第116話 期待されると苦しいが、期待されないのはもっと苦しい


 人は矛盾を抱えた生き物でありまして、他人からすると「どないせえっちゅうねん!!」と言いたくなるような願望をおろおろと吐き出してしまいます。


 期待、という言葉も、プレッシャーに弱いメンタル木綿豆腐人間には矛盾をもたらすややこしいものでございます。


 ワタクシが苦手なのは「キミには期待しているよ」みたいな褒め言葉であって、その言葉を受けたら精一杯頑張るのですが、同時に「期待を裏切るかもしれない」という恐怖とも戦うはめになるわけです。


 だからといって「キミには期待していないから」なんて言われた日には「こんちくしょう」とほぞを噛みながらなんとかしようとするのですが、それで期待を持たれるようなことはマァないわけです。


 じゃあ、どうして欲しいのか、という問いにはワタクシも答えられないわけです。ワタクシも自らに期待はしていないけれど、自ら恃むところもすこぶる厚いため、セルフ期待によるセルフ又裂きの刑に処されております。


 なんとも度し難い風情ではありますが、どうすれば良いのかも度し難く、まことに混迷を極めております。


 上記と関連して、すこぶる個人的に「好きです」という言葉はこの過度な期待の表明に他ならないと感じております。この言葉を聞いた瞬間、そこから逃げ出したくなるのは人としてどうなのか、という尤もな批評はさておき、ワタクシにはこの言葉を受け止める器がありません。畢竟、ワタクシが相手に期待されているのに、自分にも相手にも期待していない、というのが事の真相であり、責任転嫁であり、逃げ口上であることは理解していますが、どうにもできないのでございます。


 そもそも、どうにも「好きです」という言葉には距離があっていけない。この言い回しが含む婉曲的な距離感が浮いたように感じられてならないのです。慇懃無礼という言葉があるように、丁寧だからいいってものでもない。彼女が期待しているその彼は本当に好きになるだけの価値があるのだろうかと再考しなければいけない。知らないからもっと知りたい、というけれども、知らない段階で相手への期待を言葉にしてしまうのはいかがなものか。


 つまり、好きです、と言わざるを得ない関係そのものが非常に不安定に見えてしまうのであります。もちろん「ダレ、知らない」と期待すらされないのは癒えることのない精神的傷創を負うことにはなりますが、好きです、というのも、メンタル杏仁豆腐の人間にとっては支えられない重荷になってしまいかねないのです。だからこそ、一目惚れからの大胆な告白はハラハラして、とてもまともな精神状態では見ていられないのでございましょう。


 しかし、なにごとにも処方箋というものはあるものでして、そんな精神破綻を抱えた人間にもつける薬はあるようです。それが「なんか好き」であります。一目、誠意に欠けているようにも思えますが、この言葉は明らかに「好きです」よりも深い関係性を内包しております。「なんか」なので発言者も心理を究めていない。でも、ちょっと期待している。


 この絶妙な期待のバランスは芸術であり、みながすべからく尊ぶべき人事でございます。


「じゃあなんだい、幼なじみモノが好きなのかい」と人は口にしますが、そう単純なものでもございません。どうも幼なじみは、生来(棚ぼた)的関係に依存している気がしてしまいます。そうではなく、能動的な行動の帰結として「なんか」があって欲しいのでございます。


 この期待はある意味「妥協」でもあり「結論」でもあります。期待の密度は比較的粗く、それでいて情緒に欠けるところがない。メンタルおぼろ豆腐でもすんでのことで耐えられそうな軽快さが見受けれるのがキモなのでございます。


 それが成就した場合はいやおうなしに尊く、成就しなくともそのなまじっかな距離感はひたすらに尊い。


 それを遠くから眺めて悶え苦しむ歓びを得るところに、まことに人の複雑怪奇な情緒を見いだせる気がしているのでございます。


 何が言いたいかというと、近ごろは尊みが足りない。

 尊み、が、足りないのです。オススメの作品、お待ちしております。

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