第15話 湖の貴婦人

 バーナードさんと別れ、ジェームズさんに案内してもらって再び外に出ると、そこには1台の馬車が止まっていた。


「さくら様、こちらの馬車でご案内いたします」

「ありがとうございます」


 ジェームズさんは紳士な感じで渡しを馬車に乗せてくれる。馬車は外で見かけた商人さんの使ってたような馬車じゃなくて、もっとこう、華やかな感じの馬車だった。


 私が馬車に乗り込むと、ジェームズさんは馬車の後ろに回って、私の乗る箱の後ろに立つ。そして、ジェームズさんが私の乗る箱の前に座っている御者さんに合図を送ると、ゆったりと馬車が動き出した。


「さくら様、今回ご案内させていただく宿屋、湖の貴婦人は、このイーヅルーの街一番の宿屋になります。内部の設備等、考えられる最上の宿になっておりますので、ごゆっくりと旅の疲れを癒してください」

「はい、ありがとうございます」


 馬車は西門から壁沿いの道を通って中央門に行くと、中央門から伸びる大きな通りを南に進んでいく。


 ジェームズさんが街を紹介してくれるので、私もその話に耳を傾けながら街を眺める。


 流石はこの街のメイン通りね。人が多くって賑やかだ。ただ、街を歩いている人の半分くらいは普通の街の人っていう装いなんだけど、残りの半分は軍人さんとか、ハンターさんのようね。軍人さんもハンターさんも、ごっついボディに、鋭い目つきの人が多いから、ちょっと怖い。しかも、なんかみんなこっちを見てる気がするんだけど、気のせいよね?


「この噴水広場が、この街の丁度中心になります。本日の宿であります、湖の貴婦人はもうすぐ見えてまいります」

「はい」


 さらに少し南にいくと、中央通りの西側に、どど~ん! っと大きな建物が現れた。何で出来ているのかわからないけど、外壁は真っ白で、上を見ればバルコニーも何個もある。しかも、そこには大きなガラスな扉が付いており、中にはレースのカーテンがひらひらと舞っているのが見えた。


「あ、あの、ジェームズさん。ここに泊まるのですか?」

「はい。この街一番の宿になります」


 ダ、ダメ、ダメよこの宿は、だって、場違い感が半端じゃない。そこのバルコニーにいる女の人がジェームズさんの目には入らなかったの? どこぞのお姫様かなっていうくらい、人も服もきれいよ。対して私は中身もだけど、服も仕立てこそ猫魔法のおかげでかなりいいと思うけど、デザインはこれぞ庶民っていう感じの服だ。超一流のホテルに、庶民の格好で行けとか、罰ゲームにもほどがある。


「あの、ジェームズさん、私はこの服しか持ち合わせておりませんし、あの宿屋は場違いだと思いますので、もう少し庶民的な宿にしていただければありがたいのですが」

「いえ、さくら様の服装で問題ありません。あそこのバルコニーにいるご令嬢のことでしたらお気になさらず。中に入っていただければわかりますが、湖の貴婦人を利用するのは、高ランクの軍人かハンターが多いため、ああいった格好のご令嬢の方が少ないのです」

「わ、わかりました」


 そうだ、本の知識を思い出せ私! この街はあくまでも対モンスター用の防衛拠点だ。あんなご令嬢がたくさんいるわけないじゃない!


「ちなみにあのバルコニーにいらっしゃるご令嬢も、街ではあのような格好をしておりますが、普段は高ランクのハンターとして活動しているご令嬢です。今はぱっと見華やかな見た目ですが、スカートの下等、何を隠し持っているかわかりませんよ。ちなみに私の同僚は、街で見かけたあのご令嬢にちょっとしつこくナンパをして、思いっきりぶっ飛ばされてましたね」

「そ、そうなんですね・・・・・・」


 流石は防衛拠点の街。きれいな花に付いているトゲも、かなりのするどさなのね。


「一つご忠告させてください。この街には各門から3つの大きな道が南に伸びているのですが、この中央通りより東にはあまり近づかない方がよろしいかと思います」

「治安が悪いのですか?」

「いえ、この街は軍人の数が多いこともあり、治安はかなりいいです。夜間の外出も、基本は問題ないと思ってください。ただ、さくら様の場合、その、身長等の関係もあり、外見年齢がかなり若く見えることから、場合によっては警備隊に保護される可能性はありますが、その程度です」


