第14話 ヒロイン、大浴場へゆく
ふう、と溜息を吐く。
昨日の学園の入学パーティーがあんな形で終わるとは思わなかったわ……。
「うーん、さすが高難易度……」
あのあと、クロエ様は二階席から一度も下には降りなかった。
ずっとわたしの話を聞いてくれたり、わたしの知らないクロエ様の話をしてくれたりで……まったく下のホールに見向きもしなかったのよね。
ヒロインがこちらを見上げてわたし、かなり睨まれてたんだけど……我関せず。
クロエ様と獅子王ジルレオン様は、隠れキャラ以外だと高難易度だから……出会いイベントをああも盛大に失敗していたら、ここから盛り返すの大変だろうな。
まあ、頑張ってくれたまえー。
わたしには関係ない。
「よし、明日の準備はここまで。寝よ!」
明日『浄化』する石を準備して、立ち上がる。
タオルや着替え、石鹸が入った籠を持ち上げてカボチャの施設の中にあるお風呂場に向かおうとして……立ち止まった。
ミールームさんはもう寝てるし、今日はお城の大浴場に入ってこようかな。
ここのお風呂と違って広いし、薬湯だから疲れも取れやすい。
その上、次の日のお肌がツルツルぷよぷよになるのよ!
ただ難点としては、ここから少し遠い場所なのよね。
公衆浴場扱いだから一週間に一回くらいがちょうどいい。
……昨日のパーティーは疲れ果てて、布で体を拭いただけ……。
今日はがっつりお風呂に入って、しっかり休みたい!
というわけで本日は大浴場に行こう。
カボチャの建物を出て、渡り廊下を進む。
「ふんふーん、ふふふふふふーん♪」
なんだかんだ、わたしも乙女なので大きなお風呂に入ると思うとテンション上がるのよね。
人が歩いていたら鼻歌なんて歌ってられない、恥ずかしくて。
でも今の時間はほとんど誰もいないし〜。
「あら? クロエ様?」
「ルナではないか。どこかへ行くのか?」
道でばったりクロエ様に出会った。
執務帰りですか、と聞く間もなく質問されてこくりと頷く。
「はい、今日は大浴場に入ろうと思いまして」
「なるほど。では俺も——」
「クロエ様!」
ん?
わたし以外に『クロエ様』と呼ぶ人を、わたしはこの城の中で知らないのだが……。
振り返って「あ……」と声が漏れた。
そこにいたのはローゼンリーゼちゃん。
しかし、視界の端でクロエ様が盛大に顔を顰めたのでスーッと嫌な予感と共に血の気が引く。
「こんばんは、クロエ様! こんなところでお会い出来るなんて嬉しい!」
「…………」
「クロエ様はこれからどちらへ行かれるんですか?」
「うわ……」
呆気にとられていると、どーん、と彼女の小さなお尻で弾き飛ばされるわたし。
いや、え?
え? わ、わたし今……お尻で、攻撃されませんでした?
状況が理解出来ずにいると、クロエ様の表情がますます険しくなる。
いや、ええ? ヒ、ヒロイン? ローゼンリーゼちゃん?
クロエ様の顔めちゃくちゃ、誰がどう見てもおこですよ?
え? 話し続けるの? 空気読めないの? はあ?
「……お前……どういうつもりだ?」
「え?」
「ルナ、大丈夫か?」
「は、はい。ちょっとぶつかっただけですから……」
「…………」
きっ、と鋭い眼差しでローゼンちゃんを睨むクロエ様。
ちょ、ちょっとちょっとちょっと!
これってまさかわたしの当て馬イベント!?
こんなタイミングでも起きるの!?
わたしはただお風呂に入りにきただけなのにぃ〜〜〜!?
