第20話 ヒロイン、『豊穣感謝祭』に参加する【前編】


 …………って、いうか!


「マジで魔石浄化やべー!」

「本当ね! 今回はもう、なんか、もう!」


 終わらない!

 本当に! まったく! 浄化が終わる気配がしぬぇええぇ!

 ミールームさんに手伝ってもらいつつ、リルちゃんが食堂からお弁当を運んできてくれるのにどちゃくそ感謝しまくりながら本日も『浄化』だけで一日が終わった。

 これ、ちょっとまずくない?

 本当に秋の後期になっちゃったよ!

『豊穣感謝祭』は……明日!


「まさか本当に『豊穣感謝祭』をお断りする事になるなんて」

「行ってきたらいいじゃない。一日水に浸しておくのも手よ?」

「それ、なんにも変化ありませんでしたよね?」

「ま、まあね。基本浄化は洗浄と『祝福』以外に効果はないもの……。洗浄に至ってはもう終わってるし」


 何回も洗浄は繰り返している。

 石の中身……『穢れ』が半端ない!

 こんなにも大きさに比例するとは思わなかった。

 というか、今回の魔石はきちんと毎日『祝福』で浄化してても翌日には『穢れ』が増えているみたいだ。

 そのくらい、この魔石の『穢れ』の量はすさまじい。


「お祭りを楽しんで、アナタ自身がリフレッシュすれば『祝福』の力も増すんじゃないかしら?」

「……そ、そうですかぁ?」

「最近ずっと気を張ってるみたいだもの。なにか悩みがあるんじゃないの、って聞いても、話してくれないし」

「いや、別に悩みなんかありませんよ〜」


 ははは。

 ……と、一応笑ってごまかす。


「なんにしても、『豊穣感謝祭』はアタシも休みが欲しいからアナタも休みなさい」

「ぐっ! ……そうですね……せっかくのお祭りですものね」

「そーよそーよ!」


 そう言われると、了承するしかないよね。

 ローゼンリーゼはあの日……クロエ様に直談判でついて行った邪樹の伐採戦、まるで役に立たなかったらしい。

 それ以降、わたしはカボチャの作業場にほとんどこもっているからどうしているのかは分からないんだけど……リルちゃんの話だと、最近はずっと訓練に明け暮れているようだ。

 実戦でなんの成果も出せず、現実を思い知った、とかならいいのだけど……正直時期的に考えてもほんっと今更すぎて、間に合うのかがマジで心配!

 なぜなら明日の『豊穣感謝祭』の告白イベントで、攻略対象と両思いにならなければ『星祝福ステラ』が手に入らない!

 どうなの?

 大丈夫なの?

 わたしは言われた通り邪魔しなかったわよ?

 あれだけ大口叩いて、啖呵切ってたんだからちゃんと攻略対象の好感度はあげてるんでしょうねぇ!?

 時期的に考えてクロエ様とジルレオン様は絶対無理だと思うけど!

 せめて、せめて他の王様たちとは仲良くなっているんでしょうねえええぇっ!?


「そういえば、アナタちゃんと『豊穣感謝祭』用の髪飾り持っているの?」

「はい?」

「ああ、やっぱり知らないのね。この国では『豊穣感謝祭』には髪飾りを買うのよ。それをつけて、意中の相手とダンスを踊る。ダンスのあとに髪飾りを半分にして相手に手渡し、相手がそれを受け取って胸のポケットに刺したら婚約成立になるの!」

「は……? はあ……」


 あ、そうか……告白イベントだからそういう習わしみたいなのがあるのか。

 なるほどなるほど……な……。


「はあ、じゃないわよ。仕方ないわね」

「ミールームさん?」

「はい!」


 ミールームさんがトタタタ、と自室に戻り、すぐに戻ってくる。

 その手には愛らしい花飾り……って、え?


「まさか……」

「この二つの花束が一つに括られてるのが『豊穣感謝祭』の髪飾りよ! 明日はこれをつけてクロエリード陛下にアタック! よ!」


 アタックとか死語!

 ……じゃ、なくて!


