第3話 ヒロイン、王様に出会う
それから一ヶ月が経った。
…………わたしは、冒険者として——。
『あ、ごめん。うちはいいや』
『間に合ってる』
『いやいや『祝福』しか使えないんだろう? バフは間に合ってるよ』
『え? 『祝福』だけ? 回復が使えないなら役立たずじゃねーか』
『あのさ……冒険者向いてないし辞めた方がいいぜ、嬢ちゃん』
「…………マーサさん、今夜も働かせてください」
「あいよ。じゃあその前に飯食べときな」
こんな事、ある?
ぼ、冒険者登録をして一ヶ月。
最初のうちは物珍しさから連れ歩いてくれる冒険者も何組かいた。
しかし、二週間、三週間が経つにつれ、そんな言葉を貰うようになり今ではこの酒場に来る全ての冒険者にパーティー入りを断られるようになったのだ!
な、なんなのこれ……冒険者エルリエルルートじゃないの?
確かにエルリエルルートは一週目をクリアすると解禁され、序盤の魔物に襲われるシーンで助けてもらうイベントで出会うから、それがなかったわたしには実質不可能なルートなのだと思っていたけれど!
い、一ヶ月経ったのに殿下たちは一向に迎えに来ないし……ううぅ、ねぇ、嘘でしょ?
わたしヒロインなのよ?
なんで放置されてるの~!?
「おーい! 誰か回復使えるヤツは残ってねーか!? 表で具合悪そうにしてるヤツがいるんだ!」
「!」
バターン!
派手な音を立てて一人の冒険者が入ってきた。
マックスさんが立ち上がってカウンターから出ると、玄関の先を覗き込む。
「本当だ。困ったな、ヒーラーはみんな出払っているんだ。残ってるのは……」
「っ、わ、わたしでよければ!」
「え? じょ、嬢ちゃんがぁ? い、いやいや、嬢ちゃんの『祝福』じゃあちょっと無理なんじゃないか?」
「ぐっ!」
た——確かに!
確かに
『祝福』……体力向上、身体強化、回復量アップという効果を与える光魔法の一種。
でも、攻略対象と結ばれれば、その愛の力によって魔物を浄化する『
……ように、なるのよ、本来は。
『
『祝福』とは比にならない強い力だもの。
……今の私には、使えないだけで!
「そ、そんなの分かりませんよ!」
「ま、まあ、ないよりはましか。分かった、こっちだ、ついてきてくれ」
「む、むぅ」
完全に『使えない雑魚』認定してくれちゃって!
こう見えてもヒロインなのよヒロイン!
もしかしたらひょんな事から『
そう考えてギルドの外に出る。
冒険者のあとについて進むと、大通りを少し南……繁華街側に進んだ場所にフードの男が壁に寄りかかっていた。
呼びに来た仲間らしき冒険者が心配そうに覗き込み、声をかけていたが無反応。
わたしに気がついた彼らは「え? お前?」という顔をしたが、事情を聞くと納得してくれた。
……「え? だとしてもお前?」みたいな顔はされてないわよ!
絶対されてないったら!
「あの、大丈夫ですか?」
無視、無視。
今は具合の悪い人を優先!
声をかけてフードの中を覗き込む。
「!」
ん?
あれ?
こ、この人……!
眼鏡、白と灰色の混色の髪、整った顔……見覚えがあるわ。
あんまりプレイした覚えはないけど『風鳴る大地』の続編、『風鳴る大地~八つの種族の国王様~』の攻略対象の一人……狼の獣人、白狼王クロエリード・セタンダ……!?
どっ、どういう事!?
どうしてクロエリードがここに!?
ここは人間の国よ?
「!」
い、いや、それよりも、クロエリードは『人間アレルギー』!
そうか、それで具合が悪くなったんだわ……。
という事は人間から引き離さなきゃいけない。
でもここ人間の国の王都だし、どうしよう?
「すみません、馬車を持ってきてもらえませんか? ボックスの」
「馬車だと?」
「運ぶんなら手を貸すぜ?」
「いえ、この人多分、人の多さに酔っ払ってしまって具合が悪くなったんです」
「そんな事で具合が悪くなる奴がいるのか?」
「それでボックスの馬車の中で休ませるのか。しかし、ボックスの馬車なんて貴族様ぐれぇしか持ってないぜ?」
「!」
そ……! そうか……。
普通の馬車って屋根のない座席だけの馬車やテントつきの荷馬車が一般的。
ソファーつきのボックスの馬車は王侯貴族しか使わない。
いえ、けど、クロエリードは王様。
一人でこんな場所にいる事自体おかしいけど、放置するのはもっとまずい。
せめて病院まで人に近づけないように運べないだろうか?
ハッ!
というか、『人間アレルギー』ならわたしもいつまでも近くにいちゃダメじゃない?
一歩離れて、と。
「どうしよう……」
わたしは『祝福』しか能がない。
『祝福』ではきっとアレルギーは治せない……でも、でも、つらそう。
……え、ええぇい!
「光の女神よ、かの者に祝福を」
手を合わせ、祈る。
クロエリードに祝福を与え、様子を見た。
お願い、効いて……!
「うっ……」
ポカポカとする光がクロエリードに降りかかる。
お願いだから、なんとかなって!
ひたすら祈り続けていると、くぐもった声がする。
「……痒い」
ダメかぁ。
だよねぇ……。
ボリボリと腕を掻くクロエリード。
しかし、意識は取り戻したらしい。
「あの、宿屋があります。まずはそちらで休んでください」
「? 俺は、なぜここに……? お前は?」
「わたしはルナリーゼと申します。一応冒険者です。貴方が倒れていると聞いて……『祝福』が使えたので、その、なんとか出来ないものかと……」
「祝福? ただの祝福か?」
グサリ。
……そうです。ただの『祝福』です。
「くっ、痒い!」
「は、早く宿の部屋へ!」
「————! 待て、お前『祝福使い』と言ったな? この石に『祝福』を使え!」
「?」
差し出されたのは黒い石。
なにこれ、どういう事?
困惑するわたしへ、再度クロエリードが叫ぶ。
というか、クロエリードって眼鏡かけてるからもっと冷静なキャラだと思……い、いや、今はそれはいいわ。
クロエリードの差し出した黒い石を手に取る。
掌サイズの少し大きめな石だ。
これに『祝福』を?
意味が分からないけど、具合が悪そうな人に急かされるとさすがに焦る。
それがたとえただの人間アレルギーだとしても!
「わ、分かりました」
よく分からないけど石に『祝福』を?
そんなのなんの意味が——……。
「…………え!」
石に『祝福』とかシュール……そう思いながらも集中し、黒い石に『祝福』を施すと……なんと黒い石は金色の細かな粉のようなものを纏った。
クロエリードがそれを呑むように口元で傾ける。
不思議な光景に、魅入った。
「…………ふう」
「お、おい、なんだそりゃ。大丈夫なのか」
後ろの冒険者が心配そうに声をかける。
クロエリードは目を開いた。
たったそれだけなのに、先程まで感じなかった威圧のようなものがぴりりと周囲に広がる。
「ああ、一時凌ぎだが石の力が機能してくれた。心配をかけたようで悪かったな」
「その石はなんなんだ?」
「これは『
「へぇ……聞いた事はあるがこれがそうなのか。ん? ベルクレス?」
冒険者たちが今頃気づいたようだ。
クロエリードがフードを取る。
すると、そこには耳がぴょん、と立ち上がった。
そう——。
「! 獣人か⁉︎」
「隠していてすまんな。この国では珍しいだろう」
「い、いや、お、驚いただけだ」
……これがクロエリード。
美しい白狼の獣人。
金の瞳は鋭く、そして美しい。
夜なので大型獣化しないように眼鏡。
ゲーム通りだ……。
「…………」
んっ⁉︎
改めて、なんでクロエリードがここにいるの⁉︎
この人続編のメイン攻略対象。
本来ここにはいないはず。
……しかし、わたしの記憶が正しければ……。
「さて、娘。お前のおかげで一応助かった。だが人の国にいる間、この石の効果が保たないのは困る。というわけで、しばらく同行してもらうぞ」
「え⁉︎ あ、あの……」
「冒険者と名乗っていたな? ならば依頼だ、言い値を払う。この国にいる間、俺の護衛につけ」
「え……」
そう言われ、無理やり手首を掴まれる。
冒険者たちは私の身を案じて「ギルドを通して依頼しろ!」と叫ぶ。
それにクロエリードは不敵な笑みを浮かべ「ではそうしよう。案内しろ」とめっちゃ上から目線で言い放つ。
「ご、護衛? わたしがですか!? いや、あのー、それは~、えっとぉ~……」
「きちんとギルドに通した方がいいぜ、嬢ちゃん。受けるにしても、断るにしても!」
「そうそう」
「は、はい……」
くっ、なんかどんどん変な方向に話が進んでるような!
——クロエリード・セタンダ・ベルクレス。
八人の獣王が支配するベルクレス共王国の王の一人……白狼の獣人。
『風鳴る大地~八つの種族の国王様~』の攻略対象の一人で、センターを陣取る二人のうちの一人だ。
狼の獣人は夜に満月を見ると大型獣化し、理性を失って暴れてしまう。
しかしクロエリードは夜に限らず月を見るとその溢れんばかりの強力な魔力が反応し、大型獣化してしまうので月を直接見ないよう眼鏡を常にかけていた……いわゆる鬼畜眼鏡キャラ。
普通鬼畜眼鏡キャラがメインにゴリ押しされる事はあまりないが、彼の眼鏡は防衛的な意味もあるし、大人気声優が声を当てていたのでセンターにきていたのだ。
上から目線だし、鬼畜眼鏡の割にめちゃくちゃ行動派で王様なのに基本自分で動いて見に行く。
そのギャップと、低音で腰にクる声、更にヒロインにしか見せない「尻尾をブラッシングしろ!」という可愛い命令に腰砕けになるプレイヤーが続出。
もふもふ、正義がすぎる。
うん、わたしも、そりゃ、好きだけど、続編『風鳴る大地~八つの種族の国王様~』なら、推しの一人と言えるけれど……問題はそこではない。
続編『風鳴る大地~八つの種族の国王様~』 は——
お分かり?
つまり今作のヒロイン——わたし、ルナリーゼ・フォトンは続編でライバル役に転身。
続編ヒロインの恋の強力なライバルとして立ちはだかる。
死亡や追放なんてないけれど……その当て馬ぶりがひどい。
ある意味『エンディングが用意されている悪役令嬢の方がマシ』なのではないかと思うほどに当て馬にされ続け、特にその後の記述もないまま終了する。
「…………っ」
血の気が引く。
まさか……まさか……!
「さあ、行くぞ」
「い、いや……あのぅ!」
わたしが入ったのは——続編のライバルルートオオオォーーー⁉︎
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます