第12話 ヒロイン、開幕を迎える【前編】


 それから一週間。

 仕事は順調!

 ……でも……。


「おはようございます!」

「おはようございます! さあ、ルナリーゼ様こちらへ!」

「こちらへこちらへ!」

「え!? え!? えっーーー!?」


 朝、お城の犬の獣人メイドさんに掻っ攫われた。

 城の中へ連れて行かれ、お風呂に入れられて隅々まで洗われる。

 さらにマッサージ、お化粧、コルセットで「ぐえええぇ!」と内臓がはみ出る思いをしたあと、菫色のドレス、髪飾り、ピンクダイヤの装飾品……。

 ここまで来ると、さすがに分かる。


「あ、ああぁの、わたし、仕事があるので入学パーティーに——」

「最後にこちらですね! これでクロエリード様からの褒賞の品は全てでございます」

「あう……」


 贈るとは言われたけれどもぉ!

 ……って、ん?

 待って、今なんて……?


「え? こ、このピンクダイヤの装飾品が……?」

「いえ、下着、ドレス、靴、装飾品……今ルナリーゼ様が身につけておられるもの全てが今回の褒賞の品と聞いております」

「総額お聞きになりますか? 目が飛び出ますよ!」

「聞きたくないです聞きたくないです!」


 満面の笑みでなんて事を言うの!

 そんなの怖くて聞けるわけないじゃない!

 ごくん、と生唾を飲み込んでドレスを見下ろす。

 う、うん……ふんだんに使われた絹に、紫金の糸で施された菫の細かな刺繍。

 さらに散りばめられたピンクダイヤ。

 髪飾りにも、装飾品にもたくさん使われている。

 職業柄、宝石を取り扱うようになってピンクダイヤがそれなりに珍しく貴重な宝石である事知っているわ。

 総額? ……多分、ゲロが出る。


「こ、こんなの……ひ、一粒でもなくしたら……っ!」

「大丈夫です。さあ、ではあとはこちらでお待ちください!」

「あの、わたし所作とか……まともに教わってきてなくてっ!」

「大丈夫です。入学パーティーなので参加されるのは学生ばかりです!」

「そうですそうです! ルナリーゼ様はクロエリード様の隣でそれっぽい感じで微笑んでおられれば任務完了です!」


 任務って言っちゃってるし!


「入るぞ。準備は整ったか?」

「っ!」


 和装!

 くっ、白狼の和正装とかクロエ様反則技的なまでにイケメン!

 いや、和装!?

 わたしガッチガッチのドレスですけどぉ!?


「え、あの! クロエ様、その格好で行かれるんですか!? わたし、ドレスなんですけど……」

「ん? 人間の国ではそういう装いをすると聞いたから作らせたのだぞ? なにか間違えたか?」

「うっ、え、えーとぉ!」


 なるほど!?

 いや、でもどうなのこれ!?

 ドレスコード的に、パートナーと思いきり傾向の異なる姿をしてるの、どうなの!?

『風蒼国』だとバカにされるわよ!

 全然呼吸の合ってないカップル、パートナーなんだなって!

 あと、『風蒼国』は和風ドレス!

 これ、ガッチガッチの洋風ドレス!

 いや、これとても可愛いですけど!


「に、人間の国では……『風蒼国』では、パートナーは、色や服装の傾向は揃える風習? ……でして?」

「なんだ、そうなのか? それは知らなんだな。ああ、しかし『風蒼国』に行くとだいたい皆似た格好をしているなぁ」

「…………」


 あ、これは多分ダメなやつ……。

 絶対女はドレス、男はタキシード、的な括りで分かってない。

 いや、まあ、その通りなんだけど……色やデザインを揃える、という意味が伝わってなさそう……。


「つまり、お前には俺がお前に似合うと思う格好をさせた方が良かったという事か?」

「……えーと、まあ、はい、そう、ですね」

「なんだ、それならそうと言えばいいものを」

「いや、わたしはまさかクロエ様がドレスコードをご存じないとは思いませんでしたし……」


 そもそも入学パーティー自体行く気なかったし。

 ……んん、まあクロエ様もヒロインという座にあぐらをかいて、令嬢として学園に通っていながらなんの努力もしてこなかったわたしなんかにドレスコードだの所作がどうだの言われたくないかぁ。


「それなりの格好をしておればいいんだ。今回は学生を迎えるパーティーにすぎないからな。しかし、まあ、それなら次回はきちんと揃える事にしよう」

「は、はあ。そうしてください。……ん?」


 次回?


