第13話 ヒロイン、開幕を迎える【後編】



「あー、皆様静粛に! ただいまより、ベルクレス共王国の八人の陛下たちに入学を果たした皆様へ、お言葉を頂きます! まずは——」


 ネズミの司会が王たちを紹介していく。

 その中にクロエ様もいる。

 わたしは二階からそれを眺めていた。

 多分、このあとパーティーは社交の場としての本来のあり方を果たすのだろう。


「…………」


 きっと、わたしはここを動かなければいいのだ。

 そうすればヒロインが攻略対象の王たちとの出会いを、スムーズに終わらせる。

 出会いのイベントで『ライバルキャラ』が現れた記憶が……うーん? いまいち、ないんだけど〜?

 まあ、遅かれ早かれ『ヒロイン』と『ライバルキャラ』は出会う事になるんだろうし……別に無理に今日、当て馬になりにいく事もないでしょう!

 わたしのいないところでなら、当て馬にされてても分からないからどーぞお好きなだけ!


「……あ……」


 王たちの挨拶が終わる。

 クロエ様は、わたしの方を見上げて微笑んだ。

 あ、それは、ずるい。

 どきっとしてしまう。

 けれど王たちは司会に『交流』を促される。

 クロエ様はかなり不服そうな顔をしたけれど、鱗のある王に肩を叩かれてからかわれているように見えた。

 あの鱗があるのは確か——『ワニ』の王、アグラス。

 くっ、さすが乙女ゲームの攻略対象勢揃い……!

 元々全員王様という設定だから、そこにいるだけで錚々たるメンバーなのに、なんかもう、すごい圧!


「…………」


 みんながバラバラにパーティー会場に散っていく。

 王様との交流なんて、『風蒼国』ではありえなかったな。

 さすが別な国、とでも言えばいいのだろうか。

 クロエ様は白くてとても目立つ。

 ……って、わたしなにクロエ様の姿を追いかけてるのよ!

 出会いイベントなのだから、しばらくうろついてヒロインに出会って、それから戻ってくるだろう。

 わたしはここから出なければいい。

 テーブルに載せられたグラスを手に取り、一口飲む。

 んん、甘い……オレンジの香りとほのかな酸味。

 オレンジジュース……てっきりお酒とか出てきたのかと期待したのに。


「失礼致しました。お食事はいかがされますか?」

「あ、お願いします」


 せっかくのドレスなのに、二階で誰とも合わず食事とか……。

 いや、下手に動き回って引っかけて装飾品のピンクダイヤを落としたりしたら惨事でしかない。やめよう!

 早くクロエ様帰ってこないかな——ってわたしぃ!

 なにクロエ様を待ちわびてるのよ!

 わたしは続編では当て馬!

 ライバル!

 無駄にヒロインと敵対しようとしてどうするの!?

 ……まさか、これはゲーム補正!?

 じょ、冗談じゃないわ! もう乙女ゲームのキャラは十分経験した! ノーセンキュー!


「こちら、鶏肉の香草焼きと鶏皮のバター焼き、バッファローステーキに、子カンガルーの丸焼きと豚の丸焼き、豚足の脂身煮込み、ワニの蒲焼きと牛肉ハンバーグ、鴨の照り焼きと……」

「あ、あのー、野菜も少し頂けますか?」

「野菜、ですか? サラダでもよろしいでしょうか?」

「は、はい、よろしくお願いします……!」


 重い重い重い重い!

 テーブルに並べられたグッツグッツの肉! 肉! 肉!

 いや、肉、そりゃ、嫌いじゃないわよ?

 好きよ? 肉……焼肉嫌いな人なんてそんなにいないじゃない?

 でもこれはちょっとっ!

 っていうか! 全部この豪華なドレスで食べるメニューでは、ないわよねぇ!?

 肉臭が可憐なドレスに移ってしまうぅ!


「すみません、サラダはご用意しておりませんでした。しばらくお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」


 戻ってきた使用人の申し訳なさそうな顔。

 だがしかし、今なんと?

 は? ご用意しておりませんでした?

 は? マジで?


「…………わ、分かりました。あの、えーと、ですがその、こんなにたくさん一人では食べきれませんので、クロエ様が戻られたら……また持ってきて頂けますか?」

「え? あ、はい、かしこまりました。下の方にお出かけですね?」


 んん?

 なんでそうなった?

 ……あ、もしかして料理を全部下げろって受け取られたの!?

 そしてそそくさーっと使用人たちが料理を下げて、飲み物も下げられて……テーブルを掃除するフキンを持った子ウサギの使用人が入ってきて……わたしがまだいた事に驚いてカーテンの後ろに去っていく。


「…………。……ちょっと行って参りますわね」

「「「は、はい! いってらっしゃいませ!」」」


 居辛さに、負けた。

 はぁぁぁ……! まるで呪いだわ……結局パーティー会場に送り出されてしまった。

 くっ、これは覚悟を決めて当たりに行くしかないかしら?


「そういえば……」


 ひょこ、と階段を降りてから会場を見回す。

 あの続編ヒロイン、ローゼンリーゼ・アリンフィーゼ……わたしの事を

 あれって、よく考えると……わたしの事を認識してたって事なんじゃ……?


「っ」


 え? 待って?

 わたしを認識してたって事は、彼女も転生者?

 っ、ありえる!

 わたしの時も悪役令嬢アンリミリアが転生者だった!