 そういえばこの街の人って、基本みんな大きいんだった。私の背と日本でも童顔系のこの顔じゃ、子供に見られるのもやむなしなのかな・・・・・・。


「では、東に近づかない方がいい理由というのは?」

「はい、東側はこの街の中でも特に軍事関連の施設が多く集まっているエリアになります。その中には、軍の連絡通路指定されている道路もあり、街の外で何かトラブルがあった際には、騎馬などがかなりの速度で道を走ることがあるのです。長く住んでいる者にとっては大した問題ではないのですが、慣れていないとかなり危険ですので」

「わかりました」

「丁度着いたみたいですね」


 馬車は高級なホテルの入口にありそうな、円形の停車場みたいなところにとまる。こういうの、なんて言うんだっけ? アメリカの白いお家にもあったよね、ニュースで見た覚えがある。でも、名前は思い出せないね。


「さくら様、ご案内いたします」

「はい」


 私はジェームズさんに手を借りて、馬車を降りる。私はどんな宿なのか、少し楽しみにしつつも、若干気後れしていたけど、馬車を降りた瞬間に入り口に出迎えてくれていた従業員さん達を見て、もうパンク寸前だ。


 そんな従業員さん達の中をジェームズさんと一緒に少し歩くと、すっごく品の良さそうな人が挨拶しに来てくれた。


「ようこそおいで下さいましたさくら様。わたくし、当宿屋のオーナーのジュディと申します。従業員一同誠心誠意おもてなしさせていただきますので、どうぞごゆるりとお楽しみください」

「さくらと申します。よろしくお願いいたします」

「ご丁寧にありがとうございます。さくら様は街に到着したばかりだと伺っております。まずはお部屋にご案内いたしますね」

「あの、宿泊代は」


 ギルドの空き部屋がただだったから、ついつい忘れちゃってたけど、私、ほぼ無一文なんだよね。この間アオイと取った角ウサギのお金は、もうほとんど残ってないし、バーナードさんから前金っていうのをもらったけど、中身を見てないから、凄く不安だ。


「お代は警備隊のバーナード様から1月分頂いておりますので、お気になさらないでください」

「え?」


 デュディさんがそんなことを言うけど、私は聞いてない。私は思わずジェームズさんを見ると、ジェームズさんも。


「さくら様、こちらの都合で支払いを待っていただいているのです。このくらいはさせてください」


 なんてことを言いだした。ここは、素直に受け取っておくしかないんだよね? 本さん。私は本さんを信じますよ?


「あの、ありがとうございます」


 とりあえず好意はそのまま受け取って、ジュディさんに案内されるままについて行くと、そこはオーシャンビューの凄い良いお部屋だった。すごいここ、バルコニーから湖が一望できる。すっごいいい景色だ。あれ? オーシャンって海だよね? ここは湖だけど、何ビューっていうんだろ?


「お気に召していただけたでしょうか? レイクスールガーを一望できる、当宿最高のお部屋になります」


 伊豆半島に駿河湾って、本当に静岡県っぽい名前ね。そんな風にちょっとだけ現実逃避をする。


「あの、私には十分すぎるお部屋です」

「お気に召していただけたようでなによりです。では、当宿のご説明をさせていただきますね」


 ジュディさんは簡単にこの宿のことを教えてくれると、部屋を出ていく。同じタイミングで、荷物をわざわざ部屋まで運んでくれたジェームズさんも出て行った。私も二人にお礼を言って見送る。そして。


「はあ~」


 一人になった私は、ついついため息をついてしまう。薬師はこの国や街では重宝されるっていう、本の情報に乗っかってみたけど、まさかここまでの待遇になるなんてちょっと想定外ね。蔑ろにされるよりはずっといいのは間違いないんだけど、身の丈に合わない扱いをされるっていうのは、こんなにも疲れることだったなんて、思いもしなかった。



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