第9話 ヒロイン、独り立ちする【後編】



「よし! これからは頑張ろう! 真面目に生きよう!」

「なんだかよく分からないけど、話を戻すとパーティーがあるわけでね」

「あ! そ、そうでしたね、すみません。そのパーティーっていうのは……」

「まあ直近で言えば入学パーティー。そのあとは各領主王たちの誕生日パーティー。そして卒業パーティーね」

「王様たちのパーティーですか」


 それはあって当然ね。

 どの国でもあると思う。

 ……ただ、この国は王様が八人——共王国と呼ばれる所以ね——いる。

 年に八回誕生日パーティーがあるのは間違いなくこの国だけだ。

 ゲームの中だと、確か……ああ、そうだ、王様たちの誕生日は二年目……うん、二年生の時にパートナーになるかならないかが好感度によって決まる。

 全員の王様を攻略すると全員の誕生日パーティーでパートナーとして選ばれ、逆ハーレムルートで全員の寵妃になるのだ。


「……そんなにたくさんあるんですか」


 ちなみに隠れキャラは、獅子王ジルレオンの息子ジルハード。

 ……獅子王ジルレオンは最年長。そして唯一の既婚者。

 奥さんは数年前に他界しており、息子ジルハードとはやや微妙な距離が出来ている。

 それを解消すると、ジルレオンとその息子を攻略、となるわけね。

 ……けど冷静に考えると父親と息子が一人の女を好きになるとかただの修羅場じゃない?

 あ、はい。乙女ゲームの中でそれは野暮ね、はい。二度と言いません。

 大体それ言ったら逆ハールートなんて総勢九人の王の寵妃……乙女ゲームじゃなかったら戦争ものだ。

 はは、そうね! 突っ込んではダメよね!


「それで、そのパーティーが……まさか……」

「多分呼ばれると思うわ。『宝石祝福師』は希少職だから。他国の人たちも繋がりが欲しいのよ。つまり……」

「他国からも依頼が来る……」

「そうよ! パーティーで人脈を作っておけば!」

「お仕事が増える!」


 ……クロエ様はわたしを「他国に引き抜かれたくない」と言ってたけど、自分のキャリアアップには持ってこいの場所なのね。

 仕事に生きると決めた以上、それは——アリだわ!

 パーティーなんて当て馬の絶好の仕事場のような気もするけど……まあ、当て馬になるより人脈を広げる方が誰がどう考えたって重要!


「そしてパーティーへ行くにはドレスや装飾品やメイクも必要」

「うぐっ!」

「支度は城のメイドたちに頼めばいいわ。ただ、ドレスは年に十六着は確実に必要って事だけは覚えておきなさい!」

「は、はい! ……って、ん? 十六着?」


 多くない? 予備?

 思わず聞き返すと、ミールームさんがニヤ、と笑う。

 はあ、可愛い。


「アタシの分もよ!」

「分かりました!」


 アライグマのドレスとか絶対死ぬほど可愛いでしょ。

 オーダーメイドで頭の先から足の先まで年間八着、全て揃えて差し上げますとも!

 絶対可愛い……ミールームさんのふわふわの毛並みをお風呂で洗い上げ、もふもふにして、可愛いドレスを着せ替えて遊……んん、パーティーへ行くなんて絶対楽しい!


「なんか怖い事考えてない?」

「考えてませんよぅ?」


 うふふ!

 艶々の黒いお鼻と目の下。

 しましまのしっぽ。

 小さなお耳と手足……。

 この体長一メートルほどの生き物がいろんな色、いろんなデザインのドレスを着てトコトコ歩く姿を想像したら——!

 ひゃぁ~! 絶対可愛い~!

 抱き締めたーい!


「てっきり嫌がるかと思ったのに、意外とノリノリね?」

「え? そんな是非やらせてください」

「……え、なにそれなんか怖い」

「なんでですか、そんな事ありませんよ」

「ま、まあ、ともかく入学式は来週よ。そうなればお城の中もこれまでより賑わうと思うわ。学生食堂はルナリーゼの故郷の料理もあるから、挨拶がてら一度行くとして……まあ、いつ行くかはあなたに任せるけどね」

「はい!」

「あと、そうだ……近く『六種族会談』もあるそうよ」

「『六種族会談』……ですか?」


 名前からして偉い人が集まって行われる、国際会議……って感じかな?

 六種族、と言われているけど、この国は王様が八人いるから実質十五人くらいで行われるんだろう。


「ええ、最近各地の『邪樹じゃき』の出現がとても増えているそうなの。その対策会議みたい。……噂だと白狼領に新しい邪樹が五本も確認されてるらしいわ。多分近いうち陛下がご自分で騎士たちを指揮して、伐採に向かわれると思うけれど……」

「五本……って、多くありませんか?」


 一つの領に五本。

 ベルクレス共王国内全てでは?

 他の領地にも同じ数だけ生えていたのなら、この国だけで四十本も生えている事になる。


「……っ」


 まさか、ゲームの影響?

 そんなはず……。

 い、いや、確か続編のメインストーリーでは、騎士志望の主人公が攻略対象たちと一緒に『邪樹じゃき』のラスボスみたいなやつと戦う……みたいな感じだった。

 テキストゲームだから、好感度と選択肢によって割とあっさり終わるんだけど——……でも、それは……ゲームの中の話だ。


「そう、多いのよ、最近。だからこれから、身体強化効果や守りや治癒の効果がある『祝石ルーナ』を頼まれる事が増えると思うわ」

「! わたしにも手伝える事があるんですね!?」

「もちろんよ。『祝石ルーナ』は出来ない事の方が少ないくらいよ! アタシたちも出来るだけ協力しましょう!」

「はい!」


 良かった、わたしにも出来る事があるんだ!

 ……本当なら、わたしの『祝福』が攻略対象たちとの愛の力で『星祝福ステラ』になるはずだった。

 でも、わたしは……誰の愛も得られなかった。

 だから続編の当て馬と化したのだ。

 それは全て自分自身の責任。

 それなら、ここで出来る事をしよう。

 反省はした。

 あとは頑張るだけだ!


「でも今日のところは仕事はおしまいよ」

「えー!」

「それより、今年八回分のアナタとアタシのドレスを買いに行くべきだと思わない?」

「! お、思います! 行きましょう!」

「ええ! 行くわよ!」


 よっしゃあ!

 ミールームさんを着せ替えアライグマにして遊……ンン、愛でるわよ!



***



「ほう? 見事なものだな」


 白狼領、王城一室。

 昨日ルナリーゼが『浄化』して『祝福』した水晶玉が庶務机の上に置かれていた。

 持ってきたマークスは、王の言葉に「はい、本当に!」と嬉しそうに返事をする。

 数年前に任せて、それきり忘れられていると思っていた『病守護水晶』が返ってきた。

 ようやく、だ。

 人間がアレルギーのクロエリードにとって、この水晶玉がない事は非常に不安でしかない。

 持ち運び出来る『対人間アレルギー』効果のある『祝石ルーナ』はあるが、この大きな水晶玉の『祝石ルーナ』さえあれば五年に一度の『六種族会談』に十分臨める。


『六種族会談』——人間、獣人、エルフ、ドワーフ、有翼人、地底人。


 人間は人間以外をまとめて『亜人』と揶揄するが、その『亜人』とまとめられる種族は人間を『劣等種族』と蔑む。

 もっとも、そこまで差別的な物言いをする者は各政府内にはいないが……民間レベルだと諍いが起きる程度には存在する。

 しかし、今はそんな事を言い争っている場合ではない。

 六ヵ国の国境が隣接した大陸中央の『神獣の森』に『邪樹じゃき』が発生したと報告があったのだ。

 それも、最深部に。

 すでに刈り取られたとは聞き及んでいるものの、他に発生していないとも限らない。

 最近は魔物の出現が明らかに多くなっている。

 大陸全体で『邪樹じゃき』の発生率が上がっているのだ。

 ……なにか原因があるのではないか。

 他の国の王たちもそう考えているようで、一度『六種族会談』を開きたいと打診があった。

 言い出したのはこの国の八獣王が一人……獅子王ジルレオン。

 彼もまた人間アレルギー持ちだが、『祝石ルーナ』のおかげで症状は抑えられる。

 問題は自分だけだ。

 しかし、水晶が戻った今なら応じられる。


「……それにしても、邪樹の件は不気味ですねぇ……。原因があるといいのですが……」


 原因があればいい。

 それは、原因があれば対処出来る。

 マークスの呟きに含まれたその意味に、クロエリードは目を細める。


「そうだな……まあ、そもそも邪樹がなぜ生えてくるのかも不明だ。邪樹が魔物を生む原理も不明……研究しようにも、発生がランダムで追いきれん。積極的に調べたいという学者もおらんし、なにより危険極まりない。……まったくもって困ったものだ」

「ですねぇ……」

「……伝説の力……『星祝福ステラ』があれば……」

「ああ、古に異世界からもたらされたという奇跡の光の力、ですっけ。この世界が人間の生み出した科学の力で一度滅んだあと、異世界から『星祝福ステラ』が降ってきて世界に命を芽吹かせた……」

「そして、その光の力は時折再臨し、邪樹や魔物を浄化して消えていく……。この伝承もまた謎だらけではあるが……」


星祝福ステラ』という未知の力が、邪樹や魔物という脅威を退けるものであるという事は、すべての種族が知る伝承。

 なぜ、この力に関してこうも曖昧なのかは各国の王家に伝わっている。


 ——『星祝福ステラ』は守られねばならない。


 つまり守るために、曖昧な表現にされている、という事だ。

 一体なにから守らねばならないのだろうか?

 まったくもって悩ましい。

 しかし、先達たちがそう判断したのであれば、きっとそれだけ危険ななにかが『星祝福ステラ』を狙うのだろう。

 単純に考えれば邪樹や魔物たちなのたが……。


「まあいい、ジルレオンに『六種族会談』にクロエリードも賛成、参加を表明すると伝えろ」

「はい!」

「……これでなにか変わればいいのだが……」


 手を組み、執務室の窓から空を見上げる。

 報告書の邪樹発生報告件数は、三年前から右肩上がりで増えていた。

 気味が悪い。

 なにかの前触れなのでは、と勘繰るのも無理はないだろう。

 そして、同じ報告を受けた各国の王もおそらく同じ心配をしている。


(『大災禍樹だいさいかじゅ』……あれが生まれる前兆でなければいいのだが……)

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