第53話 ペンギン・ハイウェイ――大人のためのジュブナイル
さて、先週末にずっと見たかった映画「ペンギン・ハイウェイ」で感動したので、今日はこの作品にお邪魔しましょうか。
ペンギン・ハイウェイ 予告1
https://www.youtube.com/watch?v=N4w5pKu78sQ
※本エッセイはネタバレを大いに含みます。ネタバレを気にしない方はそのままお進みください。ネタバレを気にする方は今すぐ原作を読むか、映画を見ましょう。そのあとにこのエッセイを読んで下さい。どちらにしてもすごすごと帰るのだけはご遠慮下さい。
あの夏、ぼくは小学4年生だった。素敵で、すこしふしぎなあの夏のことを、ぼくは絶対に忘れない――
○Story
小高い丘の上の街に突如として出現したペンギン。海もないこの町にペンギンが現れるなんて、と興味を持ったのは小学四年生のアオヤマ君。「ぼくはたいへん頭が良く、きっとえらい人間になるだろう」 と宣えるほど才能に溢れ、日々身近な謎の研究にあけくれている。大人になるまでの3,800余日を計算し、「怒りそうになったら、おっぱいのことを考えるといいよ。そうすると心がたいへん平和になる」(P51)と友人を嗜める。ある日、街の歯医者さんで働いているお姉さんがコーラ缶をペンギンにする瞬間を目の当たりにする。お姉さんはアオヤマ君に向き直ってこう言った。
「この謎を解いてごらん。どうだ、君にはできるか?」
○本編
原作は敬愛する森見登美彦氏の小説です。ジャンルは相変わらずマジックリアリズム的現代ファンタジー。小学四年生のアオヤマ君が、ペンギンを生み出すおっぱいの大きいお姉さんの謎を解き明かすというストーリーです。全て事実なので僕は悪くありません。セクハラだと言うのであれば、森見登美彦氏にクレームをつけて下さい。ただ、映画でもかなりの頻度でおっぱいが連呼されるので、もはや気にならなくなります。
この映画を一言で言えば「大人のためのジュブナイル」でしょうか。子供のころの夏の空気と喪失感が一気に味わえるノスタルジックな映画です。
まず、特徴として挙げられるのは、映像の彩度。夜であっても、雨のシーンであっても、濁っていないんですよ。終始、画面が鮮やか。それが夏の空気感を上手く演出していて、最初から最後まで爽やかです。そして、見終わった後もその爽やかさが残り続けます。
思い出補正があるにしても、小学生の夏は鮮やかだった。光を混ぜると白に近づくように、全ての色が混ざってもくすみはしなかった。その感覚を意識しているように感じました。大人になると色は混ざってしまうほど黒に近づくのですが、混ざれば混ざるほど白に近づく時代を思い出せる気がします。
そして、この話のテーマは「死(別れ)とその受容」だと考えています。
ここから壮大なネタバレになりますが、アオヤマ君は謎を解き明かすことでお姉さんと別れます。恋も好きも分からない小学四年生。ただ「ぼくはなぜお姉さんの顔をじっと見ているとうれしい感じがするのか。そして、ぼくがうれしく思うお姉さんの顔がなぜ遺伝子によって何もかも完璧に作られて今そこにあるのだろう、ということがぼくは知りたかったのである。」(P144)という言葉でしか気持ちを表現できない子供が、お姉さんとの別れを惜しみながら、世界のために真実に迫るのです。
お姉さんはこの世のものではない。
この世のものではないから、この世にはいてはいけない。
アオヤマ君が辿り着いたその真実を、本人に告げなくてはいけないかなしみ。お姉さんは自分のことを分かっているんだけれど、どこか救いを求めている。それを全て分かったうえで、どうしようも出来ないまま、アオヤマ君はお姉さんと別れを迎えます。
アオヤマ君は真実を告げないことも出来た。お姉さんと一緒に謎を謎にしたまま、結論を先延ばしにすることも出来た。(その場合、同級生でヒロインであるハマモトさんのお父さんが犠牲になる訳ですが)
しかし、アオヤマ君はこの世をあるべき姿に戻すこと。ペンギンエネルギーというヘンテコな力で循環し続けるお姉さんを断ち切ることを選びました。
つまり、永遠性を否定し、終えることを受け入れるのです。
これはまさに死の受け入れですね。
映画でもそれを示す重要なシーンが流れます。
台風が近づき、灰色の空に覆われた街。絶食を研究するアオヤマ君が空腹でたいへんかなしい気持ちになりながらも、うつらうつらして眠っていると誰かが身体をゆすります。
―――――
「どうしたの?」
僕が言うと、妹は急にしくしく泣きだした。
妹は泣きながら「お母さんが死んじゃう」と言うので、ぼくは本当にびっくりした。(中略) ぼくは妹のとなりに座って、「どうしてお母さんが死んじゃうんだい?」とゆっくり聞いてみた。そうすると、妹が「お母さんが死んじゃう」と言ったのは、「いつの日かお母さんが死んじゃう」ということであるということがわかった。
――――― P270
死を受け入れられない妹と、死を理解した兄。この対比が鮮明になっています。アオヤマ君は聡明なので、死の存在に気付き、すでに理解しているんですよね。「生き物はいつか死ぬんだよ。犬も、ペンギンも、シロナガスクジラも」と言って優しく妹をさとすことすらできます。
だからこそ、お姉さんとの別れを選ぶことができた。ついに真実に辿り着いて、ペンギンたちがお姉さんの命の源をぷつぷつと壊していく中、アオヤマ君とお姉さんはいつものカフェで話をします。お別れの時です。
「泣くな、少年」
「ぼくは泣かないのです」
最後にみせた、精一杯の強がり。お姉さんを想うアオヤマ君の気持ちと喪失に僕は泣きました。
○
ペンギンハイウェイとは、陸に上がったペンギンが決まって通る道のこと。誰もが、誰かを失って少し大人になる。そんなペンギンハイウェイを、あなたも持っているはずです。
引用
森見登美彦 ペンギン・ハイウェイ(2010) 角川文庫
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