「そ、そんな困ります、わたし——!」

「ちゃんと!」

「!」

「……仕事もいいけど、ちゃんと人生この先の事も考えなさい! 言っておくけど、アンタも、クロエリード陛下も! ……バレバレなんだからね!」

「…………。……ェ……?」


 バ、バレバレ、とは?

 あまり聞き返してはいけないような……?

 しかし聞き返さなければいけないような?


「誰になんの遠慮してるか知らないけど、見てるこっちがイライラするから!」

「え、ええっ!?」

「だから明日、ちゃんと自分の気持ちを伝えてくるのよ!」

「…………」


 そ、なっ、え、はっ、ちょ、なん、バ……!


「……、……っ、……は、はい!」

「よし!」


 バレバレ……バレバレかぁ!

 ……でも、クロエ様も……? クロエ様もバレバレ? それって、それって……!


「…………」


 わたしもまた、このゲームで攻略対象と結ばれる結末がある。

 てっきり当て馬になるだけで、エンディングに結末すら出ないだけだと思っていた。

 でも、アンリは『ある』と言ってくれたんだ。

 わたしは望んでもいいだろうか?

 いや、ミールームさんに「人生を考えろ」と言われてしまった。

 わたしには、わたしの人生を心配してくれている人がいるのだ。

 親にも手紙は出した。

 返事はまだないし、返事が来るかも分からない。

 それでも、ここまで育ててくれた両親、わたしを信じて仲直りしてくれたアンリ、そして仕事面で支えてくれているミールームさん……他にも、冒険者時代にお世話してくれたマーサさんや、ギルドの人たち……みんながいたからここまで来れた。

 わたしは……わたしは前世、自分を殺しすぎた。

 心も、命も……。

 そして今世は、自分に正直に生きすぎて失敗した。

 その間がまだよく分からない。

 でも少なくとも、以前ほど愚かではないはずだ。

 今の自分を信じて……クロエ様に、好きだと言おう。


「がんばります」

「がんばりなさい!」


 それでダメなら、仕方ない!

 翌日!

 ……『豊穣感謝祭』当日である。

 うーん、昨日クロエ様に告白する! ……と、決めたはいいけれど……それってわたしの中の決着であり、ゲームのシナリオ的には微妙なのよね。

 とりあえずミールームさんが用意してくれていた『豊穣感謝祭』用の衣装を纏い、お城の中を歩いてみる。

 学生たちは女子も男子も、みんな『豊穣感謝祭』用の衣装だ。

 その中で一人、制服姿の女子を発見。

 ローゼンリーゼだ。


「……あちゃあ……やっぱりかぁ……」


 実はアンリ情報によると、ローゼンリーゼの衣装はその時もっとも好感度の高い攻略対象から贈られるものらしい。

 それが贈られていない……という事は……『ノーマルエンディング』または……『死亡エンディング』。

『ノーマルエンディング』ならまだいい。

 戦闘レベルがマックス近く、『星祝福ステラ』がなくとも物理で! 一人で! そう単独で! 『大災禍樹』をへし折れる!

 乙女ゲームとしては一番いかがなものかと思うエンディングだけど、まあ、死ぬ事はない……誰も……。

 しかし、戦闘レベルが足りなければ待っているのは『死亡エンディング』だ。

 いわゆる最低最悪のバッドエンド。

 ローゼンリーゼは『死亡エンディング』がある事に驚いていたように思う。

 もしかしなくても、本当に知らなかったんじゃ……。

 今からレベル上げしてなんとかなるものなのだろうか?

 少なくとも『豊穣感謝祭』用の衣装を誰からも贈られていない時点で……戦闘レベルを上げまくる以外に彼女に『生存』の道がない。


「だから言ったのに……」


 柱の影に隠れて呟く。

 木剣を携えて、どこか憔悴した様子で鍛錬所に向かおうとしているローゼンリーゼ。

 あー、なんかちょっと可哀想。

 しかし、どうしたらいいのだろう?


「ルナリーゼ、どうしたよ?」

「あ、リル」


 柱の影でうんうん唸っていたら、リルが現れた。

 おや? リルも制服だな?


