第4話 ヒロイン、労働契約を結ぶ



 がらがらと鳴る馬車の車輪。

 気分はドナドナドーナードーナー……である。


 ——隣の国……八人の獣王が支配するベルクレス共王国の王の一人、クロエリードと出会って三日後。

 わたしは晴れて、そのベルクレス共王国白狼領へと移動中でっす。

 はは、そうかー、続編ライバルルートかぁ。


 がくり。


 窓枠に額を打ちつける。

 マジか。

 しかし、ここまで来たら観念するしかない。

 おのれ、鬼畜眼鏡白狼王め。

「支払い? ああ、国に戻ってからしよう」ってケロリと言い放ちやがったのよ、こいつ。


「まだ拗ねているのか? 俺に望まれておきながらその態度。職も用意すると言っているではないか」

「……『宝石祝福師』……ですっけ」

「そうだ。ベルクレス共王国では希少職となるが、需要は多い。特に俺のような体質には必須だ」


 コンコン、と眼鏡の縁を叩くクロエリード。

 なるほど、ととても納得。

 一応ここへ来るまで、クロエリードはわたしに自身の体質について色々と話してくれた。

 人間アレルギー。

 魔力過多による大型獣化体質。

 そして、一番驚いたのは……花粉症。

 狼って、獣人って、獣王様って…………花粉症になるんだ……。

 いや、まあ、それは、うん、置いておくとして……クロエリードの眼鏡に使われているレンズ、実は水晶。

 度が入っているわけではなく、月を直接見ない事と『魔力封じ』の効果を持つそうだ。

 元々の石の持つパワーに、『祝福』を加えることで新たな効果や加護を付加する……それが『宝石祝福師』。

 ベルクレス共王国では大変希少職であり、重宝されているという。

 王に至っては専属の『宝石祝福師』がいるのも不思議ではないぐらい。


「実はこれまで俺の専属『宝石祝福師』をやっていた者が高齢で引退をしたいと言ってきたんだ。とはいえ、他の『祝福師』は別の王が抱えている。『祝福師』なしがどれほど大変なのかは俺も分かるからな、引き抜きは無理だ。なので、近場の国に『祝福』が使える者がいないかと探しに来たわけだ」

「…………。王様が、自ら、ですか?」

「その方が早いだろう?」

「………………」


 あれ?

 おかしいの、わたし?

 王様が近隣諸国まで直接『祝福師』になりそうな人材を探し歩くって、おかしくない?

 って、思うのわたしだけ?

 い、いや、なんかそれでこそ、クロエリード・セタンダって感じではあるけれど。


「えっと、じゃあ……クロエリード様は、わたしをその専属の『宝石祝福師』に、したい、と?」

「お前にとっても悪い話ではあるまい? 聞けば冒険者として下の下らしいではないか」

「ぐっ」


 それはこの男がわたしを『護衛にしたい。支払いは言い値で!』とギルドへ飛び込んだ時。

 最初は「不審者⁉︎」と怪しんでいたマーサさんたちときたら、事情を聞くなり「王様の専属護衛なんですごいじゃないか!」と手のひら返し!

 まぁね! 本当、普通の冒険者なら大出世レベルの光栄なお仕事!

