第113話 本を読むメリットは?


 最近、本を読むメリットは何か、と考えていました。


「語彙力が上がる」

「ストレスが減る」

「知識が身につく」

「アイデアが得られる」

「創作意欲が湧く」


 もちろん、その理由は色々と考えられます。読書不要論とかもありますが、人によって必要な情報の密度や読書に対する感受性の違いがあるので、一概に言えません。アタリマエのことです。スケート選手じゃない人が「スケートは人生に不要」と言っているようなものです。その人にとっては必要のないことだからといって、一般化して良いものじゃない。その意味でアマチュア趣味の意義とか、習い事要不要論は答えのない不毛な議論です。好きで楽しいなら良いじゃない。


 話を本筋に戻しますが、本を読むメリットはなんでしょうか。

 僕が最近、読書の大きなメリットだと思っているのは「」ができることです。つまり、自分を相対化できることだと思っています。


 具体的に考えてみましょう。

 最近、僕は以下の本を読んでいます。



■人間はどういう動物か (ちくま学芸文庫) 日高敏隆 2013

https://www.amazon.co.jp/dp/B014FI1AO2/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_59W5PRDMGFHCD4Z0QNN1

 説明文一部引用

「人のおっぱいはどうしてこういう形になったのか。一夫一妻の論理と流行のファッションとの意外な関係とは。少子化のコストベネフィット。戦争の背後にある、遺伝子に組み込まれた攻撃性とは別の「美学」の問題。科学と神はほんとうに対立するのか」



 前回「僕は人に興味ないけど、ヒトには興味ある」と主張しましたが、その文脈で行き着いた本です。僕は昔から「人間も動物の一部であって、生物のなかで特権的な立場にあったり、特別な存在だと裏付けるものはない。そう考えるのが人間の特徴であって、勝手な思い込みに近い」という感覚をもっていたんですね。


 そこで調べていたら出てきたのがこの本です。「なんかお名前、見たことあるなー」と思い、本棚を漁っていたらコンラート・ローレンツの「ソロモンの指環―動物行動学入門」を翻訳されている方だったのでびっくり。とある恋愛小説の一節を思い出しました。


「こうして一冊の本を引き上げると、古本市がまるで大きな城のように宙に浮かぶだろうと。本はみんなつながっている」(森見登美彦 「夜は短し歩けよ乙女」109P )


 作中ではコナン・ドイルから織田作之助まで様々な文豪や作品が何らかの関係でつながっていることを1ページに渡ってつらつらと述べる印象的なシーンなのですが、これの言わんとすることを実感しました。「Wikipediaは6回のリンクでどの記事にも行ける」という都市伝説にも似ています。


 つまり、鳥の刷り込みを世に知らしめた近代動物行動学の代表者であり、ノーベル生理学・医学賞受賞者のコンラート・ローレンツと、世界の片隅で変態を叫ぶ僕が、日高さんを通じてつながっているわけです。そして、これを読んでいるあなたも僕と日高さんを通じてコンラート・ローレンツにつながっている。すごいですね。


 また話がズレましたが、そうしたつながりの中で見えてくるのが「自分とは」という意識です。


 僕は結構「変な考えをしている」と言われるので、実際そうなんだと思っていました。しかし、世の中には「人は動物だ」と考え、研究している人の濃密な思考が文字になっており、僕の考えはありふれていることが分かる。逆に「人は特別だ」と考える人もいる。その根拠は言葉だったり、宗教だったり、社会性だったり色々とあることも分かる。その中で自分の直感に近い場所がわかってくる。各々が真理かどうかは置いておいて、自分が快適に思える(仮想上の)空間が描き出せてくる。


 この自他をとりまく土地鑑を掴めることが本を読むメリットだなぁ、と思っています。


 ここで個人的に注意しているのは「この人はこうだ」「自分はこうだ」と決めつけてしまわないこと。生物は常に動いています。みなさんのその体もこの瞬間あらゆる細胞が死に、生まれています。それらが織り成す高度な自律性によって、見かけ上の平衡を保っています。もちろん、思考もそうです。


 昨日まで買い物が面倒だったのに、給料日の今日は意気揚々と買い出しに行く。さっきまでお菓子の値上げに憤慨してたのに、厳しい家計を眺めて企業の生き残り戦略に納得する。食べちゃだめだと思いながらも、気付いたら袋を破いている――。


 心当たりがある方もいらっしゃるでしょう。そうじゃない方は自分のお腹の脂肪に聞いてみてください。このような浮動的思考が皆さんには宿っているんです。特定の意識や考えは自然なものではなく、むしろ不自然なものです。一見、固定されているように思えても、常に変わりゆく状態の一形態なんです。


 そうした闇を移ろいゆく思考の周りをぱっと照らしてくれる灯火。それが本だと思っています。自分はどのあたりをうろうろしがちなのか。遠くには何があるのか。自分はどうしてそちらに行きにくいのか。


 本を読むことでそんな大まかな地図を描かせてくれるのです。そして、自分の思考に、自分という存在が属するスペースの輪郭がなんとなく浮かび上がってきます。自分はたった一人、闇の中にぽつねんと浮遊している存在ではない。そう実感出来るだけでも十分なメリットではないでしょうか。少なくとも「ヒトに興味がある」と言ったものの、拠り所が見つけられず不安になった僕には必要でした。


 繰り返しますが、本を読むメリットは「自他の位置が分かる」ことです。そうした自分を含めたマッピング作業は、孤独感から抜ける、様々な価値観を持つ他人と話をする、など様々な場面で意外と大切になってくるのではないかなぁ、と考えています。




「人のおっぱいはどうしてこういう形になったのか」

 ただこの一文に誘蛾灯のように引き寄せられたわけではありません。本を読むことで、僕はヒトに興味があり、偉大な科学者たちと視座を共にしていることを再認識できるのです。

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