第50話 ジェームズさんと帰ってきた日常

「ふあ~あ」

「どうしたジェームズ、真面目なお前が仕事中に大あくびなんて珍しいじゃねえか」

「いやなに、こないだみたいにガチンコで戦闘してるより、こうしてのんびり門番してる方が性に合ってるって思ってな」

「ははは、ちげえねえ」


 ミノタウロス達がこの街を襲撃してから数日、街はすっかり前の活気を取り戻しつつあった。まあ、元通りになるには少々時間が掛かりそうだがな。何せミノタウロス達の火の玉による攻撃で、街の北にあった建物は結構やられたからな。それでも途中から誰かが打ち返してくれたおかげで、想定されていた被害よりもだいぶ少ない被害で済んだらしいけどな。とはいえ、襲撃の緊張感が無くなったって意味では、元通りの活気を取り戻してるな。


「にしても、あいつら凹んでんな」

「まあな。まだ他の街から来る商人が少なくて仕事が少ないからいいものの、いい加減にしてほしいもんだぜ」


 俺の同僚の中でも、俺やこいつみたいな、門番かあるいはもっと書類仕事よりの職場希望の連中は、大した被害もなく終わった今回の防衛戦にほっとしていたんだが、外に出てモンスターをバッタバッタ倒すことを夢見ていた連中は、完全に意気消沈しちまってる。


 まあ、無理もねえけどな。最後に出てきた6mや7mのミノタウロスはおろか、俺達じゃあ5人がかりで3mのミノタウロスの相手をするのがやっとだったからな。


「あ~、もっと強くなりて~、ロジャー将軍みたいに強くなるにゃあどうしたらいいんだろ?」

「ひたすら訓練あるのみじゃねえか?」

「それもいいが、実戦に行ったほうが手っ取り早く強くなれそうな気がしねえか? 今回3mのミノタウロスに苦戦したのだって、実戦経験不足だと思うんだよ」

「そりゃあそうかもしれねえけどよ。その実戦を多く経験出来る外回りの部隊に移動するのに、もっと強くなきゃあってわけだろ?」

「まあな~」


 ま、ここで好き勝手に外出てモンスターと戦いてえ。なんてことを言う無謀な連中じゃないからほっとくか。


 俺ともう一人で真面目に門番をしていると、いつもの顔なじみが外から帰ってきた。


「にゃ~」

「お、アオイか。今日はガールフレンドは一緒じゃねえのか?」

「にゃにゃ!」

「いてて、叩くなよな。ほれ、干し肉やるよ」

「にゃ~」


 俺が干し肉をあげると、アオイは嬉しそうに鳴いてから、干し肉を咥えて街へと入っていく。


 正直、今回の戦いでアオイの強さにはびびったぜ。最前線にいたわけじゃねえから詳細まではわかんないんだが、どうやらロジャー将軍達、軍の精鋭が倒したのと同じ6mのミノタウロスとその取り巻きを、アオイとその仲間の猫だけで倒しちまったらしいんだよな。


 おまけにアオイのガールフレンドもガールフレンドで、妖精の国のギルドの庭で凄まじい回復魔法を連発してたって言うしな。おまけに噂じゃあ、火の玉を遊び半分で跳ね返してたって言うしよ。


「そういやジェームズ、その猫と前から仲いいよな」

「ああ、実家の干し肉が好きみたいでな」

「でもすげえよな。あんな小さいのに、ロジャー将軍達と同じ6mのミノタウロスを仕留めてるんだろ? ぱっと見可愛い見た目なだけに、マジで信じらんねえよな」

「まあな」


 それは俺もつくづくそう思う。ロジャー将軍みたいな、誰が見ても百戦錬磨の猛者っていうような雰囲気の人が強いのはわかるが、アオイみたいに小さくて可愛らしい猫が、ロジャー将軍と同等か、それ以上の強さなんて、誰がわかるってんだよ。


「でもよ、やっぱ一番驚いたのはボヌールさんじゃねえか?」

「ああ、わかるわかる! 確かにガタイもいいし、迫力もあるけどよ。まさか空中歩行を自在に使いこなして、7mのミノタウロスとタイマン張れるなんて思わなかったぜ。あれなら元凄腕のハンターなんて名乗らず、現在も凄腕でいいじゃんな」


