第17話 ヒロイン、再会する【後編】


「………………」


 で、でもなー……アストル様とミールームさんがいるところで話すのはちょっと……。

 なに言ってるんだこいつらって、変に思われてしまう。

 いや、まず……そんな事アンリミリアに話してもいいのかしら?

 馴れ馴れしくない?


「な、なんにしても、ここで再会出来た事は本当に僥倖……良かったですわ! ずっとご相談しなくてはと思っておりましたの」

「相談? こいつに?」

「まあ、こいつだなんて酷いお言葉! ……あ、止めてくださいませ!」

「アンリ!?」


 アンリミリアが突然御者に声をかける。

 さほどスピードの出ていなかった馬車は、その声に停車した。

 そしてアンリミリアはわたしの手を取る。

 頭にはてなの浮かぶわたしに、にっこり微笑む。

 いや、あの、えぇ?


「意地悪なアストルなんて、先にお城へ行ってくださいませ。そこの可愛らしい方、アストルをお願い致しますわ」

「なっ! ア、アンリ!」

「ルナリーゼ様はちゃんと謝罪してくださいましたわ。それをいつまでも引きずるように、酷い言葉を使うアストルなんて知りません。わたくし、ルナリーゼ様と歩いてお城へ参りますので! では。行ってください」


 わたしを馬車から連れて降りると、ぴしゃりと言い放つ。

 つ、強い……!

 しかもミールームさんをアストル殿下に押しつけ……いや、ミールームさんがアストル殿下を押しつけられた?

 ま、まあ、どちらにしても困惑した御者は、約束の時間でもあるのだろう、ペコリと頭を下げて馬車を発進させる。

 おかげで町の大通りには、見るからに人間の国のお貴族様と、平民の小娘が並び立つ状態……。


「ふう、なんとか撒けましたわ」

「あれは撒いたというの?」

「うふふ、細かい事はこの際言いっこなしです」

「…………。まあいいわ、わたしもあなたに相談したい事があったし……」


 ぶっちゃけわたしとしても助かった。

 でも、と目を逸らす。


「その、本当に……あんな謝罪で許してくれるの? 自分で言うのもなんだけど、なかなか酷い事してたと思うんだけど……」

「許します」

「…………」


 思わず顔を見てしまう。

 悪役令嬢らしい、少しきつめの顔立ちなのに……中身がゲームと違うせいか、とても穏やかで優しい表情。


「だって、ずっと色々、あなたと話をしてみたかったんだもの」

「アンリミリア……」

「アンリって呼んで。わたくしもルナリーゼと呼んでいい?」

「っ! もちろん!」


 手を繋いだまま、わたしはアンリと大通りを歩き始める。

 アンリにとっては初めて歩く共王国の城下町大通り。

 人間の国とはあらゆるものが違う。

 建物のサイズ、匂い、売っているもの、歩く人の種族……。

 どれも彼女には目新しいはずだ。

 わたしの知る事を教えてあげたり説明したりしながら、お城に向かう。

 本当はすぐに切り出したい気もするけれど……でも、せっかくだから、この国の事を知って帰ってもらいたいじゃない?


