第10話 ヒロイン、褒められる【前編】
それからほどなくして、お城の中がざわつく日がやってきた。
入学式だ、と思ったらそうではない。
「ルナ! これの浄化と『祝福』を頼む」
「ク、クロエ様!」
しばらく会う事はないと思っていたクロエ様が、一本の剣を持って現れた。
その剣は白い鞘に収まった大きな剣。
剣の柄には赤い宝石が収まっている。
一眼見て、この赤い宝石が魔石であり、浄化が必要であると分かった。
「……これは、もしかして魔石を用いた武器ですか?」
「そうだ。『
「っ……」
邪樹の『花』は瘴気を放つそうだ。
瘴気は周辺の土を腐らせ、生き物が吸えば病に罹る。
最悪それだけで死に至ったりもするらしい。
そして『実』とは魔物の大群の意味。
邪樹は成長すると、それはもう大量の魔物を生み出すのだ。
わたしの父が貴族になったのも、それを少数精鋭で討伐、元凶となった邪樹を伐採した功績を称えられてのものだった。
でも、やはりおかしい。
邪樹はそんなにポンポンと生えるものではないし、人知れず育ったならまだしも人の多い王都の側に巨木が見つかるなんて——。
「は、『花』が咲いているんですか?」
「まだだ。だが時間の問題だろう。王都の側で花を咲かせるわけにはいかん。今日中に伐採する。そのために急ぎ目で浄化と『祝福』を頼む」
「…………分かりました」
王都の側だなんて、わたしにとっても他人事じゃない。
ようやく生活にも慣れてきたのに、魔物の群れに襲われたら平穏どころじゃなくなってしまう。
そもそも、こういう事態は続編ゲームが開始したあとに起こるものじゃないの?
「…………?」
続編ゲームが開始したら定期的にヒロインのクラスメイトたちにより、魔物が討伐される。
まあ、実習という形で。
それに各領の王がついていくのだ、なぜか。
まあ、その辺りは乙女ゲームなのでご都合上というやつよ。
突っ込んではいけない。
……だから、クロエ様もついていってヒロインを守るのだ。
なんか、ムカつくのはなぜだろう?
「ルナリーゼ?」
「! ……な、なんでもありません、ミールームさん。ふ、フキンを取ってもらってもいいですか?」
「ええ、もちろんいいけど。大丈夫?」
「はい。大丈夫です。……魔石の剣なんか初めてだし、こんなに早くお目にかかると思っていなかったから緊張しちゃって!」
「そう? まあ、そうよね。けど大丈夫! アナタなら簡単よ!」
「…………頑張ります」
とりあえずクロエ様にはダイニングでお待ち頂くか、執務室に戻ってもらうよう声をかける。
差し出された剣を受け取ろうとしたが、クロエ様は剣を手放さない。
なぜ!
「ちょ、あの、クロエ様?」
「お前には重いだろう。作業台まで俺が運ぶ」
「……そ、そうですか?」
まあ、それならそれで……。
実際わたしの胸元まである大きな剣。
正直持てる気はしない。
それを軽々と運ぶクロエ様は、やはり獣人なんだなぁ、今更だけど。
「鞘からは抜かずとも作業出来るだろう?」
「はい、そうですね」
「では、隣の部屋で待たせてもらう。茶などのもてなしはいらん!」
「は、はぁ。では、すぐに始めますね」
「ん!」
耳がピコン! と動くの可愛いかよ。
さて、クロエ様が置いていってくれたこの剣。
ミールームさんに持ってきてもらったフキンで、まずは石を丁寧に拭きます。
本当は洗ったりした方がいい場合もあるけれど、これは魔石なので濡れたフキンと乾いたフキンで交互に汚れを拭き取る。
そして綺麗になってからが本番。
手をかざし、『祝福』を使う。
「光の女神よ、かの者に祝福を」
……最近思うけど、光の女神ってなんだろう?
『祝福』を使う時、浮かぶ呪文。
それを、これまで使ってきたわけだけど……。
何度も繰り返し使うようになり、疑問になった。
まあ、ただのそれっぽい呪文……って言われてしまえばそれまでなんだけど。
でも、この世界には宗教概念はなかったはず。
少なくともわたしの生まれた『風蒼国』にはない。
あの国は王族が象徴として信仰されているから。
いや、集中しよう。
今はそんな事よりも、浄化を真面目に行わないと。
『
「…………」
最近といえば、わたしは最近石の中に潜る感覚を覚えた。
最初は「なんだこれ?」って思ったのだけれど、大きな石でも小さな石でも、スノードームの中に入り込んだかのような感覚になれるのだ。
その中に入り込み、浄化の時は浄化残しを探す。
浄化すべき『穢れ』はとても黒い靄のようで、でも、『祝福』をすると消えていく。
今回もスノードームの中に入り込むように、集中する。
すると、そこかしこが黒い靄で埋め尽くされていた。
おお、これは仕事のしがいがあるわね!
えい、えい、と祝福の力を纏った手で触れて、靄を消していく。
慣れるととても楽しい。
ジャンジャン消えていくので、もっと『穢れ』でてもいいのに、とか思ってしまう。
さあ、隅々まで綺麗になったら次は『
「光の女神よ、かの者に祝福を」
もう一度、同じ呪文を唱える。
すると、浄化されたドームの中に白い雪が降るの。
ほら、まさしくスノードームみたいでしょう?