……でも、本当に軽ーくお尻でどーんとされただけなのに……クロエ様が手を掴んで支えてくれた。
見上げるとローゼンリーゼちゃんに向けるものとはまったく違う眼差し。
どきん、と胸が鳴る。
手が、大きい。
「俺とルナはこれから風呂だ。用がないなら部屋に戻れ。行くぞ、ルナ」
「え?」
「えっ!?」
ぐい、とそのまま引っ張られる。
ずんずん、早歩きでその場から去るクロエ様に引き連れられて大浴場へ……。
ヒロイン、ローゼンリーゼちゃんは「クロエ様〜!」と叫びながら追いかけてくるが……途中で諦めたのかすごい顔で地団駄を踏み始めたのが見えた。
いや、ええ?
ヒロインが地団駄ぁ?
「まったく、なんなんだあの娘は……!」
おこだ。
めちゃくちゃおこだ。
……でも、確かに。
あのヒロイン、一体なんなのだろう?
当て馬にされるどころかヒロインの方がわたしに当たってくるなんて……。
しかも、クロエ様の前で! 物理で!
本当に、まさになんなんだ! だわよ。
「今日も執務室に何度も来ては、しつこく俺に話しかけてきたんだ」
「は? え? はぁ? ク、クロエ様の執務室に!?」
「ああ。しかし、雑談に来たとしか思えず、すぐに追い出した! ……『風蒼国』からの留学生はこれまでもとっているが、あんな小娘は初めてだ。非常識な!」
「…………」
な、な、な…………なにをしてるんだローゼンリーゼちゃんーーー!
君ヒロインだろう!?
なぜそんな誰がどう考えても迷惑でしかない行動をー!?
「!」
いや、まさかヒロインだから?
いやいや、ヒロインであっても序盤の好感度はとにかく上がりにくいクロエ様相手にそれは愚かすぎるわ!
クロエ様とジルレオン様は難易度高め!
確か続編では、親密度が上がれば執務室に尋ねても怒られなくなったはずだけど……序盤で行くと会わせてもらえなかったり、追い返されたりしなかった?
特に好感度も上がらず、怒られるだけ……。
まさか知らない?
やっぱりゲームの記憶は、ローゼンリーゼちゃんにはないのかしら?
「って、ま、待ってください!」
いつの間にか、クロエ様の歩調はとてもゆっくりになっていた。
わたしに合わせるように……。
でも、大浴場もまた目の前だった。
先程クロエ様がローゼンリーゼちゃんに言ったセリフを思い出すと——呼び止めないわけにはいかなくない!?
「では、俺は風呂へ行く。ルナもしっかり温まって寝るんだぞ」
「は……」
ぽん、と頭を軽く叩かれる。
そしてしれーっと男湯に入っていく王様。
いや、待て、待てよ、王様……。
「ぎゃあああ!」
「お、王ー!?」
「クロエリードさまぁぁ!? なぜ大浴場にぃ!?」
「きゃーーーー!」
「…………」
男湯から聞こえてくる阿鼻叫喚。
あー、うん、そうですよねぇ。
いきなり王様が大浴場に入ってくればそうなりますよねぇ。
唯一の癒し空間に王様が……ううぅっ! 考えただけで男湯にいた人たちには同情するわ!
わたしもさっさと入って寝てしまおう!
「待ちなさいよ!」
「!?」
脱衣所に入ると後ろから声がかけられたばかりか、肩を掴まれて引っ張られる。
しかもかなり強めな声。
わたしを呼び止めたのは……ローゼンリーゼちゃん……!
「な……」
「あんたどういうつもり! ただの当て馬のくせに!」
「は? はあ?」
「このゲームのヒロインは私よ! この私! ローゼンリーゼ・アリンフィーゼ!」
「…………。はあ……?」
そうですね、なにを当たり前な事を……?
そんな意味で、聞き返した。
でも相手は舌打ちする。
え? え? え? ちょ、ちょ、ちょっと、待って? マジで、待ってくれる?
この子はなにを言っているの?