 ボヌールさんか、実家の肉屋にもよく来てくれるし、そこら辺にある俺達やハンター達がよく使うような酒場にも時々来るから、俺も何度か話したことがあるんだが、まさかあんなに凄い人だったとはな。


「でもあの7mのミノタウロスの肉、最高に美味かったよな」

「ああ、俺もあの味は忘れられねえぜ」

「しかも仕留めたのは完全に妖精の国のギルドの連中だったってのに、そのほとんどを俺達の宴会に出してくれたんだろ? すげえ太っ腹だよな」

「わかるわかる、最初一口づつ分けられたとき、これじゃ足りねえって思ったもんな! まあ、最初から好きなだけ食えってやってたら、全員にいきわたらなかったかもしれないから、しょうがねえんじゃね?」

「それもそうだな!」


 あ~、でもあの肉、俺ももっと食べたいが、親父に見せてやりたかったな。親父ならあの肉をどうするのか、ちょっと楽しみでもあるんだよな。


「そういや、これも噂なんだけどよ。あの防衛戦の翌日、さっきの猫含めた3人の猫が、7mどころか8mのミノタウロスを、東の山のミノタウロスどもの拠点を襲って狩ってきたって話知ってるか?」

「ああ、噂くらいにはな」


 俺もその噂は聞いている。ただ、防衛戦の翌日は、追撃戦による疲労の影響もあって、門を開けてなかったから、誰もそんな大物が街に搬入されたことを見てないんだよな。


 パンパン!


 俺達がそんな風に門番そっちのけでしゃべっていると、突然後ろから手を叩く音がする。


「緊張の糸が切れるその気持ち、わからなくもないですが、今が仕事中だということを忘れてもらっては困りますよ?」


 やべっ! 気を抜きすぎてて、バーナード隊長の接近に気付かなかった。


「「「「「すみません隊長!」」」」」


 俺達は全員でさくっと謝る。こういう時下手に言い訳をすると傷口を広げることになるからな、素直に謝るのが得策ってな。


「はあ、相変わらず息ぴったりで仲良しですね。まあ、今は流通もほとんど再開していないのでいいですが、いつまでもその調子では困りますよ?」

「「「「「はい!」」」」」


 あぶねえあぶねえ、セーフだぜ。


「ところで隊長、ひとついいでしょうか?」

「なんですか?」

「7mのミノタウロスとボヌールさんとの戦闘中に、赤毛の猫がボヌールさんに渡した剣が隊長の剣って聞いたんですが、本当ですか?」


 おいおい、いくら怒られなかったって言っても、バーナード隊長に仕事中に雑談を持ちかけるとは、いくら何でも勇者すぎるだろ。


「ええ、本当ですよ。正確には、当時私が借りていた、薬師さくら様の剣ですね」

「あ~、そう言えばあの子、背の割に長い剣を背負ってましたね」

「素晴らしい一振りですよ。あのロジャー将軍が見惚れたほどですから」

「おお~! マジですごいっすね!」


 俺も荷物を預かっているときに持っていたが、確かにあの剣は普通じゃなかった。剣を抜いたわけじゃなく、鞘越しだったが、それでも何か思うところのある剣だった。


「そして、さくら様はあくまでも威嚇のために背負っていただけらしく、剣を使う気は特にないとのことでしたので、さくら様から借り受けたのです」


 あれ? バーナード隊長はさくら様の剣を今も持っているような? あの猫の手形みたいな特徴的な鞘の模様は、見間違うわけないからな。


「あの、バーナード隊長。隊長が今持っている剣って」

「ええ、さくら様の剣ですよ。実はあの後返却をしにさくら様の元へ行きましたら、少しおかしな現象が起こりまして、私がもらい受けることになったのですよ」

「それより隊長、隊長の物になったのなら、その剣俺にも見せてくださいよ!」


 おかしな現象のことは少し気になるけど、って、ああ。調子に乗りすぎたらダメだってのに! ほら、隊長の顔がみるみる険しくなっていく。くそ、巻き添えで怒られるのはごめんだぞ。って、おお! 丁度いいところに街に入るハンター達が! ラッキー!


「ようお前ら、今日はどうだったんだ?」

「はっはっは~、見てみろよ、こいつを!」


 俺達は一人を除いて門番としての仕事をすることにした。


「え? お前らずりい! お前らだって興味あったくせに!」


 確かに隊長が剣を見せてくれてたら、俺も嬉々として見に行ったと思うが、悪く思うな友よ。こういうのは臨機応変にってな。



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