第39話 ジェームズさんとポーション樽

 俺の名前はジェームズ、肉屋の息子にしてこの街の警備部隊の隊員だ。今日は朝から同僚達と一緒に城に来ている。残念ながら凄いことをやって褒美を貰いにってわけじゃない、あくまでも定期的に行われる戦闘訓練のためだ。


 警備隊は門番や街中の警らといった、いわゆる治安維持関連の部隊になる。外に出てモンスターと積極的に戦っている部隊と比べたら、そこまで腕っぷしも必要ないし、比較的安全と言われちゃいるが、強くなきゃあ務まらねえ仕事であることにかわりないからな、戦闘訓練は必須だ。


「あ~、戦闘訓練か~、憂鬱だ~」

「おいおい何言ってんだよ。外回りに行くには強くならないとだろ?」


 城の訓練場へ向けて歩きながら、同僚達とダラダラと話す。この戦闘訓練、同僚たちの反応はいつも決まって2つだ。憂鬱と言って嫌がる奴、嬉々として取り組む奴。ちなみに嫌がるやつは決まって書類仕事よりの部署を希望してる連中だ。んで、嬉々としてる奴は、もっと強くなって、外でモンスターを倒して活躍してえって奴らだな。


 俺? ん~、俺もなあ、最初は外に出てモンスターをバッタバッタと切って、大活躍してやるぜってのを夢見て軍人になったんだが、世界は広いって言うか、なんて言うかだな。


「あれ? こんなところに女の子なんて珍しいな」


 俺が将来設計に関して悩みながら歩いていると、同僚がそんなことを言い出す。女の子? 城の関係者ならともかく、そうでない普通の女の子がこんなところにいるのは確かに珍しいな。そう思い同僚の視線の先を見てみると、いつぞやの薬師の女の子、さくら様がいた。っていうか同僚よ。さくら様の顔や背格好はお前だって行方不明事件の時に、覚えさせられただろうが! こんなすぐに忘れるかよ!


「あの子は薬師のさくら様だ。確か城に1部屋もらったとかで、今こっちにいるんだよ」

「そうなのか? なら、ジェームズ、お前あの子と知り合いだったよな? 声かけてやれよ、なんか困ってそうな感じじゃねえか?」


 確かにさくら様はなにかそわそわしてる。そうだな、ここは声掛けるか。


「さくら様、このような場所でどうなされたのですか?」

「あ、ジェームズさん。おはようございます。え~っと、ポーションの件でロジャー将軍かデスモンドさんを探していたのですが」

「でしたらご案内致しますよ。我々はこれから訓練なのですが、デスモンド先生は教官の1人になります。ですので、訓練場にいると思いますから」

「ありがとうございます」


 そして、訓練場にいたデスモンド先生にさくら様を案内すると、俺達は戦闘訓練を開始した。






 そして午前中の訓練終了後、デスモンド先生に言われて俺達はさくら様の部屋へと向かうことになった。なんでも、さくら様が中ランクのポーションを樽で用意してくれたから、それを取りに行ってほしいとのことだ。


 正直午前中の訓練終わりってことで、早く飯食って休憩したいところだけど、デスモンド先生にはいつも世話になっているしな。俺は同僚達と一緒にさくら様の部屋へと向かう。


「ところでジェームズ。荷物運びは手伝うが、薬師様の相手は頼むぜ? 俺は見ての通り、女子供にゃ嫌われるからな」

「いや、さくら様はデスモンド先生との話の後に、出かけると言っていたらしい、ポーションの樽は部屋の前に置いてあるそうだ」


 この同僚は俺よりガタイがでかくて、何より顔に迫力がある。本人は子供好きらしいんだが、大抵の子供は泣いて逃げる。


「なら安心か?」

「ま、お前の顔面で泣かすことがないって意味では安心だな!」

「てめえ、言わせておけば」

「しっかし、すげえよなあの子。中級ポーションを樽でって、まじでありがたいぜ」

「ああ、まったくだな」


 そしてさくら様の部屋の前へと到着すると、樽が一つ置いてあった。


「この樽を運べばいいのかな?」

「だな。デスモンドさん充て、中ランクポーション樽ってこっちの紙に書いてあるし、間違いないだろ」


 さて、んじゃ持ってくか。見た感じ縦横30cmくらいの樽だな。ってことは、中身は10リットルくらいかな? ポーション瓶1本100mlだったから、これだけでポーション100本分ってことか、こりゃあ落とせねえな。


「んじゃ、サクッとデスモンド先生のところへ持って行って、昼飯にしようぜ」

「だな」


 そう言って持ち上げようとしたんだけど、なんだこれ? ピクリとも動かねえ! 10リットル樽って、中身込みでも20kgもないはずだろ? なんで持ち上がんねえんだよ!?


「おいジェームズ? 何やってんだ? もしかして、さっきの訓練でどこか痛めたのか?」

「いや、重くて持ち上がんねえだけだ」

「おいおい、何ギャグかましてんだよ。さっさと飯に行きたいんだ、早くしろ」


 いやいや、ギャグなんてかましてねえよ。マジで持ち上がらないんだってえの!


「んじゃお前が持ってみろよ。マジで重いんだよ!」

「んなバカなことあるかっての。どけ」


 俺は素直に譲ってやるが、からかってるわけでも演技してるわけでもないんだよ。いくらお前の方が力はあるとはいえ、これは持ち上がらんぞ?


「ぬ? う? ぬおおおお! ぜえ、ぜえ、ダ、ダメだ。少しくらいなら浮きそうな気もするが、とてもじゃねえが持ち上がらん。なんだこの重さ」

「あの~、こっちの紙にこんなこと書いてありますよ」

「「「「ん?」」」」

『空間魔法で内部が拡張してありますので、容量は500リットルくらいです。正確な容量はごめんなさい、分かりません』

「「「「は?」」」」


 500リットルってことは、500kgくらいか? ちょっと待て、いくらなんでも重すぎだろ!? ってか、むしろよく部屋から廊下まで運べたな!


 俺達は完全に無言になる。これは、想像よりだいぶキツイぞ?


「ここは、5人がかりでいくか?」

「いやいや、5人がかりでも1人あたり100kgだぞ? 落としちゃいけないことを考えると、だいぶキツイ! それに、この小ささだ。これを5人でってことは、訓練後の汗だく状態でお前らと密着するハメになる。ぜってえ嫌だ!」

「だが、デスモンド先生がわざわざ5人で飯の前に取りに行けって言ったってことは、5人で協力して持ってこいって意味じゃないのか?」

「く、それもそうだな」


 こんな汗だくの野郎共と密着とか、俺だって絶対にいやだが、仕方ないのか?


「まて、台車を借りてくるってのはどうだ?」


 台車か、良い考えかもしれないが、一つ問題があるな。


「そうだな、そうしよう。だが、一つ問題があるぞ? 階段をどうする?」

「それは・・・・・・、とりあえず階段まで行ってから考えるか?」

「・・・・・・だな」


 ダメだ、午前中の訓練のせいか頭もうまく回らん。まあ、まずは台車で階段まで行くか。


 俺達は台車を取ってくると、それにポーション樽を乗せようとする。


「おいてめえ、汗くせえんだよ。あんまり引っ付くな!」

「馬鹿野郎。密着せずにこのサイズの物を5人で持てるかっての。それともなんだ? 500kgもあるものを人数減らして持ち上げれるのか?」


 ダメだ。腹が減りすぎているせいもあって、どうしてもイライラしちまう。おまけに重すぎて台車に持ち上げることすら中々出来ねえ。




 その後、なんだかんだケンカしながらも、俺達は5人で協力してポーション樽を指定の場所まで運搬することに成功した。階段? 階段も汗臭いのをがまんして何とかクリアしたよ。


 5人の仲というか、連携が良くなって良かったんじゃないかって? ああ、俺もそう思うよ。とりあえず俺達5人は、もう2度とポーションの樽は運ばねえと、互いに誓いあったからな。



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