第11話 ヒロイン、褒められる【後編】



「はあ……」


 深い溜息が出る。

 まあ、強制イベントと思って諦めるしかない。

 嫌なものは嫌だけど。


「まあったく、まぁだ嫌がってるの? 光栄な事なのに!」

「光栄な事なのは分かりますが、せっかくやりがいのある仕事を見つけたのに……。それに、婚約話はミールームさんの妄想じゃないですか」

「まあね! でも、ドレスを贈るって人間の国ではそういう意味なんでしょう!? 人間の国の風習には詳しくないけど、そういう愛情の表し方があると聞いた事があるわよ!」

「!」


 あ、そうか……『風蒼国』での基準で考えていたけれど、ここは『ベルクレス共王国』なんだ。

 この国ではドレスを贈る=婚約とは限らない……。

 まあ、人間の国でだって、それが必ずしもイコールというわけではないけれど……ゲームの中のヒロインわたしは攻略対象たちに愛の証の一つとして色々貢がれてたなぁ。


「………………」


 思えば、わたしはなにも貰わなかった。

 最初からだ。

 その代わり、悪役令嬢のはずのアンリミリアは王子たちに囲まれてずっとちやほやされていたっけ。

 でも、今考えるとアンリミリアはあまり乗り気ではなさそうだったな。

 王子様……アストル殿下とは本気で好き合ってる感じがしたけれど……あの二人は元々婚約者同士だし、あれがむしろ自然。

 異質なのは——わたしの方……。


「……っ」


 ぶんぶん、顔を振るう。

 ああもう、黒歴史!

 忘れるのよ、わたし!

 今のわたしは、この国の『宝石祝福師』!

 もう新しい人生を歩み始めてる!

 ……とはいえ、だ。

 アンリミリアの事を思い出すのは必要かもしれない。

 ある意味、彼女もわたしと同じ続編では当て馬になりえたのだ。

 そして、思い返すと……重要な事がもう一つ。


 ——


 では、ダウンロードしなかったら?

 ……わたし、なんで忘れてたのだろう?

 続編には、続編のちゃんとしたライバルがいたはずなのよ。

 でも前作のデータをしっかりダウンロードしてプレイしてたから、アンリミリア以外のライバルなんか知らない!

 くっ! 覚えていれば身代わりに出来たのに……!

 ええ、ライバル『ルナリーゼ』だったらどうなるんだろう〜、という好奇心から、普通にノーマルルートでクリアした誰とも結ばれなかった前作ヒロインライバルバージョンでも遊んでましたよ、前世のわたし!

 いや、まあ、それはいいわ!

 今更仕方ない!

 今は、とにかく入学パーティーでしれっと当て馬になってさらっと仕事に戻る計画を——。


「ルナ!」

「!」


 その日が終わろうとしていた時、玄関の扉が開く。

 血の匂いを纏ったクロエ様が飛び込んできた。

 ちょ、眼鏡は!? ブラックトルマリンのペンダントは!? どこやったの!? ら、裸眼!?

 眼鏡は月を直接見ないよう遮断する『祝石ルーナ』の力がある。

 カボチャの中は建物内だからなくてもいいのか?

 いやいや、ないのは怖いよ!

 ブラックトルマリンのペンダントは、クロエ様の『人間アレルギー』と『花粉症』耐性の『祝石ルーナ』。

 それがないと、クロエ様はわたしに近づいただけでアレルギー反応が出るんじゃ——っ!


「大成功だった! 素晴らしい戦果だ! おまえの祝福のおかげだぞ! おまえが作った『祝石ルーナ』の魔剣は最強であった!」

「っきゃ! えっ、ちょっ! わあっ!」


 ぐるん、ぐるん。

 わたしを高い高いをするように抱えて、左回りに回転するクロエ様。

 なんかよく分かんないけどすごいはしゃいでる!

 っていうか!


「あぁぁぶなっ! あぶないですぅ! クロエさまぁぁぁぁっ!」

「む?」


 怖い! 怖すぎる!

 おろして、と必死に訴えて、ようやく降ろしてもらえた。

 こ、こっ、怖かったぁぁっ!


「すまんすまん、ついはしゃいでしまったな。ハハハ!」

「は、ハハハじゃありませんよ……ああ、驚いた……」

「それより聞け、ルナよ。お前が整えた魔剣は素晴らしい戦果をもたらしたぞ。俺を守り俺の部下たちを守り、一振りで『邪樹じゃき』を斬り倒した! あれ程の力は以前にはなかったものだ! 魔剣の力を引き出した……これはお前の『祝福』がもたらした力だろう!」

「……え? い、いや、そ、それは……?」


 なんの事だ?

 最初は分からなかった。

 でも、クロエ様の話を聞くと、魔石を用いたあの剣……魔剣は、これまでにない力を備えていたそうだ。

 風を操ったり、炎を操ったり……そんな力、これまで持っていなかったのに。

 そんな事があるだろうか?

 わたしが、『祝福』したから?

 本当に?

 ただの偶然では?


「それに、倒した魔物から魔石も出てきた。これで新たな魔石の武具を作り出す事が出来る」

「魔石が……見つかったんですか」

「そうだ。しかしそのままでは使えない。『穢れ』が酷いからな。最近『邪樹じゃき』の発生率が上がっている。そんな中、新たな魔石を得られた事は僥倖だ。出来るだけ急いで魔石の浄化を頼みたい。出来るか?」

「は、はい! やってみます!」


 魔石の浄化。

 長ければ一ヶ月かかると言われている。

 つまり!


 ——魔石浄化話の仕事を理由に、入学パーティーを辞退出来る——!


 わたし、天才じゃないの!

 これだわ!


