第21話 ヒロイン、『豊穣感謝祭』に参加する【後編】



 そんな美しすぎるド級イケメン王にエスコートされ、わたしが連れられてきたのは城の中のダンスホール。

 他の領地の王たちに一人一人挨拶して、学園の偉い人、国の有力者……大体百人近くと言葉を交わした。

 まあ、ほとんど内容は覚えていないけど!

 いかにも政務、という感じだわ〜。

 そのあとは昼食。

 以前のようにダンスホール二階の観覧席のようなところで、二人きりで! 食事をした。

 前回のコルセット付きドレスとは違い、感謝祭の衣装は民族衣装感が強いのでガッチガッチではない。

 クロエ様との久しぶりの会話も楽しくて、それなりに食べてしまった。


「!」


 そして、その最中ダンスホールに感謝祭衣装の二人の少女を見つける。

 リルちゃんとローゼンリーゼだ。

 どうやらリルちゃんは、ローゼンリーゼに衣装を着せて『豊穣感謝祭』に参加する事に成功したらしい。

 わたしが二階でクロエ様と食事しているのに気がつくと、笑顔で手を振ってくれる。

 マジ、リルちゃんガチ天使。

 手を振り返すとローゼンリーゼもわたしに気がつく。

 ものすごい顔で睨まれた。

 いやいや、わたし貴女の邪魔、ミリ単位でしてないから。

 逆恨みもいいところだから、マジで!


「あの娘……」


 ほら見た事か!

 普段の行いのせいだろう、クロエ様が盛大に顔をしかめた。

 ああ、まずいなー……このままでは色々まずい。

 仕方ない、少しだけフォローを入れておこう。


「あ、えーと……最近鍛錬をとても頑張っているそうですね、彼女」

「ああ、あんな実力では、国に手ぶらで帰るようなものだろうからな」

「…………」


 きっびしーぃ……。


「そんな事よりも!」


 正規ヒロイン『そんな事』扱い。


「食事のあとは町に行ってみるか」

「え、町に?」

「城下町の広場ではここのような堅苦しい空気ではない。普段食べられない肉料理が出店でたくさん出ている!」


 また肉かぁ……。

 昼食もなかなかの肉率だったけど。

 いや、確かに出店の串焼きは美味しいけどね?

 人間種のお腹は肉だけ食べてもこう、脂的なアレとかソレとかが胃にドッと……。


「でもあの、王様が気軽に町に行ってもいいんですか?」

「もちろん。『豊穣感謝祭』の日はすべての者が無礼講だ!」

「…………」


 クロエ様、普段から邪樹伐採に出かけてるし、今更だな。

 溜息をついたわたしを「食べすぎたか?」と少し見当違いに心配して、しかし、手を繋いでエスコートはしっかりとしてくださる。

 お城を出て、門をくぐって、城下町に降りるとそこは普段とはまったく別世界のよう。

 色取り取り、形も様々な旗が吊るされ、花が舞い散り、美味しそうな匂いで満ちている。

 子どもたちはトマトを投げ合い、大人たちはカボチャを素手で割り砕く。

 みかんやぶどうを樽の中で踏んづけて液状になるまで踊りって絞り、そのジュースが無料で振る舞われていた。

 酒が酌み交わされ、笑い声と音楽があちこちに響き、みんなが笑顔で挨拶している。

 わたしの知る城下町の、何倍も活気があった。


「わあ……!」

「普段とはまるで違うだろう?」

「はい!」


 なにしろここは獣人の国!

 見える世界は本当に……ああ、今更だけど本当に異世界だ!

 すごい、すごい!

 体が勝手に踊り出しそう!


「そういえばお前は人間だが、平気なんだったな」

「え?」

「踊るのに邪魔だ」

「へ!?」


 普段は学園の生徒……人間族の留学生が歩き回っているからだろう。

 つけていたペンダントを、クロエ様は外した。

 それをケースに入れ、ポシェットにしまい、わたしの手を取る。

 そういえば、クロエ様は人間アレルギー。

 わたしと手を繋いでもアレルギー症状は出なかった。

 わたしに『祝福』の才能があったためだと聞いたけれど、それでもペンダントは大切な保険のはずだ。

 祭りの中、留学生が混じっているとも限らない町の中。

 それを外すなんて、と思ったけれど……この人元々国内で『人間アレルギー対策』なんていらないのよね。

 町の中は獣人しかいないし、わたしはアレルギー反応が出ないから……ペンダントをとっても平気?


「踊るぞ、ルナ」

「わっ」


 耳がピーン、尻尾が左右にふりふりしていて、まあなんとも嬉しそう。

 ぴょん、ぴょんと適当なステップを踏みながら、適当に回転してわたしを振り回す。

 ああ、確かにこんな激しさでぴょこぴょこ踊ってたらペンダントがわたしにぶつかっていたかも。

 手を繋ぎ、笑いながら……。

 こんなクロエ様、初めて見た。

 ああ、でも、きっとこれが本来のクロエ様。

 好奇心旺盛で、遊び好き。

『白狼王』なんて呼ばれてるけど、今のクロエ様はただの狼の獣人。

 広場で踊って、踊り疲れたら水路の横の……アンリと和解した場所で少し休む。

 配られていたジュースを飲んで、また踊って、時々歌まで歌って……夕方までそうして楽しんだ。


「ああ、疲れた……!」

「やはり『豊穣感謝祭』はこうでなければならんなぁ!」


 何度目かの休憩!

 本当に体力全部出し切った!

