第6話 ヒロイン、新生活を始める【後編】
「左の部屋が作業部屋だ。あそこで宝石に『祝福』をする。で、正面にあるのがダイニングだ。台所はその脇にある。飯は作ってもいいが近くに城の食堂があるんで、基本はそっちで飯を食った方が美味いもんが食えるな」
「は、はい」
そ、そうだろうなぁ。
……『風蒼国』では貴族だったから、一応食事は全部シェフが作ったものを決まった時間に食べてたし、学園でもそうだった。
今世では自炊しなくていいんだヒャッホー! とか思ってたけど……この国は獣人の国だし食べ物はだいぶ違うかもしれない。
少し、料理覚えようかしら。
「んで、右側の通路左にあるのが寝室。奥が風呂とトイレだ。通路の右側に二つ部屋があるが、片方は倉庫、もう片方は空き部屋なんじゃが、まあ、事務仕事の時なんかに使っとるよ」
「ひ、広いんですね」
「自宅も兼ねとるからのう。本当は城下町に屋敷を一軒もらったんじゃが、帰る時間もなくてここで寝泊まりしとったらまあ、居心地良くなっちまってなぁ。とはいえこんなジジイの住んどった場所に住むのも辛かろう。空き部屋をお前さんの部屋にして、まずは仕事を覚えてもらうとしよう。多分近いうちお前さんにも屋敷が贈られるじゃろうが、それまでの寝床じゃな。それとも城の方に部屋でも用意されとるんか?」
「い、いえ?」
どうなのだろう。
そういえば寝るところについては言われてない。
多分あの様子だと望めば城の中に部屋を用意してくれるだろうけれど……。
「早く仕事を覚えたいので、空き部屋を頂きたいです」
「ほうかほうか、なんとも熱心な嬢ちゃんで助かる! じゃあ仕事を教える前に今夜寝るところを整えるか。まあ、ワシ腰がアレなモンで手伝えんけども」
「だ、大丈夫です。じゃあ、ちょっとお借りしますね」
「ああ、待ってくれ。その前に紹介しておかにゃならんのがおる。おーい、ミールーム! いつまで寝ておるんじゃあ!」
アツマーさんが自室に向かって叫ぶ。
すると『うるへー』と甲高い声が聞こえて木の扉が開いた。
「え?」
出てきたのはアライグマだ。
小さな黄色い体、顔に入った黒い線。
小さな手足でトコトコこちらに近づいてくる。
可愛らしいエプロンを纏っているので、まあ……獣人の一種っぽいけど。
「あん? なんなのよ、この子」
「紹介する、ルナリーゼ。これはワシの助手のミールームじゃ。在庫の管理や仕入れ、品出し、宝石の洗浄などを行ってくれる。まあ、後々その仕事ぶりは分かってくるじゃろ。ミールーム、こちらはルナリーゼ嬢ちゃんだ。ワシの後任『宝石祝福師』じゃぞ!」
「アラ! ついに後任が来たのね! やっぱりまた人間種が来たの」
ほー、っとまじまじ見上げられる。
しゃがんで目線を近づけ、ミールームさんに頭を下げた。
「初めまして。ルナリーゼといいます」
「アラ! 礼儀正しい子ね! アタシはミールーム。代々ここの『宝石祝福師』の助手をやっているわ。よろしくね後任ちゃん」
「は、はい!」
おそらくこの可愛らしいもふもふな見た目とは裏腹にわたしより年上なのだろう。
はぁ〜、なんて可愛いのかしらアライグマ!
前世では害獣指定されてたけど、やっぱり見た目はめちゃくちゃ可愛いわ〜!
「生活面で不安な事があればミールームに聞くといいじゃろ。女同士」
「そうね! なんでもお聞きなさい!」
「ありがとうございます」
「さて、それじゃあ空き部屋の片付けを始めるとするかのう」
「はい!」
「寝床を確保するのね。手伝うわ!」
「ありがとうございます、ミールームさん」
そんなわけで午前中は空き部屋の片づけとお掃除。
ベッドはお城に申請して買ってもらう事にして、それまでは簡易なマットレスで寝るかお城の部屋を借りる事にした。
部屋が出来ると、なんだか気合が入るわ。
「…………」
そして、改めて思う。
わたしはもう、乙女ゲームのヒロインではないのだと。
まあ、それはもう終わった事。
これからはほどよく当て馬になりつつ仕事一筋で生きていくのよ。
大丈夫、真面目にやりたい事をやっていれば今度こそ幸せになれるわ、きっと!
「腹も減ったし、まずは腹ごしらえするか。食堂の場所も教えておこうと思ってたしな」
「そうね。大丈夫かしら? ルナリーゼ。覚える事たくさんあるけど」
「まだ大丈夫です。ありがとうございます」
ミールームさん可愛い。
とことこ、短い足で歩いてついてくる。
でも、さすがに飽きたのかアツマーさんの肩に飛び乗った。
これはこれで可愛い〜!
「お前さんがワシの肩に乗るのも、あと何回だろうなぁ」
「やーねぇ、このジジィ。もう辞めたあとの事考えてるわ」
「あはは」
カボチャの作業場を出て、渡り廊下から長い柱の続く廊下をちょっと進むといい匂いが漂ってくる。
たくさんの亜人や獣人が、そこでご飯を食べていた。
いやー、『風蒼国』の王立学園の食堂とは比べ物にならないほど広い!
「この国は肉食獣が多いから、ほとんどはお肉のメニューばかりなの。人間にはちょっとバランスがよくないから、城門前の市場で野菜やミルクを買って自炊するといいわ」
「もしかして、あの台所って……」
「そうじゃ。肉ばかり食っとったら、胃もたれして働けなくなってのぅ。かと言ってちゃんと焼いとらん肉なんざ食えたもんじゃねぇ。ここの食堂にあるのは、血の滴った生肉としっかり焼きあがったステーキ肉ばかり……。まあ、三食食い続けると三日で飽きるわい」
「う、うわぁ……」
それは飽きそう。
というか、朝、昼、晩と三食ステーキは確かに重い……!
肉は美味しいのだが、パンやスープもないそうだ。
それはきつい!
「城門前市場は色んなもんが売ってるから、まあ、行ってみるとえぇ。城下町まで足を伸ばせばもっと色々あるしのぅ。この城のモンに飯を頼むと必ず肉しか出てきぃせん。シェフが肉しか焼いた事がないんじゃ」
「…………」
事前に聞けて本当に、本当に良かったです、その情報。
しかしそうか。
食文化がかなり違うのか……その辺りあんまり考えてなかったな。
つまり、つまり……自炊しなければチャーハンも食べられないって事……!
くっ! お肉は美味しそうだから焼き豚チャーハンは美味しく作れそう、頑張る!
——そんな感じで、その日一日は掃除や片づけ、部屋の準備、城の中でわたしたち『宝石祝福師』が関わる場所などを教わって終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます