第18話 イーヅルーの街に迫る脅威

 湖の貴婦人という宿屋に泊まり始めて1週間、私は我の世の春を謳歌していた。けど、そろそろ限界をむかえていた。


「ひ、ま、だ~! 景色は良いし、ご飯は美味しいし、お部屋にも宿にも何一つ文句ないけど、ひ、ま、だ~!」


 日本にいたころなら、宿泊費は払ったから1か月高級ホテルでダラダラしてていいよ、なんて言われたら、きっと小躍りして大はしゃぎしてたと思う。そして、実際超楽しく過ごせてたと思う。でも、テレビも映画もゲームもインターネットもないこの世界だと、す~っごく暇だ。


 じゃあ、買い物でもしたら? って思うかもしれないけど、その選択肢はない。だって、お家がないんだもん。買ったところで今以上に荷物が増えるのは、物理的に困る。それに、超VIP待遇なのはありがたいんだけど、出かけようとすると馬車とお付きの人がもれなくセットでついてくるのは、超庶民の私にはストレスでしかなかった。だから私は、結局宿に引きこもるという悲しい生活を送っていた。


「はあ、子供みたいに宿の中を探検してみたけど、それも最初の二日で終わっちゃったし、これからどうしよう? こんなことなら妖精の国のハンターギルドの図書室で、人間の休日の過ごし方でも学んでおけばよかったかな」


 ようやく人間として生活出来そうだったのに、もうすでに私は猫としての生活が恋しくなってきていた。狩りして思いっきり動きたい! アオイやガーベラさん、熊さんに会いたい!


「もういいや、ここは猫になって、久しぶりに思いっきり狩りをして、その後妖精の国のハンターギルドに遊びに行こう! 問題はどうやって行くかよね。フロントからどうどうと外出すると、もれなく馬車とお付きの人が来そうだし。ここは、ドアの外に開けないでくださいの札を出しておいて、窓から出てけばいいかな? うん、そうしよう」


 ぽふん!


 私は猫の姿になると、服をクローゼットに閉まって、隠蔽系の魔法を自身にかけてから、窓を開けて飛び出す。あ、でも開けっ放しはダメだと思うから、サイコキネシスでちゃんと閉めておく。


 さあ、このまま一気に北の崖の上の私の拠点まで戻って、思いっきり狩りをするぞ~! お~! 


 私は空中を北に向けて全力で走る。もういちいち降りてなんていられない。きっと隠蔽系の魔法を発動させっぱなしにすれば、猫ボディは小さいし、見つからないはずだ。


 街の上空を走ると、あっさり門の上空を飛び越え、北の森に入る、そして、小1時間どころか、30分くらいであっさり私の拠点に到着する。


 ああ、桜の木よ、湧き水の池よ、私の拠点よ。浮気しててごめんね。でも、私はちゃんと帰ってきたからね。


 そうだ、荷物の確認もしよう。うん、ガーベラさんから貸してもらったバッグも大丈夫だし、ポーションたちもみんな無事だね。


 荷物の無事を確認した私は思いっきり狩りをする。ただひたすらに、猫の、肉食獣の持つ狩猟本能そのままに次々と獲物を見つけ、倒し、そして食べていく。


「みいい~、ぎゃああ~!」


 どのくらいの時間がたっただろうか? ガーベラさんから買った調味料はもう無い、とっくに使い果たしていた。時間も、満腹感も忘れ、私は狩り、食べ続ける。何日たったのか、何食食べたのかさえわからない。ただ、心行くまで狩りを楽しんだ私の拠点には、こんもり小山が出来るくらいの戦利品がたまっていた。


 ちょっと張り切って狩りすぎたかもしれないね。とりあえず爪とか牙だけ集めてたけど、ずいぶんたまっちゃった。ここは、やっぱり妖精の国のハンターギルドへ行くべきだね!


 でも、ガーベラさんから借りてるこの魔法のバッグは、中が魔法で拡張されているとはいえ、1m四方の大きさしか無いんだよね。


 う~ん、何も全部持っていくことはないよね。ここは、入る分だけ入れて持っていこう。それと、ポーションも1すり鉢、1リットル分持ってこっと。


 私は荷物をまとめると、意気揚々と街へと帰る。ううん、行く! 私の帰る場所は桜の木と湧き水の池のある、私の拠点ともう心に決めているからね。


 たっぷり狩りをして、にゃんこパラダイスな妖精の国のハンターギルドへ行く。なんだろう、これこそがこの世界での私の幸せなのかもしれない! 気分も高揚してるし、きっと間違いない!




 私が小一時間かけてルンルン気分で街に行くと、何やら慌ただしい様子だった。門の上では兵隊さん達が大砲をいじっているし、街に出入りする商人さん達も、どこか慌ててる。それに、東門の外には、軍人さん達が隊列を組んで並んでいた。


 私はそんな軍人さん達を見ながら、とことこ門へと歩いていくと、いつもの門番さんことジェームズさんが大声で私を呼ぶ。


「アオイのガールフレンド~!」


 私はちょっと駆け足でジェームズさんの元へと向かう。


「お前も俺の言葉わかるよな? 俺じゃあまともに会話出来ねえから、急いで妖精の国のハンターギルドへ行ってくれ。今この街はちょっとやばいことになってるんだ」


 私はジェームズさんの言葉に頷くと、大急ぎで妖精の国のハンターギルドへ向かう。するとそこには、ガーベラさん、ボヌールさん、私に朝食の干し肉のことを教えてくれたペルシャさんと、コックさんの恰好の人がいた。


『こんにちは~』

「さくらちゃん!? ああ、良かった、無事だったのね。さくらちゃんの街の外の拠点を知らなかったから、ここのところペルちゃんに探してもらってたのよ。本当に無事でよかったわ」

『無事で何よりですわ』

「がっはっは! 俺は無事だって信じてたぜ! あんな奇麗に獲物を仕留められる奴が、そう簡単にやられないってな!」

「僕も心配しましたよ。ああ、直接顔を合わせるのは初めてでしたね。僕はここの料理人です。細かな自己紹介はまた今度ゆっくりとしましょうか。とりあえず、干し肉でもどうぞ」

『ありがとうございます』


 ガーベラさんだけじゃなく、ペルシャさんやボヌールさん、料理人さんまで心配してくれてたみたいだ。みんな優しいね。それと、やっぱり料理人さんの干し肉は美味しい。香辛料が無くなっちゃって、ここのところ生肉ばっかり食べてたから、なおのこと美味しさが身に染みる。


「さくらちゃん、干し肉はかじっていてもいいけど、今から大事な話をするから、ちゃんと聞いてね」

『はい!』

「今この街はモンスターの襲撃の危機にさらされているの。この街の東の山にミノタウロスっていう牛の頭を持つ2足歩行モンスターがいるのだけど、それがこちらに侵攻して来ていることがわかったの。だから、しばらくの間、街の外への外出は控えてほしいの」

『はい!』


 私は元気よくはいと答える。一瞬牛肉!? って思っちゃったのは、ここのところの狩りのせいだと思いたい。


 本来の私は日本の知識をも持つ、常識を持った賢い猫だ。君子危うきに近寄らずっていうことわざが日本にはあったし、危険と思われているモンスター相手に近づこうとは思わない。


「今、敵の規模をはじめ、いつぐらいにこの街に来るのかを他の子達が調べているの。さくらちゃんは危険だから街から出ないでね」

『はい!』

「ガーベラ、それなら例の件をさくらに任せたらどうだ? 街の中央から西を担当してもらう分には、危険はないだろ?」

「それもいいかもしれないわね。さくらちゃん、もしあなたがよかったらなんだけど、とある事件の調査をしてほしいの」

『事件の調査ですか?』


 おお~、事件の捜査! ちょっと楽しそう! このイージーにゃんこライフヘッドなら、名探偵さくらが出来るかもしれないしね!


「ええ、2週間ちょっと前にこの街に来た、腕のいい人間の薬師が、1週間以上行方不明らしいの。何でも、湖の貴婦人っていう名前のこの街最高の宿屋から、突如姿が消えたそうなのよ。服や剣を部屋に置いたままね」


 流石はイージーにゃんこライフヘッド、事件を聞いただけで解決出来てしまった! って、そんなこと言ってる場合じゃない。


 え~っとそのう、何と言いますでしょうか。そうだよね、開けないでって札を下げてても、1週間以上部屋から出てこなかったら、確認くらいするよね・・・・・・。


 どうしよう、ピンチすぎる! キジトラさん。お願いだから私に解決策を伝授してください!



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