第5話 ヒロイン、新生活を始める【前編】
馬車に揺られて三日。
夜は点在する町に泊まり、美味しいご飯を食べて、ついにベルクレス共王国に入国した。
王様のおかげでわたしの冒険者登録証明証は必要なく、かなりあっさりと『白狼領』の城へと足を踏み入れたのだ。
さて、その前に前世の知識で少しこの国についておさらいしておこう。
偶然当て馬にされるのはこの際諦めるけど、その後の人生はわたしのものだもの。
今後の生活拠点について、足りない知識を補うためにも必要よね。
『ベルクレス共王国』は八つの獣人種族が複数の獣人種族を抱えている国。
『獅子』『牛』『狼』『鷹』『熊』『虎』『ワニ』『サメ』……それぞれの王がそれぞれの領地とそこに棲む無数の種族を治めるている。
国の形も面白く、ホールケーキのようになっていて、水域は『ワニ』と『サメ』の王、高山地域は『鷹』、草原地域『牛』、森は『虎』、山林は『熊』、雪原を『狼』、そして……サバンナは『獅子』。
そんな感じで自分たちの住み良い場所を担当している感じ。
国の中央……つまりここ『都・ベルクレス』はその領域の中心も集まっている。
王たちはこの首都の中央にある『八獣王城』に住み、それぞれの領地の仕事をしているのだ。
まあ、つまり……わたしが今いるお城のどこかに他の王たちもいるという事ね。
続編『風鳴る大地〜八つの種族の国王様〜』の舞台はこのお城だ。
ヒロインはこの城の中にある学園に留学してくる騎士志望の少女。
真面目で健気な姿が王たちに気に入られ、逆ハーエンドならば全ての王たちに愛されるシンデレラストーリー……だったかな?
一番人気は『獅子王』ジルレオンと『白狼王』クロエリード。
前方をうきうき歩いている、わたしの上司ね。
「そうだ、ルナリーゼよ。俺の事をクロエと呼ぶ事を許す!」
「は? え? し、しかし……」
「親密さをアピールして引き抜きを予防だ」
「…………了解致しましたクロエ様」
そんなにわたしが引き抜かれるのが困るのか。
いや、この人の体質を考えれば逃すわけにはいかないのだろう。
そんなに心配しなくても大丈夫なのにね。
つーか引き抜きって親密さをアピールしてなんとかなるものなのかしら?
「……それなら、わたしの事もルナとお呼びください」
「そうか! ではそう呼ぼう!」
無邪気かよ……。
「こちらだ」
城の玄関ホールを進むと、左右に分かれた片階段がある。
それを登って左の廊下を進む。
今のところ誰とも会わないんだけど……お城ってもっと賑やかなイメージだったんだけどな。
馬車を降りた時もクロエ様が自分で格納と馬を厩舎に連れて行っていたし……。
「あのう、もしかして白狼領って人手不足……とか、なんですか?」
「んー? いや、俺がなにも言わずに出かけたので、探し回っているのだろう」
「…………」
しれっとなに言ってんだこの人。
「え……お、お、王様なのに、なんにも言わずに……?」
「はっはっはっはっ!」
笑い事かぁぁあ!
「へ——……陛下ぁぁぁぁー!」
「!」
顔を上げる。
右の通路から走ってくる狼の獣人。
片眼鏡をつけたふさもふの……ふ、ふさもふぅ……!
なにあれぇ! もっふもっふぅ!
バトラーの服からはみ出たもっふもっふの首の毛! 尻尾! 立ち耳!
かっ——可愛いーーー!
「お戻りになられたのですね! んもおぉ! また勝手にいなくなってえぇ! 心配したんでありますぞぅー!」
え、なにこれ可愛すぎ問題では?
その場で地団駄踏み始めたわよ?
か、可愛いがすぎる。
あまりの可愛さに表情筋が仕事を放棄したわよ。
「! ……あれ、こちらは……?」
「! は、初めまして、ルナリーゼ・フォトンと申します」
「俺の専属『宝石祝福師』だ」
「げぇ……本当に自分で探しに出かけて見つけてきたんですかぁ? これだからぁ……!」
「…………」
びえ、と大口を開けて涙を滲ませる狼さん。
口を開けると鋭い牙が並んでいて、やっぱり狼なんだなって思うんだけど……動きがちょまちょましててやっぱりただの可愛いだ。
「こちらは?」
副音声:あまりにも可愛いので、一秒でも早く仲良くなりたいです。
「これは俺の補佐官の一人、マークスだ。ちょうどいい、マークス、この娘をアツマーのところへ連れて行って仕事をさせろ。逃げられても困るゆえ、扱いは注意しろよ」
「え、えええ⁉︎」
「俺は仕事をする。しばらくしていなかったから溜まってるのだろう? じゃあな」
「へ、陛下ぁ……」
……まあ、それはそうだろうけどさ。
意外にもきちんと仕事をする人なのね……いや、意外と言ったら失礼かもしれない。
彼は続編でも……まともに仕事をする王様の部類だったし。
ただ時折自由にいなくなるだけで。
「…………」
そうか、彼は自由なんだ。
執務仕事をするのも現地へ直接赴くのも彼自身が『そうしたいからしている』んだ。
……それに比べてわたしは……。
「え、えーと……ルナリーゼ様、であらせられましたか?」
「あ、はい。よろしくお願いします、マークスさん」
見上げてくる小さな狼の獣人、マークスさん。
困った顔をしてはいたけれど、咳き込むフリをして姿勢を正す。
「よろしくお願いします。いやはや、なんとも素晴らしい。我が領地の『宝石祝福師』をお受けくださるとか!」
「は、はい。やった事がないので自信はありませんが」
「いやいやいやいや! 大変助かります。『宝石祝福師』は希少職で、他の領地にも今はおられないところもあります」
「!」
え、そうなの?
……あ、けどそれで『引き抜かれては困る』って言ってたのか。
この国では比較的需要は高いけど供給が追いついていない感じだものね。
なるほど! やりがいがありそう!
「ではご案内します。歩きながらご説明をしても?」
「はい、お願いします」
と、言うわけで先任者となる『引退したい宝石祝福師』のところへと案内してもらう事となった。
マークスさんは黒い鼻を上向きにして「では」と得意げに話し始める。
「我々獣人や亜人は基本的に魔力に乏しく、魔法を使える者が多くありません。さらにその中で『祝福』を使えるのは数十年に一人生まれてくるかどうか……」
ええ⁉︎ そんなに少ないの⁉︎
ふぅー、と溜息を吐くマークスさんは首を左右に振りながら肩まで落とす。
「今、我が領地の『宝石祝福師』をしているアツマーも高齢でして……座り仕事も堪える、隠居して旅行したいとかもう毎日のように……はううう……」
「そ、そうなんですか」
座り仕事は嫌だけど旅行には行きたいのか。
「あ、こちらです」
彼が来た道を少し進んだあと、別棟への渡り廊下を通り、大きな……ほ、本当に大きな巨大カボチャの前にたどり着く。
カボチャはまだ緑色で丸くくり抜かれた場所が窓になっている。
同じくくり抜かれたそこに木の扉がついていて、マークスさんが扉をノックする。
……まさかこのカボチャが職場とは言わないよね?
なぜカボチャ?
なぜ他の棟は普通にレンガや石で出来ているのにここだけカボチャ⁉︎
『はぁーい、待っとってくれ。……どっこいしょっとぉ……』
中から聞こえてきたおじいさんの声。
そして、少しの間を置き扉のノブががちゃ、と音を立てる。
「おんや、マークスさんじゃないか? んん? その娘は?」
「!」
現れたのは……人間。
人間のおじいさんだ!
オーバーオールを着て、よれたブーツを履いたどこからどう見ても人間の……。
「陛下が数日前から行方不明になっていたでしょう?」
「ああ」
……そんな天気の話みたいなノリで振る内容の話かそれ?
「その成果です。『祝福』を使えるお嬢さんだそうですよ」
「おお! じゃあワシは引退してもいいんじゃな⁉︎」
「いやいや、せめて彼女に仕事を教えてからにしてください」
「な、なんじゃそうかぁ……うむむ、しかしそういう事なら喜んで承ろう! さあさあ! 入っておいで新人さん! 仕事について教えておこう!」
「は、はい! よろしくお願いします」
一気に表情が明るくなった、この人が今の白狼領の『宝石祝福師』アツマーさん、なのかな。
まあ、人間である時点でそうなのだろう。
マークスさんには「なにかありましたらお気軽にお呼びください」と言われてその場でお別れ。
くっ、やはりもふもふはダメだったか。
「お邪魔します」
いかんいかん、もふもふに目が眩んで本来の目的を忘れるところだった。
カボチャの中に入ると、思っていたよりも広い。
天井や壁、もちろん床も、なんとなくくり抜かれた痕跡は否めないけれど……ランプが吊るしてあったり大きなテーブルと椅子があったり、もっと言えば扉がいくつか見受けられた。
もしかして、個室がある?
入ってすぐ左には、壁と扉のついていない潜り口があり、その奥には作業場らしき場所。
「さて、えーと、名前はなんだったかな?」
「あ、失礼しました。ルナリーゼ・フォトンと申します」
「ルナリーゼか。ワシはアツマー・ルゴ。白狼領で『宝石祝福師』をしとる。まあ、見ての通りの老いぼれじゃ」
「いえ」
「まずこのカボチャの中を簡単に説明するぞい」
……やっぱここカボチャの中なのか。
カボチャ型を模した建物とかではなく、ガチで。
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