「え? じ、じっ、次回!?」

「次回は『夏の後期』の土の日。『鷹』のファルニードが誕生日だ!」

「!?」


 は? なに笑顔で「次」とか言ってるの!?

 ファルニード王のお誕生日だからなに!?

 まさか、まさか!


「ま、待ってください! わたしがクロエ様のパートナーとしてファルニード王のお誕生日パーティーに参加する意味が分かりません!」

「ん? 俺がルナをパートナーにしたいからだぞ」

「…………」


 柔らかな笑み。

 ふわ、と胸が明らかに高鳴る。

 顔が熱い。

 犬の獣人のメイドさんたちも「きゃー」と顔を覆うイケメンぶり。


「!」


 一瞬流されそうになる。

 いや、いや!

 違うでしょ、わたし!


「いや、あの、けど……」

「ルナ、嫌でないならそろそろ行くぞ。遅刻して目立ちたくはあるまい?」

「うっ! い、嫌です!」


 それは嫌だ!

 素直にそう言うと、手を差し出される。

 ゴツゴツとしているけれど長い指。

 大きな手のひら。

 わたしを、この国に連れてきてくれた手。

 見上げると、ちょっとだけ意地悪な瞳が眼鏡越しにわたしを見下ろしていた。


「…………」


 諦めて手を乗せる。

 仕方ない。

 どうせ逃げられないなら、さっさと終わらせよう。

 乙女ゲーム『風鳴る大地〜八つの種族の国王様〜』……開幕だ——!



 ***



 入学パーティーは正午から始まるらしい。

 続編の事はあまり覚えていなかったが、そういえば背景は明るかったように思う。

 定型文のようなヒロインの自己紹介から始まり、すぐにパーティーへと場面が移る。

 ヒロインは騎士志望のため、やや気の強いしっかりとした女の子。

 もちろん留学してくるくらいなので、成績優秀、戦闘成績も優秀……。

 わたしはお姫様みたいに守られてるヒロインが好きだったので、前作派。

 …………いや、前作ヒロインルナリーゼとなった今、それを言うと語弊があるけれど。


「『白狼王』クロエリード様、ご入場でございます!」


 ネズミの獣人が叫ぶと、扉が開く。

 わたしの名前は呼ばれない。

 おおう、わたしはガチの添え物ですかぃ!

 まあ、全然それでいいけれど!

 扉の奥はものすごーく広いダンスホール。

 ベルクレス共王国の城は、ホールケーキのようになっている。

 その中心部のダンスホールなので、まあ、広すぎというくらいに広い。

 そんな場所に百人くらい……いや、もっとかな? とにかくとんでもなくたくさん人がいる。

 そんなたくさんの人の視線が集まるのだ、心臓が縮み上がった。

 クロエ様がわたしの手を「腕に回せ」と言うので、密着しているから余計……。


「大丈夫か? 次の王が呼ばれる、早く席へ向かうぞ」

「は、はい」


 席が用意されているのか。

 最初は立ちっぱなしで『交流』を行う『風蒼国』とは本当に違うのね……。

 まあ、王様がこれだけたくさんいると……圧が……。


「…………っ」


 案内されたところは二階の席。

 一つ一つのテラスが区切られた、まるで劇場の観覧席のよう。

 まあ、それにしてはクソ広いけど。

 問題はそんなそこそこ広いところに二人分しか席がない事!

 あっれ、ゲームではヒロインが会場をうろうろしていると一人一人攻略対象に声をかけられる……的な始まり方じゃなかったっけぇ!?