「意味が分からないならいいわ! とにかく、私の邪魔はしないで! あんたはただの添え物なんだから!」
「……え? え、ちょっと……!」
「ふん!」
ふ、ふんって……。
スタスタと……大浴場に来ていた城の使用人たちに見送られて出て行くローゼンリーゼちゃん。
いや、ローゼンリーゼ。
ちゃんづけするの、違う気がしてしまったのだ。
いや、しかしポカーンとなってしまう。
開いた口が塞がらないというか、呆れて言葉もないというか……。
「……っ」
ローゼンリーゼは記憶がある。
もっと言うと、あの、なんとも『私世界の中心ですから』と言わんばかりの痛々しい態度。
血の気が引く。
まさか、まさかあの子……いや、今のセリフを思うに、間違いなく——!
「大丈夫?」
「え?」
こ、今度はなに?
新たな声に振り返ると、狐耳、狐尻尾の女の子……獣人だ。
まあ、ここは獣人の国なので、わたしの方が珍しいくらいなんだけど。
「え、ええ。驚いただけ」
「ごめんなさい……」
「? どうしてあなたが謝るの?」
ぺそ、と耳を下げた獣人の少女。
……そこはかとなく、見た事があるような、ないような?
そんな既視感を覚えつつ聞き返す。
「……リル、リルっていうよ。あとね、さっきの子、ローゼンリーゼいうよ」
「わたしはルナリーゼ」
今更だけど、ヒロイン同士だから名前が似てるなぁ。
いや、今そんな事どうでもいいか。
この子はリルちゃんね。
わたしになんの用なのかしら?
それに、なんで彼女が謝るのだろう?
「ローゼンリーゼ、人間の国からの留学生。他にも人間の留学生、おるよ」
「うん」
「でも、ローゼンリーゼ、みんなと仲良くしようとしないよ。リル、一人ぼっちは良くないと思うよ。だから、声かけたよ」
「そうなの。あなたは優しくていい子なのね」
「! えへへ……」
かっ、可愛……!
い、いかん……可愛すぎて震える。
獣人族の子ってなんでみんなこんなに悶絶級に可愛らしいのおおぉー! のおおおぉー! のおおおおおおおっーーーー!
「あ……。……ううん……リル、声かけたけど、ローゼンリーゼは『ヒロイン』って言うのだから、リルとは仲良くしないって、言われて……」
「…………」
ヤバイ子だ。
ど、ど、どちゃくそヤベェ子じゃぁぁねえかぁぁぁ!
思わず「え、それクラスのみんなの前で言ったの?」と聞いてしまった。
そしたらリルちゃんはこくん、と首を縦に振る。
どちゃくそヤベェ子じゃねえかああああぁぁぁ!!
「いつか王様たちに愛されるから、リルはいらないんだって……」
じわ、と涙を浮かべるリルちゃんの姿にハッとした。
そうだ、この子だ!
『ルナリーゼ』も『アンリミリア』も……前作のデータをダウンロードせずにゲームを始めた場合のライバル役!
パッケージ裏に載ってたのを思い出したぞ!
偉い、わたし! すごいぞ、わたし!
っていやいやいやいやいやいやいやいや!
ちょ、おま……!
こんな可愛くて優しい子がライバル役だったのおおぉ!?
「…………なんか意味が分からない、ね?」
「うん。変わってる、子だよ」
変わってるっていうか。
うん、ねぇ?
痛いよ?
「でも、知らない人に意地悪するとは、思わないよ。リル、同じクラスだから、かわりにごめんなさいするよ。ごめんなさい」
人類が代わりに土下座すべき案件ではないか?
「いいのいいの。本当に驚いただけだから。気にしてないわ」
「…………」
そう言ってあげてようやくリルちゃんは安心したように微笑む。
天使の微笑みかな?
「それよりリルちゃんもお風呂に入りに来たの?」
「うん」
「一緒に入る?」
「うん」
心の中でガッツポーズ。
世界よ、わたしは勝利したぞ!
なにかに!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます