第61話 論理的脳内シミュレーション

 違う。中2病っていわゆる妄想の類でしょ? 私のは純然たる脳内シミュレーションの結果だ。そう、論理的思考に基づいたものだ。


「ま、こういうのは実際にやらないとわかんないよな。お前ら、順番に相手してやるからかかってきな」


 よし、私の論理的脳内シミュレーションが中2病の類ではないということを、この戦いで証明して見せる! そう思い、私は行こうとしたんだけど。


「俺から行っていいか?」


 男の子が名乗りを上げる。ふ~む、実際に戦う前に先生の戦い方を見ておくのも悪くないかな。


「「はい」」


 私がはいと返事をすると、真面目そうな女の子も同じ考えだったのか、声がかぶっちゃった。


 男の子と先生はお互いに素手で向き合う。


「さて、俺も拳でいくぜ」

「望むところです!」

「いつでもかかってきな」

「いきます!」


 男の子はパンチやキックで先生に襲い掛かる。おお~、すごい。テレビで見た格闘技みたいだ。


 男の子の猛攻が続く、先生は防戦一方だ。


「すご~い、あの子強いね! もしかして先生に勝っちゃうのかな?」

「そう見えるんですか?」


 私としては独り言のつもりだったんだけど、真面目そうな女の子にしっかり聞かれていたみたいだ。


「うん。ずっと攻撃してるし、反撃の隙を与えない猛攻撃ってことでしょ?」

「確かにずっと攻撃してはいますが、一撃たりとも有効な攻撃は入っていません。先生はアルバート君の攻撃をすべて見切っていると考えていいと思います」


 私にはアルバート君が押してるように見えたのに、全然違うの?


「ほほう、お前さんはちゃんと見えてるようだな。え~っと、シャーリーさんだったよな?」

「はい、先生。生徒の名前くらい自信をもって覚えましょう」

「わりいわりい、だって毎年次々に新しい連中がくるし、お前らとは知り合ってまだ間もないだろ?」

「もう新学期が始まって2週間くらい経ちます。オナー先生は全員の顔と名前を把握していると思いますよ」

「そりゃ、あいつはお前らの担任じゃん」


 そっか、春だから新学期なんだね。出会いの季節、いいよね!


「先生! 真面目に、やってください」

「わりいわりい、でもお前、もうバテバテじゃん。ほらよ」

「ぐは!」


 アルバート君は真面目に戦おうとしない先生に文句を言ったが、先生の一撃であっさり倒される。


「うわ~、いたそ~」

「おいおいさくらさん、ちゃんと見ろ。鎧のある場所を軽く打っただけだから、大して痛くねえはずだぞ? なあ?」


 そうなんだ。でも、後ろに結構派手に吹っ飛んでたから、そこそこ痛そうなんだけど。


「ううう、痛すぎて動けません」


 やっぱり痛いよね!


「ほら、やっぱり大怪我してるかもじゃないですか! ちょっと待ってね、ポーション持ってきてるから取りに行って来る」


 私がポーションを取ってくると告げて走り出すと、後ろからアルバート君が焦ったように声をだす。


「ちょ、ちょっと待て、今のはさくらちゃんの言葉に乗っただけで、ほんとは全然痛くなかったから!」


 ええ!? 吹っ飛んでたよね? 私なら余裕で怪我をする自信がある。


 がんがん!


 すると、アルバート君は殴られたお腹の防具を自分で叩く。


「ほら、平気だろ? なんならさくらちゃん、思いっきりその剣で叩いてみな。平気だから」


 ほう、私の必殺剣をお腹で受けて平気だと申すか。よかろう、その私を舐め切った態度、叩きなおしてやる。


 私は数回素振りをする。う~ん、横に振るのはなんかしっくりこないね。ここはいつもの振り下ろしでいこうかな。


「ポーションがあるから大丈夫だと思うけど、私の剣を受けるなんて、盛大に吹っ飛んで大怪我するよ?」

「いや、今の素振りを見る限り、何なら防具脱いでも平気そうな気がするんだが」


 むうう。ふん! いいだろう、目にもの見せてくれる。そして証明して見せよう。私は中2病なんかにかかってないことを。論理的脳内シミュレーションにより、事実としてあの男を倒せるということを!


