第8話 ヒロイン、独り立ちする【前編】


 アツマーさんが失踪してから一週間が経ちました。

 わたしは今日も元気に、そしてなんとか仕事をこなしています。

 ……まあ、実際アツマーさんがいなくなったところで本当に特になんの問題もなくて逆にどうなの、って感じだけども。


「今日の分はこれで終わりよ」

「え! もうですか!? まだまだいけますよ!」

「うふふ、アツマーなんて半分でやめて遊び呆けてたのに……真面目ねぇ。まあいいわ、でも本当に今日はこの分で終わりにして。ちょっと面白い話が来てるの」

「?」


 こっち、とミールームさんについていく。

 ダイニングテーブルに座らせられて、お茶とお菓子を勧められる。

 勧められたらもちろん食べるけど。


「実はアナタに学園の臨時講師にならないかって打診がきて……」

「お断りします。仕事に集中してるので」

「アラァ、即答で断られるとは思わなかったわ〜」


 小首を傾げるアライグマとかあざと可愛いがすぎる気がしないでもないけど、それだけは絶対嫌だ。

 だってその学園って、この城の中にある『獣王立ベルクレス学園』の事でしょ!

 続編の舞台じゃない!

 お断りよ!


「そう? じゃあ仕方ないわね。でも、多分そこからも『祝石ルーナ』に関する依頼が来ると思うわ。獅子王の息子が夏から通うコトになってるから」

「? 夏から?」

「人間の国は春から年度が変わるっていうけど、ベルクレス共王国は夏からなのよ。春は恋と出産の季節。そういう時期の……まあ、そのなんていうか、盛りの時期ね。そういう種族が多いから、それが落ち着く夏場が卒業と入学の季節なの」

「……な、なるほど」


 せ、生態が関わっているのか。


「あとは夜型の獣人も多いし……これからの時期、お城はとても賑やかになるわ。血の気の多い学生も中にはいると思うから、夜ご飯は自炊にするようになさいな」

「!」


 お城の食堂を控えろって事ね。

 毎日ステーキは確かに厳しかったし、自炊の仕方も覚えてきたけど……むむむ、確かにそれはちょっとね。

 うっかり続編ヒロインと遭遇して、続編の当て馬にされるのは嫌だ。

 可能な限り避けたい……めんどくさいし。


「まあ学生が増えると食堂のメニューに草や顆粒が増えたりするんだけど」

「は? 草? 顆粒?」

「人間のルナリーゼには関係ない話よね」

「……そう、ですね……」


 あれかな、草食の獣人が生徒として入ってくるからかな?

 多分学生寮があったはずだけど……白狼領の城の食堂にも来るの?

 うーん、続編はあんまりやり込んでないから、記憶が曖昧だな。


「あの、ミールームさん……その学校についてもう少し詳しく聞いてもいいですか? その、人間の学校とは色々違う、んですよね?」

「ああ、そうね。じゃあ、えーと、どこから説明したらいいかしら……」


 この城の中にある『獣王立ベルクレス学園』……それについて知っておけば、無駄な当て馬にならずに済むかもしれない。

 情報が増えればプレイしていた時の事も思い出せると思うし。

 ……とはいえ、前作……ルナリーゼわたしが主人公だった方はやり込んでた作品だから知識は豊富。

 続編の方はちょうど生活が忙しくなってきた頃だったから、前作ほどやり込んでない。

 忘れている事の方が多いのだ。

 聞いて思い出せたらいいんだけど……。


「学園は……『獣王国立ベルクレス学園』は全寮制。草食も肉食も関係なく同じ部屋に入るわ。部屋は二人部屋ね。他にも他国から留学生が入ってくるわよ。この国は魔石を用いた武具が他の国より多いからね」

「ドワーフやエルフ、ですね」

「そうよ。あとは人間、有翼人種ね。この国に留学してくる他種族の主な目的は、この魔石を用いた武具について学ぶため。あとは戦闘技術を学ぶためと言われてるわ。獣人族は他の種族より戦闘に特化してるから、各種族国の騎士志望者とかが多いわね」

「へぇ……」


 ……そういえば、続編のヒロインは人間の国……『風蒼国』からの留学生。

 女だてらに騎士を目指し、『獣王国立ベルクレス学園』へ留学生枠で入学してきた。

 確か、『風蒼国』の子爵令嬢だったかしら?

 で、八つの領の中心であるこの巨大なお城の中にある学園で、八つの領の領主であり王である攻略対象たちと出会い、惹かれ合う。

 うーん、なかなか特殊な設定で面白そう!

 普通にプレイヤーとして遊んでみたいゲームだわ!

 ……は? いくら学園が城の中にあるからって、王様とそんな簡単に会えるのかって?

 突っ込んではいけないわ、それは野暮というもの。ここはゲームの中の世界よ……。

 そんな事突っ込んだら逆にただのバカだからね。うん。


「そうか、人間や有翼種が来るから……学園の中の食堂ならルナリーゼも親しんだメニューが増えるんだわ!」

「! 『風蒼国』の料理が、食堂で食べられるようになるんですか!?」

「そうよ! 『風蒼国』の料理も出るようになるわ! 人間のシェフが来るはずだもの! やっぱり臨時講師に——」

「それは嫌です」

「嫌なんじゃ仕方ないわね〜。きっと美味しいと思うわよ〜? アナタ元々貴族だったんでしょ? 本当に残念ね〜?」


 チラ。

 ……と、腕を組み、ウインクしながら見上げられる。

 クッ……確かに自炊するより普通に作ってもらったご飯が食べたい!!

 多分留学生を迎え入れるために『風蒼国』で料理を学んだであろうシェフたちが食堂の厨房に待機している、はず!


「……、……そ、それは……」

「ふふふ。まあ、講師にならなくても、学生食堂の利用は城勤めしていれば自由よ。ただちょっと学園関係者として行った方が、心苦しさみたいなものがないと思ったの」

「うう……た、確かに……」


 おっしゃる通り〜!

 城務めだとしても学園に関係していないと学生食堂は……ちょっと恥ずかしいかも。

 い、いや、でも城務めをしていれば自由に食べに行けるっていうのはいい事聞いた!

 めっちゃ食べに行こう!


「……」


 いや、でも……食べに行く度に当て馬になる可能性が……?

 ………………。

 なにそれ、ひどくない?

 ご飯の魅力には、抗えないわよ?

 あ、でも学園が終わったあとなら——……いや、夜行性の種族もいるから夜もやってるんだ、ここの学園。


「まあ、あとはそうね。気をつけるべきなのは、夜行性の血の気の多い肉食獣よ。あと、たまに物珍しさから各領主である王が学生食堂に現れるわ」

「王様が!?」


 そんな気はしてたけど学生食堂に現れるの!?

 マジでなにしてんの王様たち!?

 クロエ様あたりはいても不思議じゃないってすでに学んでいるけれども!


「驚く事に、皆様自分が通った学生食堂で食事するのがお好きなのよ……」

「な、なるほど……母校なんですね……」


 そりゃ母校が住んでるところの中にあれば、ついつい行きたくなってしまうのも無理はないかも?

 だとしてもお気軽に来られる方が心臓に悪くない?

 お、恐ろしい国だわ、いろんな意味で!


「そんな感じで人間の国より王様がフレンドリーで気軽に歩き回っているの。気をつけて」

「き、気をつけます」


 ……ゲーム通り、って感じかな?

 そういう設定なら分からなくもないものね。

 でも実際に遭遇したらかなり嫌だなぁ。


「……ちなみに、臨時講師ってなにするんですか? 参考までに」

「他国の……そうね、特にエルフやドワーフ、そして有翼人種は『祝石ルーナ』を好んで持ち歩くの。だから他国の人間にとっても『宝石祝福師』は重宝されるわ。人間の国は一部しか『祝石ルーナ』を好まない。なんか一昔前の人間の国の王様が、『祝石ルーナ』に頼りすぎて国を傾けてしまって以来『よくないもの』とされてしまっている……という話を聞いたわ」

「……そんな事が……?」

「力を持つ石に振り回されてしまったのでしょう。人間は他の種族より占いとかを深刻に捉える人が多いそうだから」

「…………」


 そうなんだ。

 それで『風蒼国』は『祝石ルーナ』がなかったのね。

 占いにハマりすぎた王様のせいとか、妙に生々しくて気持ち悪い……。


「そんな生徒たちの『祝石ルーナ』の浄化を頼まれたりするのよ」

「そうなんですね……学生さんからもやっぱりお金は頂くんでしょうか?」

「もちろんよ。こっちも仕事だもの! とはいえ留学生だからそんなに多くもないと思うわ」

「ふむふむ……」

「あとは、そうね……パーティーがあるわ」

「パーティー……」


 乙女ゲームのイベントね。

 と、頭で理解していても、最初に浮かぶのはわたしが『風蒼国』の学園で味わったあの瞬間よ。

 学園から追放されたのはパーティーの最中だったわ……。

 フッ、今となっては懐かしい。

 そして、今考えるとそうされても致し方ない態度だったと言えよう……。

 わたし、本当にただの性悪女だった。

 身分が低いにも関わらず、あの振る舞い……。


「…………」

「ルナリーゼ? どうかしたの? 頭なんか抱えちゃって」

「…………いえ、少し過去の自分の残念さに頭痛が……」

「パーティーでなにかやらかしたの?」

「パーティーでも、ですかね……まあ、そんなに深く聞かないでくださると助かります」

「オーケー、分かったわ。でも人は誰しも失敗するものよ。過去の失敗にばかり囚われていては、先に進めないわ」

「ですよね。そこから学び、反省して今後に活かせばいいんですよね!」

「そうよ!」


 わたしは二度と! 二度と驕らないわ!

 乙女ゲームのヒロインであるという立場から、なにもしなくてもみんなに……攻略対象に愛されると信じて疑わなかった!

 ええ、選択肢やセリフさえ間違えなければ万事上手くいくものだと思っていたのよ!

 でも、現実はそうじゃなかった。

 思えばゲームの中の『ルナリーゼ』だって、ちゃんと自分磨きをやってたもの……。

 わたしはそれを、怠った。

 怠っておきながら、ゲームのシナリオ通りに行くと思っていた。

 浅はかだわ……。

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