 ジュースを飲みながら夕焼けを眺める。

 疲れたけどあっという間だった。

 さすがに体力を使い果たす前に、帰らないと……。


「そろそろ帰りませんか? 帰る体力までなくなりそうです」

「そうか? まあ、そうだな。……では、そろそろ髪飾りの花を俺に贈る決心がついたか?」

「ん?」


 なんてぇ?

 そ、そして顔が……顔が近い!

 ド級イケメンのふつくしい顔が! 美貌が!


「ど、どういう意味ですか……」

「ミールームから聞いていないのか?」

「……え、えっと……」


 髪飾りの事なら聞いた。

 花束が二つ括られたようなこの髪飾りは、花束の一つを意中の相手に渡し、相手がそれを胸ポケットに刺すと『両思い』になる。

 それで婚約が成立した事になるんだとか……。

 つまり、わたしがこの髪飾りの花束の片方をクロエ様に渡せば、それは——!


「え、えっと、あの、その……」

「他に渡したい相手でもいるのか?」

「……い、いません、けど……」


 心の準備というものが!

 あるんですよっ!


「…………。渡したら、受け取ってくれるんですか……」


 絞り出すように、少し卑怯な聞き方をした。

 恥ずかしくて顔が見れない。


「おかしな事を」


 影が差す。

 周囲の温度が……いや、わたしの中の温度も、上がったような気がした。

 張り詰めているようで、それでいてどこかとても熱い。


「欲しいから寄越せという意味で持ちかけたのは俺だぞ」

「……っ……」


 確かに。

「贈る決心はついたか」、なんて……ほとんど「寄越せ」と同義だ。

 ベンチの背もたれに腕を置いたクロエ様の近さと言ったら、未だかつてない近さではないだろうか。

 こんなに近づかれて、覗き込まれていたら……身動きが取れません!


「す、す、少し離れてください。今、髪飾りを外しますから」

「むう」


 体が変に震えてしまう。

 これは、イベント?

 でも、この気持ちは少なくともわたしのものだ。

 この世界の人たちはゲームの中かもしれないけど、生きてる事に間違いない。

 わたしも生きている。

 クロエ様も生きている……心がある。

 その心でわたしに髪飾りをねだってくれた。

 わたしは——……。


「クロエ様……本当にいいんですか」

「ん?」

「わたしは……『風蒼国』で下級貴族でした。なのに、とても傲慢で、バカで、手がつけられないくらい調子に乗って……ちょっと前のローゼンリーゼのような振る舞いをしていました」


 懺悔に近い。

 こんなわたしが、貴方を好きになっていいのでしょうか。

 貴方に好きになってもらえるのでしょうか。

 幸せになっても、望んでも……本当に——。


「そりゃ、少し前の、そうなる前の自分はとても我慢ばかりしていて、自分を抑えつけて抑えつけて……自分がなんなのかさえ分からない生き方をしていましたけど。でも、わたしが『風蒼国』の学園でアンリミリア嬢にやった事は……たとえ彼女が許してくれた今でも、自分では許せないほどひどい事だったと、思います」


 あまりにも対照的な二つの人生。

 わたしは、多分……根本的にバカなのだ。

 それはわたしがわたしである以上変わらない気がする。

 また間違えるかもしれない。

 どちらの人生も、とても後悔してあるけれど……。


「…………クロエ様……わたしはとても、愚かでバカな人間です。きっと一人で生きていった方が、いい人間です。誰かと寄り添って歩いて生きていく事が、出来ないダメダメ人間です……」


 手のひらに載った髪飾り。

 二つの小さな花束を、括ったそれを……二つに割って、片方を贈る。

 貴方が欲しいと言ってくれた『人生かたほう』は、とてもとても、愚かでバカなのです。


「こんなわたしでも、本当に——」


 見上げる。

 きっと涙でぐちゃぐちゃになっているだろう。

 汚い顔を見せるのは、恥ずかしいけど。

 でも、その時にわたしの手の中の髪飾りはあっさり奪われた。

 そして、クロエ様はそれを……胸ポケットに入れてしまう。

 二つの花束が、割られる事もなく。


「?」

「侮るな。俺は王だぞ。誰かと寄り添う事が出来ない人間ならば、その人生まるごと抱えてやろう」

「……クロエ様……」

「ルナがまた間違えるようなら俺が正してやる。なんの問題もない」


 どうして、と熱くて詰まる喉から絞り出す。

 どうして、そんなふうに言ってくれるんですか。

 どうして、わたしなんかを、そこまで——。


「どうして? まさか、バレていないと思っているのか?」

「?」

「本当に気づいていなかったのか」


 少しキョトンと……それから意外そうな顔をされた。

 そのあと抱き締められる。

 ヒッ、と喉が引きつった。

 驚きすぎて、仕方ない。


「お前が『浄化』して『祝福』した魔剣には、お前の想いが込められていた。剣を振るう度に流れ込んでくるその想い。……無事に帰ってこい、と」

「!」

「それがどれほど嬉しく、心強かったか分かるか? お前が隣にいて、共にいてくれているようで……。だから、この先も俺は……ルナリーゼ・フォトン……お前と共に、歩んでいきたい」

「…………」


 言葉が出ない。

 どういう感情なのか、自分でもよく分からない。

 涙が止まらないし、体はとにかく熱いし、でも、多分……嬉しかったのだと思う。

 クロエ様の背中に手を回して、ひゃっくりをあげながら……縋った。

 こんなわたしを、許してくれる人がいる。

 こんな愚かで、バカで、しょうもない人間を。

 ありがとうございます。

 そう、世界中に、叫びたい。


「っ……!」


 胸の奥が熱く……溢れる。

 ずっとこの方のために、祈りたい。


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