの? 待って、もう2度と人間ボディには戻れないの?


 え~っと、あくまで本体は猫ボディの方だから、人間ボディは一晩も寝れば治る? あ~、よかった、よかった。な~んだ、そんな簡単に治るんだ。


 そういえば、猫ボディで寝るようになってから、寝つきも寝起きもすごくいいし、前日の疲れとかも残ってたことないんだよね。流石はイージーにゃんこライフスリープ、人間ボディの蘇生すら出来ちゃうなんて、凄すぎる!


『えっと、今は無理みたいなんですけど、ひと眠りすれば戻れるので大丈夫ですよ』

「そうか、んじゃあ今日は、そうだな。魔力の使い過ぎでぶっ倒れたから、そのまま帰ることになったって生徒たちには言っとけばいいかな?」

『はい! あと、明日には治ってるから大丈夫ともお願いします』

「そうだな、ロイスやティリーが見舞いに行くかもしれないし、今日は静かに寝かせてやるようにって言っとくか」

『ありがとうございます!』


 流石先生だね! フォローもばっちりだね。


「それとこの剣、本当にお前ハロルドスレイヤーって名前で呼ぶのか?」

『ダメですか? 先週はまぐれで先生の頭にちょこっと当たっただけですが、今日は正面からどうどうと先生に一撃入れたと思うんですが』

「いや、確かに今日のは俺の純粋な負けだ。だから俺を倒したってその称号はいいんだが、ハロルドスレイヤーって、俺の名前を剣に入れられるのは、ちいっと微妙なんだけど」

『先生がハロルドスレイヤーよりもかっこいい名前を考えてくださるのなら、改名しますよ』

「かっこいい名前ねえ、はあ、しょうがねえ、何か考えとくかな。そうだ、この剣少し借りてもいいか?」

『いいですけど、あの子みたいに取らないでくださいね?』

「そりゃ大丈夫だろ。あの剣は戦いのために生まれた剣だから、戦いを求めてお前さんの手から離れたのかもしれないが、この木剣はもともと訓練用だぜ? 弱いやつを強くするのが目的の剣だ。お前がこの剣より強くならない限り、離れないだろ」


 そんなものなのかな? でも、確かにハロルドスレイヤーは大丈夫な気がするね。


『わかりました。来週の授業の時まで私が使う予定もありませんので、お貸しします。でも、来週の授業の時には返してくださいね! 今日はハロルド先生に勝てましたが、次回はアルバート君、シャーリーさん、ロイスちゃんにティリーちゃんにも勝たないといけませんので!』

「はは、わかったぜ!」


 ハロルドスレイヤーをハロルド先生に貸す。ちょっと面白いね!



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