第11話 後ろめたさ

 ミツキが「あすなろ園」に来て二週間が経った。ミツキは、すっかり、小学生以下の子ども達の人気者になっていた。ミツキから何をしかけるわけではないのに、子ども達の方から寄ってくるのだ。一人の例外を除いて……


 アオイが「あすなろ園」に着くと、また、玄関で真一が待っていた。

「ア、アオイお姉ちゃん……」

「おっ、真一君、おはよう」

 真一がもじもじしながら、画用紙を差し出す。

「あの……これ……」

「あっ、また、あたしの絵を描いてくれたんだ。ありがとう。おお~っ、美人だ  ねぇ。自分で自分に惚れ直しちゃうよ。ほんと、ありがとね」


 そこに、ミツキがやってくる。アオイが手にしている画用紙をのぞきこむ。

「これ、アオイさんの絵ね。真一君、本当に、絵が上手ね」

 と言って、中腰になり真一と目を合わせようとするミツキ。ところが、真一はミツキから目をそらして、走り去る。

「あれ、真一君、私のこと、嫌いなのかしら?」

「違うよ。あの子、すごく人見知りなんだ。あたしと話してくれるようになるのにも、三ヶ月くらいかかった」


 アオイがからかうような笑みを浮かべてミツキを見る。

「ミツキも、子どもたち全員をファンにしなくても、いいじゃん。真一君は、今のところ、あたしのたった一人のファンなんだから、あたしに、取っといてよ」

 ミツキは、頬を赤らめ、困った顔になる。

「いえ、そんな、みんなをファンにしようだなんて……ただ、子どもたちが寄ってきてくれるものだから……」

「あはは、冗談だよ。ミツキは、いやらしい『人たらし』とは違う。そこにいるだけで、子ども達が安心して寄ってくる。あたしは、ミツキが来てくれて、本当に、良かったと思ってる。なんてったって、あたしの話し相手になってくれる。その上、ミツキが来てくれて、おチビどもが明るくなった」

「えっ、そんな」ミツキが頬を赤らめる。


「あたしは、このとおり、人の世話するのが面倒じゃん。中学生の子たちは自分のことでいっぱい、いっぱいで、チビどもにまで気が回らない。だから、おチビどもが甘えられるのは、太一先生だけだった。そこに、ミツキが来て、いいお姉さんになってくれた。おかげで、あたしも、後ろめたさを感じず、『城』にこもっていられる」

「アオイさん、後ろめたかったんですか?」

ミツキが驚く。

「うん。『周りからこんな事を期待されてるのかな?』って気になる時があるじゃん。あたしにも、あるのよ。『ここでは最年長だから、太一先生は、あたしが先生を助けて、おチビどもの面倒を見るのを期待してるのかなぁ?』な~んてね。でも、 あたしのホンネは、人の面倒をみるのは、真っ平ごめん。そうすっと、ほら、葛藤っていうんですか? そういうのが、このあたしでも、あるわけ。『城』でコーヒー飲んでても、お尻がムズムズする時があった」


 ミツキは驚いた。常に自信をもって我が道を行っていると思ったアオイにも、周りの目を気にするところがあったなんて! 驚くと同時に、親しみが増した気もする。

「だから、あたしは、本当に助かってるわけさ」

 ミツキには、アオイがレノックス博士の言うような凶暴な人間とは、とても思えなかった。アオイは、口のきき方や態度は乱暴だが、裏表がなく、他人の立場も考える「まっとうな」人だと、ミツキは思うのだ。この人を、本当に、私が「始末」しなければならないのか?


 いつの間にか、アオイとミツキの周りを子ども達が取りまいていた。ミツキに遊んでもらいたいが、アオイがいるから遠慮しているのだ。

「ほら、弟ちゃん、妹ちゃんたちが、お待ちかねだ。あたしは、いつも通り、備品庫の『アオイ城』で本を読んでる。コーヒー淹れとくから、気が向いたら、おいで」

 アオイがミツキの肩を軽くたたいた。


 備品庫に向かうアオイを追って、イズミが教員室から出てきた。

「アオイさん、コーヒー飲みながらでいいから、この間やった英語テストの見直しをしない? あれ、実は、名門私大の入試問題に私がちょっと手を入れたものだったの。アオイさん、すっごくイイ成績だったのよ」

「ええ、まぁ、いいですけど。じゃあ、コーヒー淹れたら、声かけます」

「待ってるわね」と言って、イズミが教員室に戻った。

 じゃれついてくる子どもたちの相手をしながら、ミツキは不安な目で、アオイとイズミを見ていた。


 ミツキは、下校時間の一時間前になって、やっと、備品庫に現れた。子ども好きのミツキも、一日おチビ達の相手をして、さすがに疲れた顔をしていた。

「ミツキ、あんた、授業料払うんじゃなくて、子ども達の面倒見代をもらった方がいいよ。今度、太一先生に言っとくよ」


 アオイは冗談で言ったつもりだったが、ミツキは「そんな、お金をいただけるほどのことは、していません。それに、私が好きでやっていることですから」と大真面目に返してくる。

 ミツキには、こういう真面目過ぎて間の抜けたところがある。アオイはそこが好きで、時々、こうやってからかいたくなる。

「ま、いずれ、機会があったら、太一先生に言っとくよ。でも、その分、あたしの授業料を値上げされても困るけどね」


 ミツキがなんと答えていいからわからないという困った顔で、黙ってしまう。アオイはさすがに悪いと思い、「冗談だよ。あんたが居心地悪くなるようなことを言うわけないだろ」と言ってやる。

 ミツキが少し唇をとがらせて、「もぉ、アオイさん、からかわないでください」と言う。呼び捨てでいいと何度言っても、「アオイさん」と呼んでくるので、アオイは、もう、構わないことにしていた。

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