「リルは『豊穣感謝祭』に行かないの?」

「えーと、行く。行くけど、ローゼンリーゼを迎えに行くんよ」

「え?」

「ローゼンリーゼ、最近鍛錬、がんばりすぎだと思うよ。リル、ローゼンリーゼが頑張ってるの知ってるよ。偉いと思うよ。でも、ずっと独り」

「…………」


 ローゼンリーゼは相変わらずなのか。

 でも、最近は訓練がんばりすぎ……ね。

 まあ、命懸かってるし仕方ないよ。

 今から追い上げなきゃマジで『死亡エンディング』まっしぐらだもん。


「だから、リル声かけるよ」

「!」

「一緒に『豊穣感謝祭』行こうって、言いに行くよ。ルナリーゼも、来る?」

「リルちゃん……」


 は? 天使かな?

 天使かな? 天使かなーーーー!?

 ちょ、おまっ、ローゼンリーゼ! こんな可愛くて優しい子! 他にいねーぞ、こら!

 マジか! マジかこの正規ライバル役!

 天使じゃないのーーー!?


「う、ううん、わたしが行くと……口喧嘩になりそうだから……」

「そう? 分かった。じゃあリル行くよ。会場で会えたらいいよ」

「うん、そうだね」


 そう言って手を振り、別れる。

 本当、今顔を合わせたら喧嘩になる事間違いなしだよ。

 あんな喧嘩別れして、結局攻略対象の誰からも衣装を贈られなかったヒロイン。

 あとは戦闘レベルを上げて、生き延びる事を最優先させるしかない。

 今の彼女に会ったら、わたしのせいにされるのだろうか?

 それとも、反省して現実を直視した彼女と向き合えるのだろうか?

 とりあえず木剣持ってて危ない子と一人で対峙する度胸はない!

 ……ので、今日は自分の事を最優先に考えよう。

 これで一つの答えは……出てしまったのだから。


「……あ、マークスさん」

「おお! これはルナリーゼ様! なんと、祭りの衣装、とてもよくお似合いです!」

「ありがとうございます」


 クロエ様の執務室近くに行くと、マークスさんに遭遇。

 相変わらずモフ可愛い!

 じゃ、なくて……はっ! そ、そういえば!


「あの、実は前日陛下に『豊穣感謝祭』を一緒に回らないかとお誘い頂いて……お返事を保留にしていたんですが……」

「おや? そうだったのですか?」

「はい、でも……今日はミールームさんも祭りを楽しみたいという事で……魔石の『浄化』は終わっていないんですけどあのー……」

「いえ、そうではなくて……」

「?」


 クロエ様に「参加します」というお返事を、わたしはしていなかったのだ。

 それを思い出して、執務室に実質突撃してしまったのだと悟る。

 慌てて取り繕うもの色々も遅い。

 恥ずかしい! 帰ろうかな!

 そんな風に思っていた時だ。


「俺の贈った衣装を纏って、俺のところまで来たのなら、それは十分すぎる答えだろう」

「!」

「よく似合っている、ルナ」


 言葉が、詰まる。

 いや、なんというか、長く編み込まれた銀の髪と、金の瞳……白い衣。

 幻想的とさえ映るその姿に、わたしの語彙力が死んだ。

 今なにか突っ込むべき言葉があったはずなのに、スポーンと飛んでいってしまった。

 目の前に来て、わたしの頬に触れる大きな手。

 ああ、なんという事か……言葉が出ない。

 目を逸らす事さえ、今のわたしには難しかった。


「あ、あの、その……予定を、伝えるのを忘れていて……突然来て、すみません……」

「構わん。なんならこれから迎えに行くつもりだった」

「っ……そ、そ、そんな……」

「と言っても最初は退屈なパーティーの挨拶回りだ。二人で祭りを回るのはそのあとだな。それでもよいか?」

「……は、はい」


 頬に触れていた手が離れる。

 そして、わたしの手に重ねられた。

 大きな手……男の人の、手。


「行こう」


 わたしの決意が恐ろしいほど揺らぐ。

 こんなド級のイケメンに、わたしは果たして告白……どころか今日一日無事で生き抜けるのだろうか——!?



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