 今のところ攻略対象者たちに前世の記憶があった事はないけれど……アンリミリアはゲームの記憶を持った転生者で、その記憶を頼りに自分の破滅エンドを回避。

 ヒロインという地位にあぐらをかいていたわたしが、逆ざまぁされた。

 まあ、今なら当然の結果だと思うけれど……。

 もしも彼女ローゼンリーゼ嬢も転生者なのだとしたら、ゲームの知識がある人なのかしら?

 待てよ?

 もしも彼女が転生者で、ゲームの知識のない人なら……わたしが当て馬になる必要はないんじゃない?

 むしろ、ゲームの知識を提供して仲良くなれるかも!

 そうすれば当て馬になりまくり、エンディングに結末さえ謎のまま終了! なんて事も回避出来たりなんかしたりして!

 これだわ!

 彼女と仲良くなればいいのよ!


「…………ん、んー……」


 でも……続編のゲーム内容……うろ覚えなんだよな……わたし……。

 い、いや!

 でも、ラスボスが『大災禍樹』で、勝つためにはヒロインが持つ『星祝福ステラ』が必要って覚えてるわ!

 ——そう、『星祝福ステラ』……。

 前作でわたしが、攻略対象たちの誰かと結ばれれば……愛の力で目覚めるはずだった奇跡の力。

 続編ヒロインは『祝福』で自らの身体を強化して戦う。

 けれど、『祝福』の強化はたかが知れている。

『祝福』に頼らず、剣技を磨くヒロインを……王たちは次第に認め、愛するようになるのだ。

 うん、確かそんなストーリー。

 もしも彼女が前世の記憶を持つ転生者で、ゲームの事を知っていれば……まあ、わたしがああして睨まれるのも仕方ないのかな?

 でも、『ライバルキャラ』になったルナリーゼは、ただの当て馬にしかならなかったと思うんだけど……?

 記憶があるのならなんで睨まれたのかしら?

 わたしの時のアンリミリアのように、あからさまに邪魔するキャラとでも思われたのかしら?

 そんな事しないっつーの。


「ふう!」


 まあこうしていても始まらない!

 いつまでも柱の影に隠れてあーだこーだ考えていても使用人に変な目で見られるだけだ。

 こうなったら突撃して……クロエ様を回収しよう。

 当て馬上等!

 あわよくばローゼンリーゼちゃんが転生者かを調べて、仲良くなれないか模索してみよう。


「よっし!」


 いくぞ!

 気合を入れて、なけなしの令嬢の知識を総動員し、会場の中を進む。

 人が多いけれど、ホール自体が凄まじく広いから意外と歩くスペースは確保されている。

 学生さんは紺色の制服を着ているから、割と見分けがつく。

 それに……王とそのパートナー。

 一応攻略対象たちは『獅子王』以外未婚。

 その獅子王も奥さんが亡くなってたはずだから、独り身。

 耳はあるけど、半人半獣って感じの容姿。

 それとなんかやっぱりオーラが出てるのよね〜。

 そして——クロエ様は真っ白。

 ピント立った耳と長い髪、白い尻尾がゆらゆら揺れている。

 その姿を見つけた時、不思議な安堵感を覚えた。

 わたしは間違いなく、その瞬間自分の運命を忘れてたのだ。

『当て馬』の『ライバルキャラ』であるという、運命を。


「クロエ様!」


 声をかけた。

 かけてしまった。


「ルナ」


 振り返ったクロエ様が微笑んでくれる。

 それが、嬉しい。

 近くに寄ると、タイミングが最悪であったと思い知る。

 クロエ様の前には一人の少女が立っていたのだ。


「っ……」


 ローゼンリーゼ・アリンフィーゼ……続編ヒロインが!


「あなたは……?」

「あ、ええと……ルナリーゼ・フォトンと申します。お話の途中でしたのね、失礼致しました」


 やっちまったぜ……。

 下げた頭。

 その表情が見えない角度をいい事に、半笑いになりつつ冷や汗を垂らす。

 あからさまに敵意剥き出しのローゼンリーゼちゃん。

 と、と、友達になる作戦、ガチで厳しめ……?


「今、私とクロエ様が話していたんですけど?」

「!? え、あ……す、すみません……」


 え……?

 き、聞き間違い?

 ……今、この子クロエ様の事を、「クロエ様」って呼んだ?

 クロエ様の、愛称で?

 ちらりとクロエ様を見上げる。

 明らかに不機嫌そうな顔になっとるやないけええええぇ!?


「お前が謝る必要はない、ルナ」

「!? まだ自己紹介をしておりませんわ! クロエ様! 私は——」

「もうよい。お前と話す事はない! 成績最優秀者だというのは聞いた。だがそれだけだ! この国でそれが通じるかどうかは、これからのお前の努力次第だろう。だが……あまり横柄な態度は取らん方が身のためだぞ」

「っ……!」


 クロエ様が、ヒロインを睨みつける。

 その眼差しの鋭さは……ガチだ!


「……も、申し訳、ありません」

「フン! 行くぞ、ルナ」

「あ、えっと……」

「構う必要はない!」


 ……ちら、ちら、とクロエ様とローゼンリーゼちゃんを交互に見る。

 い、一体なにが、どうしたというの?

 今日はただの出会いイベントだけなのでは?

 なんでいきなりクロエ様のヒロインへの好感度がマイナスになっているの!?

 なんで!? なんで!? 一体、なんでえええぇ!?

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