第16話 ヒロイン、再会する【前編】



 あっという間に『秋の前期』になった。

 学園の方……というより、ローゼンリーゼは相変わらずのようだ。

 自分を「ヒロイン」と言い、いつか「王たちに溺愛される」と叫ぶ。

 リルちゃんの話を聞く度に……あまりの痛々しさで顔を手で覆ってしまうのは仕方ないと思わないかね。

 ああ、リルちゃんとは食堂で一緒にご飯を食べる仲になったのよ。

 留学生がいる間は『風蒼国』のメニューが増えるから、とても重宝しているわ。

 でも、たまには自炊した方がいいよね。

 最近城下町の市場に行っていないので、馴染みになっていた野菜屋のおばちゃんがわたしの事を心配していた、とミールームさんにタレコミされてしまった。

 ミールームさんもおばちゃんに事情は話してくれたようだけど、寂しがってた……なんて聞いちゃうと行かないわけにはいかないというか。


「じゃあ、そろそろ買い物に行きましょうか」

「そうね!」


 ミールームさんも普段より可愛いエプロンに着替えて、わたしの肩に乗る。

 カボチャの作業場を出て、お城の中を進む。

 クロエ様の執務室がある場所とは反対側へ……。


「…………」


 ふと、振り返りそうになる自分に気がつく。

 慌てて首を振って前を向いた。

 邪魔しない……というか、する気はない。

 クロエ様が、ローゼンリーゼとの仲を進展していくかどうか、わたしには関係ないのだ。

 むしろ関わるとろくな事にならない。

 そう、だってわたしは『前作』のヒロイン。

『続編』では当て馬のお邪魔虫。

 あまり覚えてないけど、後半、攻略対象の好感度が上がり、ヒロインとの仲が進展していくと……邪険にされるシーンもあったように思う。

 うろ覚えなのがありがたいような……。

 だってクロエ様に邪険にされると思うと切ない。


「…………」

「どうしたの、ルナリーゼ。具合でも悪いの?」

「! ……い、いえ! 最近外に出てなかったから、ちょっとだけ変に緊張してるというか!」

「あらやだ、それじゃこれからは一週間に一度は必ずお城の外に出た方がいいわね!」

「え、えぇ……そういう意味では……」


 と、門を潜り、門番さんに軽い挨拶と身分証を提示。

 それから、町に行く理由を書いた石板にチョークでサインをする。

 これで人の出入りを管理しているのだ。

 一応王のいる王城であり、この国唯一の学園がある場所だからね。

 とはいえ、獣人族の王は『その国で最も強い者』がなるものらしい。

 クロエ様も魔剣を持っている。

 他の王も……設定では持ってたはず。

 そんな相手に勝てるのは、同じ魔剣持ちくらいだろうな……うん。


「ねぇ、せっかくだから外壁の側まで行ってみましょうよ。今日は市が立つ日らしいわよ」

「そうなんですか? わあ、行ってみたい!」


 外壁は王都を囲む壁だ。

 お城の周りにもあるけれど、魔物が襲ってきたりした時の事などを想定して『風蒼国』の城下町の周りにもあった。

 そして市は二ヶ月に一度開かれる。

 珍しい他国のものが集まっていて、とても楽しいとお城で仲良くなった人は口々に語るので、一度行ってみたかったんだよね。

 ……本当は、今作のヒロイン、ローゼンリーゼと攻略対象がお忍びで出かけるイベント用なのだろうけど……。


「あら、ルナリーゼちゃん! 久しぶりだねぇ! 元気でやってたかい?」

「はい! 久しぶりに自炊しようと思って」

「あらあら! 偉いねぇ! おばさんおまけしちゃうよ!」

「! ありがとうございます!」


 目的のおばちゃんのお店にはもちろん寄ってからね!

 本当にわたしの事を案じていてくれたらしく、「ちゃんとご飯食べてるの?」「部屋の掃除はしてるかい?」「そろそろ慣れてきただろうけど、慣れた頃が一番体調を崩しやすいんだよ」……と、まるで母親のように色々聞いてくれた。

 ……母親のように。

 お母様、お父様……元気だろうか。


「ありがとうございます……」

「また顔を出しておくれよ」

「はい。また、きます!」


 ミールームさんが小さな手を振る。

 おばさんに頭を下げてから、買った野菜を鞄に詰めた。

 次は市場。


「わあ! すごいわね! すごいわねー! 見て見てルナリーゼ! いろんなものがあるわよ!」

「はい、本当に……」


 本当に色々、珍しいものがある。

 けど、わたしはたった一つのものを探してあちこちの出店を見回していた。

 そして、見つける。


「! あった」

「え?」

「いらっしゃい。うちに目をつけるとは! お嬢さん、なかなかの目利きだねぇ!」


 レターセットである。

 数枚の紙が、封筒と一緒に売っていた。


「これください!」

「え! ……あ、まいど……?」


 ちょっと勢いよすぎたかな?

 まあいい、無事に紙が手に入った。

 ……この世界……というより、この国は『風蒼国』と違って羊皮紙のような動物の皮から作られた紙しかないんだもん。


「あら、手紙書くの? なにその紙……変な色ね? 真っ白」

「これは植物性の紙ですよ。人間の国は主に植物性の紙を使っているんです」

「あら、そうなの? ふーん、そうなのー。もしかして、ご家族に手紙かくのかしら?」

「…………。はい。……帰れないですけど……今いるところや、どうしているのかくらいは……伝えてもいいかなって」

「そうね」


 うんうん、とミールームさんは頷いてくれた。

 空を見上げる。

 ……空は繋がっているけれど、わたしはもう、あの国にも、あの家にも、帰れない。

 今思うと——……本当に痛々しい残念な娘だと思ってただろうなぁ……!

 こんな痛い子をここまで育ててくれて、本当にありがとう、ありがとう!

 感謝こそすれど、恨むなんてとんでもなかったわ!

 ありがとう、お父様! お母様!

 ルナリーゼは共王国で元気にやっています!

 ありがたい事に手に職をつけ、この先もやっていけそうです!


「ルナリーゼ様?」

「…………」

「やっぱり、ルナリーゼ様!」


 幻聴?

 幻聴よね?

 今なんか、ここにいるはずのない人の声がしたわよ?

 気のせい…………だよ、ね?


「お久しぶりです! 共王国にいらしたのですね!」

「…………。……ア、アンリ、ミリア……? な、なっ、なんで、ここに……!?」

「それはこちらのセリフだ!」

「っ! で、殿下!」


 ざわ、と賑わう市が一種静まり返り、視線が大通りに止まった馬車から降りてきた二人組に集中する。

 理由はわたしが叫んだせいだろう……「殿下」……と。

 そんな呼ばれ方、一国の王子しか該当しないもの。

 それに慌てて周りは頭を下げたり、店の中に隠れたりする。

 ミールームさんまで地面に降りて、土下座するのだ。

 ああ、やってしまった……!

 で、でもさ、でも……そう叫んでしまうのは仕方ないし……仕方ないと思うのよー!


「チッ。……アンリ、そんな奴放っておけ!」

「お願いです、アストル! 彼女と話をさせてください! お願い!」

「…………。馬車に入れ。ここでは人目につく」

「! い、いや! わたし別に話す事なんて……!」

「お願い、ルナリーゼ様。ちゃんと話しましょう? ……わたくしたち、同じ転生者でしょう?」

「っ!」


 そう、小声で囁かれてグッと詰まる。

 ミールームさんは耳もいいし、聞こえたかな……と思ったけど、めっちゃガタガタ震えていた。

 ま、まあそうだよね。

 他国の王族なんて普通見ないしね、しかもこの距離で、こんな突然。

 心の準備もなにもない。

 わたしもだ。

 とはいえ、そんな王族の命令を断る……なーんて出来る状況ではないだろう。

 買う物は買ったし、お城に戻るだけなのだが……くっ、どうしたものだろうか。


「わ、分かりました」


 仕方ない。

 人目も多い……というのはわたしも思う。

 特に、獣人の国で『人間』は珍しいものね。

 ミールームさんを抱っこして馬車に乗り込む。

 ご機嫌そうなアンリミリアの横でとてつもなく不機嫌そうにしている王子、アストル様。

 前作のメイン攻略対象というやつで、難易度マックスだったイケメン。

 今は完全にアンリミリアにぞっこんラブ! ……のようだ。

 追い出される前のわたしは、その事実から目を背け、許し難い事のように思い、アンリミリアに嫌がらせをしていた。

 そう、あのパーティーの日に断罪された理由……あれは紛れもない事実。

 悪い噂を流したり——誰も信じなかったけどね。

 彼女の私物を隠したり——公爵令嬢の彼女にはなんのダメージもなかったけど。

 誰もいない教室に呼び出して怒鳴り散らしたり——酷いし痛い。痛すぎる!

 散々な事をしたものだ……思い出すだけで死にたい……。


「あの、アンリミリア、様……ごめんなさい!」

「え?」


 いてもたってもいられない。

 目の前にご本人がいるのだ。

 これは謝罪すべきチャンスだろう。

 今を逃せば二度とそのチャンスはないかもしれない。

 頭を下げて、下げっぱなしのまま本気で申し訳ない気持ちを告げる。


「学園での事……わたし、変に調子に乗って、本当にバカだった……。許してもらえるとは思ってないけど、謝罪だけはさせてください……」

「ルナリーゼ様……」

「……本当に……本当になんであんなに調子に乗れていたのか……」

「ル、ルナリーゼ様……」


 マジで!

 ガチで!

 ああ、ローゼンリーゼのあの姿を思い出すと本当に、本っっっっっっっ当に! わたしはなんて痛々しい生き物だったのだろうか!

 ヒロインだから愛されて当たり前?

 ヒロインだから悪役令嬢をいじめていい?

 そんなはずはない。

 ゲームの中の『ルナリーゼ』はちゃんと愛される努力をした。

 それはプレイヤーだった自分がよく覚えているはずじゃないか。

 どうして忘れて、それが当たり前なのだと思ったのか。

 ローゼンリーゼのように振る舞っていたと思うと恥ずかしくて本当埋まりたい。

 いやまあ、ローゼンリーゼの場合は多分ちゃんと努力はしてると思うのよ?

 だって国の代表として留学してるんだもの。

 それに、ラスボスとのバトルを思えば鍛錬を怠るのは自分自身の身を守れないという事にもなる。

 ……やってるよね? 鍛錬……。


「…………わたくし、怒ってなどおりません。ルナリーゼ様の事情も理解していたつもりですから……」

「アンリミリア、様……」

「ふん、ようやく己の罪を認めて謝罪したか」

「ア、アストル! わたくしはそもそも怒ってなどおりません! ルナリーゼ様には事情があったのです!」

「その事情とやらを、お前は知らないと言っていたではないか」

「うっ、そ、それは……」


 アンリミリア……わたしの事をずっと庇っていてくれたのか。

 事情というのは、転生者ゆえの傲慢、という事だろう。

 アンリミリアもまた、わたしと同じ前世の記憶を持つ転生者。

 お互いの複雑な事情は、今ならば察して余りある。

 むしろ……わたしも許されるのならアンリミリアに相談したい。

 あの、困ったちゃんに成り果てている『第二のわたし』について——!

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