「いい返事だ。……お前が我が国、いや、我が領土の『宝石祝福師』になってくれて良かった」

「!」

「褒美を増やしてやらねばな。欲しいものがあればなんでも言うがいい。ああ、転職と他所への引き抜きは許さないぞ」

「そ、そんな話、きてませんよ」

「本当だろうな? お前は俺の専属『宝石祝福師』でもあるという事を忘れて……」

「そっ、それよりも! ……ネックレスと眼鏡はどうしたんですか?」

「ん?」


 眼鏡? ネックレス?

 と首を傾げられて驚いた。

 眼鏡とブラックトルマリンのネックレス、してないですけど、と指摘するとようやく気づいたらしい。


「……。なぜ側にいるのに平気なんだ?」

「は? し、知りませんよ? 平気なんですか?」

「平気だな」


 そう言って、わたしの頬に触れる。

 とても綺麗な……金色の瞳……。

 え、いや、待っ……! 顔が、近っ!?


「平気だ……」

「…………な、なんで……?」

「分からない。……ルナは人間のはず、だよな?」

「に、人間ですよ?」

「? ……なぜ触れても平気なのだろう? いや……まあ、それならそれで都合はいい、か?」

「つ、都合?」

「入学パーティーのパートナーはお前にすると言っただろう?」

「!? い、いや、あの、わたし、魔石の、そ、そう! 魔石浄化で、行けないと思……」

「休め。王命だ」

「ぐっ……、い、いえ、でも、あの、パーティードレスなんて持ってないですし……」

「贈る。問題はない」

「いや、そんなわたしごときにもったいですし!」

「……なかなかに謙虚だなお前は」


 フッ、と優しく微笑まれる。

 いや、違う。

 謙虚とか、そういうのではなく!

 マジで! ガチで! 行きたくない!


「これは俺からの礼だ。今日の戦い、お前が俺の魔剣に与えた『祝石ルーナ』の加護は凄まじい。見事な働きだ。あの魔剣ならば『大災禍樹だいさいかじゅ』が生えても戦える……!」

「…………『大災禍樹だいさいかじゅ』……?」

「……『邪樹じゃき』がより濃度の濃い瘴気を孕み、生えたものを言う。『大災禍樹だいさいかじゅ』は邪樹千本分の魔物を常に生み出し、発生してすぐに濃い瘴気を放つ……最近邪樹の発生率が高いのは、これが生える前触れなのではないか、と各国、各種族の王たちは警戒を強めているのだ」

「っ……!」


 ……『大災禍樹』……『風鳴る大地〜八つの種族の国王様〜』で最後に立ち向かうラスボスの『災い』だ。

 よく覚えてないけど、続編『風鳴る大地〜八つの種族の国王様〜』では騎士志望のヒロインと恋人となった王——逆ハーエンドなら全員——と立ち向かって打ち倒す。

 なんか多分メインストーリーはそんな内容だったんじゃないかなぁ!?

 くっ、『風鳴る大地』の、自分の事で浮かれた人生だったから続編はぼんやりとしか思い出せない!


「…………。そんな危険なものと、戦うんですか?」

「現れれば、の話だ。……その可能性は、高いように思うがな」

「……そんな……」


 魔物もそうだけど、瘴気だってとても危険だ。

 近づいただけで病をもらう。

 でも、放置は出来ない。

 短期決戦……魔物を仲間に頼み、誰かが瘴気の渦の中心にある邪樹を……『大災禍樹』を切り倒さねばならないのだ。

 普通の、人間では到底なし得ないが……獣人の魔剣ならば一刀両断も出来るのかもしれない。

 それでも……クロエ様がそんな危険に晒されると思うと胸が苦しくなる。

 不安で、不安で……。

 だってこの人は、わたしの恩人。


「心配はいらない。俺にはお前の『祝福』がある」

「! クロエ、様……」

「ルナ、俺はお前の『祝福』を受けたこの魔剣とならば『大災禍樹』さえも一振りで切り落とせよう。くくく、むしろその瞬間が楽しみになってきた」

「え、えぇっ」

「だから案ずるな。……まあ、お前にそんな風に心配されるのは……なかなかに気分が良い。なぜだろうな?」

「っ、わ、わたしは!」


 本気で、本気でっ!

 本気でクロエ様の事を心配してたのにっ!

 この言い草っ! このっ、このぅ!


「む、マークスが探している。そろそろ行く。……そういえば返り血を浴びたまま来てしまった。すまんな、また後日、褒美を届けさせる。他に欲しいものがあればマークスにでもつたえておけ」

「え、あ……あ、あの!」

「ん?」


 耳をピクピクさせたと思ったら、すたこらと去って行こうとする。

 そんなクロエ様を、わたしはなぜだか引き止めた。

 ええと、なにを……なにを言えばいいのだろう。

 あ、そうだ。


「あの……ご無事のお帰り……喜ばしく思います。ごゆっくりおやすみください」

「…………。ああ、お前もな。本日の働きは誠に大義であった」


 ぽん、と最後に頭を撫でられた。

 そうして、その背中を見送る。

 変だ。なんか、変。

 胸が、ポカポカ、ドキドキする。


「…………」


 褒められて嬉しい。

 頼られて嬉しい。

 ……クロエ様が無事に帰ってきてくれて嬉しい。

 でも、同じだけ不安が生まれた。

『大災禍樹』——続編のラスボス。

 意思なき災の樹。

 可能性が高い、ではなく……『大災禍樹』は、生まれるのだ。


「…………わたしは、わたしに出来る事を、しよう」


 恩人のクロエ様にあんな風に言ってもらえたなら……その時が来たら、わたしの持てる全てであの人の魔剣を『祝福』しよう。

 その時……あの人の隣にヒロインがいても……。


「がんばろう」

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