「てや~!」


 私の振り下ろしがアルバート君に炸裂する。


「うおう!」


 だが、その攻撃をアルバート君が避ける。


「なるほど、私の攻撃を受けれないとさとり、避けたってわけだね」

「いやいやいや! なんでお腹を攻撃しろって言ってんのに頭を攻撃してくるんだよ。そもそも俺のお腹にダメージがないことを証明するために攻撃しろって言ったんだぞ? 頭関係ねえだろ!?」

「素振りをして思ったの、横に剣を振るうのはしっくりこないって」

「もうさん付けなんて不要だよな? おいさくら、お前が気持ちよく攻撃したいかなんてどうでもいいんだよ。それとも何か? お前の振り下ろしをお腹で受けるために、ブリッジでもすりゃあ良かったのか?」


 言われてみればそうだね。アルバート君、こう、いけいけな少年のように思えたけど、なかなか頭の回転が速い。


「じゃあ、ブリッジで!」

「そういう問題じゃねえ!」

「もう、わがままだな~」

「おまえがな!」


 何でだろう。このやり取り、ちょっと楽しいね。


「仲いいな、お前ら。雑談はここまでにして、次はどっちがくる?」


 雑談って、私の必殺剣の前に生徒が一人重傷を負う一歩手前だったんだけど。この先生大丈夫かな?


「先に行っていいですか?」

「はい。どうぞ」


 私はシャーリーさんに出番を譲る。


 シャーリーさんと先生が向かい合う。何と、先生はどこからともなく取り出したムチを持っている。そういえば、剣でも槍でも斧でも弓でもない武器を使う子がこの先生のところに残ったんだよね。ってことはこの先生、どんな武器でも使えるのかな?


「来な」

「行きます!」


 シャーリーさんは華麗なムチさばきで先生に攻撃を繰り出す。パシンパシンという音が周囲に鳴り響く。


「すご~い、ムチの先の方とか、全然見えないよ。シャーリーさんの攻撃もバシバシ当たってるみたいだし、私の出番は無いかな」


 なんとなく一人づつで戦っていく団体戦のような気がしてそんなことをついつい言ってしまう。


「さくら、んなわけねえだろ。ちゃんと見ろ。ハロルド先生はしっかりムチの先端を見切ってて、さっきから一発も当たってねえよ」


 すると、アルバート君に聞かれていたみたいだ。さっきもシャーリーさんに聞かれてたし、もしかして私の独り言って、声が結構大きいのかな? でもそんなことより今はシャーリーちゃんと先生の戦いの方に注目しないとだね。


「アルバート君こそこの音聞こえないの? パシパシ当たってるよ?」

「ありゃあ、ある程度長いムチを獲物にしてて、なおかつムチの扱いが上手いやつなら自然になる音なんだよ。剣の素振りでヒュンって音するだろ? あれと似たようなもんだ。だから、当たってる音じゃねえよ」


 ええ!? そんなの初耳なんだけど!?


「その顔、やっぱ知らなかったみたいだな。まあ見てろって、そろそろシャーリーもばてるだろうし、勝負付くぜ」


 シャーリーさんの攻撃にあわせて、ハロルド先生がムチを振るう。すると、シャーリーさんのムチに先生のムチが纏わりつき、そのまま武器を奪い去った。


「何今の!? すごいかっこいい!」

「流石ハロルド先生だな。マジでつええ」

「手合わせありがとうございました」

「おう、お前もその年にしちゃあなかなかいいムチさばきだったぜ」


 シャーリーさんが戻ってくる。


「んじゃ、最後はさくらさんだな。どの武器でもいいぜ? 俺が使う武器は、バーナード隊長と同じ剣がいいか?」

「もちろんです!」

「最初に言っとくが、バーナード隊長は俺より強いぜ?」

「大丈夫です。あの男と戦う前の予行演習には十分なりますので!」

「はっはっは! いいな、そのセリフ。真面目に俺に勝てるって思って勝負を挑まれたのは久しぶりだぜ!」




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