「あの、ここにずっといるんですか?」

「それは王の自由だ。下で交流してきてもよいのだが……今年は人間の留学生が多い。アレルギー対策の『祝石ルーナ』の調子がどうも悪い。ルナ、浄化と『祝福』を頼めるか?」

「は? こ、ここでですか?」

「王の挨拶には間に合わせたい」

「昨日の時点で言ってくださいよ」


 というか、ペンダントの『祝福』もう切れるのか。

 半年……いや、出会ったのは『春の前期』、今は『夏の前期』だから大体一期くらいなのね……短い。

 この国、『ベルクレス共王国』の季節は春夏秋冬が『前期』『中期』『後期』と分かれており、前世や『風蒼国』と違っておよそ九つの月しかない。

 一週間は『月火水木金土日』と前世と同じだけれど……。

 その一週間がすぎると、次の期へと移っていく。

 なので、前世や『風蒼国』より一年が短い。

 しかも前世や『風蒼国』よりもずっと医療は遅れている。

 人間の寿命は五十そこらだと思う。

 だからまあ……十代後半という今の年齢は、前世よりもちょっとだけ『若い』。

 精神年齢については触れるな。

 それでもきちんと仕事への意欲と責任感はあるんだから、チャラよ!


「…………光の女神よ、かの者に祝福を」


 ブラックトルマリンのペンダントを預かり、しっかり拭いて『祝福』を与える。

 うーん、今やると……『中』の汚れがひどいわね。

 前回のわたしの『祝福』は緊急事態でかなり怪しいものだった。

 だからだろうなぁ。


「はい、終わりましたよ。でも、本当に最低限なので明日、ちゃんとわたしの工房に持ってきてください。予備はあるんですよね?」

「! よ、予備! そうか、その手があったか!」

「…………作ってくださいね……予備。三つくらい。ペンダントも、ですけど、眼鏡も、予備、あった方がいいと思いますよ」

「え、そんなに必要か?」

「クロエ様は戦闘にもご自身で赴かれるでしょう? 一つ二つ、多めの予備がある方がいいと思います」

「むう、そういうものか……?」


 この王様……!

 王様なのに予備のペンダントも眼鏡も持ってないって!

 人間アレルギー耐性のペンダント、巨獣化対策の眼鏡なんだから、持ってなきゃダメでしょうが!

 ……クロエ様は、これから人間のヒロインと一緒にいる時間が、増えるかもしれないんだから……。


「? ルナ? どうかしたか?」

「……いえ、なんでもありません……」

「なんでもない、という顔には見えないが?」


 顔の距離が、縮まる。

 覗き込まれて驚いた。

 クロエ様は、眼鏡もペンダントもまだしていない。

 室内だから眼鏡はいいとして……ペンダントは! しろ!


「あの、アレルギーが……」

「お前は祝福を持っているからなのか、近づいても症状が出ない」

「っ……!?」

「ほら」


 こつ、と額がぶつかる。

 え、あ、の、ちょ……ち、かい……!


「クロエリード様、おくつろぎのところ申し訳ございません。王のご挨拶を……」

「むう……。すぐに戻る」

「っ、は、は、はい、いってらっしゃい、ませ!」


 廊下と観覧席を隔てるカーテンから、人の声がする。

 あ、あぶっ……危な!

 いや、普通にここ下からも見えるし!

 な、な、なんって事を!

 クククククロエ様ったら、今のどういうつもり!?


「!」


 熱い顔を両手で押さえ、カッカする思考を振り払う。

 そんな時、下から強い敵意のようなものを感じた。

 見下ろして、そこにいた人物に目を見開く。

 ああ、いや、忘れていたわけではないけれど……!

 あれは……あの、ポニーテールの女の子は……続編のヒロイン、ローゼンリーゼ・アリンフィーゼ!

 ギッ、とかなりきつめにわたしを睨み上げている。

 もしかして、今クロエ様と顔を近づけていたのを見られた?

 ま、まあ、わたしから見えるのなら彼女からも見えるだろうけど。


「…………」


 でも、なんであなたにそんな顔で見上げられなきゃいけないの。

 クロエ様とわたしは特になんでもないし!

 雇用主と契約職人!

 それだけの関係!

 …………そう、それだけの関係だ。

 わたしはこのゲームのヒロインではないし、当て馬としてここに招かれている。

 あなたにそんな顔される謂れはないわよっ!

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