 でも、わたしの場合冒険者としての実力ではなく、『祝福』が使える事だけを買われたのだ。

『祝福』は体力向上、身体強化、回復量アップという効果を与える光魔法。

 適性によるもので、確かに使える人間は多いとは言えない。

 わたしも『乙女ゲームのヒロインだからそういう設定』なのだ。

 まあ、そう言ってしまったら身も蓋もないのだけれど。


「衣食住、それから仕事部屋、望むなら侍女もつけよう。給料は『祝石ルーナ』の質と加護にもよるが歩合性。しかし、一つにつき銀貨一枚は固いと思え」

「っ!」


 この世界の通貨は全世界共通。

 前世の価値だと一枚で十万円相当の金貨、一万円相当の銀貨、千円相当の銅貨、百円相当の鉄貨、十円相当の石貨……この五種類が流通している。

 ちなみに、マーサさんちのチャーハンは鉄貨八枚。

 石貨十枚で鉄貨一枚、という感じで、硬貨の価値は十枚単位で上の位と同等となる。

 つまり、庶民の物価はとても安い。

 鉄貨以上は商人、銀貨以上は王族や貴族しか持ち得ないだろう。

 それほどの好待遇となれば、わたしを『ヒロイン』として認めなかったあの国へ戻るのはバカバカしい。

 ……と、普通なら思うかもしれない。

 でも、このままベルクレス共王国で『宝石祝福師』とやらに就職すれば、間違いなくわたしは続編の当て馬となるだろう。

 主人公の攻略すべき『八獣王』に大切にされる『英雄の娘』。

 ベルクレス共王国でも『邪樹じゃき』は問題視されている。

 成長すれば魔物を大量に生み出すからだ。

 それは世界全体の常識。


「み、魅力的なお話ですが……まだ駆け出しの冒険者なので」

「続けていても実りなどしないだろう? 『祝福』しか能がないと聞いたぞ」

「ううぐっ」


 そう、その通り。

 でも、それを認めるのはいささか癪だ。

 わたしが冒険者を続けたところで、これまでの生活に逆戻りするだけ。

 みんなに哀れまれ、蔑まれ、地味に迷惑がられる。

 攻略対象たちから『愛』を得られなければわたしの『祝福』は『星祝福ステラ』にはならない。


「……それは……」


 絶望的だ。

 ガタン、ガタンと馬車が揺れる。

 窓の外が、曇ってきた。

 雨でも降るのだろうか、黒い雲。


「…………」


 一度開いた口を、閉じる。

 きゅっと結んで……唇を噛む。

 わたしは————……わたしは、負けたのだ。

 あの悪役令嬢に、完膚なきまでに、完全に!

 この結末は、つまり、そういう……こと……。


「そんなにあの国に思い入れがあるのか? 心配しなくても、休みは望み通りにやる。まあ休まれすぎては話にならぬが」


 思い入れ。

 そんなのあるんだろうか?

 身体の弱い母の事は気がかりだけど、父には『二度と敷居を跨がせない』と言われ、王子や他の攻略対象者からも嫌われ、悪役令嬢に負けて……ああ、わたし……わたしって、本当に……今世で、なにしてるんだろう?

 ヒロインだからハッピーエンドが確定していると、そこにあぐらをかいて努力もしてこなかった。

 多分、その結末がこれなのだ。

 わたしはもう頑張りたくない。

 前世あんなに頑張ったんだから、今世は乙女ゲームのヒロインらしくゲーム通りに過ごせば、勝手にちやほやされて幸せになれる、と……そう思って生きる事を舐めていたのだろう。

 負けて当然だったのだ。

 そして、続編で当て馬にされまくる。

 結末さえ書かれぬほどに……。

 人生を舐めきったわたしには、相応しい末路なのかもしれない。


「…………。こんなわたしでも、そのお仕事なら……出来るんですよね?」

「? ああ、というか、『祝福』を持つ者にしか出来ない」


 きっぱり言い放たれて、顔を上げる。

 それなら……わたしは、わたしの人生を——今度こそ、ちゃんと、本気で、真面目に……!


「やります!」


 当て馬になるのは嫌だけど、結末が決まっているわけじゃないんだったら『宝石祝福師』としてキャリアを積み重ねればいい。

 前世で男なんてろくでもないと学んでるし、不真面目すぎてこのザマなら手に職をつけて今度こそ……今度こそ好きに生きるのよ!

 …………それにしても、真面目に生きすぎても、不真面目に生きすぎてもダメって……人生って本当難しい。


「そうか、じゃあ俺の専属として契約をしよう」

「え……」


 クロエリードが隣に来る。

 どすん、と隣に座りわたしの体を覆うように迫ってきた。

 ひ、ひぇ、え? え?

 む、無理無理無理無理、顔綺麗すぎるでしょなにこのイケメン。

 あ、乙女ゲームの攻略対象か!

 そしてわたしはヒロイン……いや、だが続編のヒロインのライバル役になる前作ヒロインは、続編の攻略対象と結ばれる事はない。

 だからこれは……どういう事⁉︎


「け、け、契約?」

「他の『王』に奪られては困る。『祝石ルーナ』がないのは死活問題だ」

「…………」


 そうですね、あなたの場合は間違いなく死活問題ですね、間違いなく。

 ……めっちゃ、真顔……。

 切実だなぁ。


「契約をすれば他の『王』に奪られる心配はなくなる」

「っ……」


 髪を一房、手に取られる。

 ヒロイン『ルナリーゼ』はおかっぱ頭だから、それほど髪は長くない。

 なのでとても、近い!

 こ、これなにかのイベント?

 いや、だから前作ヒロインと続編攻略対象では当て馬になる以外の接点はないはず……!

 ちょ、ちょおおおぉっ待ってええぇ!

 なんで前作の舞台である『風蒼国』でこんな胸キュン展開イベントをなに一つ経験していないわたしが続編での絡みなど当て馬になる時以外一切ないはずの続編攻略対象の近くにににに⁉︎

 自分がなに言ってるか分からなくなってきたぞ!


「そ、その、契約って一体……」

「もちろん……」


 まさか……まさか……!

 悪役令嬢アンリミリアの思わぬ行動の結果『追放されてしまった乙女ゲームの正ヒロインは続編攻略対象に溺愛される』的な展開——⁉︎


「労働契約だ」

「デスヨネーーー……」


 夢を見るのを、やめた。

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