「串焼きとか、きっと食べた事ないんじゃない?」

「はい! 食べたいです!」


 そう聞いたらやっぱり。

 屋台の串焼きを買って手渡す。

 アンリの身なりに最初は萎縮した屋台の店主も、わたしがお金を払えば珍しがって二本目をつけてくれた。

 この国と人たちは肉に関してとても寛大と言うか……ゴリ押ししてくるのよね。


「美味しい……!」

「でしょ」


 用水路の側のベンチに座り、ほかほかの串焼きに舌鼓を打つ。

 わたしは知ってる。

 貴族の食事も美味しいけれど、やっぱり屋台で買って、外で食べる串焼きは絶品なのだと。


「…………学園は始まりましたか?」


 食べている最中、突然これまでのようなはしゃいだ声ではない、真剣な声が問いかけてきた。

 わたしはそれに、咀嚼を一度止める。

 でも、食べきらなければ返事は出来ない。

 ある程度噛み終えてからごくん、と呑み込む。


「……うん。……彼女も……転生者みたい」

「まあ……」

「しかも見事にわたしのような痛々しい事になっている……」

「あ、あらぁ……」


 思い出すと頭痛がしてくる。

 組んだ手に額を乗せて、心底あの痛々しい姿に舌打ちをした。

 ああ、アンリの気持ちが今なら限りなくよく分かる。


「アンリもこんな気持ちだったのね……?」

「お分かり頂けましたか……」

「ほんっとーにすいません!」

「もう気にしておりません。それよりも……このままですと彼女もルナリーゼのようになります」

「! ……あの、わたし、実は続編あまりやってないの。アンリはやり込み派?」

「はい、完全網羅しております」


 頼もしい!?


「教えてください、ルナリーゼ。ローゼンリーゼの、今の状況を」

「うん。実は……」


 そんな頼もしいアンリに、わたしは入学式からこれまでのローゼンリーゼの動向を話した。

 一応、続編の正式ライバル役リルの事も……。

 そして多分、リルは転生者では、ない。

 たどたどしい話し方、知識量、仕草など、どれをとっても普通の獣人。

 この世界に転生してきたのは、わたしたちのような人間だけなのかもしれない。

 なんにしても、前世でゲームの知識があるのはとても助かる!

 わたしはなんの役にも立てる事が出来なかったけどね。


「なるほど……完全に以前のルナリーゼのようですのね」

「かつての己を見ているようで、見かけるだけで精神削られる……」

「き、気をしっかり!」


 わたし世界の中心ですから!

 わたし愛されてなんぼのキャラですから!

 わたし努力しなくても勝ち組ですから!

 ……ああ、思い返すだけで痛い痛い痛い!


「落ち着いてください、ルナリーゼ。……そのままではローゼンリーゼは間違いなく、好感度不足で詰みます」

「や、やっぱり」

「それに、ちゃんと鍛錬をしていないと、最後のラスボス戦で負けてしまいますわ。そうなればバッドエンド……前作にはなかった……『死亡エンド』!」

「っ!」


 し、死亡エンド!

 そんな恐ろしいエンディングが、続編にはあったの!?


「そ、それ、ローゼンリーゼは知ってるのかしら?」

「ゲームをやった事があるのなら、知っているはずですが……。ルナリーゼは続編をプレイしていなかったのですか?」

「実はやったはずなんだけどあまり覚えていないの。前作の方は比較的覚えているというか、思い出せるんだけど……」

「なるほど……もしかしたら前作ヒロインだからなのかもしれませんわね。わたくしは……アンリミリアは続編でも悪役令嬢として、ローゼンリーゼをいびっていましたから」

「そうなの?」


 確かにアンリミリアが前作に引き続き、悪役令嬢をやるのはぼんやりと覚えているけれど……。

 それはソフトについていた説明書のようなもので読んだだけ。

 具体的な事はなにも思い出せない。


「ええ、アンリミリアは前作データを引き継いだ状態でゲームを始めると、ヒロイン……ローゼンリーゼを前作のように苛めるのです。それはもう、前作にも負けないくらいやりたい放題でした。……ある意味当て馬ですわね。そんなアンリミリアから、攻略対象たちがヒロインを庇うのです」

「へぇ……。わたしの場合もそうなの?」

「んー……いえ、ルナリーゼがライバル役の場合は、心優しいルナリーゼを攻略対象が好きになってしまうのです」

「え!?」


 そんなバカな!

 乙女ゲーとしてそれはアリなの!?

 驚いて声を上げてしまうが、アンリは微笑む。


「ええ、隠しステータスといいますか……ライバルのルナリーゼにも好感度が設定してあるのですわ。ルナリーゼと攻略対象のイベントを進めていくと、ルナリーゼと攻略対象が結婚するエンディングを見る事が出来ますの」

「えええええええっ!?」


 それ誰得なの!?

 だって乙女ゲーですよ!?

 普通、自分がイケメンに甘やかされてときめきで胸キュンしそうなほど悶えたいから乙女ゲーって存在するんじゃないの!?

 なぜ! ライバル役が攻略対象と幸せになるところを眺める必要が!?


「ふふふ。……ルナリーゼがライバル役で出るという事は、前作をプレイしている人という事です」

「! ……た、確かに?」

「なので、前作の続きのような感覚でプレイするのです。前作で幸せに出来なかったプレイヤーの分身が、幸せになるのを見届けるのは悪くない気分なんですわ」

「…………。……確かに……」

「しかし、だからこそローゼンリーゼにとってライバル役のルナリーゼはとても脅威です」

「!」


 確かにその通りだ。

 さ、さっきからアンリの言葉には説得力しかないな!

 ……なるほど、それであんなに攻撃的なまでにわたしをクロエ様から遠ざけようとしていたのか……。


「……でも、わたしは別にヒロインを邪魔するつもりは、ないんだけどな……」

「きちんと話し合いをした方がいいですわ。可能ならば、ですけれど……」

「そう、ね。うん、頑張って話してみる」

「それから……どうしても一つ、ずっと伝えたい事がありましたの。貴女に」

「? なに?」


 ずいぶん改まって……と、向き直る。

 あまりにも真剣な眼差しに、わたしも少し、背を正した。


「この世界は確かにゲームの中かもしれませんが、貴女も、そして攻略対象のキャラクターも……生きています。心があります。……どうかそれを忘れないでください」

「……………………」

「わたくしが伝えたかった。ずっと貴女に……この事を伝えたかったのです。ようやく言えました」

「…………アンリ……」


 この瞬間、わたしの中になにかがストン、と落ちてきた。

 それがなにかは曖昧すぎて言葉に出来ない。

 けれど、それは……あまりにも自然にわたしの中のなにかを……変えた。

 この世界は、ゲームの中かもしれない。

 でも……わたしも、キャラクターたちも……生きている。


「……心……」


 胸に手を当てて、思い返す。

 ああ、そうだ。

 その通りだ。

 わたしは心がある。

 悲しいとか、悔しいとか、嬉しいとか……頑張ろうとか……そういった感情がある。

 なぜ、なぜ……どうして……わたし以外の人たちにそれがないと思ったの?

 ゲームの中だから?

 ゲーム通りになるのが当たり前?

 ならなかったじゃないか。

 それは、それはこの世界が……たとえゲームの中だったとしても、キャラクターに……心があるから。

 心があるという事は——生きているという事。

 当たり前の事だ。

 それを、わたしは……なんで——!


「…………それじゃあ、やっぱりわたし……クロエ様の事が好きだ……」

「!」

「……あ……ありがとうアンリ……」


 ぽろ、と涙が溢れた。

 言葉にして、心が自由になる。

 クロエ様が……好きだ。

 わたしは、クロエリード様の事が好き。


「…………そうですか」


 抱き締めてくれたアンリに縋って、泣いた。

 ただ、涙が出た。

 なかなか止まらなくて……アンリがお城に着くのは夕方になってしまったほど。


 気持ちを自覚した夜。

 自宅兼仕事場のカボチャに帰ると、ミールームさんにものすごーく叱られてしまった。

 なんでも、王族……アストル様の事な……を、お城にご案内するところまでしてくれたらしいのだが、それはもう大層緊張したそうだ。

 まあ、ですよね。

 わたしが途中でアンリと降りたので、心細かったのだろう。

 彼女を労いつつ、その夜は一緒に寝る事にして……そして、アンリとアストル様がこの国に来た目的を聞いた。

 会議があるんだって、この世界に生きる、すべての種の王が集まって。

 アストル様は王子だが、次期国王だ。

 アンリという次期王妃を他国の王たちに紹介する意味も含めて、あの二人は今回の会議に出席するのだという。

 そして、それは多分……続編のエンディングに向けた布石。

『大災禍樹』が生まれる……予兆。

 それを世界が感じている証。


「…………」


 大丈夫、だよね?

 ローゼンリーゼの中の人、彼女は間違いなく転生者。

 そして、ゲームの事を知っている。

 アンリの言う『死亡エンド』がある事も、当然知ってるんだよね?

 ……彼女と話さなくちゃ。

 知らないなら教えてあげなくちゃ。

 出来ればアンリがいる、一週間以内にローゼンリーゼと話を——。

 そう思いながら、その日は眠りについた。

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