まあ、ドームの中はわたしだけで、建物のような装飾品なんてなんにもないんだけれど。
でもこうして、光の雪が降り積もっていくのを眺めながら、現実へと戻るのは結構癖になるのよね。
やり切った! って感じで。
「…………クロエ様を、守ってね」
最後に、手を組んで祈る。
クロエ様はわたしにこの仕事を教えてくれた人だ。
この場所でやりがいのある仕事と、生活する場所を与えてくれた。
調子に乗ってイタイ子になっていたわたしを、真っ当な人間に戻してくれた……いわば恩人。
だからお願い。
怪我なく戻ってきて。
クロエ様を守って。
わたしにはこんな事くらいしか出来ないけれど——。
「ふう……」
「すごい! 完璧な仕上がりだわ!」
「ふふふ! そうでしょうそうでしょう!」
戻るとミールームさんに超大絶賛された。
ふふふふ、褒められると伸びるのでもっと褒めてもいいんですよ。
いえ、もっと褒めてください!
人生で褒められてきた事、そういえばとても少ないです!
調子に乗りまくってイタイ子だったから褒められるはずもなかったんですけどね!
今思うとあんな自分を褒める奴の方がどうかしてる!
みんな、まとも!
「終わりました、クロエ様」
「なに? もう終わったのか?」
ダイニングへ声をかけると、そんな言葉が飛んできた。
っていうか、いつの間にかもふもふマークスさんもいて、テーブルは書類の山。
お、おおぉい、いつからわたしの部屋で仕事してたー!?
こいつらぁ!
もふらせろー!
「…………なんという事だ……」
「こ、これは!」
マークスさんをもふりたい衝動に駆られつつ、クロエ様を作業場に案内する。
すると、随分と驚いた顔をされた。
わたしには持てそうもない長剣を軽々持ち上げ、まじまじと柄の真ん中にはめ込まれた魔石を見るクロエ様。
どうだろう、わたしとしては完璧な仕上がりだと思っているのだけれど……。
「見事だ。アツマーでさえ、ここまでの力を持った『
「はい……! 魔石が凄まじい力を帯びているのが……分かります……! こ、こんな事が、あ、あるのですね……!」
「?」
なんかよく分からないけど、クロエ様もマークスさんも驚いている。
魔石の力?
残念ながらわたしには感じられない。
でも、クロエ様が満足そうなので……合格、かな?
「いかがでしょう?」
「今申した通り、見事な仕事ぶりだルナ。これは褒美を与えねばならんな」
「え? ほ、褒美だなんて! わたしは普通にいつも通り仕事しただけですから!」
「ふふふ……ふははは! いつも通り仕事をしただけと! なんとも謙虚な事だ。だが、これがいつもの仕事ぶりならば尚更褒美を与えよう。伐採が終わったあと……ああ、そうだな、入学パーティーで俺のパートナーとして参加する、などどうだ? ちょうど共に行くパートナーも見つかっていなかったし、ちょうど良い」
「…………へ?」
「……ドレスなど、一式贈ろう。楽しみに待っていろ」
「え、あ、え? あの、え? ちょ、ちょっと……!」
なんですと!?
自信満々、それも、満面の笑顔で……ほ、褒美っていうか……ソレ……!
「ではな!」
「ありがとうございます、ルナリーゼ様! では、我々は伐採に向かいますので!」
「ちょっとおおぉ!?」
ばたん。
……去っていく二人を引き止める間もなく、さらりとなんか決まったような気がするのですが……いや、ちょっと……ちょっと待て。
クロエ様よ、なんて言った?
「すごいじゃない! クロエリード様のパートナーとしてパーティーに出るなんて! アンタ! 上手くいけば婚約者も夢ではないわよ!」
「い、いや……あの……わ、わたし……仕事に生きると決めたので……」
「なに言ってるのよ玉の輿よ玉の輿! 仕事なんて王妃になったあとも続けられるわよ! やっだちょっと白狼王の妻だなんて、きゃああああああぁ!」
「…………」
ミールームさんがやたらと盛り上がりまくっているところ、大変申し訳ないのだが……わたしには思い当たるものがある。
入学パーティーで、続編にライバルが登場するのだ。
……『前作のクリアデータ』をダウンロードしてゲームを開始すると、前作ヒロインのルナリーゼがライバル役として現れるパターンと、前作悪役令嬢のアンリミリアがライバルとして現れるパターンがある。
それは、前作で『誰とも結ばれなかったルナリーゼ』と、普通に『ルナリーゼにざまぁされたアンリミリア』のパターン。
だから、通常のプレイヤーが目にするのは『悪役令嬢アンリミリア』のはず。
でも……でも、今回は——!
「ちょっとなんでテンション爆下がりしてるのよ!」
「あ、いや、その……クロエ様が無事にお戻りになるか心配になってしまいまして……」
「大丈夫よ! アンタの浄化した『
「……絶対ありえませんよー、そんな事ー」
つーかあってたまるかぁぁ!
頭を抱えたくなる。
ほんと、ほんとに冗談じゃないの!
完全に『イベント』発生じゃないいぃ!
そりゃ多少は回避出来ると思ってるし、出会いイベントは重要どころかもはや強制だろうけれど!
わ、わたしも強制参加だとおぉっ!?
めっちゃヤダ。
ホンットヤダ。
すっっっっごい、ヤダ!
地味に当て馬にされ続ける二年間が——始まる!
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