第20話 ボヌールさんの好きな魔法

 私とボヌールさんはギルドを出て、まさに風のごとき速さで中央門へと進んでいく。って言いたいところだったんだけど。


「ちょっと待てさくら、お前速すぎだ。こんなペースじゃ俺がバテる」


 この熊のおじさん、足が遅い。


『ボヌールさん、今は非常時ですよ。急ぎましょう』

「待てって言ってるだろうが。現役を退いてから、体力が落ちまくってんだよ。戦闘だけなら何とかなっても、戦場へ駆けつけ、駆けまわる体力が無いんだ。焦ってもいいことなんかねえし、ここは歩いて向かうぞ。そもそもこの鎧、重いせいで歩くだけで結構疲れるんだからな」


 うう〜ん、緊張感が無くて全然締まらない。


 ううん、違うのかも。これはもしかして、私が焦り過ぎだということを、ボヌールさんは態度で示してくれているのかも知れない。うん、きっとそうだ。ボヌールさんは元凄腕のハンターって言ってたし、初仕事で変にテンションの上がっている私に対して、ベテランハンターとして諭そうとしてくれているに違いない。ここは素直にアドバイスを受け入れよう。


 私は気持ちを落ち着かせ、ボヌールさんとのんびり歩く。


「そうそう、それでいいんだ。新人のうちは特に慎重に動くことが大事だ。失敗したっていいからがんがん経験を積むべきだった奴もいるが、世の中には一度の失敗が取り返しのつかない事になることも良くあるからな」


 私のカン大当たりだ。


『はい!』

「にしても、まだ春だってのに暑いな」


 それはたぶん、鎧のせいだと思います。だって、ついこないだ私が人間ボディでこの街に来た時、いつものキジトラ柄の迷彩服の上からお手製の服を着たけど、ちょうど良かったし。


「なあさくら、お前風か氷の魔法って使えないか? 現役の頃はパーティー内に魔法使いがいてな、そいつにいつも冷やしてもらってたんだよ。あ、これから戦闘だから、魔力に負担のかからない程度で使えたらでいいぞ」

『はい』


 私は両方とも使えるので、両方を併用して冷たい風をビュービュー熊さんにかけてあげる。大体エアコンの冷房全開くらいの強さかな? うん、この程度の魔法ならイージーにゃんこライフな魔力には何の影響も無いみたい。


「おお、なかなかいい冷たさと風量じゃねえか、サンキュー。あ、さくら、この風って追い風に出来るか?」

『はい』


 私は何気なく正面から風をビューってさせちゃったけど、確かに歩きながらなら追い風のほうがいいよね。


「おお~、サンキューサンキュー、いい感じだ。もしかして、温度は今くらいのままで、風だけもっと強く出来るか?」

『はい』


 私は追い風を強くする。


「もうちょいいけるか?」

『はい。徐々に強くしていきますので、丁度いいところで教えてください』


 私はどんどん風を強くする。


「おう、わかったぜ。いいねえいいねえ。どんどん強くなるじゃねえか。もっともっと頼むぜ~」

『はい』


 私はもっともっと強くする。


「おお〜、サンキューさくら。このくらいでいいぜ。でも、こいつはすげえな、勝手に体が前に行くぜ。これなら少しくらい走ってもいいかもな!」


 私は結局、台風並みの追い風をボヌールさんにかけた。


 何だろう、私の中のボヌールさんのイメージが、かっこいい熟練ハンターから、このやり取りだけで、ただの運動不足のおじさんへと変貌を遂げつつあるんだけど。


 私のそんな視線を知ってか知らずか、ボヌールさんは追い風パワーで少し速くなった足取りで、中央門へと走って行く。




 中央門に到着すると、そこにはハンターさん達が集まっていた。


「さくら、はぐれると面倒だ、肩乗れや」

『はい』


 私は迷子防止でボヌールさんの方に乗る。


 おお~、流石2m越えの大熊男ボヌールさんの肩だ。視線が高い! すると、私の目には丁度一人のハンターがこちらに走って来るのが見えた。


「おやっさん、その格好、もしかしておやっさんも出るんですか?」

「ああ、うちの新入りのさくらと一緒に、街道に溢れたっつうモンスター退治に今から行く予定だ。お前らも同じか?」

「はい、ここにいる連中はみんな同じですね」

「そうか、お前らも気を付けろよ。こういう時のモンスターは、思わぬ攻撃や連携を取ってくることがある」

「もちろん承知の上です!」

「そうか、ならいい。じゃあな、俺達は先行くぜ」

「はい!」


 強面が多いハンターにしては珍しく、爽やかな青年だ。私の魔法にも気付いたみたいだけど、ちょっと苦笑いしただけでスルーしてたし、ボヌールさんは良い人と知り合い見たいだね。


「うし、さくら行くぞ」

『はい』


 私とボヌールさんは門をくぐる。私は猫パス、ボヌールさんも妖精の国のハンターギルドの職員証を見せるだけであっさり通れた。門番さん達も状況を知っているようで、気を付けてくださいって言われちゃった。


「うっし、じゃあ西門の方へ移動して、そのまま西の街道を走るぜ!」

『はい!』


 私とボヌールさんは西へ向けて走る。速度は、え~と、機密事項です!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る